*** 21 助役さんたち ***
空間収納部屋でスキルや魔法の修練を行い、体感時間で10日ほど過ぎると、大地はいつもの通りタマちゃんを頭に乗せて買出しに出かける。
もちろん時間経過の無い収納庫なので、食料などはいくらでも買い溜めが効くはずだ。
(でもさすがに中学生がスーパーや弁当屋で弁当100個とか買ったらヘンだもんなぁ。
6軒はしごして10食分ずつ買うのがせいぜいだろう)
だが……
「ねぇねぇあの子、またお弁当10個買いに来てるわよ」
「毎日だもんね。主任さんがお弁当の仕入れを10個増やしてたわ」
「きっとどこかの土建屋さんとかで働いてて、先輩たちの分を買いに来させられてるのね」
「まだ16歳ぐらいに見えるのに、中卒で働いてるのかしら」
「それにしても姿勢がいい子ね。歩いてるときも背筋がピンとしてて」
「ええ、まるで頭の上に何か乗せて歩いてるみたい」
スーパーやコンビニのお姉さんたちの間で話題になっていることには気づかない大地であった……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
空間収納部屋での鍛錬はその後も続いた。
大地の体感で2か月になろうとしていたが、地球では5日しか経過していない。
そして今日は土曜日。
毎週恒例、須藤邸にお邪魔して夕食をご馳走して貰う日である。
祖父が存命中は佐伯や静田は仕事で参加しないこともあったが、最近では皆顔を揃えるようになっていた。
(なんかみなさんに随分気を使って貰っているよなぁ……)
賑やかな夕食の席で、ダイチは久しぶりにタマちゃん以外との会話を楽しんでいる。
この夕食会では、いつもの通り大人たちはビールで乾杯しただけで、あまりアルコールは飲んでいない。
まあ大地に配慮してくれているのだろう。
正月の食事会は例外だった。
タマちゃんはこの家に来る前に1缶300円の最高級ネコ缶2個で満腹していて、今は姿を消して部屋の隅で丸くなっている。
(あ、そうだ。ちょっと失礼だけど、みなさんを『鑑定』してみるか……)
どれどれ、まず佐伯さんは……
うわっ! E階梯は4.3もあるのか。
はは、適正職業は『法』だってさ。
まさに弁護士さんにぴったりだね。
あー、須藤さんのE階梯も4.2で適正職業は『医』。
静田さんもE階梯は4.2で適正職業は『商』だって……
これ、じいちゃんがダンジョンマスターになるのを断ってたら、この3人のうちの誰かがなってたんじゃないかな……
あっ!
そ、そうか!
じいちゃんがこのひとたちを支援してあげて、大学にも行けるようにして開業資金まで出してあげたのって……
このE階梯と適正職業を『鑑定』で知ってたからだったんだ!
それでそれぞれの道を進ませて成功者になって貰って、それで支援者にもなって貰ってたんだ。
なるほどねー。
それじゃあ良子さんは……
はは、E階梯4.5で適正職業は『母』だってさ。
淳さんは、E階梯4.8もあるのか。
優しいし真面目だし納得だわ。
勉強は嫌いだったみたいだけど。
あ、適正職業は『内政』だって……
俺が断ってたら、淳さんがアルスのダンジョンマスター候補だったかも……
(ねえタマちゃん、須藤さん夫妻と佐伯さんと静田さんに俺の仕事の手伝いを頼んでみてもいいかな)
(もちろんにゃ)
(それから淳さんにも頼んでみようかと思うんだけど。
異世界が好きだからOKしてくれるかも……)
(それも最高の人選にゃろうね)
(ありがと)
食事会が終わり、大地と淳は良子を手伝って洗い物をした。
淳は調べ物があると言って部屋に戻ったが、大地は4人と一緒にリビングのソファに座ってコーヒーを飲んでいる。
「あの…… 実はみなさんにお願いがありまして……」
途端に4人の顔つきが変わった。
