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*** 217 アスペルガ王孫殿下 ***

 


 翌朝。

 アスペルガ王太孫殿下は興奮していた。

 なにしろこれから彼の初陣が始まるのである。

 それも莫大な戦利品を齎してくれるであろう戦争が。



 遥か先に見える城門前には30人ほどの敵兵が出て来て槍を持っていた。


「全軍進発せよ! 

 城門前200メートルまで迫ってそこで突撃陣形を組むのだ!」


「はっ!」


「全軍進発開始!」


「進発開始の銅鑼を鳴らせっ!」


 ガーン…… ガーン……


 本来であれば、そうした号令は軍の実働司令官であるモルバールが総司令官であるアスペルガの許可を得て発するものである。

 だが、誰もワクテカの王太孫殿下にそれを指摘しようとは思わなかった……



 アスペルガは侍従が恭しく差し出す双眼鏡を受け取った。


「ふむ、たったの30名で城門前を守っておるのか。

 ワイズ王国軍は500しかいないと聞いていたが、本当だったようだの」


「おお、アスペルガさま!

 それはヒグリーズ王国の至宝、500年前にあの建国王陛下がだんじょんにて得られた『そーがんきょー』なるものでございますか!」


「そうだ、陛下が持たせてくださった我が国の至宝である。

『ばいりつ20ばい』ということで、200メートル先のものが10メートル先にあるかのように見えるのだ」


「さ、さすがは殿下……

 その秘宝があれば戦場の様子が手に取るようにわかりますな!」


「うむ!」



 城門前200メートル地点に到着すると、工兵隊が侍従用の馬車を横に2台連結した。

 そうして側面に階段を付けて、屋根の上に椅子を2つ運んだのである。

 ひとつは大きく豪華な椅子で、もう一つは小さく質素な椅子だった。


 王孫殿下は階段を昇り、司令官用の豪華な椅子に腰を降ろした。

 脇には大きな盾を持った護衛兵が控えている。

 目の前にはテーブルも置かれ、侍従たちの手によってワインの壺やカップが用意されていた。


 殿下は暫し戦場を見渡した。

 敵が先に攻撃を仕掛けて来る兆候はない。

 相変わらず敵兵は30、翻って自軍は2000以上である。


 アスペルガ王孫殿下の気分は最高潮に達していた。



「のうモルバール・ビブロス将軍よ」


「ははっ!」


 将軍と呼ばれたモルバールも嬉しそうである。

 自分はこれからヒグリーズ王国の歴史に残るであろう戦で将軍を務めるのだ。


「あのような寡兵は、真っ先に蹴散らして我が軍の士気を高めようと思うがどうか」


「ははっ! さすがのご意志でございます!」


「近衛隊隊長」


「はっ!」


 馬車のすぐ横で騎乗していた近衛隊長が返答した。


「そなたたち近衛騎馬隊は前面に出て突撃準備をせよ。

 余の命令一下、あの雑兵共を蹴散らすのだ」


「ははぁっ!」


 歩兵1980、長い梯子を持った工兵200の前に近衛騎馬隊100が整列を始めた。

 皆、王国の紋章の付いた青銅の鎧兜に身を固め、手には長大な馬上槍を持っている。


 戦場の緊張感が一気に高まっていった……




 第1王女の配下30名の兵たちも、王女の命令でこの侵攻軍に加わっている。

 そのうちの元ワイズ王国国軍総司令官ビビルゴンは、総司令官アスペルガ王太孫殿下の命により、ヒグリーズ王国の農民兵30を与えられて小隊長としてこの戦いに参加していた。


 もちろんこのビビルゴンも実戦は初めてである。

 というよりも、演習にすら出たことはなかったが。


 侵攻を前にビビルゴン小隊長は小隊の部下たちに訓示した。


「よいか!

 軍に於いて最も重要なのは指揮命令系統である!

 よって、お前たちのうち27名は小隊長である俺の周囲で護衛となれ!

 残り3名は最前列に出て敵と交戦するのだ!

 だがよいか!

 決して走ってはならん!

 常にわしを守って進軍することを忘れるな!」


「あのー、小隊長殿、全軍突撃命令が出たらどうするんすか?」


「そ、そのときはゆっくり突撃するのだ!

