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201/410

*** 201 午餐会当日 ***

 


 王子も王女も、王都に到着後は自分の配下の貴族たちの王都邸に入った。

 3人とも王城に入るのは王位に就いた時よ、などと嘯いていたが、単に自分に傅く者が多い方がより心地良いだけという本心には気づいていなかったようである。



 そして午餐会当日。

 周辺7カ国から来ていた上級貴族家は、宿舎から騎乗、もしくは馬車で会場入りした。

 ほとんどが2~3日前に到着していたため、既に迎賓館の外見は見分済みである。



 王都在住の旧中立派貴族家当主も、7家とも夫人を伴って会場入りした。

 既に第1王子、第2王子、第1王女の配下に加わっている辺境男爵家の者たちも会場にやって来た。


 だが……

 それぞれ別々にやって来た貴族たちも、迎賓館の門を潜って馬車から降りたところで皆一様に立ち尽くしたのである。


 それはそうだろう。

 知らぬ間に王城北側の岩地に巨大かつ壮麗な建物が建っていたのである。

 敷地面積は8万平方メートル、建物はその4分の1近くを占めている。

 中央大陸にはこれよりも大きな城はいくつかあったが、どう見ても超大国の王太子の離宮並みの大きさを持つ建物だった。


 しかもその建物も庭の道も、全て純白の大理石造りである。

 むろん繋目などは全く見られない。

 また、建物の玄関までの道の両側には、整然と並べられたプランターに色とりどりの花が咲き誇っていた。

 季節を考えれば、常識では考えられない光景である。

 玄関前の馬車寄せの中心には、精緻な彫刻を施された噴水まであった。


 実はこの日は雨雲の垂れ込める曇天だったのだが、朝早くからシスくんが離宮上空の雨雲を風魔法で吹き払っていたために、この迎賓館にだけは太陽の光が燦燦と降り注いでいる。



 サズルス王国の大使、サイマルス・ボヘンバール侯爵家嫡男も、迎賓館前にやって来たところで驚愕に立ち尽くした。

 因みに、この国は後ろ盾になっている王子王女がいない。

 敢えて3人と国王を争わせて漁夫の利を得ようという目論見があるからである。



「い、いつの間にこのような巨大な建物を建てていたというのだ……

 こ、交易で儲かったとの噂は聞いていたが、まさかここまでのものを造るとは……」


 サイマルスが内心の驚愕を押し隠しながら階を昇ると、そこには見事な侍従服に身を包んだ男たちが立っていた。


「ようこそお越しくださいましたサイマルス・ボヘンバール侯爵家嫡男閣下」


 彼らが恭しく頭を下げると同時に巨大な金属製の扉が音も無く開く。

 そして、20畳ほどの小間を通り過ぎると、シスくんの力作であるロココ装飾のロビーが現れた。

 その豪華な装飾を見て、サイマルスはまたも立ち竦んだ。



 そしてやはり予想に違わず……


「お持ちしておりました、サズルス王国サイマルス・ボヘンバール侯爵家ご嫡男さま。

 ただいまより午餐会会場に隣接しております控えの間にご案内させていただきます。

 ご同伴の方1名様以外はあちらの待機室にてお待ちくださいませ」


「馬鹿を言うな!

 俺が俺の連れて来た護衛を全員伴ってなにが悪いのだ!」


「王命でございます。

 会場にご入場いただけるのは、ご招待させて頂きましたお方様とご同伴者様1名様のみということは、ご招待状にも書いてございましたが」


「な、なんだと!」


 因みにこのサイマルスは本当に読み書きが出来なかった。

 これは当時のアルスの王侯貴族にはそう珍しいことではなく、読み書きなどという下賤な商人のするようなことは、高貴な貴族には相応しくないと考えていた者も多かったのである。

 単なる自己弁護であったが。



「王に言えっ!

 わしはわしの好きなように行動するとな!」


「それでは残念ながらご案内はここまででございます」


「貴様、サズルス王国の大使を追い返すというのか!」


「はい、王命でございますれば」


「うぬぬぬ……

 そんなことをすれば、俺は帰国し国交は断絶するぞ!

