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*** 204 料理 ***

 


 国王の挨拶がようやく終わった。

 通常こうした挨拶は自慢に終始するものなのだが、そうした国威発揚プロパガンダが全く無かった上に、齎された情報があまりにも貴重なものだったので、誰も退屈はしていなかったようだ。



「それでは続きまして、ダンジョン国代表であらせられるダイチ・ホクト閣下よりご挨拶と、次いで乾杯のご発声も賜ります」



 大地が立ち上がった。

 今日の服装はアル〇ーニのモーニングスーツであり、その引き締まった体躯に実によく似あっている。


 ゲゼルシャフト王国のアマーゲ公爵将軍は内心で感心していた。


(この男……

 個人の戦闘力も計り知れぬものを持っているの……

 わたしも含めて、我が軍にこの男に1対1戦闘で勝てる者がいるだろうか……)



「お集りのみなさん、初めまして。

 ワイズ国王陛下よりご紹介に与りましたダンジョン国代表の大地・北斗と申します」


 大地の前にはマイクが無かった。

 にもかかわらずその落ち着いた声はスピーカーから流れて来ている。


「我が国は、ワイズ王国のご協力の下、その国産商品の販売を始めさせて頂きましたが、皆様方のご愛顧を賜りまして大変な額の売り上げを記録しております。

 そこで本日は、その感謝の気持ちを込めまして、食材並びに料理と食器などは全て我が国のものでご用意させて頂きました。

 お楽しみいただければ幸いでございます。

 また、余興と致しまして、本日のお飲み物やお料理のサーブは、全てわたくしが魔法にて行わさせて頂きますので、どうかご了承くださいませ。



「ま、魔法だと……」

「まさかあの伝説の建国王たちが使えたという魔法か……」

「建国王たちは『だんじょん』なる場所でその魔法の力を得たと伝説にあるが……

 ま、まさか『だんじょん国』とは……」



「それでは皆様のお手元に乾杯用の特別な酒をお出しさせて頂きます。

 わたくしの母国のシャンパーニュという酒でございます」


 各人の前にグラスに入ったシャンパーニュが出て来た。


「「「「 !!!! 」」」」


「それでは護衛の皆さん、毒味をお願い出来ますでしょうか」


 来賓の後ろに立っていた護衛たちがグラスに手を伸ばし、一口含んで硬直している。

 中にはさらに大きく一口飲んでグラスを半ばまで空にしている者もいた。

 各護衛がグラスの縁を布で拭い、乾杯の用意が終わったようだ。


「それでは、ワイズ王国と皆さまのますますの発展を祈念して、乾杯!」


「「「「 乾杯! 」」」」



 グラスに口を付けた来賓たちはやはり硬直していた。

 味といい香りといい酒精の強さといい、今までの生涯で味わった酒の中でも最高の酒であることは疑いが無い。

 乾杯の後の拍手にも、その感慨は多大に含まれていた……



 司会役の宰相が微笑んだ。


「それではみなさま、お飲み物とオードブルをお出しさせて頂きますので、しばしの間ご歓談くださいませ」


 各人の前のテーブルにオードブルの皿とワインボトルとグラスが現れた。

 同時にワインが宙に浮いてコルクが開けられ、グラスにサーブされて行く。

 またも全員が硬直した。


「こ、こここ、これが魔法か……」

「なんとまあ…… なんとまあ……」

「こ、これはガラスのコップか!」

「それも皆形が揃っておる。

 なんという素晴らしい工芸品だろうか……」



 だが、虎将軍と龍将軍は別の感慨を抱いていたようだ。


(この魔法を対人戦闘でも使われたら絶対に勝てんな……)


(全てのグラスに同時にワインが注がれていますか……

 ということは、彼がその気になれば、ここにいる全員を一瞬にして暗殺出来るということなのですね……

 そのことを突き付けて脅しているわけではないようですが……)