 なるべく味方の後方に位置することを忘れるな!」


「「「 へぇーい 」」」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 そのころ大地は、迎賓館の2階に作られた作戦指令室にいた。

 頭の上では隠蔽で姿を消したタマちゃんが香箱座りになってる。

(もし姿を隠していなければ、史上最低レベルで威厳の無い司令官になるだろう……)


 他に室内にいるのは、ワイズ国王、アイシリアス王子、宰相と、ゲゼルシャフト、ゲマインシャフト両国から来た観戦武官の2名のみである。


 大地とタマちゃん以外の全員が緊張に固くなっていた。


(それにしてもなんだよこの指令室……

 スクリーンが12枚も並んでいるのはまあいいとして、まるっきり宇宙戦艦の艦橋みたいじゃないか……

 そうか、シスに全て任せると、日本産アニメを参考にしてこうなるのか……)


 皆は、指令室に居ながらにして戦場の様子を見られることに驚愕している。



「あ、あの…… ダイチ殿……」


 若い観戦武官が口を開いた。


「ん? なにかな」


「あ、あそこで城門を守備されているのは、ブリュンハルト隊の士官殿たちですよね」


「そうだが?」


「い、いくらあの方々が万夫不当だとしても……」

「いくらなんでも30対2000は……」


「なんだそんなことか……

 もちろん策は用意してあるが、そんな策が無くっても、連中なら2000ぐらいの敵は軽く蹴散らすぞ」


 画面の1枚がブリュンハルト隊にズームすると、中央のバルガス隊長が微笑んだ。


「カール卿、パンツァー卿、お心遣い誠にありがとうございます。

 ですが、大丈夫ですのでご安心ください」


 見れば他の士官たちも皆微笑んでいる。

 観戦武官2人は戦場の兵と直接会話が出来ることに硬直していた。



「それにしてもダイチさま、このまま策を使わずに我らを戦わせていただけないものでしょうか……」


「うーん、それをするとさ、城門を潜って来なくなるし、逃げ帰った敵兵に本国で報告されちゃうと、もう残りの兵に侵攻して来て貰えなくなっちゃうんだよ……」


「それもそうでございました。

 出過ぎたことを申しまして、大変失礼致しました」


「まあ、そんなことは気にしないからさ。

 打ち合わせ通りに頼んだぞ」


「はっ」



 司令官である大地と現場指揮官の緊張感の無い会話に皆が唖然としていた。


「お、どうやら敵さんの攻撃が始まりそうだぞ」


 ヒグリーズ王国軍の銅鑼が鳴らされた。

 同時に100騎の騎兵が馬を発進させている。

 最初は緩やかなギャロップだったが、次第に速度を速めて50メートルほど進んだ地点では最高速になろうとしていた。


 それに伴い、騎乗の騎士たちも馬の背から腰を浮かせて、上下動を膝で吸収して頭の高さを一定に保ち始めた。

 そうしないと、駈ける馬の上下動で脳が揺さぶられ、最悪意識を失って落馬してしまうからである。


 馬の速度が上がるにつれて、騎兵の姿勢も背中が地面と平行になっていった。

 時速60キロに迫る速度の中で空気抵抗を減らし、馬の負担も軽くしようとする基本姿勢である。

 地球の競馬中継でもお馴染みの騎手の姿であった。

 王族に尻を向ける不敬の姿勢であるが、戦場ではこれも許されている。


 アスペルガ王孫殿下は、そうした配下近衛騎士団の雄姿を双眼鏡で見ながら歓声を上げていた。

 実際、100騎もの騎馬が横一列に並んで突進していく様は実に勇壮である。



 だが……


「よしストレー、槍と鎧兜を収納、続けて衣服収納、最後に馬も収納せよ」


(はいっ!)



 横一列になって騎馬突撃していた100人の男たちが、騎乗姿勢のまま突然マッパになった。

 当然のことながら、王太孫殿下の双眼鏡による視野の中では……



 *   *   *  

 ω    ω   ω  



 という最悪にしてサイテーな光景が広がったのである……


「ぶふぉぉぉぁぁぁぁぁ―――っ!」


 殿下は口に含んでいたワインを吹き出された。

 同時に……


 がしゃぁぁぁぁ―――ん!


「あああっ! こ、国宝の『そーがんきょー』がぁぁっ!」



 双眼鏡には必ず首に掛けるためのベルトがついている。

 無論不測の事態の際にも双眼鏡を落とさないようにするためのものである。

 だが、500年も前の双眼鏡では、そんなベルトなどはとっくに朽ち果てて無くなっていた。


 その結果、馬車の上に落とされた双眼鏡は、無残にも筐体が破壊され、レンズにも罅が入ってしまっていたのである。


「あああああぁぁぁぁ―――っ!」



 だが、もっと無残だったのは騎士たちであった。

 なにしろ騎乗姿勢のまま時速60キロを超える速度を出しているにも関わらず、鎧も馬も消えてしまったのである。

 つまり彼らはマッパで空中に放り出され、そのまま地面に落ちていったのだ。


「「「「「 ぎゃあぁぁぁぁぁぁ―――っ! 」」」」」



 或る者は顔面から地面に着地し、また或る者は膝から落ちて両脚を骨折した。

 そして半数ほどがその場で頚椎を折って絶命したが、すぐにリポップされている。

 致命傷は治されていたが、痛みはそのままで……



 100名の騎士全員がブリュンハルト隊の目の前に転がっていた。


 ブリュンハルト隊は、地面の窪みに隠してあった担架を持ち出した。

 同時に城門が開いて200名の国軍兵士たちが駆け出して来て、転がったまま呻き声を上げている騎士たちを担架に乗せ、城門に引き返して行ったのである。



 衝撃に硬直していた王孫殿下が我に返った。


「ほ、歩兵共っ! な、何をしておるっ!

