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*** 203 遅れて来た王子たち ***

 


 国王挨拶は続いている。


「また、ダンジョン国には王も貴族もいないそうで、故にこのダイチ・ホクト閣下は『国王』と呼ばれることをお好みではありません。

 ですが、かの国の最高指導者であらせられることは事実なので、我々は『国家代表』とお呼びさせて頂いています」


 聴衆たちは困惑した。

 それほどの超大国に王も貴族もいないとは。

 このアルスには、まだ共和制国家も民主主義国家も、その概念すら無かったのでその困惑もまあ無理もなかろう。



「そして、この度我がワイズ王国は、ダンジョン国との修好通商条約並びに平和条約を締結させて頂きました。

 この修好通商条約とは……」


 来賓たちはここで微かな光明を見出した。

 もしも自国も、いや自領もその通商条約を締結出来たならば……

 そして、当主ではない自分には、そのような条約について交渉する権限がないことを思い出してまた項垂れるのである。


 ここに至って、外廓国からの客たちはこの国に攻め込んでその財物を略取するという考えを自然と放棄していた。

 見聞した事物が単に自分の想像の範疇にある豊かさならば、まだ貪欲を保ち続けられたことだろう。

 だが、ここまで次元を超えた豊かさだったとは……


 しかも、人口18万を擁する超大国が、こうしてこの小国を併呑することなく通商によって関係を持ったのである。

 28万平方キロもの版図を持つ国が後ろ盾になっている国を攻め、自国が滅亡するリスクを犯すよりは、通商による利益を考え始めたのも当然かもしれない。


 しかも、ワイズ王国とダンジョン国は、その商人が自領で商取引をしたという理由で自分たちを招いてもてなしてくれているのである。

 ということは、全く慣れない概念ではあるが、今日のこの場はこの両国と『友好』を結ぶという場にしなければならないのだ。

 少なくとも、外廓5カ国からの招待客はそのように理解したのである。



 一方で、国内貴族家の面々は迷っていた。

 このまま第1王子や第2王子、第1王女を支持するか、それとも超裕福な後ろ盾を手に入れて国王承継レースに参入した第3王子を支持するか……

 彼らの多くは、この午餐会を通じて結論を出すだろう。

 財政状態が危機的水準にある貴族ほど、第3王子の支持に回るかもしれない。




 このころ、ニルヴァーナ王国大使を伴った第1王子、キルストイ帝国大使を伴った第2王子、そしてヒグリーズ王国大使を伴った第1王女たちが、相次いで迎賓館に到着していた。


 もちろん彼らは、こうした正餐会には格上の者ほど後から入場するということを『常識』だと考えている。

 それゆえに、次期国王になるつもりの自分たちは、誰よりも遅れて入場すべきだとして、わざわざ時間調整をしてまで遅れて来ていたのであった。


 そうして、自分の後ろ盾になっている周辺3か国の大使たちと、配下の貴族の内の重鎮を伴って、仰々しい隊列を組んでやって来たのだ。



 だがやはり……


「な、なんだこの建物はっ!

 なぜ俺の邸よりも遥かに大きいのだっ!」


「こ、こんな建物を建てるカネがあったら、なぜわたしに酒をよこさない……」


「ふ、ふん! ヒグリーズ王城の方が大きいわよ!」


 大使たちも……


「わ、わが辺境伯邸よりも大きいではないか!」


「い、いつの間にこのようなものを建てたというのだ!」


「まずい…… こんな重大な事実を本国に報告していなかったとは……」



 もちろん彼らは1階ロビーで同伴する護衛の人数と携行する武器を巡って悶着を起している。

 だが、案内状にも記載されており、妙に迫力のある侍従たちに遮られ、王命であることを告げられたことにより、激怒しながらも無手の護衛1名のみを伴うことを了承したのだ。

 なにしろ、入場しなければ、自分の権威を誇示して目下の者を傅かせることが出来ないではないか。

 乃至は酒が飲めないではないか。

 もちろん全員の額に青筋が浮いていたが……



 そして……


「オルシリアン王子殿下、ノリンゲルト王子殿下、ミルシェリア王女殿下、ただいま国王陛下の御挨拶に続き、ダンジョン国代表のダイチ・ホクト閣下のお言葉を頂戴するところでございます。

 恐縮ですが、こちらの控の間で少々お待ちくださいませ」


「な、なんだとおっ!

