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210/410

*** 210 宗教国家 ***

 


 アマーゲ公爵閣下とケーニッヒ侯爵閣下が帰国した翌日、大地はアイシリアス王子から質問を受けた。


「ダイチ殿、もしよろしければ教えて頂きたいことがあるのですが」


「なんだい王子」


「あの、ダイチ殿はご自分が神界からの使徒であるということをご内密にされようとしていらっしゃいますよね」


「そうだが?」


「ですが、わたしが思うに、むしろ使徒であらせられることを喧伝された方がご任務には資するのではないでしょうか。

 あのように神々からの御言葉を頂戴出来れば、多くの者がダイチ殿のお言葉にも耳を貸すようになり、この大陸の平定も進むのではないかと思うのです」


「たぶんその通りかもしれないな」


「ではなぜご内密にされるのでしょう。

 よろしければその理由をご教授願えませんでしょうか」


「そうだな、そういう手段を取れば、確かに平定は早めに進むだろう。

 このアルスにも宗教があって教会はあるから、特に教会勢力を利用すればもっと早く平定が進むかもしれないよな」


「はい」


「だけどな、それで出来上がるのはたぶん最悪の宗教国家になっちゃうんだ」


「宗教国家…… ですか……」


「アルスが地球と同じ道を辿るかどうかはわからんけど、参考までに地球の宗教の歴史について話そう。

 地球の宗教は、まず『治安維持』として出発したんだ」


「『治安維持』……」


「当時の地球でも、ここアルスと同じように、『他者の持つ物が欲しければ、そいつを殺して奪えばいい』っていう考え方が当たり前だったんだ」


「はい……」


「でもそこに頭のいい奴が現れて、『汝殺すなかれ』『汝盗むなかれ』って言い出したんだよ。

 それで周囲のみんなが、『なんで殺して奪っちゃいけないんだ?』って聞くだろ。

 そうすると、何故なら全知全能の神がそう仰ったからだ、って答えるんだ。

 ついでに、『なんでその神とかっていう奴の言うとおりにしなきゃなんないんだ?』って聞かれると、『神の教えに背くと死後に地獄に落とされるから』って答えたんだよ。

 言うことを聞いていれば死後に『天国に行ける』とも言ったんだ。

 地球の宗教は、ほぼすべて天国と地獄がセットになっていたからな」


「……………………」


「それでさ、どんな権力者でも金持ちでも死ぬことは恐れていたわけだ。

 だから、死んだら天国か地獄のどちらかが待っているとか言われたもんで、震え上がっちゃったんだ。

『俺が神の教えに背いていたかどうか、どうやって判定するんだ?』って聞かれても、『神は全知全能だから分かるのだ』って答えればいいし。

 それで、こうした宗教が広まり始めた初期の頃には、殺人と強盗の数が少しは減ったらしいんだ」


「なるほど、宗教を創ったひとは多分『いーかいてい』が高くて、また実に頭が良かったんですね」


「そうだな。

 それで、原始宗教が担った次の役割は、『食料の最適配分』だったんだよ」


「……?……」


「興味深いことに、地球の宗教はその多くで『食べてはいけない動物』が指定されてるんだ。

 そのほとんどは当時その地域で家畜化されつつあった草食動物なんだけど。

 たとえば、地球にはアルスのボアによく似たブタっていう動物がいるんだけど、そのブタを飼って育てて食べることを固く禁じている宗教もあるんだ。

『神が禁じたのだ!』って言って」


「それはなぜですか?」


「権力者が旨いブタを食べるときには、囲いの中で飼って太らせてから食べていたんだ。

 その方が旨いから。

 そして、そのブタを食べるのを禁じたのは、そのブタに食べさせる食料があれば、民を何人も養えたからなんだ。

 もしくはブタに食べさせる穀物のために税を上げたせいで、民が大勢餓えて死んでいたとかだ。

