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202/410

*** 202 ダンジョン国紹介 ***

 


 遠くに正午を告げる鐘の音が聞こえて来た。


「みなさま、お時間となりましたので、会場の方にご案内させて頂きます。

 恐縮ではございますがご芳名をお呼びさせて頂きますので、その順番にご入場くださいませ。

 会場内で我が国の国王並びに第3王子、第2王女、ダンジョン国代表であらせられるダイチ・ホクト閣下がお出迎えさせて頂きます」


「「「「 !!!! 」」」」



 こうした貴族たちの派閥会合や王家主催の晩餐会などでは、通常下っ端ほど先に会場入りする。

 派閥の領袖や王族などは、皆を待たせておいて最後に入場するのが当たり前だった。

 だが、大地にしてみれば、午餐会に招いた主催者が賓客を出迎えるのは当然だという常識に基づく行動だったのである。



「まずはゲゼルシャフト王国、グスタフ・フォン・アマーゲ公爵閣下、どうぞご入場くださいませ」


「おう!」


(えっ……)

(あ、あの大国ゲゼルシャフトの公爵家当主が来ているのか!)

(ま、まさかあの“虎将軍”本人が……)



 控えの間の一同がどよめいた。

 遠国からの客はもちろん単なる貴族家の係累であって、貴族家当主ではない。

 にもかかわらず、あの大国の武闘派大将軍である公爵家当主本人が来ているとは……


 巨大な扉が音も無く開くと、会場には壮麗な音楽が流れ始めた。

 その中で、扉の向こうにはにこやかに微笑んだワイズ王国国王本人が立っていたのである。

 やや薄暗くしてある会場内で、国王たちの立っている場所だけは光の魔道具のスポットライトを浴びて光り輝いていた。



「グスタフ・フォン・アマーゲ公爵閣下、本日は遠路遥々ご来臨賜りまして誠にありがとうございます」


「こちらこそ御礼申し上げるウンゲラルト・フォン・ワイズ国王陛下。

 本日はダンジョン国流の料理を馳走頂けるとのこと。

 真に楽しみにしておりました」


 簡単な挨拶が終わると、虎将軍は主賓席に案内されて行った。



「ゲマインシャフト王国、グスタフ・フォン・ケーニッヒ侯爵閣下、ご入場くださいませ」


「はい」


(お、おい…… “龍将軍”まで来ているのか……)

(な、なんでそんな超大物が……)

(あ、あの2人の配下の軍を合わせれば3万に近いんだぞ……)

(こ、こんなことなら、うちもご当主様が来ればよかったのに……)



 広大なロココの間は、シスくんの手によってすっかりパーティー会場に改造されている。

 天井や壁の装飾はロココ調そのままだったが、大理石の床には分厚い絨毯がそこかしこに敷かれていた。

 正面には主催者席があり、その手前には実に15人もの客が着席出来る長大な円弧状のテーブルがあった。

 もちろんこれも総大理石製であり、装飾がふんだんに為されたものである。

 その上には敢えて最高級品の亜麻布製テーブルクロスではなく、アルフローレと呼ばれる植物の折柄の入った濃青のアールヌーボー調クロスが敷かれている。


 この主賓席の後方には8人掛けほどの丸テーブルが10個ほど用意されていたが、こちらも同様のテーブルウエアに覆われた上に、生花の飾られた豪華な席だった。



 主賓席中央に案内された虎将軍グスタフ・フォン・アマーゲ公爵は、会場内を見渡して感心していた。


(ほう、ここでもふんだんに『ひかりのまどうぐ』が使われておるのか……

 しかもこの装飾、あの控えの間の鏡といい、これは単に財力だけでは到底作れまい。

 やはりこの国やダンジョン国は計り知れない技術力も持っておるな……)



 虎将軍の隣に案内された龍将軍は、会場内の見物もそこそこに、目を閉じて場内に流れる音楽に聞き惚れていた。

 今流れているのは、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンの弦楽四重奏曲第77番、『皇帝』である。


