*** 200 3人の王子王女 ***
外郭5カ国の上級貴族家縁者たちは、ワイズ王国内に入ったところで驚愕のあまり立ち尽くした。
まずは、直轄領の周囲を取り巻く長大な城壁に驚かされた。
その驚きも冷めやらぬうちに城門を潜って歩を進めれば、広大な畑には青々と麦が実りつつあるではないか!
冬でも作物を育てられる秘法があったとは!
この技を盗み出せれば我が領の収入が倍になる!
この国の豊かさは商会の財物だけではなかったのである。
到着した王城は、如何にも弱小国に相応しい質素なものだったが、その後に案内された宿舎にはまた驚かされた。
その総大理石造りの建物は、領都の本邸どころか王族の離宮よりも遥かに豪華なものであり、さらにその奥には自国の王城よりも豪華な建物が聳え立っていたのである。
聞けばあれが午餐会の会場になる迎賓館らしい。
しかもである。
彼らの宿舎の中は魔道具だらけだった。
気温を快適に保つ魔道具、昼のように明るく室内を照らす魔道具、湯あみ用に温水の出る魔道具、侍従を呼ぶための通信の魔道具など、国宝級の魔道具がその辺りにごろごろしているのである。
もちろん彼らはそれら宝物を密かに持ち帰るべく動かそうとした。
だが、どうあってもそれらの魔道具は設置された場所より離れなかったのである。
壁や床などから魔道具を引き剥がすために、護衛たちに銅剣で切りつけさせた者もいたが、護衛の剣が全て欠けるか折れてしまうという結果に至っていた。
また、室内の家具は全て木製だった。
テーブルも椅子もベッドも、床までもが木製である。
彼ら領地を預かる貴族の親族といえども、木製のベッドなどで寝たことは無い。
そんなことが出来るのは伯爵以上の上級貴族家当主のみであり、自分たちはレンガで作ったベッドに寝ているのだ。
しかもそのベッドの上には、信じられないほど柔らかなマット(地球産:廉価品)が置いてあるのである。
もちろんこれらも、帰路に密かに持ち帰るべく画策していたが、もし実行したとしても、建物から持ち出したところで全て消え失せるという結果に終わるだろう。
外廓5カ国の出席者たちは当初宿舎の豪華さに茫然としていたが、次第にその胸中にはさまざまな感情が沸き上がって来た。
それはまず嫉妬心である。
自国よりも、場合によっては自領よりも弱小なこの国に、これほどまでの富が集中しているとは……
彼らには、より強大な軍事力を有する者ほど高貴であり富裕であるべきだという固定観念がある。
しかもどうやら、この国は『遠征病』と『貴族病』の特効薬を手に入れているらしいのだ。
もしそのようなものをわが手に出来たとしたら、その財力は王家を凌ぐほどの途方も無いものになるだろう……
次に湧いたのは当然強欲である。
この富を如何にして自領のものにするか、いや、自国の物とすれば自分はその功績で男爵位ぐらいは賜れるかもしれない……
そうして、彼らはそれを手にする方法を必死で考え始めたのだ。
聞けばこの国では近衛軍が解体されてすべて国軍に統一されたとのこと。
そしてその国軍も、せいぜい500名しか兵士がいないそうだ。
ならば、我が領の領兵と衛兵に加えて寄子の男爵や准男爵の軍を併せて1000人でも勝てるか。
いや、そのときはこの国の周辺を囲む4カ国が黙っていないだろう。
特に彼らがこの国を攻めるとすれば、まず周辺国を通過せねばならない。
さすがに自領単独では中堅国の軍を相手にするのは無謀だろう。
ならば周辺国が支援しているこの国の王子王女を推すか。
その王子王女が目出度く王位を簒奪すれば万々歳だ。
もちろん周辺国も横槍には難色を示すだろうが、そのための外交交渉は当主閣下にお願いするとして、俺は領軍を率いて王子王女軍に合流すればよかろう。
ふふふ、これで俺の将来の途も開けようというものだ。
そうとなれば、午餐会でのターゲットはこの国の王やデビューする第3王子などではなく、他の王子王女だな……
もちろんこうした考えは、支援しようとする王子王女は異なっても、外廓5カ国の出席者全員の胸中に去来していたのであった。
彼らの頭の中には、通商関係を築いてその財を贖おうなどという考えは、微塵も無かったのである。
彼らの物欲、権勢欲ははちきれんばかりに膨らんでいた……
第1王子、第2王子、第1王女は、王国の外周部にある王族直轄領に邸を持っている。
彼らも前日には王都入りしていたのだが、途中の農村部に茂る秋撒き小麦に気づいたのはオルシリアン第1王子だけであった。
ノリンゲルト第2王子は、いつもの通り馬車の中で泥酔していて外を見て驚くことも出来なかった。
最近では、少しでも酒が切れると手が震え始めるために、常に酒が手放せなくなっている。
キルストイ帝国伯爵家より嫁に来た母親が、自らの無聊を慰めるために酒に溺れた結果、この王子も僅か5歳のころから酒の常飲者になってしまっていた。
