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218/410

*** 218 捕虜交換所 ***

 


 歩兵全員が城門内に入って10分ほどすると、城門から3人の兵が出て来て本陣に向かってよろよろと歩いて来た。

 アスペルガ王太孫殿下やモルバール野戦将軍の10メートルほど前まで来ると、その兵たちは崩れるように膝をついて畏まった。

 よく見れば軍服のあちこちに返り血を浴びているばかりか、兵自身の怪我も無数にあるようだ。


「ご、ご報告申し上げます……

 城門内の敵兵は全て殲滅、建物の制圧も完了いたしました……

 また、近衛兵の皆さまも全て救出し、現在手当を行っているところでございます……」


「よし! よくやった!

 そなたたちはここで王家救護兵の手当てを受けるがよい」


「もったいないお言葉誠にありがとうございます……

 ですが門内には多くの同僚が残っておりますし、いつなんどき敵の増援が来るやもしれませぬ。

 すぐに戻って、部下たちの指揮を執りたいと考えますが、お許し頂けませんでしょうか……」


 もちろん彼らはヒグリーズ王国の軍服に着替えたブリュンハルト隊の将校たちであり、返り血や傷はシスくんの『変化』魔法で偽装されていたものである。


 ワイズ王国の司令部では、そのことに気づいた観戦武官2人の口があんぐりと開いている。



 この侵攻軍は2家の伯爵軍の連合軍であり、野戦指揮官のモルバールも一度も演習に参加したことが無いために、偽装はバレないだろうと思われた。

 まあ、万が一バレても、ストレーくんがその倉庫に転移させてくれるだろうし、同様に司令官たちも捕えてくれるだろう。



「その言やよしっ!

 それでは我らも進発して城壁内で軍の再編成を行おうではないか!」


「で、殿下…… い、些か危険では……」


 やはりモルバール・ビブロスは、その尊大な態度の裏返しでかなりのビビリーだった。


「なにを言うか!

 兵に突撃を命じたのは余である!

 その余が突撃しなくてどうするか!」


 それ…… 突撃じゃあないよね。

 部下に戦わせておいて、後からゆっくりついて行くだけだよね……



 こうして……

 ヒグリーズ王国のワイズ王国侵攻軍は、その総司令官である王孫殿下を始めとした幕僚も含めて、全員が消失したのであった……


 もちろん第1王女とその護衛兵たちも、内乱罪の容疑でストレーくんの倉庫に収監されている。


 その際に、王女一行もヒグリーズ王国ご一行様も、完全時間停止の倉庫に収容されたためにトイレも食事も必要が無かった。

 ストレーくんの倉庫は実に便利である。




 ワイズ王国総司令部は静寂に包まれていた。

 大地とタマちゃん以外はみな口をぱくぱくさせている。


(にゃはははははぁぁぁ―――っ!)


 大戦果に興奮したタマちゃんは、念話で歓声を上げながらしっぽで大地をてしてし叩いていたが……



「ふあー、これでようやく1国が片付いたか―。

 残りの3カ国も早く来てくれないもんかねぇ……」


 大地の気の抜けた声が司令部に響き渡っていた……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 こうして……

 数日の間に、残り3カ国の侵攻軍も、同様にして全軍が捕獲されてしまったのである。


 司令部の全員の口はさらに大きくあんぐりと開いていた。



「あ、あの…… ダイチ閣下……

 この戦の顛末を国に帰って父に報告させていただいても構いませんでしょうか……」


「そりゃもちろん構わないぞ。

 でもこれからが本番だから、それが終わってからの方がいいんじゃないか?」


「「「「 ??? 」」」」




 第1王子、第2王子、第1王女軍と周辺4か国の軍が全て捕らえられた数日後、王城にはワイズ王国の貴族家当主たちが集められていた。

 とは言っても辺境男爵3家と旧中立派2家は、当主嫡男もろとも大地に捕獲されてしまっており、集まっていたのは残りの辺境男爵家7家と旧中立派5家だけである。


 その12家の当主は全員が心から安堵していた。

 国王に借財を申し込むためとはいえ、直前になって王子王女軍に参加しなかった自分の判断を自画自賛していたし、中立派の2家はもともとどの勢力にも与していなかったからである。



