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*** 198 北の龍虎 ***

 


 ワイズ王国の東側にはヒグリーズ王国という中堅国家があり、北側にはキルストイ帝国というこれも中堅と見做される国家があった。

 この両国のさらに北東にはゲゼルシャフト王国という人口3万の大国と言っていい国がある。

 また北北東にはゲマインシャフト王国という人口3万5000の大国があった。


 このゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国は、その名前が似通っていることからも分かる通り、元々はシャフト王国という1つの国だった。

 300年前に王子たちの跡目争いで分裂したのだが、現在では婚姻政策により国王が従兄同士ということもあって、友好関係を保っている。

 この2つの国の北東側には超大国デスレル帝国の属国群が固まっており、両国は連携してデスレル帝国の侵攻を防いでいたのである。


 2カ国とも東北方面の国境沿いには4つずつの堅牢な砦を有し、どちらの国の砦が攻められたとしても、もう一方の国の軍が直ちにその側面または後背を突くという相互防衛協定を結んでいる。


 このため、年に数度は合同軍事演習を行っており、今もゲゼルシャフト王国の砦にて、両軍の総司令官が顔を合わせていた。



 ゲゼルシャフト王国軍の総司令官は、グスタフ・フォン・アマーゲ公爵。

 40代半ばの筋骨隆々たる大男であり、崩御した前国王の弟に当たる。

 前国王崩御の際には、前王の王子の内最も英邁で真面目な第1王子の即位を支持し、継承と即位式が無事終わると、直ちに防衛のために国境の砦に引き返したという人物である。


 ゲマインシャフト王国軍の総司令官は、長身痩躯のルドルフ・フォン・ケーニッヒ侯爵。

 公爵位の無いゲマインシャフト王国では事実上最高位の貴族であり、もう1人の侯爵が宰相を務め、外交と軍事はケーニッヒ侯爵が管掌していた。

 尚、この侯爵同士も遠縁の親戚である。

 この将軍も、年の内ほとんどを国境の砦で過ごし、兵と自らの鍛錬に明け暮れているという男だった。



 両国とも、この王位に興味を示さない超実力派の総司令官たちのおかげで国政は実に安定している。

 この2人が成人前からそれぞれの砦で育ち、3ケタ近くに達するデスレル帝国とその属国群の侵攻を退けて来たという実績から、最近では国境も安定していた。

 かの超大国デスレル帝国も、その領土的野心の矛先を他方向に向けざるを得なかったほどである。



「ご無沙汰しておりますアマーゲ公爵閣下。

 ご健康そうなご様子を拝見して安心致しました。

 また、今回の演習もお見事な指揮でございます」


「貴殿も健勝でなによりだケーニッヒ侯爵閣下。

 相変わらず見事な側面攻撃指揮であらせられたな。

 北側からの攻撃は囮で、主力は南側からの伏兵だったとは」



 演習の講評が一通り終わると、2人の司令官は別室に移動した。

 そこにはアマーゲ公爵の従僕しかいない。


「ときに我が外孫は息災にしておるだろうか」


「もちろんです。

 最近はものに掴まって立ち上がるようになったということです。

 ところで我が外孫は……」


「うむ、こちらはようやく寝返りが出来るようになったそうだ。

 母親の顔を見ると笑うようにもなったらしい」



 そう、この2人の将軍はお互いの娘をそれぞれの嫡男に嫁がせてもいたのである。

 その結果、最近孫を共有するようにもなっていたのだ。

 例え国王同士が不仲になったとしても、この両将軍がいる限り両国は安泰だが、万が一にも将来この2つの将軍家が争うようなことになれば、国が滅ぶとの配慮からだった。



 ひとしきり孫談義を終えると、ケーニッヒ閣下が真顔になった。


「ところで……

 貴軍での『遠征病』の蔓延状況は如何でしょうか」


「酷いものだな。

 昨日からの演習では、皆気力を振り絞って動いてはくれたが、今日からは総員に休暇を与えねばならなかったほどだ」


「やはりそうでしたか。

 我が軍の将兵も6割近くが遠征病の症状を訴えております」


「間諜の報告では、デスレル帝国の兵も東の国の奴らめの兵も、同様に遠征病に苦しんでおるとのことだ。

 病の蔓延が束の間の平穏を齎すとは皮肉よの」


「そのことなのですが、どうやらこの地より西南に位置するワイズ王国が遠征病の特効薬を手に入れたらしいのです」


「ま、真か!