その母親が亡くなってからも、この王子は酒浸りのままだった。
日常に於いても、昼前に起きれば酷い二日酔いに苛まれるためにすぐに迎え酒を必要としている。
そして、飲み始めれば必ず意識を手放すまで飲み続けるため、昼過ぎには泥酔して意識を失った。
夕刻にまた起きても再び二日酔いを抑える酒を飲むために、正気を保っていられる時間は1日のうちでもほとんど無かったのである。
まさに『暴飲』が服を着て歩いているような男だった。
その王子が僅かな正気の時間帯に考えていたこととは……
(以前は2日に1回は開かれていた配下貴族家による俺への饗応が、不作と現国王の低税政策によって、週に1回になってしまっている。
これでは貴族家も、ひいては自分も酒を飲める機会が減ってしまうではないか。
なぜ王族たる俺が、自領の収入で酒を買わねばならんのだ。
この情勢は断固として変わるべきである。
そのためには現国王に退位を迫り、この私が国王となって税を上げ、貴族共を豊かにしてやるしかあるまい……)
ミルシェリア第1王女は平民を毛嫌いしていた。
自らの母親は妾腹とはいえ東の隣国ヒグリーズ王国の国王の娘である。
つまり、彼女はヒグリーズ王の孫でもあった。
その自分が何故このような僻地の国で、汚らしい平民に囲まれて暮らさなければならないのだろうか。
10年前に成人した挨拶にヒグリーズ王国に赴き、陛下に謁見を賜った際には、同じ王の孫たちの着ている煌びやかな服に大いなる劣等感を感じ、謁見後は客室に籠ってずっと泣いていたほどである。
その後も、母国での優雅な暮らしを懐かしむことしか出来なかった母親の影響で、現状に対する大いなる不満を拗らせて育って行った。
また、4分の1は平民の血が混じる自分の出自に対する劣等感から、平民に対する異常なほどの嫌悪も募らせていったのだ。
そうした彼女にとっては、自分の食するものが平民の中でも最下層に属する農民の作ったものだということも耐えられなかった。
このために、護衛の近習たちも、馬車の窓を閉め切って籠る王女に驚くべき農村の光景を伝えることが出来なかったのである。
ついでにこの王女は、近習や侍従や侍女にまで勝手に作った准貴族位を与えていた。
上中下の騎士爵、侍従爵、侍女爵などである。
『高慢』と『嫉妬』と『劣等感』を拗らせるとこうなるという見本のような女であった。
オルシリアン第1王子だけは農村部の異変に気付いた。
だが、その胸中に去来した感情は……
(こ、これは、冬も作物を育てることが出来る秘法があるのか。
ならば、税収を倍に……
いや、農奴どもが喰い散らす無駄な穀物は増やす必要が無いのだからして、残りは全て税として召し上げれば、税収は3倍に出来るであろう。
さすれば不作に困窮しておる貴族たちも一息つける。
さらに私が次期国王となれば、100反の畑からの税を今の40石から60石にするのだから、王室の藩屏たる貴族たちも、ますます私を尊敬して王国の基盤も盤石になるだろうて……)
そう、この王子は『被尊敬願望』が強すぎたのである。
別の言い方をすれば、自分を尊敬する者としか会話が出来ないのだ。
つまり、自分を尊敬しない者は全て敵と見做す社会病質者であった。
母の実家である隣国ニルヴァーナ王国の辺境伯家では、自分と同じ辺境伯の孫が嫡孫として次の次の辺境伯爵になろうとしていた。
以前成人の挨拶にかの地を訪れた際に、あの男が見せた見下すような表情は、決して忘れられるものではない。
実際にはその嫡孫は、初めて会う自分の親族にただ微笑みかけていただけだったのだが……
自分を尊敬しない者から受ける扱いは、たとえそれが単なる微笑であっても彼にとっては屈辱だったのである。
この屈辱感が第1王子の焦りと怒りの感情を滾らせていたのだ。
中堅国の辺境伯を見返してやり、己に対する尊敬心を植え付けてやるには、小国とはいえ国王の座しかあるまい。
しかるに現国王は、大事な戦力であり藩屏たる貴族を蔑ろにし、長男である自分を未だに王太子として立太子していないのである。
彼にとってはこれは許しがたい暴挙だったのだ。
このようにいろいろ拗らせている3人の王子王女だったが、ひとつ共通していることがある。
それは、自分の理想とする社会の実現に向けて、王位に就こうとする以外の努力を金輪際全くしていないという点であった。
王にさえなれれば、自らの権力が及ぶ範囲を広げさえすれば、自分の理想がすべて叶えられる。
少々思考能力の足りない彼らには、この信念の問題点が理解出来ていなかった。
元々彼らは統治の練習、もしくは王位を継ぐための試験として王族領を与えられているのである。
ならば、その地を自らの王国と見做して理想の実現に邁進すればよかったのだ。
もし尊敬して貰いたいのならば、その治世をもって領民や寄子貴族に尊敬して貰えばいい。
