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*** 197 試食会大好評 ***

 


 次はテーブルの上に6品ほどのカナッペが人数分出て来た。

 特に彩に気を遣ったようで実に美しい。


 同時にワインも出て来ている。

 白はシャブリ・ラブレ・ロワの2015年であり、赤はブシャール・ペール・エ・フィスの2014年だった。

 ブルゴーニュ特有のボトルのスッキリとしたシルエットが皆を驚かせている。


 シスくんの本体が念動の魔法によりソムリエナイフでシールを切り取り、スクリュー型のオープナーでコルクを抜いた。

 もちろんブショネなど無いように、予め『鑑定』と『アナライズ』でチェックしてあるボトルである。

 ボトルはそのまま宙に浮き、各人のグラスを満たして行った。

 さすがはシスくんで、1滴も零さずにワインを注ぎ、ナプキンでボトルの口を拭ったりもしている。


 皆はあっけに取られてその様子を見ていたが、ボトルが消えるとその視線がようやくワインの注がれたグラスに移った。


「こ、これは……

 赤い方はワインだとして、やや黄色がかった白い方は……」


「それもワインなんだ。

 色の違いは材料の葡萄の違いだな」


「うむ、旨い!

 これはどの料理にどの酒を合わせるのか楽しみであるの!」


「一般には海の素材の料理には白で、肉には赤って言われてるけど、今陛下が仰ったように自分で組み合わせを考えてみるのも楽しいかもだ」



「ところでダイチ殿、この『さぶれ』のようなものに乗ったいろいろな食べ物は……」


「それはカナッペと言って、クラッカーという甘くない焼き菓子の上に、いろいろな料理を乗せたものなんだ。

 そちらの黒い粒はキャビアと言って、地球でも高級品なんだぞ」


「…………」


(やはり見た目がちょっとアレかな。

 この地域では海産物とかほとんど食べたことが無いだろうし……)



 だが、意外なことに王女殿下がキャビアを口にして目を輝かせている。


「お兄さま、もしその『きゃびあ』というものを召し上がらないのでしたら、わたくしが頂いてもよろしいですか♪」

 などと小声で言っている。


(そうか、王女は偏食家っていうより、単にこの王城の料理が口に合わなかっただけなのか。

 今度厨房で料理をするところを見学してみよう……)



 王子は別のカナッペをしげしげと眺めていた。


「殿下、それは白トリュフの上にフォアグラというもののテリーヌを軽く焼いたものを乗せているんだ。

 さっきのキャビアと併せて、地球では3大珍味って言われてるんだよ」


 王子殿下が恐る恐るカナッペを口にした。


「あ、これは美味しい……」


 既にトリュフとフォアグラを食べ終わっていた王女が王子を見た。

 少し残念そうな表情である。

 王子殿下も王女殿下を見た。

 ひょっとしたら、さっきのキャビアも美味しかったのかもしれないと、少し残念そうな表情だった……


 国王陛下と宰相閣下は、出て来た物全てを旨そうに食べている。

 この食べ物は何で出来ているのかなどと佐伯たちと談笑も始めていた。


(この2人はあまり参考になりそうにないな……)



