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*** 215 大城壁建設 ***

 


 軍の作戦室には100人ほどのご婦人たちが集合していた。

 アマーゲ公爵が訓辞を始める。


「よいか皆の者、既に隊長から説明を受けていると思うが、そなたたちはこれより重大な任務を帯びて、護衛兵と共にゲゼルシャフト王国全ての村や街に派遣されることになる。

 その任務とは、『貴族病』と『遠征病』の特効薬を配り歩くことである」


 ご婦人たちの表情が引き締まった。

 公爵将軍閣下から直接のお言葉を頂戴しただけでなく、その任務の重大性を理解してくれたのだろう。


「10歳以上の村人街人には兵が特効薬を配る。

 そなたたちの任務は、その年齢以下の子供や乳幼児に同じ効力を持つ別の特効薬を配ることである。

 また、この軍属婦人特効薬配布部隊は大幅に増員される予定になっているが、その増員たちに特効薬の配布の仕方を伝授することも任務になるので、こちらのダイチ殿の説明を心して聞くように」


「「「「 はいっ! 」」」」


「みなさん、大地と申します、よろしくお願いします。

 まずは自力で水を飲めるようになっている幼児や子供には、このジュースを1日1本3日間の間飲ませてやってください」


 大地は紙パックに入った120ccほどのジュースを取り出し、ストローの外し方や差し方などを実演して見せた。


「また、こちらの箱は『転送ボックス』と呼ばれるものでして、この白い石に触れると中に哺乳瓶と呼ばれるものに入った乳が出てきます。

 乳児には、この哺乳瓶のキャップを外して中の乳を飲ませてやってください。

 乳の温度は母親の体温と同じぐらいにしてありますので、この乳入りの瓶は溜めて置かずに必ずその都度石に触れて出して下さいね。

 乳児が乳を飲み終えたら、この哺乳瓶はまた『転送ボックス』に入れて、この青い石に触れて下さい。

 我々の本部で洗浄してまた使えるようにしますので。


 それでは実演してみましょう。

 今から私の国のご婦人たちに乳幼児を連れて転移して来てもらいますので、驚かないでくださいね」



 大地の合図で、その場に10人の乳幼児を連れた10人のご婦人たちが現れた。

 全員がダンジョン国の孤児院の子供たちと、そこで働く保育士さんたちである。


「やあみんな、ご苦労さん。

 こちらの皆さんにサプリジュースとミルクの飲ませ方を実演して見せてあげてくれるかな」


「「「 はい、ダイチさま! 」」」



 6歳ほどの子は、保育士さんからジュースのパックを受け取ると、嬉しそうに自分でストローを差して飲み始めた。

 2歳から5歳までの子には保育士さんがストローを差してあげている。

 また、乳児を抱えた5人の保育士は、それぞれが『転送ボックス』の白い石に触れて哺乳瓶を取り出し、キャップを外して腕に抱えた乳児に飲ませ始めた。

 乳児たちは哺乳瓶に吸い付いて、コクコクとミルクを飲み始めている。



「あ、あの……」


 40歳ほどのご婦人が恐る恐る手を挙げた。


「なんでしょうか」


「こ、これは母親の乳を溜めておいたものなのですかの……」


「いえ、それをするとすぐに乳が痛んでしまいますからね。

 この乳は、わたしの母国で作られたもので、実際にはこうした粉の状態で保存されているものなのです」


 大地はその場に粉ミルクの入った缶を取り出し、中身を出して皆に見せてやった。


「この粉を湯で溶いて、この瓶に入れて乳児に飲ませるんです。

 まあ粉の状態で皆さんに渡しても良かったんですけど、ご存知の通り生まれたばかりの子は3時間おきにお腹を空かせて泣きますからね。

 その都度湯を沸かして乳を作るのは大変でしょうから、こうして出来上がったものを転送ボックスでお届けするようにさせて頂きました」


「こ、この『こなのみるく』さえあれば、母親の乳が出なくとも赤ん坊は死なずに済むんですね!」


「はい」


 見ればそのご婦人は涙をポロポロ零していた。

 いや、その場のご婦人たちのほとんどが泣いている。



 この時代のアルスの新生児死亡率や乳児死亡率は、もちろんかなり酷いものだった。

