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199/410

*** 199 招待客たち ***

 


 3月中旬、ゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の将軍2人は共同で部隊を組み、ワイズ王国に向けて出発した。

 将軍2人と供100名はいずれも騎乗していたが、全員が同じ軍服の上にこれも同じ革鎧と鉢金をつけている。

 もちろん、一見しただけでは誰が指揮官かわからないようにするためである。

 その後からは50名から成る荷駄隊が後を追った。


 この供100名のうち70名は、護衛というよりも駅馬隊要員であった。

 ワイズ王国に向かう街道沿いに約50キロおきに拠点を設け、危急の際には将軍が砦に帰るために駆る馬を交換する場を設営する役割を持っている。

 また、途中通過するキルストイ帝国の皇帝には両国の国王から親書が送られており、途中の簡易拠点設営にも許可が出ていた。

 万が一にも北の龍虎を襲撃などしようものなら国が滅ぶと思ったキルストイ皇帝の命により、街道沿いの貴族領には絶対に両将軍に手を出さぬよう勅令が出されている。



 途中ゲゼルシャフト王国とキルストイ帝国の国境付近で野営したが、この時も両将軍とも兵と同じ軍服のまま兵と同じ作りの天幕で寝た。

 中央部にはやや豪華な天幕も張られていたが、これはダミーである。


 こうして、北の龍将軍と虎将軍は、30名に減った護衛を連れてワイズ王国入りを果たしたのである。



「うーむ、見た目は普通の国だの。

 いくつかの村はいかにも寂れておるが」


「報告によれば、ワイズ王国は秋に貴族の領地替えを行い、外周部に貴族領を移動させ、中央部を直轄領で固めたそうです。

 この際に、冬の飢饉に備えて炊き出しを行うために、貴族領の農民もほとんど直轄領内に集めているとのことでした」


「なんと……

 農民全員に炊き出しをか……」



 馬を進める彼らの眼前に城壁と門が見えて来た。

 門前には国軍の兵が4名ほど立っていたが、ゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の旗を見て敬礼をしている。

 先触れの兵が両将軍の紋章と招待状を見せ、すぐに開門された。


(ふむ、城壁の高さは6メートルほどか。

 石を積むか丸太を立てかければ超えるのはたやすいだろう。

 門も薄く、堀も浅いか。

 だが、このような城壁がどこまでも続いておる……

 まさか直轄領全域を囲む壁を作ったというのか……)



 一行は城門を超えて10キロメートルほど進んだ。

 あと6キロほどで王都である。


(このように畑作に適した地に、村も無いとは……)