 次に出て来たのは、各種のジャガイモ料理だった

 グレービーソースのかかったマッシュポテト、ガレットの黒トリュフソース添え、フライドポテトのチリソース添え、ポテトチップス、ポテトサラダ等々。


 同時に銀製のカトラリーが大量に出て来て皆を硬直させている。


「こ、これは……

 まさか銀で出来ているのですかの……」


「そうだな、すべて銀製のカトラリーになる」


「なんとまあ、石や青銅のカトラリーではなく、金属製のそれも銀で出来たカトラリーとは……」


「そうだ、侍女さんたち、この銀の食器は時間が経つと黒く変色してしまうんだけどな。

 後で渡すアルミホイルというものを土器に敷いて、その上にこの銀器を乗せて塩も多めに乗せた後に、熱湯を注いでしばらく放置すると元通り綺麗になるから」


 侍女さんたちは食器磨きに貴重な塩を使うのかと固まっていた。




 その後に出て来たジャガイモ料理は皆に大いにウケ、料理に合わせて地球産ラガービールも出て来ている。


「こ、この黄色いエールも実に旨いですの……」


「宰相閣下、それはビールと言いましての。

 エールとは原料はほぼ同じですが、少し違った製法で作られておるのですよ」


「これは特にジャガイモ料理と合いますのう……」


 おじさんたちはおじさんたちで盛り上がっているようだ。



 一通り皿が空くと、次は青い切子細工の徳利に入った冷酒と同じデザインの猪口が出て来た。

 もちろん合わせるのは日本料理である。


 だが、刺身が5品ほど盛られた皿を見て王子殿下がまた固まっている。


「だ、ダイチ殿…… こ、これは……」


「それは海の魚だな。

 このワサビを乗せてソイソースにつけて食べると旨いぞ」



 大地が他のテーブルを見やると皆も固まっている。

 それを見た須藤と静田が陛下に断りを入れて席を立ち、侍従や侍女や料理人たちに説明をしてやりに行っている。

 それを聞いて覚悟を決め、目を瞑ってマグロの中トロを口に入れた料理長の目が見開かれ、『う、旨い』と口から洩れた。

 それを合図に料理人たちも皆食べ始めたが、皆その旨さに驚いている。


 因みに、料理長は教えられたとおりにワサビを中トロの上に乗せて食べたが、ワサビの量が多めだったにも関わらず、平然とその香りを楽しんでいた。

 それを見ていた侍従長がヒラメの縁側に同じようにワサビを乗せて口にし、奇妙な踊りを踊りだした。


 脂肪分の多い中トロではワサビの辛み成分は中和されて大して効かないが、白身魚ではそうはいかない。

 小指の先ほどの量でもワサビの破壊力は十分だったようだ。

 侍従長は心の中でワサビに『緑の悪魔』という名を奉っている。



 王子は相変わらず警戒心MAXで刺身を睨みつけていた。

 王女はすぐに口に入れて微笑み、王子の顔と中トロを交互に見ている。



 その後は小さなカップでコンソメスープが饗されたが、これは全員を驚かせた。

 一見何も入っていない透明なスープが、なぜこれほどまでに芳醇な味わいがするのかわからずに混乱している。

 料理長は感激のあまり涙目になっていた。


 その後は箸休めとしてイチゴのシャーベットが出たが、これは全員の混乱を加速させた。

 料理長の涙腺が決壊して涙がダバダバと落ちている。



 その後の魚料理では鰆とホタテの西京漬けの焼き物が出て来た。

 見慣れた焼き物が出て来て皆ほっとしていたようだが、一切れ口に入れてまた全員が硬直している。


 メインは神戸牛ステーキ(A5)だったが、木の皿に小石を敷き詰めた上に直径10センチほどの焼かれた平たい石も出て来た。

 塩胡椒を振っただけの霜降り肉を、各自がトングを使って石の上で焼いて食べるという趣向である。

 アルスでは猪の肉はさほど珍しいわけではなかったが、牛の肉、それも食用に肥育した牛など存在しない。

 これも全員を驚嘆させていた。



 そしてついにドルチェである。


 まずは小ぶりのパフェ皿に乗ったチョコレートパフェが出て来た。

 もちろんアルス中央大陸にカカオ豆は存在せず、皆チョコレートを見るのは初めてである。

 だが、甘いもの好きな須藤が旨そうに食べているのを見て、全員がスプーンを持った。


 そうして……


「「「「 !!!!!!! 」」」」


 声にならない感嘆符が飛び交う。


 さらに追い打ちをかけるように、大きな銀のプレートに乗った20種類ほどのケーキが出て来た。

 どれも小ぶりな作りだったが、その色彩の豊富さは強烈である。

 またしても全員が固まっていたが、このころになるとみな生の魚以外は抵抗が無くなっているようで、先を争うように選んで食べ始めていた。