 謁見室にワイズ国王が現れた。

 国王の座る玉座の左右には宰相と第3王子が立ち、後方には大地も控えている。


 12家の貴族家当主が全員拝跪した。


「皆の者楽にせよ」


 執事たちが椅子を運び入れ、全員が着席した。


「皆も既に知っているとは思うが、ここ1週間ほどで第1王子、第2王子、第1王女が相次いで反乱の兵を挙げた。

 またそれに呼応して周辺4か国も侵攻軍を送り込んで来た。

 だが幸いなことに、ダンジョン国代表のダイチ殿のご助力もあって、その全ての軍を撃退・捕縛することに成功している」


「「「 おめでとうございます! 」」」

「「「 ワイズ国王陛下万歳! 」」」


 国王は12家の貴族家当主たちを皮肉気に眺めた。


「それではこれより戦後処理の一環として、その方らに賞罰を申し渡す。

 まずは、旧中立派のメルク子爵とエルス男爵以外の10家を改易とし、その貴族位を剥奪して領地も召し上げるものとする」


「「「 !!!!!!! 」」」


「お、お待ちください陛下!」

「な、なぜ反乱に加担しなかった我らにそのような処罰を!」


「その方らは、反乱首謀者の王子王女からの要請と資金援助により、自らの子弟を暗殺者として近衛に送り込んでいた。

 その事実だけで処分には十分な理由であろう」


「「「 !!!!!!!! 」」」


「そ、そんな……」

「ま、まさかあ奴らが……」


「領地からの立ち退きには3日間の猶予を与える。

 その後はどこへなりと出て行け」


「も、もう一度ご再考を!」

「長年に渡って国に仕えて来た我らに御慈悲を」


「慈悲だと?

 暗殺者を送り込んで来た貴族家は、一族郎党斬首とするのが国法の処罰である。

 その方ら、それを生かしておいてやるのが慈悲であることがわからんのか?」


「「「 !!!!!!!!! 」」」


「10家の当主は下がれ」



 10人の男たちは、国軍の護衛兵に促され、悄然と謁見室から出ていった。

 この後は、間違いなく領兵を引き連れて、かつて仕えていた王子王女の後ろ盾になっていた国々に亡命していくことだろう。


「さて、メルク子爵とエルス男爵よ」


「「 はっ 」」


「そなたたちは、両名とも一代法衣男爵とし、領地を召し上げる」


「「 !!!! 」」


「な、なぜでございますか!」

「わ、我らは反乱には与しておりませぬぞ!」


「そなたたちの領地の来期税収見込みを述べてみよ」


「そ、それはもちろん領地全体で360石でございます!」

「わ、我が領は240石でございます!」


「本当にそうか」


「も、もちろんにございます!」

「じ、従来通り、その中から3割を国に上納もさせて頂きますぞ!」


「そなたたち……

 自領の農村には農民がひとりもいなくなっているのを知らんのか?」


「え?」

「ま、まさかそのような……」


「それで来期の税収が例年通り上がると申すのか?」


「ち、逃散した農民共はすぐに連れ戻して……」

「ら、来期も必ずや例年通りの上納をば……」


「そなたたちの領地の農民たちはな、そなたたちが勅令を無視して冬の間に炊き出しを行わなかったために、余が城から持ち出した食料で炊き出しをした直轄領に逃げて来ていたのだ」


