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*** 205 酒勝負 ***

 


「次にテーブルには牛の肉が出てきます。

 みなさまお手元のトングで、肉をお好みの焼き加減で焼いてお召し上がりください。

 味付けは小皿の塩と胡椒、もしくはステーキソースもございますので、そちらもお好みでどうぞ」


 テーブルに出て来たのはもちろんA5の近江牛である。


「これは素晴らしい趣向だのう……」

「こ、これは胡椒か…… それもこんなにたくさん……」

「おお、じゅわじゅわという音と共に実に香ばしい匂いが!」

「まずは塩胡椒で食して、次はこのステーキソースとやらを試してみるか」


 肉を焼く煙が立ち上っているが、天井付近では『換気の魔道具』と『クリーンの魔道具』がフル稼働している。



 そうして……

 皆が美味な霜降り肉にすっかり満足した頃……


 後方席にいた3人の大使が、目だけで辺りを見回した。

 そうして目の前の鉄板を手で掴んで素早く内懐に入れたのである。


 そしてもちろん。


「ぎゃあぁぁぁ―――っ!」

「ぐぎゃあぁぁぁ―――っ!」

「あぎゃあぁぁぁ―――っ!」


 がらんがらんがらんがらん。


 盗もうとした鉄の皿が床に転がった。

 むろん彼らの両手と腹は酷い火傷を負っている。


 これだけ分厚く、肉を焼ける温度まで焼かれた鉄の皿はそう簡単には冷めないのだ。

 そんなことも分からずに盗みを働こうとしたこの大使たちは、やはり少々脳味噌が足りないのかもしれない。


 だがまあ仕方が無いとも言える。

 なにしろ金属の貴重なこのアルスでは、王侯貴族と雖も鉄の皿など使ったことは無かった。


 しかも、5キロの鉄といえば、その価値は金貨600枚に匹敵する。

 つまり購買力平価ベースでは日本円で6億円になる。

 さらに、この3か国の大使たちは、このワイズ王国に攻め込んで有り余る財宝を略奪する気満々だった。

 つまり、多少早めにお宝を我が物にしようと思っただけだったのである。



「おやおや、皿は熱くなっているのでお気を付け下さいと申し上げておりましたのに。

 まあその手ではご不自由でしょうから、治して差し上げましょう。

 執事諸君、3人の大使閣下にポーションをかけてあげてください」


「「「「 はっ 」」」」



 3人の執事が懐に手を入れて小瓶を取り出した。

 その蓋を開けて中身を大使閣下たちに振りかけると、3人の男たちが強く光っている。


「な、なんだと……」

「ぽ、ポーションだとぉっ!」

「あの建国王伝説にあるポーションかっ!」

「ほ、本当にそんなものがあったのか……」



 光が収まると、大使たちは驚愕の表情で自分の手と腹を見ていた。

 むろんシャツは焦げたままだが、手と腹の酷い火傷は完全に治っている。



 会場内が静寂に包まれた。


 もしもこのポーションが売りに出されたとしたら、大陸中の王族が金貨の山と共に買いに来るであろう。

 鉄製の皿などとは比べ物にならない超お宝である。

 それをこの若い男はこともなげに3本も使ったのだ。

 当の大使たち以外の全員が慄然としていた。



 何事も無かったかのように大地が続けた。


「次は少々スープを召し上がって頂きましょう」


 小ぶりの皿に入れられたコンソメスープがテーブルに出現した。

 合わせて小ぶりのパンも出て来ている。


「な、なんだこのスープは!」

「何も入っておらず、このように透き通っているのに、これほどまでに味わい深いとは……」

「こ、これはパンか! なぜこのように柔らかいのだ!」

「まるで雲を食しているかのようだの……」


 皆が満足そうに料理を口にしているのを見て、大地は微笑んでいた。

 また、どうやら初対面の賓客同士でも会話が始まっているようである。

 やはり驚きは誰かと共有したくなるのだろう。

 会場の雰囲気は実に良いものになっていた。

 もちろんその雰囲気の良さに反比例して、王子や大使たちの表情は最悪だったが……



「お次はメインディッシュの前の御口直しでございますね。

 イチゴのシャーベットをどうぞ。」


「イチゴとな?」

「お、おお、これは果物を凍らせたあとに砕いたものか!」

「これもなんという贅沢な食べ物であることか」

「それにしても、昨日今日は氷が張るほどには寒くなかったはずだ。

 いったい如何にして果物を凍らせたというのだろう……」