 宮廷医官どもがいくら研究しても皆目治療法がわからんというのに!」


「最近わたくしの寄子でヒグリーズ王国と国境を接する伯爵領に於いて、かの国の商会が支店を出したのですが、そこで炊き出しと同時に民に特効薬を無償で配ったそうなのですよ。

 伯爵が配下を送っていくつか入手し、6個ほどをわたくしに献上して来ました。

 なんでも日に1個を口にすると、その日のうちに症状が改善し、3日間口にすると快癒するとのことなのです」


「そ、それが真ならば重大事よ……

 万が一デスレルの奴らめの手に入ったらと思うと寒気がするわい」


「わたくしの軍の兵に症状が重い者がおりましたので、試しに3個与えてみましたところ、実際に3日で完治しました」


「そうか……」


「今日は残りの3個お持ちしました。

 どうぞお試しください」


かたじけない……」


「それで、その伯爵の下にはワイズ王国から午餐会の招待状が届いておりましたので、代わりに小官が行ってみようと思うのです。

 午餐会は本来第3王子と第2王女のデビュタントのためのものなのですが、ワイズ王国は最近ダンジョン国という国と国交を結んだそうで、その国の代表者の紹介も兼ねているそうでして。

 なにしろこの妙薬はダンジョン国から齎されたらしいということですので」


「そうか……

 だが、ダンジョン国か、あまり聞いたことの無い国よの」


「かの国から齎された品はいずれも驚異的なものであり、それを驚くべき安値で各国に売り出しているそうなのです。

 まずはこれをご覧ください」


「な、なんだこれは……

 このように薄く白い器など見たことも無い……

 それにこれらは……」


「それは『のーと』と『ぼーるぺん』というものだそうです。

 羽ペンもインクも不要で、戸外でも使用出来るものですね」


「うーむ、これがあれば偵察兵たちもその場で報告書や地図を書けるようになるのか……」


「さらにこれもご覧ください」


「これは羊毛製の帽子か?

 おお、ずいぶんと鮮やかな見た目の上に、このように伸びるのか」


「ええ、その色は派手過ぎますが、もっと落ち着いた色ならば、冬に哨戒する兵たちの防寒着に最適かと」


「ふむう、これだけの質を持つ製品に加えて、『遠征病』の特効薬も有しているとは……

 もしや他の軍装も持っているかもしれんのか……」


「それはわかりませぬが、特効薬だけでも入手出来ないかと思いまして。

 それで、来月の午餐会の前後にわたくしが留守にする間の守りをお願い出来ないかと……」


「うむ、それではわたしも行こうではないか」


「それはそれは……

 国境の守りは大丈夫でしょうか」


「なに、遠征病のおかげでデスレルの奴らも静かなものよ。

 それにワイズ王国ならば替え馬を2頭も曳いてゆけば1日半で到着出来るであろう。

 3頭曳きならば1日だ。

 毎日報告をさせるのはもちろんとして、副司令官たちにとっても司令官不在のよい訓練になるであろう」


「はは、それもそうですな」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ワイズ王国宰相の執務室にて。


「ダイチ殿、来月のパーティーの出席の返事なのですが、周辺4か国の大使はもとより、そのさらに外廓の7カ国の貴族家より出席の返事が来ました」


「はは、総合商会の営業が効いたかな」


「その中でも、特にゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国は、隣接伯爵家ではなく公爵家と侯爵家の当主が来るそうなのです」


