*** 206 酒勝負決着 ***
「それでは恐縮ですが、どなたかこのささやかな賭けの立会人をお願い出来ませんでしょうか」
「わたしが立会人になろう」
「よろしければわたくしも」
アマーゲ公爵とケーニッヒ侯爵が声を出した。
2人の超大物の登場に周囲は声も無い。
「両閣下、誠にありがとうございます。
余興に御参加される方々は、こちらの両将軍閣下に立会人になって頂けるということでよろしいでしょうか」
2人の将軍が7人の参加者を睨め付けた。
抑えていても溢れ出る両将軍の威厳に、全員がこくこくと頷いている。
「それでは勝負のルールを決めさせて頂きましょう。
まずは、酒はわたしの用意させて頂くものでよろしいですか?」
「それはそうでしょうな。
こちらのみなさん方が、酒を持参されていらっしゃるならともかく」
「それではこちらの酒を使わせて頂きましょう」
王族席と主賓席の間に大テーブルが1つと小テーブルが2つ出て来た。
そのうちの大テーブルに角瓶(40度)が20本と超大型ピッチャーが出現し、瓶の封が次々と開けられてピッチャーに注ぎ込まれている。
「わたくしは本日ほとんど酒を飲んでおりませんでしたからね。
毒味を兼ねまして、公平を期すためにも、試飲はわたくしがさせていただきます」
大振りのタンブラーが8つ出て来た。
そのうちのひとつにピッチャーからウイスキーがなみなみと注がれる。
大地はそのタンブラーを手に取って、ぐびぐびと一気に飲み干した。
(ふう、『状態異常耐性Lv9』があるからいいようなものの、これ、スキルがなかったらヤバいわ……)
「わはははは!
小僧っ! そのようなエールで勝負を行うというのか!」
「その程度の量のエールでは全く足りんぞ!」
(はは、確かに色はエールに似てるか。
でもアルコール度数は20倍だけどな……)
「ご心配は無用です。
この酒はまだまだいくらでもありますし、それにもっと強い酒の用意もございますので。
それではアマーゲ公爵閣下、ケーニッヒ侯爵閣下、恐縮ですが念のためご試飲をお願い出来ませんでしょうか」
(それにしても2人してすげぇ家名だよな。
なんかどんな超高級車でも魔改造してシャコタンにしちまいそうだわ……)
両将軍閣下が小ぶりなタンブラーに注がれた酒を口に含んだ。
「こ、これは……」
「うむ、まっこと酒勝負に相応しい酒だ!」
アマーゲ公爵が恐ろし気な笑みを見せた。
「それでは勝負の条件を決めさせて頂きたいと思います。
これからグラスに注がれた酒を1杯ずつ飲んで行き、わたしがそれ以上飲めなくなるか、口にした酒を吐き出したときには私の負けとさせていただきます。
もちろん、みなさんも同じ条件です。
また、わたしが飲めなくなった時点でまだお飲みになれていらっしゃる方には、おひとり金貨300枚を差し上げます。
わたしが全員に敗北した場合には合計金貨2100枚のお支払いになりますね。
トータルで負けずに済むためには4人の方に勝てばよろしいのですか」
大地が微笑みながらそう言うと、傍らのテーブルに山積みにされた金貨が現れた。
大地のやや弱気とも取れる発言を聞いて、7人の目が貪欲に濁り始めている。
ケーニッヒ侯爵が口を開いた。
「少々お待ちください。
ダイチ・ホクト殿はともかく、皆さんは今日金貨300枚の御持ち合わせは無いでしょう。
皆さんが負けられた場合のお支払いはどうなりますか」
「そうですね、みなさまご自宅まで取りに行かれる必要が御有りでしょうから、3週間以内にこの迎賓館のわたしの執務室までお届け頂くと言うことで如何でしょうか」
「そのようなことは無いとは思いますが、仮に期日までに支払いが為されなかった場合はどうされますか」
「ふむ、それでは王子王女殿下にはそのご領地を担保にさせて頂きましょうか。
大使閣下方は、その寄子の男爵領の内、ワイズ王国に隣接する男爵領をひとつ担保にさせて頂くということで」
「な、ななな……」
「ま、まさか領地を賭けるなどと……」
「いえ、それでこそ貴族の賭けというものではないでしょうか。