 それでもよいのか!」


「王命ですので致し方ございませぬ。

 ただ、もしご帰国されるならば、あなたさまがこの国から貸し付けられた金貨100枚のご返済を終わらせてからにしていただけますでしょうか」


「な、なに……

 そ、そんなもの、我が侯爵家に取りに来い!」


「それでは証文にも書いてございました通り、王都のご当主様に直接ご請求させていただきます」


「な、なんだとおぉぉ―――っ!」


「あの……

 ご招待状などならばまだしも、さすがに借金の証文などは内容をご自分でお読みになられてからご署名なされた方がよろしいですよ」


「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ……

 き、今日は特別に供ひとりで許してやるっ!」


「ありがとうございます。

 それではこちらで全ての武器をお預かりさせて頂きます」


「なんだと……

 ぶ、武器を預けろだと!」


「はい。

 会場には12カ国もの王族貴族の方々がお見えです。

 万が一のことがあってはたいへんでございますので」


「そ、それも招待状に書いてあったと申すか!」


「もちろん添え状に記載してございました」


「ぬぐぐぐぐぐぐ……

 お、おいお前、腰の武器を預けろ!」


「はっ」


「あの、サイマルス・ボヘンバール侯爵家ご嫡男さま。

 懐の短刀もお預けくださいませ。

 それから護衛の方の足首につけてある暗器も」


「な、なぜ分かった!」


「失礼ながら魔道具で調べさせて頂いております」


「こ、この無礼者めがぁっ!」


「いえ、武器を持たない方々の大勢いらっしゃる席に、武器を隠し持ってご入場される方が、余程にご無礼かと……」


「ぐぎいぃぃぃぃ―――っ!」




 もちろんこの時期のアルス中央大陸に、平和的外交という概念は存在しなかった。

 あるのは全て武力を背景にした武装外交のみだったのである。

 そのために、国同士の対等な通商関係というものも存在しない。

 通商とは下賤なる商人が勝手に行っているものであり、国同士では属国か宗主国か、献上か下賜かという関係しか無かったのである。

 やはり、つい80年ほど前までの地球とそっくりだったのだ。

 まあ、胡錦涛が言ったように、日本と周辺国との関係が『政冷経熱』とされる辺り、今でもアルスとの違いはあまり無いのかもしれないが。



 また、国同士の関係がそのようなものであったことから、異なる国の人物同士が一堂に会して歓談するなどという行事もほとんど無かった。

 もしあったとしても、それは臣従か支配かという上下関係の中で行われるものであり、親睦などという考え方はそもそも存在しないのである。


 そうした概念に凝り固まった人物たちが、護衛たった一人を連れて大勢の見知らぬ者たちのいる会場に赴くのは、実は非常に勇気の要ることだった。

 今までの中学校でのヒエラルキーがご破算になって、新たに新入生になって1人で見知らぬ生徒たちのいる教室に入って行く高校生の不安と似たようなものである。

 サイマルスの不安もむべなるかなであった。



 そしてやはり……


「な、なんだこの檻はっ!

 わ、わしをこのような場所に閉じ込めようというのかっ!」


「いえ、こちらは『えれべーたー』という名の魔道具でございまして、お客様を上階にお連れさせて頂くためのものでございます」


「わ、わしはこのような胡乱な場所には断じて入らんぞっ!」


「そうでございますか……

 それでは階段にご案内させて頂きます」



 そのときちょうど、ゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の将軍2人が連れ立ってやって来たのである。



「ほう、これも魔道具かぁ!」


「なるほど、建物の上の階に階段を使わずとも行けるのですか。

 これがあれば物見櫓の昇り降りも楽になるでしょうな」


「それでは早速試させてもらうとするか!」



「うははは! これは愉快だ!