「さてみなさま、どうやら本日のメインディッシュが出来上がったようでございます」


 大地の声を合図に、正面脇の袖口からまたも巨大なワゴンが出て来た。

 その上にはこれも超巨大な銀のクロッシュが被せられた皿が乗っている。


 そのワゴンが主賓席の前に来ると、クロッシュが宙に浮いた。

 そうして、その中から出て来たのは、ややコミカルな造形の白い鯛の形をしたものだったのである。

 会場の皆が、その不思議な物体に注目していた。



「わははははは!」

「この国では客に石の料理を喰わせるのか!」

「さすがは弱小貧乏国だけのことはあるの!」


 またも大使たちが喚き始めたが、もはや誰も一顧だにしない。

 いや……

 半数ほどの客が蔑むような目で大使たちを見ていた。

 もはやここに至って、ワイズ国内の貴族たちと外周7カ国からの賓客たちは、この下品な男たちを大使として送り込んで来た周辺国を完全に見限ったと言っていいだろう。



「それでは国王陛下、よろしくお願いいたします」


「うむ」


 その場に長さ80センチほどの木槌が出現し、国王はその木槌を振りかぶって魚の形をした白い塊に降り下ろした。


 ばきっ!


 大きな音と共に塊に罅が入る。

 もちろん破片などが飛び散らぬように、周囲にはLv1の結界が張られていた。



「これは『塩釜焼』と申しまして、先ほどの鯛を香草と共に塩で包み、竈で蒸し焼きにした料理でございます。

 そうすることで、この魚の旨味を閉じ込めたまま火を通すことが出来るのです」


「塩だと……」

「あの白い物は塩だったのかっ!」

「な、なんという贅沢な料理だろうか」

「貴重な塩で食材を包んで焼くとは……」

「おお、中から大きな葉に包まれた先ほどの巨大な魚が出て来たわい!」


 その間にも塩の塊は次々と取り除かれて行った。

 同時に空中にシェフナイフとフォークが現れて中の魚を切り分け、暖められた皿に盛りつけていっている。

 その皿には小ぶりなクロシュが乗せられて、ふわふわと賓客のテーブルに飛んで行き、客の前に置かれると同時にクロシュが消え、塩胡椒とソースの皿も出現していた。


「さあみなさま、冷めないうちにお召し上がりくださいませ」


 大地の言葉に我に返った客たちは、一斉に料理を口にした。


「旨い……」

「見た目は真っ白で淡白そうに見えながら、なんと凝縮された味がするものよ……」

「このように美味な魚料理は初めてだ……」



 会場の賓客たちは料理も酒も堪能していた。

 その満足度は誰の顔を見ても明らかである。


「みなさま、もしよろしければ、少々デザートをご用意させて頂いております。

 よろしければお試しくださいませ」


 各人の前に小ぶりのパフェ皿に載ったフルーツパフェが出て来た。


「な、なんだこれは……」

「こ、これは果物か……」

「こんな冬の季節にどうしたらこのようなたくさんの果物を……」


「こ、これはぁっ!」

「甘い! 甘いぞっ!」

「こ、これは冷たくて甘い……」

「こちらは実に柔らかくて甘い。

 本当に雲を食しているようだわい……」


 次いで各テーブルに30種もの種類のケーキが乗った大皿が現れた。


「そのケーキの大皿は、今より皆さまの御前に参ります。

 お好みのケーキを指さしていただければ、お手元の小皿にサーブさせていただきます」


「なんと美しい食べ物よ……」

「これは迷うの」

「多くを食してみたいところであるが、もはやこれ以上は腹に入らんな」


「おおおお、こ、これも実に甘くて旨いぞ!」

「いったいどれほどの砂糖を使っているというのだ……」



 多くの来賓たちが満足そうな表情になってゆくのにつれて、第1王子たちや大使たちは更に超不機嫌になっていった。


 わざと遅れて来て存在感を見せようと画策したが、あろうことか宴は既に始められており、しかも自分たちは末席に案内されてしまったのである。

 さらに自分たちの下には誰も挨拶に来ずに、第3王子や第2王女には客が群がっていた。

 また、饗された料理にイチャモンをつけて主催者に対してマウントを取ろうと試みれば、そのことごとくを躱されたのみならず、他の客たちは大満足している。

 加えてすぐに自分たちのものになるであろう鉄製品を、少々早めに手に入れようとしてみれば、大火傷を負ったのみならず、満場に恥を晒してしまったのであった。


 彼らはもはや、『ぐぬぬ』の権化と化していた。



(こ、このままでは収まらんっ!)