 すぐに突撃して近衛兵を救出するのだっ!」


「「「 ははぁっ! 」」」


 だが、歩兵たちの必死の突撃も虚しく、騎士全員はワイズ軍に捕獲されて城門内に運び込まれ、門も閉じってしまったのだ。


「ええい! 全軍突撃を続けよっ!

 工兵隊はあの城壁に梯子をかけろ!

 兵は壁を乗り越えて中に侵入せよっ!

 すぐに内側から城門を開かせるのだっ!」


「「「 ははぁっ! 」」」



 もちろんビビルゴン小隊も動き出した。

 だがヒグリーズ王国軍将兵が走って突撃していく中で、この小隊だけは歩いていたのである。


 それを後方から走って来た指揮官が見咎めた。


「こらぁっ! お前たち突撃命令が聞こえなかったのかぁっ!

 歩かずに走れぇっ!」


「だけんども小隊長殿が走るなって……」


「なんだと!」


「こ、この無礼者めが!

 ぐ、軍で最も重要なのは指揮命令系統であり、故に小隊員たちは小隊長であるこのわしを守りつつ行動するのである!」


「そうか、俺はお前の上官である中隊長だ」


「!!!」


「それではこの小隊全員に命じる!

 この阿呆を縛り上げて、5人ほどで抱えたまま走って突撃せよ!

 城門を潜るときには盾代わりにして構わんぞ」


「「「 へぇーい! 」」」


「な、なんだと!」


「お前の言う指揮命令系統の上からの命令だ。

 よもや従えないとは言うまいな!」


「………………」


「急げっ!」


「「「 へぇーい! 」」」


「うひいぃぃぃぃ―――っ!」



 ビビルゴンは雁字搦めに縛られ、5人ほどの兵に担がれて運ばれて行った。


「班長殿、このデブ小隊長重いっすよ」


「ああ、確かに重いが、これだけ横幅が有れば敵の矢避けには最高だな」


「それもそうっすね♪」


「ところでもしも総員撤退の銅鑼が鳴ったらどうしやすか?

 この矢避け担いで帰るんすか?」


「いや、撤退の銅鑼は『速やかに撤退せよ』だからな。

 この矢避けは放り出して全速力で走って逃げるぞ」


「「「 へぇ~い 」」」


 こうしてビビルゴン元国軍総司令官は縛り上げられたまま突撃していったのであった。

 だがよく見れば、あちこちで元ワイズ王国国軍の将軍たちが同じように縛られて担がれながら突撃している。


「「「「「 うひいぃぃぃぃ―――っ! 」」」」」



 さすがにヒグリーズ王国軍の行動は素早かった。

 城壁にはすぐに20本もの梯子が掛けられて歩兵たちが駆け上って行っている。


 だが……


「「「 うわあぁぁぁぁぁ―――――っ! 」」」


 兵たちは叫び声と共に城壁の向こうに消えていく。

 壁の内側からは剣戟の音も聞こえて来ている。

(もちろんシスくんが録音していたものをスピーカーから流しているものである)



 総司令官アスペルガ王太孫は膝を打った。


「よし!

 歩兵たちが雄叫びを上げながら城壁を越えて行っているではないか!

 その調子で続けよっ!」


(あれは本当に雄叫びなんだろうか……

 兵たちの悲鳴に聞こえるのは俺の気のせいか?)


 殿下の周囲にいた幕僚たちは、全員がそう思っていたが、誰も何も言わなかった。



 そうして城壁を昇り終えた兵たちは……

 城壁上部の厚みが10センチしか無く、その向こうが深さ26メートルもある急傾斜の滑り台になっていることに絶望していた。

 そうして、後ろから梯子を駈け昇ってくる同僚に押され、為すすべもなく滑り台を転がり落ちて行ったのである。

 そうして、内堀の底にある水濠に落ちると同時にストレーくんが自分の倉庫に転移させていたのだった。


 しばらくすると、城門が内側から開かれた。

 城門の上にはヒグリーズ王国の旗も翻り始めている。


「よし! 歩兵を門内に突撃させよっ!

 城門内側を制圧して近衛兵たちを救出し、合わせて再集結の後に王城に向けて進発するのだっ!」


「「「 ははぁっ! 」」」



 歩兵たちが開かれた城門を潜って門内に突撃して行った。

 その内部にはいつのまにか幅5メートルほどの通路が出来ている。

 その通路は20メートルほど進んだところで直角に右に曲がっていて、よくある防御用の拵えになっていた。

 その曲がり角の先からは、激しい剣戟の音に加えて叫び声も聞こえて来ている。


 歩兵たちは敵軍との戦いに加わるべく、必死に駆けて角を曲がった。


 だが……

 その全員が角を曲がったところで消失していたのである。

 もちろんストレーくんの収納庫に送られていたのだった……





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