 これを防ぐために、『神はブタを食べてはいけないと仰った』って言い出したわけだな」


「なるほど……

 おかげで餓えずにすんだ民もいたわけですね」


「そうだ。

 それから牛を食べてはいけないっていう宗教もあったな。

 牛は、穀物じゃなくってヒト族が栄養に出来ない草なんかを食べて生きて行けるんだけど、当時地球では牛は使役動物って言って、農業に使ってたんだよ。

 まあ、アルスでは牛が少ないんで俺の教えた新農法では使っていないけど」


「『使役動物』…… ですか……」


「例えば畑を耕すときに大きな鍬を引っ張らせるとか、水撒きをするときに水桶を運ばせるとかだ。

 それから糞も地面に埋めて置けばいい堆肥になるし、牛の乳はヒトにとっても最高の栄養源になるし。

 でも、牛の肉は旨いから、王族や貴族が農民から牛を取り上げて食べちゃってたんだ。

 おかげで作物の実りが減って民が飢えることもあったわけだな」


「だから宗教で牛を食べることを禁じたのですね……」


「そうだ。

 だから、そうした『宗教で食べることを禁じられた生き物』の中に、鳥や魚は入ってないんだよ。

 それらは山や海や川に行けば獲れるんだから、逆に民は餓えなくて済んだわけだからな。

 これを分かりやすく民に伝えるために、『足が4つある生き物は食べてはいけない』って言ってた宗教もあるんだ」


「なるほど」


「そうそう、面白い話があってな。

 俺のいた日本って言う国の言葉では、ほとんどすべての者を数えるときに、助数詞っていうものがあるんだ。

 例えば人を数えるときには『にん』っていう言葉を付けて『3人』とか言うんだ。

 牛や豚は『頭』か『匹』だし、鳥は『羽』だな」


「はい」


「ところがさ、何故か兎だけは『匹』じゃあなくって『羽』って数えるんだ。

 これ、なんでだと思う」


「さ、さあ……」


「権力者たちも、たまには肉とか食べたいから鳥を狩って来て食べてたりしたんだけど、ついでに野山にいた兎も狩って来てたんだよ。

 でも、兎も4足歩行動物だから、本当は食べてはいけないはずだろ。

 だからすぐに捌いて、『これは鳥の肉だ!』って言い張って食べてたんだ。

 それで兎を数えるときの助数詞が『羽』っていうものに定着しちゃったんだわ」


「はははは」


「ということで、宗教は最初治安維持のために発明されて、それがすぐに食料の最適配分のために使われるようになったんだ」


「ですが……

 今聞いたお話では、宗教は民のためになっていますよね。

 なのになぜダイチ殿は宗教国家を忌避されるのでしょうか」


「それはな、宗教が広まるにつれて、これを利用しようとするものが激増したからなんだよ」


「利用…… ですか……」


「そうだ。

 例えば、

『俺も神に任命された使徒である、俺の言うことを聞け』とか、

『神の言葉を広めるために教会を作った。信者は教会税を払え』とか、

『俺に教会税を払わないと、死後に地獄に落とされるぞ!』とかだな。

 それで民たちは領主に税を取られて、教会にも教会税を取られるようになっちゃったんだ」


「…………………」


「それで、信者が『領主さまへの税に加えて教会にまで税を払ったら、もう食べるものがありません。このままでは飢えて死んでしまいます』とか言うとさ。

『安心しなさい神の子よ。教会税さえ払っていれば、飢えて死んでも天国に行くことが出来ます♪』とかって言われちゃうんだわ」


「……………………………………」


「もちろん本物の神界はそんなことを言ってないし、当時の地球に使徒はいなかったけどな」


「ひ、酷い話ですね……」


「さらにだ。

 そのうちに、『王権神授説』とか言って、『我が一族が王であるのは、祖先が神に王として任命されたからなのである! だからもっと税を払え!』とか言い出す奴まで現れたんだ。