(なんと美しい音色だろう……

 このような素晴らしい曲が流れているにも関わらず、楽師たちがいないということは、これも魔道具なのだろうな。

 はは、この魔道具を贖って、砦の執務室に置いてみたいものだ……)




 会場入り口では来賓たちが順番に国王の出迎えを受けていた。

 順番としては、まず当主嫡男、嫡男同士であれば爵位の順、それも同格であればアルファベット順に名が呼ばれて国王たちの御前に出て挨拶を受ける。


 そうした来賓たちは、気もそぞろに挨拶の受け答えをしながら、目の前の4人の服装に見惚れていた。


(あ、あの肖像画よりも実物の服の方が遥かに見事だ……)


(あの王女の首飾りは、あれは真珠か!

 大きさの揃った真珠がなんとたくさん連なっていることよ……)


(あの首飾りは金貨1000枚出しても手に入らんぞ。

 我が領の年間収入を凌駕する価値の在る装飾品か……)


(わからん……

 やはりあのドレスの生地が何なのかわからん……

 それにしても、なんと艶やかな美しい生地であろうことよ……

 しかもところどころに宝石が付いていてさらに輝いておる……)


(こ、この王子の服はなんだ!

 これはまさか礼装軍服か!

 肩に金のモールまであしらっておる。

 うーむ、我が国の王太子殿下の正式礼装よりも遥かに見事だわい……)



 控室の来賓全員が国王たちとの挨拶を終える頃、曲目が変わった。

 大地は微かに硬直している。


(な、何故に『交響組曲ドラゴン・〇エストⅠ』……

 しかもこれ、ロンドンフィルが演奏したやつだ……

 曲目は全てシスに任せてはいたが……

 そ、そういえばあいつ、こないだ渡してやった小遣いでドラ〇エ全シリーズを自分にDLして、マルチタスクで働きながらゲームで遊んでるって言ってたっけ……)



 龍将軍の笑みがさらに広がった。


(ああ、なんと軽快で楽し気な曲であろうか……)