 だが……


「全隊止まれ!」


 前方を見て驚きのあまり馬上で固まっていた兵たちは慌てて馬を止めた。

 彼らの眼前には見渡す限りの麦畑が広がっていたのである。

 それもほぼ成長し切って小さな穂をつけ始めた麦が……



「なぜだ……

 今は未だ3月ぞ……

 なのになぜ麦が実り始めているのだ……」


「ただ実っているだけではありませんな……

 恐ろしいまでの密度で麦が生えています。

 それも、よく見れば整然と列を為して……」


「その方らは暫しここで待て。

 わしはあの農民に話を聞いて来る」


「わたしも同行いたしましょう」




「そこなお方々、少々話をお聞かせ願いまいか」


「へい。兵隊さん、なんぞ御用ですかの」


「なぜこのような時期に麦が実り始めておるのかの」


「はは、兵隊さんは他の国から来なすっただね」


「如何にもそうだが」


「この国には、去年の秋にダイチさまっていう農業の神さまみてぇな方が来てくださっただよ。

 それで、秋に小麦の種を撒けば、春に撒いたときに比べて多少時間はかかるけんど、春には実るって教えてくださっただ」


「それだけじゃねぇな。

 ダイチさまはおらたちの遠征病も治してくださったし、冬の間中旨いメシも喰わせて下さっただ」


「それにおらたちのために倍の広さの畑も作って下さったしの。

 ご本人は、ご自分はおらたちと同じヒト族だと仰られてはいるが、おらたちはみぃんなあのお方さまを神さまだと思っておるのですじゃよ」


「もしや、そのお方はダンジョン国から来られたのかな」


「んだ、確かそんな名前の国の偉いさんでもあるそうな。

 いつも王子殿下や宰相閣下とも親しくされていらっしゃるしの」


「そうか……

 いやかたじけない、農作業の邪魔をして済まなかった。

 これを取っておいてくれ」


「はあ! これは銀貨でねえですか!」


「話を聞かせてもらった礼だ」


「いやお気持ちはありがたいんだけんど、済まねえが受け取れねえだ」


「んだ」


「なぜかの」


「ダイチさまが仰られるには、実りやカネなんぞの報酬は働いてこそ得られるもんだそうだでな。

 もしも働かずに得ようとすれば、それは貴族や盗賊と変らねぇって仰るだよ。

 そうやって楽して暮らそうとする連中は、食い物やカネが欲しくなると、自分で稼がずに配下の兵におらたち民を襲わせて殺して盗んでいくだでな」


「そうか……

 貴族も盗賊も変わらんか……

 だがそなたたちも税は納めておるだろうに」


「おらたち直轄領の村の畑は200反あっただどもな。

 そのうち税は80石納めていただども、不作になったら陛下が税を56石に下げてくださったんだ。

 それでもおらたちの食い扶持が足りなくなると、城の蔵から麦を出して炊き出しもして下さったしのう」


「その上ダイチさまも呼んで下さって、畑も倍にしてもらえたんだわ」


「麦の種を撒いても鳥に食べられちまわねぇ方法も教えてもらったしの。

 それならおらたちも税ぐれぇ喜んで払うだよ」


「そうか……

 貴重な話を聞かせてもらって感謝する……」




「のうケーニッヒ殿、先ほどの農民の話をどう思われる」


「まずは200反の畑を持つ村の税が僅かに80石だったこと。

 そして不作の折にさらにその税を3割も減免したこと。

 加えて短い間に畑の広さを倍にして、あのような縦横に走る水路を作り上げたこと。

 なによりも冬にも麦が育つ秘法を伝授されたこと。

 どれをとっても驚くべきこととしか言いようがありませぬな」


「畑を倍にして冬にも作物が育つようになれば、国力は4倍になるか……」


「いえ、あれほどの密度で麦が生っております故、収穫は10倍を超えるかもしれませぬ……」


「それを全てダンジョン国が齎したということか……

 だが、そこまで豊かになってしまうと……」


「ええ、周囲の国が黙ってはいないでしょうね。

 特に第1第2王子と第1王女が、それぞれ西北東の各国の後ろ盾を得て王位を狙っておるようですし」


「しかも『遠征病』を治す妙薬も持っておるとすれば……

 盗賊まがいの王侯貴族共にとっては、攻め込んでくれと言っておるようにしか思えんだろうな」


「ですが……

 それほどまでの賢者が、周辺国の欲望を理解していないとは思えないのですよ。

 いったい如何にしてこの国を防衛するつもりなのでしょうか……」


「これはますますそのダンジョン国の代表に会うのが楽しみになってきたの」


「ええ、その行動の真意を是非見極めたいと思います」




 一行が王都に着き、王城正門前にて招待状を見せて名乗ると、すぐに宿舎に案内された。

 王城の北に新たに造れられた、遠方よりの来客のための宿舎群である。


「こ、これは……」


 両将軍が案内された場所には、高さ4メートルの壁の内側に、小さな離宮と言っていい壮麗な建物があった。

 周囲には護衛用の小ぶりな宿舎が12個用意されている。

 中央の大きな建物の中も外周はみな小部屋であり、賓客用のリビングも寝室も全てが内側にあるという、まるで砦のような造りだった。