 俺が来ていないというのに、午餐会を始めたと申すかっ!」


「はい」


「な、なぜ俺を待たなかったのだっ!

 俺は第1王子だぞ!」


「王命でございます」


「な、なにっ!」


「ご来賓の方々をお待たせするようなことは出来ないとのことでございます」


「なんだとこら!

 わしはニルヴァーナ王国大使であり、アグザム辺境伯爵家当主嫡男でもあるマイグルス・アグザムぞ!

 その来賓であるわしを待てなかったと申すのか!」


「はい」


「こ、これは外交問題になるぞぉっ!」


「ご来賓のお客様の中には、ゲゼルシャフト王国の公爵閣下とゲマインシャフト王国の侯爵閣下もいらっしゃいます」


「な、なに……

 ま、まさかあの虎将軍と龍将軍か!」


「はい。

 その方々をご当主でもない貴族家係累者が長時間お待たせしたとあっては、それこそ貴国とゲゼルシャフト、ゲマインシャフト王国との外交問題になります。

 よって、閣下のご到着を待たずに午餐会を始めたのは、むしろあなたさまと貴国に対しての陛下のご厚情かと……」


「あぅ……」




 因みにだが……

 この『相手を待たせることによって自分が格上であることを知らしめてマウントを取る』という行為は、現代地球でもありふれたものである。


 作者が日系企業と外資系(米系と欧州系)企業方に勤めた経験のある知人に聞いたところによると……


「たとえば外資系でさ、部長あたりが部下たちに昼頃、今日は飲みに行くかって言い出すとするだろ。

 それでまあみんな行くって言わざるを得ないわけだ。

 そうすると、部長が『それじゃあ17:30にエレベーターホール集合な』って言うんだわ。

 店やオフィスに集合じゃあなくって、エレベーターホール前っていうところがミソなんだ。

 店の名を聞いても言わないしな。


 それでさ、遅れるわけにはいかないから、みんな早めに仕事を終わらせて17:30より前にエレベーターホールに行くだろ。

 でも、いくら待っても部長が来ないんだ。

 それで30分ぐらい経ってから誰かが代表して部長の様子を見に行くと、本人はPCに向かってなにやら仕事してるんだわ。

 それで、様子を見に行った奴を見もしないで、黙って掌向けて追い返すんだ。

 それで、仕方ないからみんなまたエレベーターホールで立ったまま待つわけよ。

 だから店やオフィス集合じゃあなくって、わざわざ椅子の無いエレベーターホール集合って言ったんだ。


 それで、1時間以上も過ぎてから部長が現れるんだけど、そのときに何事も無かったかのように笑顔で出迎えないと、すっげぇ不機嫌になるんだ。

 まあ、そうやって部下の『忠誠心』をチェックしてるらしいんだけどさ。

 こんなこと週1でやられてみ、マジうんざりだぞ。

 しかも、役員まで同じことすると週2になるしな。


 あのさ、よく『外資系の方が日系より自由な社風で』とか言うだろ。

 あれ大嘘だからな。

 外資系って人事部に人事権が無くって、上司が勝手に部下を飛ばしたり馘に出来るもんだから、連中は本気で部下のことを家来か下僕だと思ってるんだよ。

 そう思い込むことこそ冷徹な経営者になれる条件だとカン違いしてる奴も多いしな。

 単なる中間管理職なのにな。


 上司へのゴマスリの必要度って、


 米系企業 >> 欧州系企業 >>>>> 日系企業


 の順だし。


 つまり自由な社風っていう『自由』の意味は、上司が部下を自由に出来るっていうことなんだ。

 だから日本の大手企業で、若い社員の人事権や人事異動権が上司にあるんじゃなくって人事部にあるっていうのは、下っ端にとっては実に幸せなことなんだぜ。



 ということで、就活中の学生の皆さん。

 外資系に行って『ウチは自由な社風で』というセリフを聞いたら、その会社は戦国時代か中世暗黒時代並みの封建制度下にあると思った方がいいそうです。


 まあ、昔は日本の会社もみんなそうだったけどね。

 今はよく『社畜』って言うけど、昔は部下が社長や役員に逆らうと、エラいさんは『飼い犬に手を噛まれた!』って言ったんだよ。