 どんどんと昇ってゆくではないか!」


「なるほど、前面を素通しにしていたのは、こうしてこの美しいロビーを上から眺めさせるためだったのですね。

 確かにこれは素晴らしい趣向ですな」


 楽しそうな将軍2人の声は、やがて天井の穴に吸い込まれていった。



「お、おい!

 こ、このボヘンバール侯爵家嫡男であるわしも、特別にあの魔道具とやらに乗ってやろうではないか!

 あ、ありがたく思え!」


「それでは少々お待ちくださいませ……」



 そしてもちろん……


「うひぃぃぃぃ―――っ!」


 頭を抱えて蹲るハメになったのだ。



 この時代のアルスには高層建築などもちろん存在しない。

 故に高所から眼下を眺めるなどという行為は、軍人が物見櫓や鐘楼から敵を監視するという場合にしかありえなかったのである。

 一軍の司令官を任されたことはあっても従軍経験の無いサイマルスには、もちろんそのような経験は無かったのだった……




 招待客たちは、3階に案内された。

 エレベーターを降りると、そこはメイン会場前の控えの間である。

 既に到着していた客たちは、知己同士でそこかしこに固まって立っていた。

 そうして全員が口を開けて周囲を見渡していたのである。


 正面はメイン会場への入り口である扉だったが、その扉は縦横4メートル近い鉄製だった。

 それも全面に精緻な装飾が施してある。


 その扉の左右にはいくつかの絵画の中に、国王と第3王子、第2王女3人の額装された写真が飾られてあった。

 それも全倍(600×900)サイズをさらに4倍にプリントした特注品である。


 その写真を見た者の多くは固まっていた。


(こ、これは……

 なんと精緻な肖像画であろうか……)


(このような技術を持つ宮廷画家がこの国にはいるのか……)



 また、羊毛産業を持つ北の国と綿花産業を持つ南の国から来た連中は……


(こ、この服はまさか羊毛製品か!

 いったいどのように加工したらこのような滑らかな生地が作れるというのだ!)


(こ、この色…… 全くムラが無い。

 如何なる染色技術で染めたと言うのだ……)


(こ、このドレスの生地はなんだ……

 綿でもなければ羊毛でもない。

 いったい如何なる生地が使われているのだろう……)



 繊維産業に関係が無い者たちは、左右の壁を見て固まっている。

 なにしろその左右の壁は一面の鏡張りだったのである。

 アルスではまだガラス技術が未発達だったために、鏡は超貴重品だった。

 20センチ四方の鏡が金貨1枚で取引されていたほどである。

 それが壁一面の鏡張りとは……


 その鏡の前にはいくつかの大理石の台の上に生け花も飾られていた。

 良子が教えるモン村学校の生け花クラブのメンバーたちが、1か月近くもかけて作成した力作である。

 ストレーくんの時間停止倉庫はこうした作業に実に便利だった。


 因みにこれらの花々は、地球のオーストコアラリアから食料と一緒にアルスに持ち込まれたものである。

 今は地球は12月であり、もちろん日本やタイでは花の種類も少なかったが、オーストコアラリアは夏真っ盛りだった。



 控室の隅にはワイズ総合商会の出資者である6大商会の会頭たちが集まっていた。

 実は先日、大地の提言により、僅か3か月で金貨8000枚を超える収益を国に齎した功績によって、全員が一代男爵に叙せられていたのである。

 もちろん彼らは、その功績がほとんどすべて大地のおかげであることを重々承知していたが……



 こうして、午餐会に招待された面々は、迎賓館の超豪華な内装に度肝を抜かれていた。


 なにしろ、現代地球文明に慣れ親しんだ大地の基準でもかなり豪華なものである。

 この時代のアルス人たちが大驚愕するのも当然のことだったろう……


 自国や自領の文明に比して多少豪華なものであれば、それは常識の範囲内である。

 アラ探しも出来ようし、嫉妬の感情も芽生えただろう。


 だが、1000年から2000年近い文明の隔絶を見せられたならば、もはやどうしようもない。

 通常の批判や嫉妬の感情ではなく、畏敬や畏怖に近いものが各人の胸に去来していたのであった……

 



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