*** 209 絵姿 ***
「ということで、既に完成している城壁と魔法の力がありますので、周辺4か国が相次いで攻め込んで来ても対処出来ます」
「4カ国の軍勢を合わせれば最大で1万5000を超えよう。
それでも問題は無いと仰られるか……」
「はい、似たようなことはもう何度もやって来ていますし」
「何度もですか……
そういえば、西南にあったカルマフィリア王国という国が滅んだとのことですが、それが実に奇怪な滅び方をしたそうで、王族も貴族も兵も民も皆いなくなってしまったそうなのです。
もしや……」
「ええ、わたしが滅ぼしました」
「「 ………… 」」
「あの国の王族や貴族は特に強欲で、ちょっと商品を見せてやっただけですぐに襲って来ましたから、捕獲するのは簡単でした。
あ、ですがご安心ください。
王族も貴族も兵も全員私の国の牢で生きていますし、民たちもわたしの国で幸せに暮らしていますから」
「「 ………………… 」」
「ということで、両閣下のご懸念はたいへんに有難く思うのですが、援軍の必要は無いかと存じます。
ですが、よろしければ観戦武官を派遣して頂けませんでしょうか」
「『観戦武官』とな……」
「はい、この地での戦の状況を観戦していただき、後に両閣下に報告して頂く兵もしくは将校のことになります。
周辺国から軍が攻め込んで来た際には、この建物がワイズ王国とダンジョン国の共同作戦本部になりますので、ここに常駐して頂くことになるでしょう。
宿舎は両閣下が御滞在くださった建物を利用して頂きます」
「了解した。
後程人選をしてその観戦武官を派遣させて頂くが、たぶん私の2男になるだろう」
「わたくしも我が2男を派遣させて頂きたいと思います」
「ありがとうございます。
それからですね、4か国の戦力を無力化した後は、デスレル帝国も同様に無力化したいと思っております。
あの国がこのあたりの諸悪の根源の様ですので。
そこで、事前準備としてお二方にご提案があるのです」
「是非聞かせてくだされ」
「まずは地図をご覧いただきましょうか。
シス、ゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国北東側国境沿いの20万分の1地図を出してくれ」
(はい)
「こちらは、閣下方の国とデスレル帝国属国群との国境沿いの地図になります」
「こ、これは……」
「なんという…… なんという精緻な地図でしょうか……」
「こ、この凸の印は……」
「それは砦の位置を表したものです。
お二方の国はデスレル勢との国境沿いに4つずつの砦を有していらっしゃったんですね」
「これは貴国の偵察兵が現地を歩いて作成されたものなのですかの……」
「いえ、先ほどご紹介させて頂いたシスが魔法の力で調べて作ったものです」
「なんと……」
「おお、これはフォボシア王国の砦の位置まではっきりと書いてある!
これはダイモシア王国の前線砦であるな!」
「使徒殿、この縞線は……」
「それは標高を表したものですね。
ところどころに書いてある数字は海面からの高さを意味していまして、同じ線の上は同じ標高だということになります」
「そうか! これで地形まで分かるのか!」
「はい、実に便利なもので、特に戦には欠かせないものでしょう」
「これほどの物を、たった一人でしかも1700キロ離れた地で作り上げてしまうとは……
やはり魔法とは凄まじいものなのですな……
ところでこの地図は、この国境沿いの分しか無いのでしょうか」
「いえ、デスレル帝国と、その周辺の属国群と思われる地域の分は全て作ってあります。
ただ、残念ながら魔法では各国の国境は把握出来ないのですよ。
それで、よろしければこうした地図を20枚ほど差し上げますので、分かる範囲で国境線を記載して頂けませんでしょうか」
「もちろん任せてもらおう……」
ぜんぜん関係無いのだが……
筆者は以前、東京→新潟、青森→新潟、東京→愛知という区間を歩いてみたことがある。
(それぞれ、12日、9日、17日かかった)
これは普通の大きさの地球儀の上でも1.5センチほどの長さになるのだが、もっと大きな地図を壁一面に貼って、自分の歩いて来た場所を眺めてみたいと思ったのである。
そこで大型書店に行って、国土地理院発行の20万分の1地形図を20枚購入し、糊で張り合わせて巨大地図を作ってみたのだ。
だが……
極めて正確に慎重に張り合わせていったのだが、出来上がった巨大地図は歪んでしまっていた。
そう…… まるで中央部が膨らんでいるかのように……
そこで気が付いたのだが、あの20万分の1地形図も5万分の1地形図も、上辺の方が下辺より微妙に短かったのである。
つまり、地球の曲率が忠実に再現してあり、あの張り合わせた巨大地図の膨らみは、地球の曲率そのものだったのだ!
