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*** 195 デビュタント・パーティー準備 ***

 


 南のサズルス王国、ボヘンバール侯爵の王都邸では、間諜が帰国報告を行っていた。


「侯爵閣下、ただいま戻りました」


「うむご苦労、それで例の物は手に入ったのか」


「はい、こちらに」


「おお、これはかの甘い柿を干したものよの!

 うむ! 甘い! 甘いぞ!

 それで、干す前の甘い柿は手に入ったのか」


「はい、干した甘い柿はひとつ銀貨8枚だったのですが、何故か干す前の甘い柿は銀貨20枚もした上に数も少なかったのですが……

 ただいま侍女に切り分けさせますので」


「うむ! これも甘いぞ!

 干したものより甘さは劣り、微かに酒精の香りがするが、それでも十分に甘くて旨いではないか!

 この柿の木は是非我が領にも欲しいの」


「ですが、柿は種を植えてから実が生るまでに8年かかるとか」


「それではやはりワイズ王国を攻め取って我が領にするしかあるまいな……」


「はっ」




 またキルストイ帝国の或る侯爵邸では。


「なんだと!

 ワイズ王国では羊皮紙が全く売れなくなっているだと!」


「はい、同行した商人たちによれば、我が領特産の羊皮紙を売ろうとしたところ、通常の100枚銀貨70枚では全く売れず、全ての商会に買取りを拒まれたそうでございます」


「なぜだ!」


「やはり、この植物紙のせいかと……」


「なんだこれは!

 これが紙だというのか!

 気品の欠片もないではないか!」


「もちろんでございます。

 ですが、この『ぼーるぺん』を使うと小さな字が大量に書けますし、薄いので保管に場所を取ることもないので、大口の購入先ほどこちらの薄い紙を選ぶとか」


「そのような小さな字では読めんではないか!」


「それではこちらの『おーるどぐらす』をお使いくださいませ」


「な、なんだこれは!

 なぜ小さな字もはっきりと見えるのだ!」


「理由は皆目わかりませぬが、特にお歳を召された方ほどよく見えるようになるそうで……」


「こ、このようなものがワイズ王国では作られていると申すか!」


「それが、どうやらワイズ王国ではなく、属国の『だんじょん国』という国で作られているようなのです」


「なに、あの弱小国が生意気に属国などを持ったと申すか!」


「は、はい、なにしろワイズ王国はその『だんじょん国』から異様に安い価格で商品を奪っているようなのです」


「ならば簡単な話よ。

 我がキルストイ帝国がワイズ王国を攻め滅ぼして、その『だんじょん国』とやらを属国とすればよいだけのことだ。

 いや……

 幸いにも我が寄子の伯爵家の領はワイズ王国と境を接しておる。

 いっそのことわしが単独でワイズ王国を攻め取るか……」




 またキルストイ帝国の或る伯爵邸では。


「な、なんだこれは!」


「は、『せーたー』と『まふらー』と『てぶくろ』という防寒着にございます」


「こ、これは羊毛製品か……」


「はい……」


「な、なぜこのように滑らかな毛織物が織れるのだ……

 しかも、この様に鮮やかな色までつけて……」


「その技法は皆目わかりませぬが、ワイズ王国ではこれらの商品が大量に売られておりました」


「いくらで売られていたのだ!」


「そ、それが……

 すべて銅貨20枚でございます」


「なんだと! 銀貨20枚の間違いではないのか!」


「いえ……

 銅貨20枚でございました……」


「な、なんということだ……

 それでは我が領の毛織物が全く売れなくなってしまうではないか!」


「………」


「ならば是非もない。

 ワイズ王国を攻め取って、それらの製品を全て我が物とするのみよの……」


「御意」




 東のヒグリーズ王国ビブロス伯爵の王都邸にて。


「なんだと! 

 ワイズ王国が我が領からの塩の購入を拒否してきただと!」


「い、いえ、拒否したというよりは、値下げを要求されました。

 我が領の売値の1キロ銀貨20枚ではなく、銀貨5枚ならば買うと……」


「馬鹿を言えっ!

 我らは北東の海沿いの国から来た塩売り隊商から、塩1キロを銀貨10枚で買い占めておったのだぞ!

 それをワイズ王国やニルヴァーナ王国、サズルス王国に売り捌いて儲けておったのに!

 ならばもうワイズ王国には塩を売るな!

 民が塩不足病で死にかかったころに、倍の銀貨40枚で売りつけてやれ!」


「そ、それが、ワイズ王国ではこちらの塩が1キロ銀貨8枚で売られておりまして……」


「な、なんだこれは!

 なぜこのように白いのだ!