「よろしければこちらの宿舎をお使いくださいませ。

 湯殿には湯も張ってありますので、すぐに湯あみも可能でございます。

 ご夕食は如何致しましょうか。

 城でお取りいただくこともこちらにお持ちすることも出来ます」


「ご配慮感謝する。

 だが、食事は我らが持って来たものを取ることとしよう」


「畏まりました。

 それでは陛下並びに第3王子殿下との会談は、明日朝10時よりということで構いませんでしょうか。

 もし御都合が悪ければご希望の日時をお教えくださいませ」


「いや明朝10時からで構わん」


「ありがとうございます。

 それでは従僕の方に室内の魔道具の使い方を説明させていただきます」


「魔道具とな……」


「はい、水の魔道具、湯の魔道具、乾燥の魔道具、灯りの魔道具、時間の魔道具などを置いてございます。

 また、なにかご用命がございましたら、通信の魔道具に向かってお話くださいますれば、すぐに係の侍従が参ります。

 それではごゆるりとお寛ぎくださいませ……」



 旅装を解き、湯あみもした2人の将軍は、アマーゲ将軍の宿舎で兵糧を食べていた。


「それにしても、驚くべき建物よの。

 夜だというのに昼以上に明るいわい……」


「建物だけではありませんでした。

 宿舎の外の道も灯りの魔道具とやらで煌々と照らされておりまする。

 しかも、感心なことに灯りが全て外側を向いておりました。

 あれならば如何なる侵入者も不寝番がたちどころに見つけ出す一方で、侵入者から兵の姿は見えぬでしょうな。


 それにしても、あの商会の商品が売れて裕福になっただけでは、これほどまでの設備は揃えられますまい。

 なにしろどの国でも国宝として扱われるであろう魔道具が、その辺りにごろごろしているのですから」


「まるで国内外の餓狼共の欲を煽り立てておるようだの……」


「ええ、そうとしか思えません」


「明日の国王との会談では、午餐会の翌日にダンジョン国の代表との面談を依頼してみようと思うがどうだろうか」


「わたくしもそのようにご提案申し上げようと思っておりました……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 午餐会前日。


 周辺7カ国から来ていた上級貴族家は既に到着していた。

 自領領都に於いてワイズ総合商会の支店が販売した数多の商品に多大なる興味を覚え、わざわざ数日かけて遥々やって来たのである。


 因みに、7カ国の内5カ国の貴族領都では、ワイズ王国を囲む4カ国と同様に、領兵隊やギルド員たちによる武装強盗行為が行われており、その全員が捕獲されていた。

 だがもちろん、そうした報告は領主家の者には上がっていなかったのである。

 各領の領兵総隊長らは、自ら行方不明になっているか、もしくは衛兵隊のほとんどが行方不明という事実を隠蔽しつつ、僅かな手勢を引き連れて必死になってその行方を捜索している。


 ゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国では、そのような襲撃は全く無かった。

 それどころか国内にも盗賊などは一切存在しなかったのである。

 どうやらどの村にも街にもいる従軍経験者たちの手によって、見つけ次第駆逐されてしまっているようだった……



 招待された周囲7カ国の貴族家のうち、当主本人やその寄親の貴族家当主がやって来たのはゲゼルシャフト王国のアマーゲ公爵とゲマインシャフト王国のケーニッヒ侯爵だけであった。

 後の5家は、それぞれの国の王都で暮らす当主の命により、領都を預かる2男以下の者か、甥などの親族をよこして来ている。

 まあ、その役割は親睦のためというよりは、かのワイズ総合商会の本店を訪れてあの素晴らしい財物を直接購入させようということなのだろう。

 大地はこれら賓客の供の者が平民用の店で商品を購入することを許している。




 だが……

 通常、王子王女のデビュタント・パーティーといえば、婚約者探しを意味していた。

 言ってみれば集団お見合い会でもある。

 それも、国外の有力貴族を招いたということは、その国と密な関係を結びたいということも意味しており、いわば国同士の見合いでもあったのだ。


 にもかかわらず、元々どの上級貴族家も、ワイズ王国のような弱小国の王族との婚姻政策には興味は無かった。

 単にその商会が持つ財物を欲していただけなのである。


 このため、どの家も王子王女と同年代の子女を連れて来ていなかった。

 これは或る意味ワイズ王国に対する大変な侮辱でもある。


 しかし、国王、宰相、第3王子は一向に気にしてはいなかった。

 この午餐会は、あくまで周辺各国に対する餌撒きであると認識していたからであり、第2王女に至っては、今日もあの素晴らしい料理が食べられるとワクテカだったからである……





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