もしもっと豊かになって酒が飲みたいのならば、領内の農業生産を上げて酒に回せる農産物を増やせばいい。
もし優雅な宮廷生活を送りながら自分に傅く者を増やしたいのならば、やはり領地を豊かにしてその地に集う者を増やせばよかったのだ。
つまり、彼らの発想とは、王になればより多くの地を支配することになり、より多くの物を収奪出来るという、この一点に尽きるのである。
凶作の地をいくら集めてもその収奪量は微々たるものだというのに。
もちろんこれは、当時のアルス中央大陸の王侯貴族という支配層に於いては一般的な思想であった。
自らへの尊敬と税という収奪物が足りない。
ならば他の国を我が物として、支配下の民やヨイショ貴族を増やして収奪も増やせばいい。
そこには、自らの努力によって生産性を上げて豊かになるという発想は皆無だったのである。
やはり、アタマが足りない者が尊敬とカネを求めるあまりに暴力に走るという、古来由緒正しいヒャッハー族の行動だったのだ。
75年前までの鬼畜欧米列強や日本の植民地政策を主導した極悪支配層と全く同じ行動理念であった。
完全に余談なのだが……
この尊敬とカネを求めるあまりに他国に侵略し、その地の民や土地を隷属化させるという行動は、古代社会から連綿と続く地球のヒューマノイドの常態行動でもあった。
そう、こうしたヒャッハー主義こそが地球人の常識であり伝統だったのである。
まさに戦闘種族であり、E階梯の極めて低い種族だったということになる。
(多分75年前までは、地球人の平均E階梯は大幅にマイナスだったことだろう)
ただ、その中でも日本の支配層が取った方法論は極めて異質だったのだ。
たとえば、読者諸氏は中東と呼ばれる地域の宗教的過激派をどう思われるか。
『体に爆薬を巻き付けて敵(と思っている)の群衆の中に入り込み、彼らが神と信じる者の名を称えながら自爆する』
『航空機を乗っ取り、敵国のモニュメントに集団で自殺攻撃を敢行することで、自らの存在と主張を誇示する』
などの行動を。
『やっぱり宗教的狂信者ってコワイわよねぇ~』
『なに考えてんだよ。やっぱ狂信者ってオカシイよな』
と思われているのではなかろうか。
だが……
こうした攻撃手段を、世界で初めて採用したのは中東の過激派ではないのである。
そう、もちろん我がニッポンである。
『〇〇陛下万歳!』などと自らの神の名を絶叫しながら、旧式戦闘機に爆弾を積んで敵艦に特攻することを、軍として政府として公式に兵に命令していたのであった。
しかも、その手段はロケットエンジン搭載の特攻専用滑空機や魚雷にまで応用されていたのである。
あのナチスドイツですら採用しなかった自殺型特攻兵器を、国家として正式に開発・採用したのは後にも先にも我らがニッポンだけだったのだ。
さらに、そのときのスローガンが『一億玉砕』だったのである。
(当時の日本の人口は約7000万とされている。
つまり、この1億とは朝鮮半島や中国東北部や台湾などの占領地域を含んでの人数なのである)
自国民のみならず、占領地域の民にまで日本のために死ぬまで戦えと強要し、女性や未成年者や高齢者に竹槍による戦闘訓練まで課していたのであった。
まさに戦闘的ヒャッハー主義、宗教的狂信者の極北と言えよう。
(ナチスドイツの特攻隊ゾンダーコマンド・エルベはあくまで志願制で志願後の辞退も認められていた。
ヒトラーですら、命令に基づくものではなく、志願はあくまで自由意思に基づくものであると述べている。
また、特攻時のパイロット射出装置も機体に残されていて、衝突直前の離脱も許されていた。
このため、特攻作戦参加者のうち生き残りパイロットも多い)
読者諸兄は、例えばイラクやアフガニスタンやイスラム国が、敗戦を機に、
『我が国は平和国家になりましたぁ♪』
『戦争も交戦権も放棄しまぁす♪』
『軍隊は保有しませぇん♪』
と言ったとして、果たして信用出来るだろうか。
しかもその国は世界第3位の経済力と世界最高峰の技術力を有しており、さらにあのときの『神』の一族が人間宣言をしたとはいえまだ存続し、かつ大いに尊崇されているのである。
現代の地球社会が、たった75年前まで世界史上最凶最悪のヒャッハー国家だった国を受け入れているのが不思議なほどである。
しかもそのたった2~3世代後の子孫たちが『ラブ&ピース♡』とか能天気なことをヌカしているのである。
傍から見ればこれほどまでに不可解で危険な民族はいないだろう。
(ついでに言えば、ニッポンの漫画は世界でも大人気だが、その過激な暴力描写によりR15指定やR18指定している国も多い。
だが、もちろん日本ではそのような規制は全く無い。
こうした点でも、ニッポン人は世界では極めて暴力的で過激な民族と見做されているのであった……)