それに、皆さまが勝てば何の問題もないわけです。
ですがどうしても無理だと言われるなら、この賭けから降りて頂いても構いませんけど……」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」
「だ、誰が降りるかっ!」
「そんなはったりで我らを降ろそうとしても無駄ぞ!」
「それでは賭けは成立したということでよろしいですね。
ですが、私共立会人も3週間もこの地に留まっていることは出来ませんので、ここは証文もご用意された方がよろしいのでは」
「畏まりました」
その場に分厚い紙とペンが現れた。
その紙に大地がさらさらとペンを走らせると、それを両将軍閣下の下へ持って行く。
その紙には、日時、場所、賭けの内容、金貨300枚の支払期限、支払いが為されなかった場合の領地の譲渡、大地の署名、対戦相手の署名欄、立会人の署名欄が記された上に、支払期限が守られなかった場合には、王子王女以外はそれぞれの貴族家当主に請求が行くとも書かれていた。
「これならば十分でしょう」
アマーゲ閣下も頷いている。
またその場に6枚の紙が現れて、同じ内容が宙に浮くペンによって記されて行った。
大地と両閣下が署名したものが、ペンと一緒にそれぞれの対戦相手の下へ届けられる。
それぞれが署名した証文が金貨の山の隣に置かれたが、何人かの手は震えていた。
第2王子の手だけは別の理由で震えているように見える。
「それではさっそく酒勝負を始めましょうか」
来賓たちが固唾を飲んで見守る中、大地が目の前のタンブラーを持って中身を飲み干した。
続いて7人の対戦相手もウイスキーのグラスを傾ける。
ごきゅごきゅごきゅ……
だが……
「「「「 ぶふぉぉぉぁぁぁ―――っ! 」」」」
第2王子を除く全員が噴水のようにウイスキーを噴出した。
「勝負あり!
今酒を噴出した6人は敗北しました!」
「ま、待て!」
「い、今のはちょっと咽ただけだ!」
「も、もう一杯飲めばいいのだろうが!」
「はははは、確かにみなさん初めて飲まれる酒でしょうからね。
わかりました。
今の勝負は無効とさせて頂きますので、みなさんもう1杯ずつお飲みください。
立会人の両閣下、それでよろしいでしょうか」
「当事者のダイチ殿がそう仰るのであれば構わんな」
「みなさん、ダイチ殿の寛大なお心に感謝してください」
(((( くっ…… ))))
6人の前にまたグラスが並んだ。
今回は全員が慎重に飲んでいる。
皆、時間はかかったがどうにか飲み終えたようだ。
この時点で第2王子以外の全員が蒼ざめていた。
第2王子は目の焦点が合わなくなって来ており、口からは涎も垂れている。
「それでは次の酒に参りましょうか」
テーブルの上にまた20本のボトルが現れた。
ブルーグリーンの色が実に美しい、チェコの誇るアブサン(70度)である。
それがピッチャーにどぼどぼと注がれる間に、別のテーブルが現れた。
「もしよろしければ、ご来賓の皆さまもご試飲頂けませんでしょうか」
テーブルの上には無数の小ぶりのタンブラーが現れ、それぞれに先ほどのウイスキーとアブサンが注がれている。
来賓たちが恐る恐る蒸留酒を口にした。
「うおぉぉぉっ!」
「な、なんだこの強烈な酒は!」
「こ、これをダイチ殿は一気に飲んでいたというのか!」
「はは、まあわたしの用意した酒ですからね」
今回大地と対戦者の前に用意されたグラスはさらに大きい。
もはや中ジョッキ並みのサイズである。
大地はまたそれをこともなげに飲み干した。
(ふう、こりゃかなり強烈だな。
俺はアルコールでは酔わないけど、この喉を通るときの焼けつくような感覚はそのままだもんなあ……)
7人の対戦者たちは、また恐る恐るグラスを空け始めた。
だが……
ごとん。
第1王子がテーブルに額を打ち付けて失神した。
グラスに半分ほど残っていた酒はテーブルに零れてしまっている。
護衛が必死になって呼びかけながら体を揺すっても反応が無い。
「勝負あり! オルシリアン第1王子殿下の敗北と認めます!」