 その原因は感染症などいろいろあったろうが、最も多かった理由は栄養不足の母親の乳が出なかったことだったのである。

 貴族などの富裕層であれば乳母などを雇うことも出来たが、庶民にはもちろん無理だった。

 このために、妊娠した女性には村を挙げて食料を融通していたのだが、それでも悲劇は避けられなかったのである。


 この女性も、そうした悲劇を間近で見たことがあったのかもしれなかった。

 いや、自分自身が悲劇の体験を持っていたのかもしれない……

 ご婦人全員が大粒の涙を零しながら、哺乳瓶で乳を飲む乳児を喰い入るように見つめていた……



「もし母親の乳が出なければ、皆さんの村や街での滞在は長引くかもしれません。

 ですが、これ以上赤子を死なせないためにも、どうかよろしくお願いします……」


「「「「 はいっ! 」」」」


 ご婦人たちの決意の表情には鬼気迫るものがあった。


(これなら大丈夫そうだな……)



 初孫が生まれたばかりの公爵閣下もやはり涙を流している。


「そなたたちの任務には、もちろん軍としても最大限の協力を行う。

 そなたらとその箱の護衛として4名の兵を常駐させ、村長や街長に命じて専用の宿舎も用意させよう。

 また、糧食も十二分に補給する。

 赤子も幼児も子供も国の宝である。

 頼んだぞ!」


「「「「 はいっ、閣下っ! 」」」」



 公爵閣下や守備隊長たちと共に大地は閣下の執務室に移動した。

 部屋では保育士さんたちがご婦人方に質問攻めにされている。

 お腹がいっぱいになった赤子や幼児たちはすやすやと寝ていたが、説明が終わればシスくんが保育士さんと一緒に転移させてくれるだろう。



「ダイチ殿……

 本当になんとお礼を言ったものか……

 これで貴殿に救われる命は数百人にも、いや、ゆくゆくは数千人にも及びましょう……」


「まあ、これがわたしの任務ですのであまりお気になさらずに」


「それでも礼を言わせてくだされ……」



「ところで、あのサプリ飴やミルクなんかを配って回るために、この砦の守備隊もかなり減ってしまいますよね」


「そのために、今臨時の増員を行おうと計画しているところです」


「これからゲマインシャフト王国のケーニッヒ侯爵閣下のところに行く約束になっています。

 そこで閣下にもご説明しておきますが、明日またお邪魔させて頂きますので、そのときに城壁を造ってしまいませんか」


「で、ですが、東北方向全域を防衛するとなると、その長さは400キロ以上にも及びますぞ」


「それぐらいなら大丈夫です。

 せっかくですから、ゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国を囲む広範な地域を壁で囲ってしまいましょう。

 西南側には頑丈な門も造っておきますので。

 城壁建設を行う予定地を地図に記載しておいて頂けますでしょうか」


「わ、分かり申した……」


「それから、城壁が出来ましたら、観戦武官と農業留学生もワイズ王国に連れて行きたいと思っていますので人選をお願い致します」


「なにからなにまで世話になります。

 このご恩は忘れませぬぞ」


「いえいえ、これこそが平和条約の御礼ですので……」



 その後大地はゲマインシャフト王国の第1砦に飛び、同じことを繰り返したのである……




 翌朝、ゲゼルシャフト王国第1砦には、アマーゲ公爵閣下とケーニッヒ侯爵閣下とその幕僚たちが集結していた。


「それではこれから城壁を造り始めましょう。

 建造予定地を記入した地図を見せていただけますか」


「こちらになります」


「シス、まずここに50人乗りの円盤を出してくれ。

 その後に俺たちが見学している前で、この地図の場所に城壁を造ってくれるか」


(畏まりました)


「みなさんこの円盤にお乗りください。

 座席に座って頂いてもいいですし、周囲に立って手摺に付いている輪を体に巻いて頂いても結構です」


 両閣下と幕僚たちは、内心の恐れを抑え込みながら円盤に搭乗した。


「それでは出発します」


「「「「 !!!! 」」」」


 円盤が宙に浮くと、全員の体が強張った。

 円盤はそのまま皆を乗せて城壁建設予定地上空に移動して行く。


「それでは建設を行います。

 シス、始めてくれ」


(はい)