 来賓たちは、見たことも無い料理を口にし、彼らにすれば超極上のワインを口にして驚愕した。

 特に驚いたのは、テーブルの上に現れた銀器である。

 貴重な金属である銀を、食事用の食器に使用するとは……


 だが、そうしたものを楽しむのもそこそこに、全員が大地や王子王女のテーブルに押し寄せて来たのである。

 ワイズ総合商会の物品を欲する者は第3王子の下へ、あの小麦の秘密を知りたがる者は第2王女の下へ、そして魔法の力を知りたがる者は、大地の前に集まって来ている。


 そんな様子をアマーゲ公爵とケーニッヒ侯爵は微笑みながら見ていた。

 2人とも既に翌日の面談の約束を取り付けてあるために、余裕の表情である。



 そうした中、再び会場の扉が開き、ようやく王子王女一行が来場して来たのであった。


 だが、もちろん歓迎の拍手などは無い。

 ただ単に席に案内されただけである。

 しかも、客のほとんどは遥か前方の王族席、すなわち第3王子と第2王女の前に群がっている。

 自分の飼い犬だと思っていた下級貴族家の当主たちまでもが。



 そのとき第1王女が金切り声を上げた。

 6人の大手商会会頭たちに指を突き付けて激昂している。


「なんでここに平民どもがいるのよっ!

 しかもわたしのテーブルの隣にっ!」



 会場が驚きに静まり返る中、国王陛下が手元にマイクを引き寄せた。


「鎮まりなさいミルシェリア。

 ご来賓の方々にご無礼であるぞ。

 それに、その6人は平民ではない。

 全員がワイズ総合商会の副会頭であり、商会発足からわずか3か月少々で金貨8000枚もの冥加金を国に齎した功績で、先日一代男爵に叙せられたばかりである。

 王国広報を読んでいなかったのか?」



 第1王女のヒステリーで停止していた会場が更に凍り付いた。


 金貨8000枚と言えば、ワイズ王国王室の年間総収入の40年分を超え、貴族も含めた国全体の収入も遥かに凌駕していた。

 会場にいる貴族たちの領地の年収も、アマーゲ公爵領とケーニッヒ侯爵領も含めてもちろん上回っており、もはや中堅国全体の年収に匹敵している。

 それもたったの3か月で……


 ワイズ総合商会が儲かっているとは思っていたが、まさかそれほどまでだったとは……



 国王のこの発言によって、王族席に群がっていた国内貴族たちの半数が6人の一代男爵たちのテーブルに向かった。

 後日借財を申し込むための挨拶にでも行ったのだろう。

 むろん王子たちの顔は見ないようにしている。


 第1王子と第1王女の顔は羨望と嫉妬に真っ赤になっていた。

 第2王子はさっきからワインを鯨飲しているのみである。

 グラスが空になるたびに、宙に浮いたボトルからワインが注がれるのを不思議に思うほどの思考能力も残されていないようだった。



 4人の大使たちの顔色はやや蒼ざめていた。

 ワイズ王国総合商会の総収入と、国に払った冥加金の金額を調査せよとは、本国からの厳命である。

 そのために部下たちにあの手この手で調査させていたのだが、なんとその金額が王国広報に載っていたとは……



 目の前の人垣が途絶えたところで、大地が再び口を開いた。


「みなさま、ご歓談中恐縮ではございますが、ここで本日のメインディッシュの食材をご披露させて頂きたいと思います」


 会場正面の両脇にある袖口の一方から、大きな台車が出て来た。

 その上には、高さ1.5メートル、奥行き1メートル、幅2メートルの水槽が乗せられており、その中には体長1メートルを超える鯛が泳いでいたのである。


「「「「 !!!! 」」」」


「こ、これはガラスの箱か!」

「なんと平滑で透明なガラスであることよ……」


(この大きさになると、実際にはアクリル樹脂だけどな……)


「な、なんだこの巨大な魚は……」

「こ、こんなに大きな魚がいるのか……」


「海の魚は川の魚に比べて大きいものが多いですからね」


「う、海の魚だと……」

「海からこの内陸までどうやって運んで来たというのだ」

「海からここまで3000キロはあるのだぞ……」

「し、しかも生きたまま……」



「ふんっ!