 だ、だがどうせ苦みが酷いのだろう!」


「い、いえ、苦みは全くありません」


「なぜそのような塩が作れるのだ!」


「それは全くわかりませんが、どうやらワイズ王国は『だんじょん国』なる国からこの塩を仕入れ、国内のみならずニルヴァーナ王国やキルストイ帝国、サズルス王国などにも1キロ銀貨8枚で売り始めているようでございます」


「な、なんだと……

 それでは我が国の塩が全て売れなくなってしまうではないか!」


「はい……

 どうやら周辺各国の隊商がワイズ王国に向かい、先を争って塩を買い付けているようでございます……」


「なんということだ……

 我らは周辺4か国に売りつける分の塩も買い占めておったのだ!

 こ、このままでは我が領も国も塩の在庫を抱えて破綻してしまうではないか!」


「………」


「ならばワイズ王国とその『だんじょん国』を攻め滅ぼすしかあるまいな……」


「ははっ!」




 南のサズルス王国、ボヘンバール侯爵の王都邸では。


「なんと……

 ワイズ王国には毎月5000枚を超える金貨が流れ込んでいると申すか」


「はっ、ワイズ王国に流れ込む隊商たちから商品の購入費を聞き取り調査し、その平均と隊商の数を掛け合わせた結果の推計値にございます」


「我が領の年間収入を遥かに上回るものをわずか1月で稼いでおるということか……

 弱小国のくせに生意気な……」


「はい」


「そうか、そういえば我が愚息にも金貨100枚分の商品買い付けを命じておったの……」


「しかもワイズ王国はどうやら『貴族病』と『遠征病』の特効薬を開発した模様でございます」


「なんと! 真か!」


「はい、かの国の民にはもはやそれらの病を患っておるものはおりませぬ。

 また、隊商たちも帰りには病の症状が収まっているとか。

 かくいう私めも、『遠征病』で足がむくみ始めていたのですが、今は治っております」


「そ、その薬はいくらじゃ!」


「それが……

 ワイズ総合商会にて、1人1日1個ながら無料で配られておりました」


「なんと……

 なんという阿呆な真似をするものか……」


「ですが、『ワイズ王国に行って商品を買い付けると貴族病や遠征病が治る』という噂が広まり始めておりまして、ますます多くの隊商がかの地を訪れるようになっております。

 このままではワイズ王国の収入も、遠からず倍になるかと……」


「ふむ、それではもう少々太らせてから我が領が攻め込んで全てを得るとするか。

 これからは他の3カ国に先を越されぬようよく動向を監視せよ」


「御意」





「ねえタマちゃん。

 こいつらって、研究とか開発とかって全くしてないしする気も無くって、自力で稼いで栄えようっていう発想が全く無いね」


「うにゃ、自分の商品が売れにゃくなるなら、ライバル商品を持つ相手を殺すか攻め取ることしか考えてにゃいねぇ……」


「これでもし本当に攻め込んで来たら、4か国の王侯貴族連中には全員退場してもらおうか」


「その方がいいにゃね♪」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 王城の国王執務室には、国王陛下と王子殿下、宰相閣下と大地が集まっていた。