 中には、『俺の祖先は神なので、俺も神である。だから言うことを聞け!』とか言い出すバカも現れたし。

 その国では、

『我が国は神である天皇陛下がおわす国なので、周りの国も支配して神にもっと喜んでいただこう』とか、

『もし周辺国を従えるための戦争で劣勢になっても、神が助けて下さるから大丈夫だ!』とか、

『兵は神である天皇陛下のために安心して死んで来い』とかって言ってたな。


 実際には、その神を名乗る奴は、単に祖先が周り中の奴を殺しまくって脅しまくって国を作ってただけだったんだけどさ。

 まあ、盗賊団の規模が大きくなった後に、子孫たちが権威付けが欲しくなって、神に任命された王だの貴族だのって言い出しただけなんだよ。

 どうも、ヒト族って暴力で他人を殺しまくってのし上がったあとは、尊敬を求めて勝手に地位を作り始めるようなんだ」


「な、なるほど……」


「っていうことでさ、最初は民のために作られた宗教も、そのうち『権力者による収奪のための道具』や『戦争を仕掛けるための理由』にされちゃったんだ。

 もしくは『単なる盗賊団の親玉を尊敬させるための手段』だな」


「王族であるわたしが言うのもなんですが、本当に酷い話ですね……

 地球では今もそんな状態なんですか?」


「いや、今では宗教が支配と金集めの道具にされているのは半分ぐらいだな。

 後の半分は『娯楽』か『精神安定剤』だ」


「……?……」


「たとえばさ、国を代表するような権力者が、『あの国の奴らは俺の言うことを聞かないのでムカつく』とか『あいつらは俺を王に任命した神と違う神を信じているのでムカつく』とか思ったとするだろ。

 それで軍に命じてその国に攻め込ませて、王族や貴族や大勢の民を殺したりするんだ。

 でもさ、ふと我に返ると怖くなったりもするんだよ。

『俺はあんなことを命じて人を殺させたせいで、地獄に落とされるかもしれない』って。


 それでな、今の地球にある宗教には『神に祈ればすべてが許される(だから教会に寄付金払え)』っていう教義があるんだ。

 まあ、後付けで発明された便利な教義なんだけど。


 だから権力者は教会に行って祈るんだ。

『神よ、私は罪を犯しました。軍に命じて何万人もの人々を殺させてしまったのです』ってな。


 そうすると、教会で神の代理人を名乗る奴が言うんだ。

『ご安心なさい神の子よ。神は寛大です。あなたが神に懺悔したことによって、神はあなたの罪を全てお許し下さいました(だから俺に寄付金払え)』って。


 それでその権力者はすっきりして、また大勢を殺す命令を出せるようになるんだよ。

『後から神に懺悔すれば全て許されるから大丈夫だ♪』って思ってな。


 まあ、殺人者や犯罪者が精神を安定させるための道具だな。

 その分教会は儲かるし。


 たぶん地球には盗賊団の親玉の中にも敬虔な信者はいるだろうな。

 そいつらも教会に行って祈るんだ。


『神よ、私は罪を犯しました。対立する組織のボスをぶっ殺し、みかじめ料を払わないフザケた民を見せしめに半殺しにしてしまったのです』

『安心しなさい神の子よ。神はあなたの懺悔を受けて全ての罪を許されました(寄付金は多めにお願いしますね♪)』とかやってるんじゃないか?」


「ひ、酷い話ですねえ……」


「この話を聞いて、『酷い話だ』って思えるのは王子のE階梯が高い証拠だ。

 E階梯1以下の奴だと、『旨い儲け話だなあ、俺も教会を作ろうか』って思うだろう」


「…………」


「ということでまあ、宗教ってぇのは、地球のヒト族が創った最悪の発明品のひとつなんだわ」


「だからダイチ殿は、この中央大陸の平定に当たって神界の権威を使われないのですね……」


「そうだ。

 俺がいるうちはまだいいが、500年経って俺が死んだ後に、俺を信仰する宗教が悪用されるのは避けたいからな」


「なるほど、『俺もダイチ殿と同じ神界の使徒だ。だから俺に税を払え』と言ったり、『使徒ダイチさまが俺にこの国を治めろと仰ったので、今の王族貴族を皆殺しにして俺が王になる!』などと言い出す輩が出てくるかもしれないということですか……」


「地球では、『我々の国と違う宗教を信じているあの国の民は、ヒトではない!』、『故に奴らを殺せば殺すほど、我らが神はお喜びになる!』とか言って、自分たちが異国の民を何人殺してどれだけ財を奪ったかを自慢してた奴もいたしな。

 それで、奪った財を王に献上して貴族になってた奴も大勢いたし」


「宣伝文句は違っても、やっていることは今のアルスとまったく同じだったのですね……」


「その通りだ。

 そして、そんな奴が何千人も何万人も出て来てたのが今の地球なんだ。

 あれを見てると、平定や統治に宗教を使うのは最悪の手段だって思うんだよ。

 今のアルスの『俺は武力を持ってるからいつでもお前を殺せる。だから俺に税を払え!』って言ってる盗賊貴族や盗賊王族の方がマシに思えるぐらいだわ。


 もし本物の神界が直接管理下の世界に力を及ぼせるとすれば、地球では今ごろ宗教関係者や権力者を中心に何億人も逮捕されて消えてると思うぞ」


「よ、よくわかりました。

 ご教授ありがとうございます……」





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