たぶん仕事で見せるであろう以上の怖いほど真剣な表情だった。
やや怯みながらも大地は言葉を続ける。
「み、みなさんは、じいちゃんが異世界アルスでダンジョンマスターをする上で、ご協力いただいていたんですよね」
4人の目が見開かれた。
佐伯弁護士がやや手を震わせながら言う。
「そ、それをご存知だということは……
だ、大地さんも……」
「はい、先日祠様にお返事申し上げまして、わたしもアルスでダンジョンマスターをさせて頂くことになりました」
須藤夫妻が立ち上がって、ソファの前にあったローテーブルを片付けた。
4人がその場に正座し、両手をついて頭を下げる。
「神界の重大なるご任務、ご拝命誠におめでとうございます!」
「「「 おめでとうございます! 」」」
「あ、あの…… そ、そんな……
み、みなさんどうか頭をお上げください!」
4人はどうにか顔を上げてくれたが、その頬には涙が光っている。
「こ、こんな嬉しいことはございません……」
「だ、大地さまがあの神界のご任務をご襲名なされるとは……」
「この上は幸之助さまよりご依頼いただいた我らの務めを完遂していくのみ……」
「お、おめでとうございます……」
仕方が無いので大地も絨毯の上に正座した。
「そ、それでですね。
みなさんへのお願いとは、これからはじいちゃんに続いて私を助けていただけないかということなんです。
なにしろわたしの希望で、アルスではあの暴虐吹き荒れる中央大陸のダンジョンマスターを任せて頂くことになりましたので。
まだ若輩者ではございますが、どうかお願いいたします」
大地も頭を下げた。
「だ、大地さま! どうかお顔をお上げくださいませっ!」
「助役のご指名誠にありがとうございまする……」
「あのように尊いお仕事の一助となれるとは……」
「大地さま、精一杯務めさせて頂きますわ」
「あ、あの、お願いですから今まで通り『大地くん』で……」
「いえいえ、余人のいる場所でならともかく、我々しかいない場ではこの申し上げ方でお許しください」
「大地さまのいらっしゃらない場では、幸之助さまもそのように呼ばせていただいておりましたし」
「なにしろあなたさまは『神の御使いさま』なのですから」
「そ、そそそ、そうだったんですか……」
良子が心配そうな顔で聞いて来た。
「あ、あの…… 大地さま……
た、タマさまはお元気でいらっしゃいましたでしょうか……」
(あ、そうか。
じいちゃんの手伝いをしていたってことは、良子さんもタマちゃんのこと知ってたんだ……)
「タマちゃん、姿を現してくれる?」
「はいにゃ♪」
「まぁ! タマさま!」
タマちゃんがとてとて歩いていって良子さんの膝の上に座った。
「リョーコ、久しぶりにゃ」
「またお会いできて嬉しゅうございます……」
良子さんは大粒の涙をぽろぽろ零して泣いている。
「あっ、す、すみません!
すぐにお刺身のご用意を!」
「今はお腹いっぱいにゃから、今度お願いするにゃ。
それより久しぶりに喉撫で名人の技をお願いしたいにゃぁ」
「はいっ!」
タマちゃんは、良子さんに喉を撫でられて気持ち良さそうにごろごろ鳴き出した。
「ですが大地さま。
我らもいささか歳を取りました……
今後のこともお考えになられて、若い助役もお選びになられていた方がよろしいかと……」
「ええ、須藤さん、そのことなんですけどね。
もしよろしければ、淳さんにもお手伝いをお願い出来ればと思っているんです……」
「「「 おおっ! 」」」
「まあっ!」
「じ、淳などでよろしいのですか大地さま……」
「もちろんですよ。
あのE階梯の高さ、あの異世界への興味。
淳さん以上の方はいらっしゃいません」
「り、良子よ! すぐに淳を!
い、いやお前はタマさまへのご奉仕を続けなさいっ!
わ、わたしが呼んで来るっ!
