*** 20 金色タヌキ ***
「ということでダイチ、最初は魔力ポーションを試してみるにゃよ」
「うん」
「そこの棚の青い小瓶が魔力ポーションにゃ」
「じゃあ飲んでみるね」
ダイチの体が薄青い光に包まれた。
「あ、頭が重いのが治った……
ところでタマちゃん、この魔力ポーション、ニガいかと思ったらすっごく甘いんだけど……」
「その魔力ポーションは南大陸ダンジョン産にゃ。
あの甘いもの好きなダンジョン妖精たちが作ったから甘いのにゃよ」
「そ、そうなんだ。
ラノベではポーションはマズイのがスタンダードになってるんだけど」
「それはきっと初期のラノベ作家が、北大陸や中央大陸のダンジョンマスターだったからだにゃ。
あっちのダンジョン妖精はふつーの妖精にゃから」
「南大陸ダンジョンの妖精は普通じゃないの?」
「コーノスケが妖精たちにお菓子やケーキを振舞ったせいで、妖精たちが甘味に目覚めてしまったんにゃ。
それに南大陸は全体に亜熱帯にゃから、サトウキビみたいな植物もいっぱい生えてて、妖精たちがポーションの原料としてサトウキビもどきを使うようににゃったんにゃ」
「そ、そうだったんだね……」
「それじゃあダイチ、外の海岸に行って、海に向かって火魔法を試してみるにゃ。
今度は気絶してみるといいにゃ」
「うん。
あ、ところで気絶って何時間ぐらい意識が無くなるの?」
「今のレベルなら、ダイチの体感時間で3時間ぐらいかにゃぁ」
「でもここは時間停止収納庫なんだから、地球での経過時間は0か」
「その通りにゃ」
「だったらいっぱい気絶して魔力の上限を引き上げた方がいいね。
鑑定10回で気絶してるようだとどうしようもないし」
「さすがはダイチにゃ♪」
「あ、ところでさ。
海に向かって火魔法を打つっていうけど、この収納部屋の外の空間は半径100メートルぐらいしか無いんでしょ。
壊れたりしないかな」
「元々レベル10の収納部屋にゃし、コーノスケがありったけの防御を施して、エネルギー用の魔石も溜め込んであるから大丈夫にゃ。
もっとも火魔法Lv10を使うと収納庫全体は無事でも、あの小屋はチリになって消え去るにゃあ」
(ダイチさま、収納物がもったいのうございます……)
「そ、それじゃあ気をつけるよ……
収納くんも安心して」
(はい……)
「まあ、俺も死んじゃうかもしれないしね」
「攻撃魔法は、打った本人には無害だから大丈夫にゃ。
それにダイチには『即死回避』と『帰還』の加護があるから、万が一チリになってもこの空間で復活出来るから大丈夫にゃあ」
「タマちゃんは?」
「あちしも、天使さまの眷属になったときに、神界から同じ加護を貰ってるから大丈夫にゃよ」
「よかった」
「それに、ダイチはもう加護があるから、例え寝てるときに心筋梗塞なんかを起こして死んでも、すぐに復活するんにゃよ。
これであちしも安心して寝られるにゃ」
「なるほど。
それにしても、ダンジョンマスターの権能や加護って凄いんだね」
「まあ神界のために働くんにゃから当然にゃね」
ダイチはタマちゃんと共に海岸に出た。
(なるほど下は砂地だから気絶して倒れても怪我はしないんだ……)
「それじゃあ火魔法Lv1を打ってみるね。
へへ、俺の初魔法か……
『火魔法Lv1』、発動!」
大地の手の先に100円ライターほどの火がともった。
「あ、あれっ? こ、これだけ?」
「まあレベル1の魔法は生活魔法にゃからねぇ」
「そ、そうか……」
「それじゃあ次は『火魔法Lv2』を試してみるといいにゃあ。
これはMP消費が2の魔法にゃよ」
「うん」
『火魔法Lv2』
大地の目の前に野球のボールほどの火の球が出て来て浮かんでいる。
「あの…… この球、打ち出したり出来るの?」
「それはレベル3からにゃ」
「そ、そうか」
「その火の球を掴んで向こうの岩に向けて投げてみるにゃ」
「そんなことして火傷しない?」
「にゃから、攻撃魔法は出した本人には害は無さないにゃ」
「わ、わかった」
大地は目の前に浮かんでいる火の玉に恐る恐る手を伸ばした。
(ほんとだ…… 熱くないや……)
その球を20メートルほど離れた岩に向かって投げる。
火球は少し逸れて隣の岩に当たって消えた。
岩は微かに黒くなっているだけだ。
「次は『火魔法LV3(MP消費3)』を試してみるといいにゃ」
「うん」
今度の火球は大地が思った方向に飛ばすことが出来た。
狙っていた岩からはほんの少し離れて着弾して、火球が当たった部分はまた少し黒くなっている。
「さあ、今のダイチの残りMPは4にゃ。
今度はレベル1の『ロックオン』を試してみるにゃ」
「うん、『ロックオン』
あ、なんか視界に矢印が出て来た」
「その矢印を火球を当てたい場所に合わせて『ロック』って言うにゃ」
「えーっと……
お、俺の視線に合わせて矢印が動くのか。
それじゃあ矢印をあの岩の先端に合わせて、『ロック』
あ、矢印が固定された」
「それで火魔法レベル2の火球を出して、投げてみるにゃ」
「うん。