「「 !!!!! 」」


「おかげでこの冬は、そなたたちの領地の農民も誰一人餓えることなく健やかに暮らしていたのだぞ。

 つまり、民が逃散したのはそちたちが勅令を無視したからである」


「す、すぐに奴らめは元の村へ連れ戻しますので!」


「どうやってだ。

 まさか領兵に命じて連れ戻させるというのではあるまいな。

 それは領地を越えての兵の移動を禁じた国法の重大な違反であるぞ」


「「 !!!!!! 」」


「これよりすぐに領地に戻り、居館を明け渡して王都にて暮らせ。

 一代男爵ながら城への出仕には及ばん」


「へ、陛下! ご、ご再考を!」

「お、お慈悲を!」


「勅令に反して民への炊き出しを行わなかった時点で、そなたたちは改易処分に相当する罪を犯していたのだ。

 一代男爵に叙すること自体が慈悲である。

 下がれ」


 また2人の男たちは悄然と謁見室を出て行ったのであった……



 陛下は立ち上がって後ろを向かれた。


「これでかねてよりの念願通り、この国から貴族を一掃することが出来申した。

 ダイチ殿、深く御礼申し上げまする」


 そうして大地に深く頭を下げたのである。

 宰相も王子も同じように頭を下げていた。


「まあ、これも俺の任務のうちだからな。

 そんなに頭を下げないでくれ。

 ところで陛下どうする?

 この国の国名を『ワイズ帝国』に改称するかい?」


「ははは、それはやめておきましょう」


 そうしてワイズ国王は晴れ晴れと微笑まれたのであった……




 一方で、暗殺者の旧近衛兵、現国軍訓練部隊P小隊の兵たちは……


「なあ、城の下男たちが噂していたんだがな。

 第1王子殿下と第2王子殿下と第1王女殿下が簒奪の兵を挙げられたっていうんだよ。

 ついでに周囲4か国も侵攻軍を送り込んで来たらしいんだ……

 でも、殿下たちも周辺国軍も負けちゃって、みんな捕虜にされちゃったっていうんだ」


「そんなことあるわけないだろ!

 もし本当にそんな軍が攻めて来てたら、俺たちだって戦場に動員されてたろうによ!」


「そ、それもそうだな……」


「そんなことより、早く馬の世話を終わらせようぜ」


「ああ」


「お、俺さ、最近馬の区別がつくようになって来たんだよ」


「お、俺もだ」


「なんか馬たちも俺たちのことを覚えてくれてるみたいだしな」


「はは、こうしてみると、馬も可愛いもんだな」


「ああ」



 頑張れ元近衛の暗殺者諸君!

 君たちには将来馬丁としての輝かしい未来が待っているのだ!




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 この4か国による侵攻騒動の間、周辺各国から来た行商隊は、危険だからという理由で全員が王都に留め置かれていた。

 だが、宿泊施設はその間王家の援助により宿泊料が無料になっていたし、飲食店でも食事の払いは全て王家持ち(酒代は自費)になっていたために、行商隊の不満は全く無かったのである。


 もちろん直轄領内の村々も平穏だった。

 一応外周の城壁には近寄らないように触れは出されていたが、農作業も農業学校も平常通り営まれている。



 そうして……

 満腹して『遠征病』や『貴族病』が治った行商隊の者たちは、大量の商品を仕入れてほくほく顔で国に帰り始めた。

 国に帰れば、仕入れた商品もすぐに売り切れて、大儲けは間違いないだろう。



 そして、各門から出て自国に帰ろうとした行商隊は、門を出たところで足を止めたのである。


「なんだいこの看板は?」


「なになに、『←ヒグリーズ王国捕虜交換所』だってよ」


「ふーん、『この場に展示されている捕虜は、いずれもワイズ王国の富を狙った武装強盗の罪で捕縛された者たちです。それぞれの檻の前には氏名階級と保釈金が書いてありますので、罪人の保釈を希望される方は、案内所までご連絡ください』だってさ」