しばらくすると、須藤さんが淳さんを引っ張って来た。
「どうしたっていうんだい父さん。そんなに慌てて。
えっ!」
リビングのローテーブルがどけられて、そこに全員が正座している状況に淳は絶句した。
それに彼の母親の膝の上には、亡くなった幸之助さんの飼い猫だった白い猫がいる。
「なっ、なになになになにこの状況っ!」
「淳…… お前もそこに座りなさい」
「あ、ああ……」
「よく聞きなさい。
お前も良く知っている去年お亡くなりになられた北斗幸之助さまは、実は神界に任命された使徒として、アルスと言う名の異世界でダンジョンマスターをされていたのだ」
「と、父さん、だ、だいじょうぶ?」
「本当だよ淳くん」
「我らの恩人幸之助さまは、天に選ばれた方だったんだよ」
「本当のことよ淳」
「……か、母さんまで……」
「お前は4歳の時に家の前でトラックに轢かれて死にかけたのを覚えているか」
「う、うん。小さかったんであんまり覚えてないけど、危うく死ぬところだったんでしょ」
「そうだ。内臓破裂数か所、脊椎開放骨折、大動脈切断による大量出血。
お前も医者の端くれだ。
これがどういうことかわかるか」
「……まさに瀕死の重傷だね。
っていうかよくそれで生きていたよね……」
「わたしも医師だ。
あの時のお前はもう手の施しようが無かった。
数秒後には死んでいたのは確実だったのだよ。
良子もそれはわかったのだろう。
お前の体に縋り付いて狂ったように名を呼んでいた……」
「………………」
「そのとき、その場にいた幸之助さまがどこからともなく小瓶を取り出され、お前に振りかけられたのだ。
そうして……
トラックのタイヤに轢かれて潰れていたお前の肝臓がみるみる修復され、同じく破裂していた腎臓もすぐに形を取り戻して行った……
そして千切れかけて泥にまみれたお前の腸も修復されて腹の中に収まって行く。
もちろん複数個所が折れていた脊椎もすぐに治って行った。
腹部の裂傷さえ完治していたよ……」
「…………………………」
「そう、お前は天の御使い様が下されたレベル10の医療ポーション『エリクサー』のおかげで命を取り留めたのだ」
「え、エリクサーっ!!!」
「本当よ淳……
わたしたちはあの日、天から奇跡を賜ったの……」
「淳くん、わたしは10年前に胃に悪性腫瘍が見つかったのだよ。
診断は余命1年だった。
だが幸之助さまから賜ったエリクサーですぐに完治したのだ」
「佐伯さんまで……」
「わたしたちはね、光栄にも幸之助さまに選ばれて、そのご任務を達成されるためのお手伝いをさせて頂いていたのだよ。
幸之助さまは、号泣しながら地に額を付けてお礼を言う須藤さん夫婦に、微笑みながら『いつも助けて貰っているのだから、これぐらいは当然のことだ』と仰られていた……」
「静田さん……」
「わたしたちはそこで改めて幸之助さまに忠誠を誓ったの……」
「母さん……」
「それでな淳、幸之助さまがお亡くなりになられた後、天はこの大地さまに後任のダンジョンマスターになられるように御指図下されたそうなのだ」
「ええっ!」
「ありがたいことに、大地さまは我々に引き続きの助役をご依頼下さられた。
だが我々ももういい歳だ。
そこで大地さまは、お前にも助役をご依頼下されるというのだよ」
「ええええええっ!!」
「すみません淳さん、もしよろしければお願い出来ませんでしょうか……」
「あ、あのあのあの……
も、もしお手伝いとかさせて頂いたら、異世界にも……」
「あ、淳さんを異世界に連れて行ってあげるとか出来るのかなタマちゃん」
「もちろんにゃ♪」
「ね、猫が喋ったっ!」
「これ淳、タマさまは天の御使いさまぞ。
失礼のないように!」
「ははは、この姿じゃ無理ないにゃ。
これならどうかにゃ?」
タマちゃんがまた微かなポンという音と共にワーキャット幼女姿になった。
「ね、ねねね、猫獣人っ!」
「その呼び方はあんまり好きじゃあないのよね。
ワーキャットって呼んでくれるかしら」
「は、ははは、はいっ!」
タマちゃんはワーキャット姿のまま良子さんの膝の上に戻った。
「そうだダイチ、ジュンに火魔法Lv2でも見せてあげたら?」
「でも俺まだ、出した火をすぐ消せないんだけど……」
「それはあたしが消してあげるから」
「わかった」
大地が差し出した手のひらの上に野球のボール大の火の玉が出た。
淳の口が同じ大きさに開いている。
「それじゃあ消すわね」
タマちゃんが指さすと、火の玉はすぐに消えた……