 それ、収まらないところまで行っちゃったのは自分のせいだよね?


(なんとかしてこの若造を懲らしめなければ、我が国が恥をかかされたままになってしまう!)


 いや、恥をかいたのあんた本人だから。


(な、なにかこの若造の弱点は無いのか!)


 あんたの弱点は脳味噌だよね♪


(な、なんとかしてこの若造を懲らしめて……)


 その若造に借金申し込んでたのはあんただよ♪



(ん? 若造か……)


 4人の大使が大地の姿を見た。

 特にその引き締まった腹部を。



(そういえばこ奴、先ほどからほとんど酒を飲んでいなかったな)


(よし! 余興に酒比べを挑んでやろうではないか!)


(領地一番、いや王国一の酒豪と謳われた俺様が、この若造を懲らしめてやる!)


 彼らは自分の太鼓腹を見てほくそ笑んだのである。



 因みに……

 アルスの酒はその醸造技術が未熟なこともあって、アルコール濃度が低い。

 通常のエールで2%ほど、ドワーフエールで3%、ワインでも4%ほどしか無いのだ。

 つまり、この世界での酒豪とは、アルコール分解能力の高さを誇るものではなく、単に胃袋の大きさを競うものだったのである。

 故に、最高に引き締まった大地の腹を見て、男たちは勝利を確信したのだ。



「おい若造! それではわしがひとつ余興を提供してやろうではないか!」


「貴様に酒勝負を挑んでやる!」


「よもや逃げたりはすまいな!」


「はは、小僧だからと言って言い訳して逃げるなよ」



「ほう、酒勝負ですか……」


(あーあ、『飛んで火に入る冬の豚』ってカンジだな)


「そうだ、酒勝負だ!」


「ヒグリーズ王国一の酒豪と言われた俺様が、若造に酒の飲み方を教えてやろうではないか!」


「わかりました。

 このようなお席で勝負を挑まれたからには、お断りするわけにはいきませんね。

 お引き受けさせていただきます」


「「「「 おおおおぉぉぉぉぉ―――っ! 」」」」



「ですがただの勝負では、余興として些か面白くないですね。

 少々賭けもしてみましょうか」


「わはははは! 当然だ!」


「どうだ小僧、もしわしに勝てたら金貨3枚をくれてやろうではないか!

 勝てたらの話だがな!」


「ははは、たったの金貨3枚では余興にもなりませんよ。

 賭けるのは金貨300枚(≒3億円)にしませんか?」


「「「「 !!!! 」」」」


「な、なんだと……」


「いっ、いくらなんでも……」


「あれ? 金貨3枚なら勝負出来ても300枚だと無理なんですか?」


「こ、このガキ…… この俺様にはったりをかけおって……」


「よ、よし! その勝負受けてやろうではないかっ!」


「それでは他に余興に御参加される方はいらっしゃいますか?」


「無論俺も参加してやる!」


「俺もだ!」 「もちろん俺もだ!」


「大使閣下は4人ともご参加下さるのですね。

 他に御参加いただける方はいらっしゃいますか?」


 第1王子がもったいぶって発言した。


「それではその余興とやらに余も参加してやろうではないか。

 ありがたく思え」


 まだ意識があるのが不思議なほど泥酔している第2王子も言った。


「な、なに…… 酒勝負とな……

 もちろん余も参加するぞ……」


「わたしは代理人を立てることを要求するわ!」


「ほう第1王女殿下。

 それでは、あなたは女性ということで、特別に代理人を認めさせて頂きます」


 王女は後ろに控える護衛兼愛人を振り返った。

 身長2メートル近い巨漢である」。


「マルゴ・ケベルス上級騎士爵、あなたいつも上等な酒を浴びるほど飲んでみたいと言っていたわね。

 好きなだけ飲んできなさい!」


 王女が勝手に上級騎士爵と呼ぶ巨漢は舌なめずりをした。


「仰せの通りに、第1王女殿下……」





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