「『捕虜がこの交換所に展示されるのはこれより6か月間でありまして、その後は罪に応じて牢に入れられますので、保釈をご希望の方はお早めに』とも書いてあるぞ」


「あ、顔を隠すためのマスク貸出有りだって」


「『尚、ご質問が御有りの方は、交換所までお越しください』か……

 後で寄ってみるか」


「それじゃあこの先にいる捕虜とやらをちょっと見に行ってみよう……」



 その場には……


 城壁のすぐ外側から500メートルほどの範囲で綺麗に整地された石畳の上に、2メートル立方ほどの檻がやや間隔を空けて整然と並んでいたのである。

 そして、檻の中にはアヒルの形をしたおまるがひとつと、越布一枚の姿になった男たちが1人ずつ入っていた。

 水と食事は転移で支給されるようだ。

 夜になるとこれに毛布が1枚加わるらしい。



「『これより捕虜展示場』だってさ……」


「ふーん、『最寄りの檻には責任者が入っていますが、その他の収容者はアルファベット順に並んでいます』だそうだ」


「えっ、こ、この檻、『ヒグリーズ王国王太孫、アスペルガ・フォン・ヒグリーズ』って書いてあるぞ!

 保釈金は金貨5000枚だってよ!」



「そ、その方らは我がヒグリーズ王国の者か……」


「ヤベっ! みんな顔を隠せ!

 顔を覚えられたら大変なことになるぞ!

 お前は交換所に行ってマスクを人数分借りて来いっ!」


「へ、へいっ!」



 マスクを着けた行商人たちは、王太孫が収容されている檻に近づいて行った。



「よ、余はなぜこのようなところにいるのであるか……」


「さあ、あっしらにもわかりませんが……

 あそこの看板には『武装強盗の容疑で捕縛された』って書いてありますぜ……」


「な、なんだと! 強盗だと!

 断じてそのようなことは無いっ!

 余は陛下の命を受けて、この国の国王一派を滅ぼし、我が国の塩取引を妨害した罪の賠償金を課すためにやって来たのであるっ!」


(それを武装強盗って言うんだけどな……)



「そ、そのようなことよりもお前たち、その『ほしゃくきん』とやらを払うがよい。

 国に帰ったら褒美を取らすぞ」


「いやいくら何でも金貨5000枚は持っていませんや」


「な、なんだと……」


(たとえ持っていても、国に帰ったら殺されて無かったことにされるしな……

 王族の無体な姿を見た不敬罪とか言われてよ……)


「まあ、国に帰ったら役人に報告ぐらいはさせて頂きやすよ」


「…………」



「おい、一応他の檻も見てみるぞ」


「「「 へい 」」」


「ほう、『徴兵農民兵、罪状特になし』、保釈金は銀貨10枚か……」


「ほとんどが農民兵ですね……」


「あ、こいつ、『近衛大隊長、メルゾン子爵家2男、保釈金金貨500枚』だって」


「こ、こら平民ども、み、見世物ではない!

 それよりも早くメルゾン子爵家に行って俺を解放するように言えっ!」


「へいへい」



「あー、ほとんどが農民兵で保釈金は銀貨10枚だけど、中には殺人や窃盗歴があるせいで、保釈金が金貨50枚になってる奴もいるのか……」


「あ、こいつ、『ビブロス伯爵家嫡男モルバール・ビブロス』だって。

 保釈金は金貨2000枚プラス借金金貨100枚プラス賭けの負け金貨300枚だってさ」


「なあ、こうして越布1枚にされると、貴族も平民も違いはわかんないんだな……」


「貴族の方が明らかにデブだけどな」


「それにしてもすげぇ数の捕虜だわ。

 ウチの国の軍は大敗したんだなぁ……」


「ねえ親っさん、本当に国に帰ったら役人に報告するんでやすかい?」


「そんなことするわけねぇだろうが。

 いいか、お前ぇたちもここで見たこたぁ、誰にも言うんじゃねぇぞ!」


「それを聞いて安心しやした……」



 こうした会話は、ワイズ王国直轄領を囲む城壁の4つの門近く全てで行われていたのである。


 大地に連れられて捕虜交換所を見学したゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の観戦武官2人は、仰け反り倒れんばかりに驚愕していた……





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