ごとん。
サズルス王国の大使がグラスを空にしたところで倒れた。
やはり護衛が呼びかけても揺すっても反応が無い。
これで大地が次の酒を少しでも飲めば大地の勝利が確定する。
ごとん。ごとん。
キルストイ帝国大使もヒグリーズ王国大使も倒れた。
涼し気な声で大地が言った。
「それでは次の酒に参りましょうか」
今度現れた酒は透明だった。
言わずと知れたあのスピリタス(96度)である。
やはり蒸留酒は色が透明に近づくほど危険物になっていくのである。
グラスは更にデカく、もはや大ジョッキと言っていい。
ごきゅごきゅごきゅ……
大地が自分の酒を飲み干した。
「勝負あり! サズルス王国のサイマルス・ボヘンバール侯爵家嫡男殿、ヒグリーズ王国モルバール・ビブロス伯爵家嫡男殿、キルストイ帝国メサイアス・ミシュンゲール伯爵家嫡男殿の敗北と認めます!」
残された3人がグラスを口に運んだ。
だが、ニルヴァーナ王国の大使は、途中でスピリタスを鼻から吹き出した。
そのままテーブルに倒れ、ピクリとも動かない。
もちろん彼は何度もリポップを繰り返し始めているが、もはやベテランの域に達しているシスくんの技によって、ストロボ点滅のような現象は見られていない。
視覚強化されている大地の目でもかろうじてわかる程度である。
第1王女の護衛はグラスを持ったまま椅子ごと後ろに倒れた。
王女が喚き散らしながらその頭をげしげし蹴っているが、これもやはり微動だにしない。
そして残された第2王子は……
半分残ったグラスを掴んだまま白目を剥いて気絶していたのである。
意識を失っても酒を零さなかったのはさすがと言えよう。
「勝負あり! ニルヴァーナ王国マイグルス・アグザム辺境伯爵家嫡男殿、第1王女殿下の代理人、第2王子ノリンゲルト殿下の敗北を認めます!」
「「「「 うおおぉぉぉぉ―――っ! 」」」」
見物人たちは大喜びである。
「おやおや、全員に勝ってしまいましたか。
アマーゲ公爵閣下、ケーニッヒ侯爵閣下、立会人を務めて頂きまして誠にありがとうございました……」
観衆たちはさらに恐る恐るスピリタスを試飲している。
「ぐあぁぁぁっ!!」
「な、なんだこの酒はっ!」
「く、口から火を吹きそうだっ!」
「あの……
その酒には実際に火が着きます。
ですから屋内で飲まれるときには火気厳禁なんです。
火の前でうっかり吹き出そうものなら火ダルマになってしまいますので、お気を付けくださいませ」
「「「「 !!!! 」」」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
午餐会は無事お開きとなった。
来賓たちは極上の料理と酒に加えて最高の余興を見せてもらい、上機嫌で帰ろうとしている。
「みなさま、本日はご来臨誠にありがとうございました。
尚、この建物の出口に於きまして、ささやかながら引き出物をご用意させて頂いております。
恐縮ですが、お持ち帰りいただければ幸いでございます……」
来賓たちは、小さいくせに妙に重い箱を訝しみながら受け取り、帰路に就いた。
そうして、自宅や宿舎に帰った後にその包みを開き、壮絶に仰け反ることになる。
なにしろ箱の中にあったものは、重さ1キロの鉄貨(≒金貨125枚相当)だったのである……
完全に気絶していた7名は、担架に乗せられて1階に移動した。
そこで帯同して来た護衛たちに引き渡されたのだが、主が轟沈していることに驚いた護衛たちは、引き出物も受け取らずに慌てて帰って行ってしまったようだ。
後で鉄貨のことを聞けば、またもや全員スーパーぐぬぬぬ状態になることだろう。
因みに、第1王女は気絶している護衛を捨てて、やはり怒りのあまり引き出物を受け取らずに帰ってしまった。
いくらなんでも護衛が気の毒だと思った大地が保護してやったのだが、戦場外の殺人件数が複数あったため、ダンジョン村刑務所にて終身刑になる予定である。
<現在のダンジョン村の人口>
18万2465人
<犯罪者収容数>
2万1538人(内元貴族家当主375人)