「ほう、それらはどんな国なのかな」


「いずれも東北方面にはかのデスレル帝国の衛星国家群があり、両国は極めて緊密に連携を取りながらこれらデスレル勢から自国を防衛しているのです。

 そうして、参加を表明したのは、それぞれの国の最高位の貴族であるだけでなく、国軍の最高司令官でもある将軍たちですな。

 この辺りでは北の龍虎と呼ばれております武闘派将軍2人です」


「ということは……」


「ええ、単なる国交行事ではなく、ダイチ殿とダンジョン国に興味を持ったものと思われまする」


「そうか、戦略物資としてのサプリ飴を狙ってるのかな。

 それではこちらでも少し事前調査をしておこう。

 情報ありがとう」


「いえいえ」




(シス、その2つの国とデスレル王国一帯も外部ダンジョン化しておいてくれ。

 両将軍の調査と両国の詳細な地図も頼む)


(畏まりました)




 数日後。


(ダイチさま、ワイズ王国周辺国家群の調査が終了いたしました。

 ご報告させて頂いてもよろしいでしょうか)


「よろしく頼む」


(まずはあの2人の将軍ですが、E階梯はそれぞれ3.3と3.2もございました。

 2人ともその財や努力の全てを傾注して自国や民を防衛しています)


「ということは、やはりこの辺り一帯の諸悪の根源はデスレル帝国か……」


(はい、かの国の王子王女に領地を与える条件は、兵力を与えた上で自力で他国を侵略させてそこを自領とさせることでした。

 その際に、最も多くの領土と民を支配下に置いた者が次期皇帝とされます)


「そもそもの国法からして腐っていたか……」


(それからもう一つ、地勢上のことで興味深い事実がございます)


「ほう」


(ワイズ王国の東側を流れるイスタ川なのですが、元々は南から流れて来ている大河の分流に過ぎませんでした。

 その大河は、ワイズ王国から一部東のヒグリーズ王国を通り、ゲゼルシャフト王国とゲマインシャフト王国の国境地帯を通って別の大河と合流し、北の海に注いでいました。


 ところが推定1000年ほど前に、ワイズ王国とヒグリーズ王国の国境付近で大規模な地滑りが起きて、本流がせき止められてしまったようなのです。

 そのために、元々分流であったイスタ川が溢れ、その溢れた水はワイズ王国西側を流れるウェスタ川にまで届くことになり、その際にあの広大な湿地帯が形成されたと推定されます)


「なるほどそうだったのか。

 ということは、その地滑りで塞がれた部分を掘削してやれば、あの湿地帯を干拓してやれるかもしれないんだな。

 その前にもちろん熱病を媒介する蚊をどうにかしなけりゃならないけど」


(ですがダイチさま、なにぶん川がせき止められて1000年近くも経つものですから、その間に枯れ川部分に人が住み着いている場所がございます。

 ですから、その部分では水路も掘削してやる必要があるかと)


「そうか、まずは蚊を取り除いて、それから水路を作ってやらなきゃなんないのか。

 でも、将来の農地にしたいから、準備は始めておこうか。

 ストレー」


(はい)


「以前大森林でティックを『収納』したように、湿地帯のボウフラを収納出来るか。

 今は冬だから、蚊も死に絶えてボウフラだけになっているだろうからな」


(少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか)


「もちろんだ。

 取りこぼしがあったら、下流域で熱病が流行っちゃうからな。

 時間をかけていいから慎重に頼む」


(あの、以前収納して時間停止倉庫に入れてあるティックはどういたしましょうか?)


「そういやそんなのもいたな……

 シス、どの大陸からも500キロ以上離れた絶海の孤島を探しておいてくれ。

 植物はそこそこあるけど、動物のいない島がいいな。

 そういう島が見つかったら、ティックとボウフラは全てそこに転移させよう。

 ティックも蚊も宿主からの吸血ばかりじゃあなくって、植物の汁を吸ったり蜜を食べたりする種もいるようだから、動物がいなくても絶滅はしないだろう」


(畏まりました。探しておきます)


「2人とも頼んだぞ」


(( はい ))




 1000年後、海の巨獣忌避装置を搭載した大型探検船がその島で水を補給しようとして立ち寄った。

 そして……

 ティックと蚊にボコボコにされた乗組員たちは、その島を『悪夢の島』と名付けたのである……

 




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