 つまりみんな、社員のことを飼い犬だと思ってたんだ。

 まあ、おエラいさんの飼い犬より、会社の家畜の方がまだマシなんじゃないかな。


 さらに酷い経営者になると、昔は会社の経費で社員全員を団体生命保険に加入させていたんだ。

 節税とか言って。

 それで社員が事故や病気で死ぬと、その保険金を社長がパクってたんだよ。

 一応保険金は保険受取人である会社の金庫に入るけど、その分役員報酬を増やしてたんだ。

「今年は大勢死んだから儲かったの♪」とか言いながら。

 彼らにしてみれば『飼い犬』なんだから当然のことだったんだろうけどね。


 つまり、社員にサービス残業とか言って超過労働させればその分儲かるし、それで社員が過労死すればもっと儲かったわけだ。

 でもまあ、社員の遺族に訴訟を起こされちゃって、死亡保険金は全て遺族のものっていう判例が出来ちゃったから、幸いにして今はそんなこと出来なくなってるけど。



 閑話休題それはさておき



 午餐会会場前の控室で待たされていた王子たちの額の青筋はどんどん太くなって来ていた。

 まあ、第2王子だけは青筋を立てる前に手がぶるぶると震え始めていたが。


「な、なんでもよい……

 は、早く酒を持て……」


「残念ながらこの控えの間ではお飲み物はお出し出来ません。

 乾杯が終わってご入場いただくまでお待ちくださいませ」


「ならばすぐに乾杯を…… 終わらせろ……」


「もう少々お待ちくださいませ」


 第2王子の手はさらに大きく震え始めた。

 慢性アルコール中毒の末期症状のひとつである痙攣発作である。

 もう少しすれば、譫妄症状も現れて叫び出すことだろう。



 落ち着き払った表情の執事が言った。


「また、皆さまのお席は、最後方のテーブルとなっておりますので、予めご了承下さいませ」


「な、なんだと!

 こ、こんなところで待たせた上に、席まで末席だと申すかっ!」


「はい。

 実は元々皆さまのお席は、王子王女殿下は王族席、大使閣下方のお席は主賓席にご用意されておりました。

 ですが、時刻通りにおみえの他の来賓の方々よりも後に遅参された場合には、末席に案内せよという王命でございます」


「な、ななな、なんだと……」



 つまりまあ、彼らが会席者にマウントを取ろうとしてわざと遅れて来たのことは、完全に裏目に出てしまったことになる。

 もちろんこれも、彼らのヘイトを稼ごうとする大地の提案によるものであった。



 その間、第1王女は国王と弟と妹が映っている写真を見て、般若の形相になっていた。


 なにしろそこには、平民出身の妾妃が生んだ子として蔑んでいたあの妹が、想像を絶する豪華な出で立ちで佇んでいたのである。

 その衣装は、彼女が理想とし、王位を簒奪した後に目指そうとしていたヒグリーズ王宮の水準を遥かに遥かに凌駕していた。

 彼女にとって、そんなことは到底許せることではなかったのである。


 しかも、その首には豪華という言葉では言い尽くすことも出来ない、超国宝級の真珠の首飾りが下がっているのであった。


 これほどまでに粒のそろった真珠は、ヒグリーズ王宮の正妃さまでも持っていなかった。

 というよりも、僅かに3粒ほどの真珠が連なったものが国宝とされていたのである。


 それを成人直前の妹が、何十粒もの真珠で作られた首飾りを身に着けているとは……


 第1王女にとって至高の理想であったヒグリーズ王国の虚像がガラガラと崩れ去った。

 彼女の貧弱な脳では、今目の当たりにしている文明を凌駕するものを想像することは不可能だったのだ。

 そもそもヒグリーズより優れたものは存在してはならないのである。



 この段階で、第1王女は簒奪の兵を挙げた際には、あの首飾りもこの建物も、すべて滅ぼして無かったものとすることを決意した。

 なんなら、ここにいる愚民たちも皆殺しにして目撃者も消せばよいのだ。


 第1王女の嫉妬の炎は、その僅かに残された脳細胞すら焼き尽くしつつあった……





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