 来賓が全員着席すると、会場の扉が閉められた。

 同時に光の魔道具の光度が上がって、場内が明々と照らし出される。

 天井と壁面を埋め尽くすロココ装飾がはっきりと見えるようになり、来賓たちからは思わずどよめきが上がった。

 賓客たちは各自案内された席に付き、その後ろには各々護衛たちが佇立している。


 司会の宰相がマイクスタンドの前に立つと、場内を流れる音楽の音量が下がった。

 龍将軍がちょっと残念そうな表情になっている。


「それではみなさま、最初に改めて我がワイズ王国国王、ウンゲルト・フォン・ワイズがご挨拶申し上げます」


 客たちは一瞬硬直した後、場内をきょろきょろと見渡した。

 まあ無理も無いだろう。

 魔道具で拡大されてスピーカーから流れ出る音声など聞いたことは無いのだから。


 そして、客の多くはやはり困惑していた。

 いくら弱小国とはいえ、相手は国王である。

 そのお言葉を賜るのに、起立を促されなかったからであった。



 国王がその前に置いてあるマイクに向かって話し始めた。


「みなさん、本日は遠路はるばるようこそお越し下された」


 この第一声を聞いて、ほとんどの者がまた硬直した。

 何故なら、国王が会場の聴衆に対して『みなさん』と呼びかけたからである。

 通常、こうした会合の目的は国内に於いては派閥の結束と情報交換であり、外国の客を招いた場合には国威発揚である。

 その際に、上下関係をはっきりさせるためには、王は『皆の者』と呼びかけるのが当然であった。

 やはり、硬直した者たちの頭の中には『国際親善』という概念は存在しなかったのである。


 ただ唯一、お互いの国同士で常時連携している虎将軍と龍将軍のみが微笑んでいた。



「まずこの午餐会の目的は、まもなく成人を迎える我が王子と王女をみなさんに紹介させて頂くことであります」


 ここで来賓たちの多くが項垂れた。

 成人披露の午餐会と言えばやはり集団お見合い会の要素が強い。

 にもかかわらず、貴族家当主の子息を連れてこなかったということは大変な失礼に当たる。

 要は、『お前のような弱小国と関係を持つ気は無い』と宣言するようなものであった。


 このような建物や魔道具を用意出来る超先進国との関係を自ら断ってしまうとは……

 客の多くはせめて自分の息子娘を連れて来るべきだったと臍を噛んでいた。



「成人を迎えるに当たり、アイシリアス王子にはこの国の『ワイズ総合商会』の会頭に正式に就任し、その商業活動全般を見てもらうこととしました」


 来賓たちはさらに俯いた。

 遠路はるばるこの国までやってきたのは、あの数々の優良商品を持つワイズ総合商会とだけは関係を結んでおきたかったからである。

 もしも独占取引契約が結べれば、その転売益は莫大なものになるはずだった。

 その商会の会頭と縁続きになる機会を自ら断ってしまっていたとは……


 そうした来賓たちの感情に気づいている国王陛下は、やや皮肉気な表情になっている。



「また、王女エルメリアは、宰相補佐として今後は国内の農政を中心に管掌してもらうこととしました」


 来賓たちはまたしてもびくんと硬直した。

 あの冬でも作物を育てられる秘法も今回どうしても知りたかった事柄である。

 その鍵をこの王女が握ることになろうとは……


 因みにエルメリア王女は、今後自分が管掌して得られる農作物を使ってどのような美味しい料理を作るか考えてウキウキしている。



 国王の挨拶は続いた。


「アイシリアス王子とエルメリア王女は、後程みなさんの席を回らせていただいて挨拶させて頂くとして、次にダンジョン国の代表であらせられるダイチ・ホクト閣下をご紹介させて頂きたい。

 尚、ダイチ殿には当面の間、我が王子と王女の教育係もお願いしております」


「「「「 おおーっ! 」」」」


 どよめきが広がった。

 教育係になったということは、このダンジョン国の代表なる男が王子と王女の後ろ盾になったということである。

 ということは、今まで第1王子第2王子第1王女の間で繰り広げられていた次期王位を巡っての争いに、この2人も参入したことになるのだ。

 それも莫大な富を持つ後ろ盾を手にして……



「まずはダンジョン国についての紹介ですが、その本拠地はここより南西に1700キロほど行ったところにある大森林の中にあるそうです」


 また少し聴衆が固まった。

 あの大森林の拡大により、幾多の国々が消滅していったことだろう。

 その奥深くに国を作るとは。


「もちろんみなさんは、我がワイズ総合商会に数々の優れた物品を齎したダンジョン国についてはご興味がおありでしょう。

 その戦力は当然秘密とさせて頂くとして、閣下よりその面積と人口だけはお知らせするご了承を頂いています」


 大勢が息を呑んだ。


「その国土面積は約28万平方キロ、人口は18万人に達しておられるそうです」


「「「「 !!!! 」」」」


 声にならない驚愕が会場を満たした。

 なにしろ面積28万平方キロといえば、この場に集った12カ国の全てを足しても全く届かず、属国群を含めたあのデスレル帝国の版図に匹敵しているのである。


 また、人口が18万ということは、最大動員兵力が8万人近いということになる。

 これは12カ国の通常兵力合計の倍に近い。

 仮に12カ国が連合軍を組んだとして、年寄りの農民兵まで全てかき集めてようやくまともに戦えると言ったところだろう。

 とにかく、8万といえばあのデスレル帝国本国の正規軍に匹敵しているのだ。


 デスレル帝国属国群には12万の徴集兵もおり、それも含めればようやく凌駕出来るということであるが、デスレル帝国は、その広さと歴史的拡張政策の故に反乱を恐れており、属国群の兵力を集結させることは難しい。

 同じ理由で、各地の農民たちに武器の所持や戦闘訓練を禁止しているので農民兵もいない。

 いたとしても、それは工兵隊や輸送隊、設営隊、料理隊などである。

 これらの兵は合計で2万ほどいるが、全員が軽武装であって戦闘には加わらなかった。

 さらに近衛軍と奴隷兵8万を加えた30万がデスレル帝国の総兵力である。


 その場の貴族たちにとっては、単独でデスレル帝国に対抗しうる大国の存在を初めて認識されられた瞬間であった……




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