「今日は各位に提案があって集まってもらった。

 皆さんも知っての通りこのワイズ王国には現在周囲4か国に加えてその周りの7カ国からも行商隊が押し寄せて来ている。

 この分だと2月の純利益は金貨1万枚に達するだろう」


「「「 …………… 」」」


「そのせいで予定が少し早まるかもしれない。

 なにしろ4か国の貴族共がこの国への侵攻を口にし始めているからな。

 やはり、このアルスでは、財が欲しければ自分で努力して得るのではなく、武力で奪うことしか思いつかないようだ」


「やはりそうなったか……」


「だが陛下、安心してくれ。

 俺の防衛計画は既に出来上がっている。

 それで連中が早く侵攻して来るように少々背中を押してやりたい。

 まずはこの国と俺のダンジョン国の間で、修好通商条約を締結しないか?」


「それはもちろんありがたい話だが……」


「それではその条約の発表会と俺の紹介も兼ねて、第3王子と第2王女のデビュタント・パーティーを少し早めて来月の下旬に開催して欲しい」


「それも構わぬが……」


「そこで第1王子、第2王子、第1王女と、その配下の貴族たちに加えて周辺諸国の連中にも、今のこの国の財力を見せつけてやろう。

 もちろん、場所や料理、酒は俺が用意する」


「あの総合商会本店の建物を使うのですかの?」


「いや宰相閣下、新たに造ろう。

 陛下、王城の北側の土地は空いてるよな」


「岩だらけの荒れ地のために馬も走れないような場所だ。

 城の後背地の防御のためにそのままにしてあるが……」


「あの場所を貸して欲しい。

 俺の国から迎賓館の建物を持って来よう。

 ついでに遠方から来る客のための宿舎も造ろうか」


「あ、あの一度お邪魔させて頂いた建物ですかの」


「そうだ、あの建物ならみんなに驚いて貰えるんじゃないかな」


「そ、それはもう……」


「だが堀はどうする。

 城の後ろには苦労して掘った掘があるぞ」


「堀はそのままにして俺が橋を架ける。

 また、迎賓館の周りにも新たに堀を作ろうか」


「はは、いつもながらさすがよの」



「ところで宰相閣下、こちらでは王族の主催するパーティーってどんな形式で行うのかな。

 例えば立食形式とか、みんなテーブルについて正餐を食べるとか」


「まずそのような大人数のパーティーそのものが滅多に開催されませぬ。

 例えば即位式後の披露宴や嫡男誕生の祝賀行事ぐらいになりましょうか。

 そのために、全員分のテーブルや椅子などが用意されていることもありません。

 用意出来たとしても、テーブルは粘土を干したものに布をかけて使いますし、椅子は丸太を切って置いたものになりましょう」


「そうか、鉄の道具が無いからやはり木工製品を作るのも大変なんだ」


「王家や上級貴族家ならば家族分や来客用の椅子やテーブルは持っていますが、それは代々伝えられた家宝に近いものになります。

 ですから、大人数のパーティーなどを行うとすれば、何か所かに敷物を敷き、その上のクッションなどに座って食事をするでしょうな。

 国内外の貴族を招いて行う正餐会など滅多に行われるものではございませんので、決まった形式などはございません」


「そうか、それなら俺の母国の流儀でも構わないかな」


「このパーティーの目的のひとつはダイチ殿の紹介でございますので、それでよろしいのではないでしょうか」


「それなら人数分の大きなテーブルや豪華な椅子を用意しようか。

 みんな驚いてくれるだろう」


「そ、それは…… もちろん驚くでしょう」


「このパーティーはこの国の豊かさを見せつけて特に周辺国の貪欲さを刺激することも目的だしな。

 思いっきり豪華なものにしよう」


「それはそれは……」


「それで、招待客は国内の王族貴族全てと周囲4か国の大使たちはもちろん、その周辺の7カ国の有力貴族を招くことって出来るかな」


「すでにそれらの国の主要な街でも総合商会の支店が商いを始めましたので、いちおう招待の名目はございますね」


「それじゃあパーティーの招待状の見本を作ってくれるか。

 俺が地球で印刷して来る。

 配るのは総合商会に頼もうか」


「お任せくださいませ」




 因みに……

 

 一般に、ヒューマノイドが出来て動物が出来ない行為を『文化』という。

 例えば複雑な会話をする、字を書く、歌を歌う、ルールを守ってスポーツをする、料理を作るなどの行為である。


 そして、あらゆる動物は、その乳幼児へ親が食物を運ぶことはあっても、成獣同士で食物を分かち合うということはしない。

 したがって、大勢が集まって会食をするという行為は十分に『文化的』な行為になる。

 同じテーブルに置かれた料理を、複数の人間が争わずに食べるなどということは、かなり文明が発達してからでないと見られない行為なのである。

 もしくは特別な親密さを意味するものでもある。


 よく営業マンが新規のクライアントに『お近づきの印に今度ご夕食でもいかがですか』などと言っているが、あれも十分に意味のあることなのだ。

 ましてや一つの皿に盛られた料理を皆で分かち合うなどという行為は、相当な親密さがなければ出来ないものなのである。


 大英帝国時代の英国海軍では、提督が配下の艦長たちを集めてしばしば正餐会を開いていた。

 フラフランスの軍港を海上封鎖する封鎖艦隊に於いても、提督の旗艦にわざわざ艦長たちが集まって正餐会が行われていたほどである。

 その際に、メインディッシュは必ず大皿料理が出され、その場の最上位者である提督がナイフとフォークで切り分けて艦長たちにサーブしたそうだ。

 つまり、動物には不可能な『上位者が下位者に食物を渡してやる』という行為を行うことで、上位者が特別な好意を示し、合わせてメンバーの結束を固めようという試みなのだろう。


 故に、原始社会からようやく抜け出しつつあるようなこのアルスでは、何カ国もの国から客を招いて対等な立場で正餐会を行うなどという『文化的』な行為はほとんど行われていなかったのである。




「そうそう、料理の大半は俺が持ち込むけど、王子や宰相さんは試食をしてみてくれないかな」


「わしも参加してよろしいか。

 ダイチ殿の故郷の料理には興味がある。

 よろしければ、エルメリア姫も。

 あ奴だけ呼ばねば後で拗ねられてしまうからの」


「はは、もちろん構わないぞ。

 ついでに城の料理人たちや侍女や侍従も呼ぼうか。

 客に料理の説明が出来た方がいいだろうからな」





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