おー、ちょっと逸れてた火球が、吸い寄せられるように矢印の先端に向かって曲がって行ってる。
はは、見事に命中してるぞ。
これ、便利だなぁ」
「『ロックオン』スキルのレベルが上がると、複数目標を同時に設定したり、対象を考えるだけでロックオン出来るようになるにゃ」
「それも便利だね」
「ところで、これでダイチのMPは1ににゃったから、『火魔法Lv1』を1回出せば気絶するにゃよ。
試してみたらどうにゃ?」
「うん、やってみる」
(『火魔法Lv1』発動……)
あ…… 視界がブラックアウトした……
でもそんなに苦痛じゃない……
そんなことを思いながら大地は意識を手放した。
大地が目を覚ますとそこはまだ海岸だった。
太陽は既に中天に差し掛かっている。
大地に寄り添って寝ていたタマちゃんが起き上がって伸びをした。
「気が付いたかにゃ。気分はどうにゃ?」
「うん、なんかスッキリしてる」
「あ、ダイチおめでとう。
魔力の上限が11になってるにゃあ」
「そうか、こうやって魔力量を増やしていくんだね」
「うにゃ。
でも実際は大変なんにゃよ。
ダンジョン挑戦者は、ダンジョン内なんかで気絶すればすぐにモンスターに殺されるし、ダンジョン外ではレベル1の生活魔法までしか使えにゃいから、魔力を使い切るのも大変にゃし。
なによりも、よっぽど安全なところで気絶しないと、追剥に全財産持っていかれるにゃ」
「俺はその点でも恵まれてるっていうことか……
それじゃあ頑張って気絶して魔力を増やさないと」
「うにゃ」
「あ、でも俺が気絶してる間、タマちゃんは暇だよね」
「ふふ、3食昼寝付きの理想の生活にゃあ♪」
「はは、それもそうか」
それからのダイチはあらゆるスキルや魔法を試し、気絶し、目が覚めると食事をしてまたスキルと魔法を試した。
それも毎日毎日。
傍から見ればそれは鬼気迫る姿に見えたかもしれない。
事実タマは相当に驚いていた。
(ダイチ凄いにゃ……
ここまで集中して訓練にのめり込めるものにゃのか……)
だが、当の大地にとってみれば、魔法やスキルの練習は楽しくて仕方がなかったのだ。
それに魔力がゼロになった際の気絶にしても、知らぬ間に寝込んでしまったぐらいの感覚で、まるで不快ではなかった。
むしろ、魔力がゼロに近づいてアラームが鳴っているときの頭の重さの方が不快だったぐらいである。
特に楽しかったのは、『身体強化』と『敏捷強化』と『縮地』、それから『動体視力強化』を重ね掛けしたときだった。
周囲のあらゆるものがはっきりと見えるだけでなく、動きすらも緩慢に見える。
パンチやキックを放ったときに、腕や脚にまとわりつく空気の粘性まで感じられるほどだった。
(レベル2でこれほどまでの効果があるのか……
これ、修斗の試合で使ったら無敵だろうな。
あ、ということは『敏捷強化Lv10』とか発動したら、服も破れちゃうかもしれないよ。
気をつけなきゃ……)
そうした暮らしを続けていた或る日。
魔法を打ち終わった大地の頭の中でチャイム音が鳴った。
(ピンポーン! 総合レベルが1上がって9になりました)
「ねえタマちゃん、なんか今総合レベルが上がったっていうお知らせがあったんだけど……」
「当然にゃ。
これだけスキルや魔法を使い続けて気絶を繰り返してるんにゃから、レベルも上がるにゃ」
「そうか、修練でもレベルが上がるのか」
「MMAのジムでも、試合を繰り返す以外に地道な練習でも強くなれるにゃ。
それとおんなじことにゃよ。
もちろんモンスターと戦った時の方がレベルアップは早いんにゃけど」
「なるほど……
あ、ところでさ、この総合レベル9って実際どのぐらいの強さなの?
アルスのひとたちと比べて」
「アルス南大陸のヒト族の平均はレベル5.0、上級兵士はレベル6.8、最強は9にゃ。
中央大陸のヒト族平均はレベル3.9で、上級兵士は7.9、最強は11にゃ」
「そうか、南大陸は大勢がダンジョンに入るから平均値が高いんだね。
でも中央大陸は戦争に明け暮れているから上級兵士や最強のレベルが高いんだ。
それじゃあ地球は?」
「平均は1.9、上級兵士は14.8、最強は18にゃ」
「ほとんど戦ったことがない人ばっかりだから平均は低いけど、上級兵士や最強者は合理的な訓練をしているから強いんだ」
「うにゃ」
「それじゃあ、今の俺は結構強いっていうことか」
「まだまだにゃけど、一般人から見ればかなりのもんにゃ」
「じいちゃんは?」
「最終的にレベル60まで行ってたにゃ」
「うわっ! すげぇ……」
「まあ80年もダンジョンで戦い続けてたからにゃあ。
他の世界と比べても、ヒト族最強レベルだったにゃ」
「さすがじいちゃん。あ、タマちゃんは?」
「あちしは種族特性でもともと強いからにゃあ。
今の姿だと総合レベル20にゃけど、戦闘形態になったらレベル180にゃ」
(戦闘形態……
そ、それって全身の毛が逆立って金色になったりするんだろうか……
ぷぷ、それってしっぽも膨らんで『金色タヌキ』みたい……)
「また失礼なこと考えてるにゃっ!」
「ご、ごめんなさいーっ!」