 こんな作り物の魚まで用意して、随分と念の入ったことよの!」


 大使の1人が憎々し気に吐き捨てた。

 席が遠すぎて鯛の鰓や胸鰭が動いているのが見えなかったのだろう。


 侍女の1人が微笑みながら前に出て来て、金属製のバケツから網で小エビを掬い、水槽に入れた。

 鯛がゆらりと動いてそのエビを食べる。


(((( ………… ))))



 客が1人、前に出て来て恐る恐る水槽に指を入れ、それを口に運んだ。


「しょっぱい……

 海の水は塩の味がするというが、これは本当に海の魚なのか……」


 何人かが同じように水槽の水を舐めて頷いている。


「はは、もちろん正真正銘海の魚です。

 昨日獲れたものですね」


「昨日獲れた海の魚を生きたままどうやってここまで……」


「すみませんが、それは交易上の秘密ということにさせてくださいませ」


「「「「 …………… 」」」」



「それではみなさま、この魚を料理したメインディッシュの用意が出来るまで、どうか他の料理もお楽しみください」


 巨大な魚が水槽ごと消えた。


「「「「 …………… 」」」」




 大地の言葉に続いて、各テーブルには各種ジャガイモ料理が現れた。

 合わせるのはむろんドワーフエールである。

 地球産ラガービールも追加されていた。


「こ、こここ、この色はまさかあの幻のドワーフエール!」

「小樽1杯で銀貨10枚はするというあのドワーフエールか……」

「いや、今ではドワーフはいなくなってしまったからな。

 いくら金を積んでも手に入らぬのだぞ」

「こ、こちらの色の薄いエールには泡がこんなにたくさん……」

「どちらもなんと旨いのだろうか……」


「それにこの料理も旨い。

 どうやら芋を使った料理のようだが、見たことも無い料理法で調理されている」

「これはひょっとして油を使った料理か?」

「そのように貴重なものを……」


「これはなんだ?」


「それは『ぴざ』という料理でございます。

 熱いのでお気をつけてお召し上がりくださいませ」


「おお! この上で蕩けておるのはチーズか!」

「うむ、この赤いソースは実にチーズに合っておるのう」

「いや、ドワーフエールとの相性も最高だの♪」



 皆が旨そうに食事を続ける中、王子王女と大使たちは黙々と料理を口に運んでいる。

 意地でも『旨い』とは口に出来ないようだが、それでいて食べずにいるという選択肢は無いようだ。

 第2王子だけは相変わらずワインを貪り飲んでいる。



 次に各テーブルには日本料理と日本酒が現れた。



 ニルヴァーナ王国の大使が大声を出した。


「なんだこれは!

 この国では客に生の魚を喰わせるのか!」


「それは『さしみ』と申しまして、生で食されるとことのほか美味なものでございます」


「ふざけるな!

 そんな気味の悪い物が喰えるか!

 ええい! 焼き直して来いっ!」


「それではこの後、鉄板焼きが出て参りますので、その上でお好みの焼き加減に焼かれてみられたら如何でしょうか」


「な、なんだと! て、鉄板だと!」



 会場の来賓たちも、困惑した顔で刺身を見つめている。

 だが、正面を見れば、ワイズ国王を始め王子王女が美味しそうに生の魚を口に運んでいるではないか。

 特に第2王女は幸せそうな顔をしてパクパク食べていた。


 それを見てアマーゲ公爵とケーニッヒ侯爵も刺身を口にした。


「旨いっ! なんという旨さだ!

 このような旨い物がこの世にあったのか!」


「確かに美味です……

 しかもこの透明で強い酒に実に合う。

 それに、聞くところによれば、海辺の国ではいつも魚が獲れるために、冬でも民が飢えないとのこと。

 海の魚ならば、川の魚と違って獲り尽くしてしまうことも無いでしょう。

 もしも、ここまで魚を運んで来ることが容易ならば、民も餓えずに済むかもしれません……」



「それでは次に肉料理をお出しさせていただきますが、まずはみなさまのテーブルに焼いた鉄板が出て参ります。

 非常に熱くなっておりますのでお気を付けくださいませ」


 各人の前に長径50センチ近い大きな楕円形の木製皿が現れた。

 その皿の上には小石が敷き詰められており、その上には1枚5キロもある分厚い鉄の皿が置いてあったのである。

 もちろん焦げ付かないようにテフロン加工もされている鉄皿であった。


「「「「 !!!! 」」」」





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