 その後はもちろん紅茶が出されたが、各人の前に置いてあるガラス鉢の砂糖を見て、侍女と侍従と料理人たちがまたしても硬直している。

 後で筋肉痛にならねばいいのだが……



 こうして、試食会は大驚愕のうちに幕を閉じたのである……




 30分後、ようやくお腹も落ち着いた国王たちは別室に集まった。


「まずは静田さん、素晴らしい料理の数々を用意して下さって、どうもありがとうございました」


「うむ、その通りだ。

 王子として生まれ、王として35年生きてきたが、あれほどまでに美味な料理は初めて食べた。

 シズタ殿、まことにありがたく思う」


「身に余るお言葉、光栄でございます」


「それで佐伯さん、メニューについてどう思われましたか?」


「そうですな、やはり皆さん海の魚は食されたことが無いようでして、相当に珍しそうに見ておられましたな」


「ですがやはり刺身は忌避感が強いように見受けられましたぞ。

 本番のパーティーでは、避けられた方がよろしいのではないでしょうか」


「いやスドウ殿、あれらも食してみれば実に旨かった。

 そもそも誰しも皆好き嫌いというものはあろう。

 だから今日の料理のままでよろしいのではないかな」


「なるほど」


「あの…… わたくしにも申し上げさせていただけませんでしょうか」


「もちろんですよ、王女殿下。いかがでしたか?」


「確かに好き嫌いはあるかもしれませんが、それであのような素晴らしいお料理を頂ける機会を逃してしまうのは、その方の責任なのではないでしょうか」


 王子の表情が少しだけ口惜しそうなものに変った。


「それにしてもメリア、今日は美味しそうに食べていたな。

 今まで野菜を食べるのに苦労していたのが不思議だ」


「ええお兄さま、わたくしもすごく不思議でした。

 でも、今日のお料理には、あの微かに苦いお野菜の香りが全く無かったんですもの。

 あ、あの『びーる』というお飲み物には苦みを感じましたけど……」


「なるほど、わかりましたよ。

 王女殿下は『灰汁』の香りが苦手だったんですね。

 それにしても繊細な味覚でいらっしゃる」


「『あく』…… ですか?」


「ええ、多くの野菜に含まれているものなんですけど、例えば野菜や肉を煮ているときに白い泡となって浮いてくるものなんです。

 これを掬い取ってやらないと、料理に灰汁の味が出てしまうんですよ」


「そうなんですか……」


「途中で出て来た茶色い透明なスープを覚えていらっしゃいますか?」


「ええ、何も入っていないのにとても味わい深くておいしかったです」


「あのスープは12種類もの野菜や肉を1日以上かけて煮込んだ後に、それらをすべて取り出すんですが、さらに灰汁を取るために卵の白身を加えてよく混ぜるんですよ。

 そうすると灰汁などが白身につきますので、それをまた綺麗な布などで濾すんです。

 そうやって作られたスープですから、野菜をたくさん使ったスープなのに灰汁の味がしなかったんですね」


「まあ、そんなに手間のかかるスープだったのですね……」


「それでは今度厨房に行って料理長に灰汁の取り方を教えてきましょうか。

 そうすれば野菜料理がもっと美味しくなるかもしれません」


「ありがとうございます……」



「それではみなさん、パーティーの料理は今日お出しさせて頂いたもので構いませんかね」


「もちろんだ。

 またあれらの料理が食べられると思うと、当日が楽しみだの。

 それでの、今日はダイチ殿にサーブして頂いたが、あの魔法はダイチ殿の負担にはならないのかの」


「ええ、全く負担ではありません」


「ならば申し訳ないが、当日もサーブをお願い出来ないだろうか。

 あの魔法は素晴らしかった。

 今度の午餐会はダイチ殿の紹介も兼ねておるし、なによりも客が全く飽きないだろうからの」


「そうですね、万が一慣れない侍従さんや侍女さんが失敗しても気の毒ですし」


(ダイチ殿らしい発想だな……

 侍従や侍女が粗相をすると困る(・・)のではなく気の毒(・・・)と仰られるか……

 これが『いーかいてい』の高さというものなのだろう……)



「それから、今日は焼いた海の魚を皆さんに喜んでもらえたんで、当日はもう少々違った1品にしましょう」


「それは実に楽しみだのう……」





 そのころ良子は……

 お腹をぽんぽこりんにして、幸せそうな顔で大の字に横たわっている5人の子供たちを眺めながら、ほっこりと微笑んでいたのであった……


 どうやら食べ過ぎは『状態異常』には該当しないらしい……





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