この球面の上を歩いていたのかと思うと、けっこうな感動があったものである。
閑話休題。
「それでですね、このワイズ王国の周辺4か国を無力化した後は、是非デスレル帝国とその属国群にも攻め込んで来て貰いたいんですよ。
ですが、現状ではお二方の国が立ちはだかっていて、奴らも攻め込んでは来られないでしょう。
それで、ゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の防衛を強化すると同時に、デスレル勢の侵攻を誘引するために通路を作ってやりたいんです」
「『通路』とな……」
「はい。
まずはお二方の国とデスレル属国群の間に堅固な城壁を造らせて頂きたいと思います。
堅固というよりは突破不可能な城壁にするつもりですが。
その後は両国の国境とみられるこの地域にも、同様に城壁を造りたいのですが、こちらは間を200メートルほど空けた2枚の城壁にしたいと思います。
デスレル勢は、この城壁の間の通路を通ってワイズ王国に攻め込んで来られるようにしてやります」
「なるほど。
しかし、200メートルもの間隙は必要であろうか。
20メートルほどもあれば十分ではないかな」
「それでは城壁上からの挟撃を警戒して回廊に入って来てくれないかもしれません」
「そういうことでしたか。
ですが、それでは我らの国同士の連携が取れなくなりますな……」
「ご安心ください。
両国の間には、この通路の下を通る大き目の隧道を掘らせて頂きたいと思っています。
砦同士の近くに1か所、後は交易や連絡用に2か所ほど」
「そのようなものまで造れますか……」
「はい」
「その城壁の高さは如何ほどになろうかの」
「そうですね、デスレル側から見た壁の高さは20メートルほどで如何でしょうか。
その内側にはやはり深さ20メートルほどの堀も作りますが」
「だがの、ケチをつけるわけではないのだが、どれだけ大きな城壁でもどれだけ深い堀でも、時間さえかければ超えられるのだ。
例えば大勢の奴隷兵を投入し、城壁の前に石や土を積んで斜路を作るとか同様に堀も埋めて行くとか……
故にそうした工事を妨害するために、城門上から攻撃したり時には門から打って出なければならんことも……」
「ははは、それらが完成しかかったら、ストレーが全て収納してしまうでしょう。
敵の工兵指揮官はさぞかし落胆するでしょうね」
「な、なるほど……
魔法を使えばそのようなことも容易だと仰られるのですな……」
「はい。
まずはワイズ王国周辺4か国を無力化します。
次にそれら城壁を造った後に、ワイズ総合商会がデスレルの属国群やデスレル本国で営業を開始し、商品を見せつけてやります。
同時に『遠征病』や『貴族病』の特効薬があることも教えてやれば、奴らも攻め込んで来てくれるのではないでしょうか」
「間違いなくそうなりましょうな……」
「それに、そうした城壁が出来れば、お二方の国も兵力に相当な余裕が出来るはずです。
そうなれば、農業生産もかなり増やせて民の暮らしも楽になるのではないでしょうか」
「それは実にありがたい話だ。
それでの、頼み事ばかりで申し訳も無いのだが、あの冬でも麦を育てられる秘術を教えて頂けないものだろうか」
「それに、出来れば『遠征病』と『貴族病』を防ぐための野菜の種類や育て方もご教授願えないものかと……」
「実はワイズ王国では、そうした知識を普及させるために『農業学校』を作ったのです。
ですから、そこに『留学生』を派遣されたら如何でしょう。
ワイズ陛下、構いませんよね?」
「もちろんだ」
「かたじけない……
それで、留学生は何人ほど受け入れて頂けるのですかな」
「そうですね、今初等学校では6000人の民に読み書き計算を教えているんです。