 眼下に大きな溝が作られ始めた。

 そこから削り取られた岩石が外側に積み上がって行く。

 それらが形を変え始めて高さが20メートルもある城壁が作られていった。


 その城壁は、デスレル帝国側から見れば、単なる壁に見えたことだろう。

 だが近づいてみれば、その表面が極めて平滑なものであることがわかるはずである。

 また、通常こうした城壁の上面は幅が最低でも5メートルはあり、接近して来た敵を上から攻撃出来るように矢間や胸壁も作られているものである。


 しかし……

 この城壁の上面は、幅が僅かに10センチしか無かった。

 つまり平均台の幅と一緒である。

 これでは、例え長大な梯子を掛けて敵兵が城壁に登って来ても、その上部を移動するのはほぼ不可能だろう。


 さらに、その内側には深さ20メートルもの堀が作られていた。

 つまり城壁上部から堀の底までの高低差は40メートルもある。

 しかも外壁は垂直だが、内壁はスロープになっていて堀の底までまるで滑り台のような斜面になっているのである。

 その斜面も、最初は急峻ながら徐々に勾配を緩めて行き、堀の底の浅い水濠に着くころには水平に近い状態になっていた。


(み、見事なサイクロイド曲線になっとる……)


 そう、その内側は滑り台を最も早く安全に滑り降りられる形状であるサイクロイド曲線になっていたのである。

 これにより仮に城壁を乗り越えて内側に転落した敵兵がいたとしても、内側を滑って水濠に落ちて助かるだろう。

 水濠から先はまたもや20メートルの垂直岩壁だった。


 もちろん水に落ちた者はすぐにストレーくんの時間停止倉庫に転移させられる仕組みになっている。

 極めて人命を重視しながらも、難攻不落設計の城壁だった。


 この巨大な城壁が、国境に沿って伸び始めた。

 見る間に視界の端を超えて伸びて行っている。

 その結果、ゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の全域を取り囲む、総延長580キロもの長大な城壁が形作られていったのだった。


 将軍と幕僚たちは声も無い。



 もちろん両国には他の国から流れ込んでくる川も流れ出して行く川もある。

 これらの川と城壁の堀が交差する部分には、水道橋までが造られており、川の部分には人が通れないように格子もついている。



 さらに第1砦近くの堀手前の地面が盛り上がり始めた。

 そこに出来上がったものは、底面の直径が30メートル、上面の直径が25メートル、高さ40メートルもの塔だった。

 もちろん城壁の外側を監視するためのものであり、螺旋階段を昇った最上階には兵の滞在施設までついている。

 10キロ離れたゲマインシャフト王国第1砦の近くにも同じような塔が作られた。



「この塔には『隠蔽』の魔道具が置いてあります。

 つまり敵が近くに来てもこの塔の存在には気づかないでしょう」


 幕僚たちの口がぱくぱくしている。



「さて、城壁建設は続いていますが、下に降りて間近で壁を見てみましょうか」


 円盤がゆっくりと城壁の外側に下降した。


「ほら、さっき造った塔が見えなくなったでしょう。

 これで敵も警戒せずに近づいて来てくれるものと思われます」


「なんとまあ……」


「シス、城壁に階段を掛けてくれ」


(はい)


 壁に幅5メートルほどの石の階段が作られた。

 手摺もついた頑丈そうなものである。


 一行はゆっくりとその階段を昇って行く。


「「 !!! 」」


 階段を昇り終わった場所からの眺めはなかなかのものがある。

 僅かに10センチしか無い城壁上端の向こう側は、水濠まで続く深さ40メートルもの斜面になっており、しかもその城壁が延々と視界の端まで続いていたのだ。



 因みに……

 JR原宿駅から代々木公園に向かう途中に、左側に高さ3メートルほどの石垣がある。

 表面には凹凸があり、端には斜めになっている部分もある如何にも登りやすそうな石垣であり、筆者は小学生の頃、ついその石垣をよじ登ってみたのである。

 だが、上端に足を掛けて上に立とうとしてみれば、厚さ1メートルほどの石垣の向こう側は10メートルほども落ち込んでいて道路に至っていたのだ!


 その瞬間、少しチビってしまったのは懐かしい思い出である……





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