それで、読み書き計算が出来るようになった者の中から、500人ほどを農業指導者にするべく中等学校で指導していますので、留学生は多少人数が多くなっても大丈夫ですよ」
「なんとまあ、民全員に読み書きを教えておられるのか……」
「はい、読み書きの出来る民こそは国の最高の財産であり、国家100年の計に繋がると思いまして」
「だとすると、留学生も読み書きが出来る者がよろしいということになりますな。
ということは、軍曹以上ということになりますか」
「貴族の係累者に限るという条件はあるのですかな?」
「いえ、人選に条件はありません。
ただまあ、次世代の農業リーダーを育てるわけですから、出来れば若い方の方がいいかもしれません。
ですが、その農学校には貴族コースは作っていません。
生徒はほぼ全員平民ですし、また実際に畑を耕したり種を植えたり水やりなどもしますので、もし貴族家係累者の方を派遣されるとしても、そうした作業も全て行って頂きます。
これは、エルメリア王女殿下のお言葉なのですが、畑や作物に貴族だの平民だのという違いはわかりませんからね」
「委細承知した。
仮に貴族家係累者を派遣するとしても、重々言い含めておくこととしよう」
「はは、まああまりに尊大な態度を取って授業の邪魔になるようでしたら、魔法で送り返しますので」
「わははは、それはさぞやいい薬になろうな」
「それでは留学生の扱いはすべてわたしにお任せいただけますでしょうか」
「承知した。
留学生を貴殿にお預けするからには、煮るなと焼くなと好きにしてくだされ」
「貴族だからという特別扱いも一切不要でございます」
「ありがとうございます。
その代りにわたしの持つあらゆる農業知識を授けることをお約束しましょう」
「留学期間は如何致すかな」
「それは本人の能力と意志次第でしょう。
本人がもっと学びたいと思えば高等部で勉強や研究を続ければいいでしょうし、十分学んだので早く国に帰って実践してみたいと思えばそれもいいでしょうし」
「なるほど」
「ところで、お二方もお忙しいでしょうし、こうして一堂に会せる機会もそうは取れないでしょう。
ですから、他に何かご要望はございませんでしょうか。
もしわたくしに出来る事でありましたら、ご希望に沿わさせて頂きたいと思います」
両閣下の顔が俄かに赤くなった。
「そ、それではの……
ぶ、不躾なお願いなのだが、あのロビーにあった絵姿は魔道具によって作られたものであると推察するのであるが、も、もしよろしければその魔道具を貸しては頂けないものだろうか……
そ、その…… わ、我が初孫の絵姿を……」
「わ、わたくしにも是非……
そ、それからあの『音楽の魔道具』も贖わせて頂けませんでしょうか……」
こうして、アマーゲ公爵領の居城とケーニッヒ侯爵領の居城には、淳とその弟子たちが派遣されることになったのである。
淳は、一眼レフカメラと三脚などに加えてレフ版などの機材まで持ち込んだ。
そうして3日ずつもかけて両閣下の初孫の写真を撮りまくったのである。
(機嫌のいい状態の赤ん坊の写真を撮るにはたいへんな時間が必要である)
交代で帰宅した閣下も含めて、家族写真も撮ってあげている。
それら数百枚に及ぶ写真は全ていったんL版でプリントされ、後に閣下たちが選んだ10枚ほどが大きく引き伸ばされた後に額装されて届けられた。
両閣下は、砦の私室にそれらの写真を持ち込み、より一層国防の意欲を滾らせたということである……
また、ケーニッヒ閣下は激務の終わった夜、私室で孫の写真を見ながら音楽を聴くのが日課になった。
あの午餐会で使用されたステレオセットは音楽の魔道具として改造され、その中にはシスくんが1000曲を超える曲を入れてあげている。
それらの曲の中でも、閣下が特に気に入っていたのは、ドラ〇エの交響組曲シリーズと戦記物のアニメの勇壮な主題曲だったそうだ……