*** 193 大使たちの屈辱と怒り ***
3時間後、ようやく入場を果たし、額一面を青筋だらけにしたまま商品を手に入れた会頭は、その足で貴族邸に走り献上を済ませた。
他の4か国の王都、合計30軒ほどの大商会の会頭もほぼ同じメに遭っている。
その結果……
「おい、貧民街のチンピラ共の頭目に命じて、あのクソ生意気なワイズ商会を襲撃させて来い!
上手く行ったら銀貨50枚やると言え!」
しばらくの後。
「チンピラ共は雇ったか!」
「それが……
銀貨50枚などという報酬は、はした金だと笑われて追い返されました……」
「な、なんだと!
な、ならば傭兵ギルドに行って裏仕事をする傭兵たちを雇って来い!
あのクソ無礼なワイズ商会を夜中に襲撃させるのだ!」
「あの、そういった裏仕事は前金を渡さなければ誰も引き受けませんが……
1人当たり最低でも銀貨50枚で10人以上雇わねば誰も引き受けません」
「な、なぜそんなに高いのだ!」
「奴らは仕事の後に行方をくらましてほとぼりを冷ます必要があるからです」
「くそう! これもあのワイズ商会のせいだ!
このカネを持って行け!」
「はい」
もちろんこうした会話は4カ国王都の大商会すべてで行われていたのである……
その結果……
翌朝の各地の商会では。
「なんだと!
あのワイズ商会の建物が無傷だと!
傭兵共はどうした!」
「そ、それが、全員行方不明でございまして……」
「ま、前金だけ受け取って逃げたというのか!」
「確かに夜中に出かけてはいたようなのですが……」
「く、くそっ!
こ、これも、なにもかもあの生意気なワイズ商会のせいだっ!」
やはり彼らには『自省』という概念は無いようだった……
「シス、昨日の夜の戦果は?」
(はい、大商会に雇われたと思われる傭兵たちの襲撃が30件ございまして、総勢425名を捕獲しております。
また、薪や油を持ち込んだ者もおりましたので、火をつけた瞬間に薪をそれぞれの会頭たちの自宅に転移させておきました。
もちろん怪我人はおりませんが、邸宅が3軒ほど丸焼けになっています)
「賠償金の取り立ては?」
(念のため、ワイズ総合商会がそれぞれの王都を離れてからにする予定です。
ただ、30軒の商会の金庫を調査いたしましたが、どの商会も昨日当商会で多くの品を購入していたせいか、あまり金貨は置いてありませんでした。
総額で550枚ほどでございます)
「まあいいか。
ところで今日の日中には王都警備隊が強盗に来るだろうからな。
各地の警備員を増強しておいてくれ」
(畏まりました)
「我らは王都警備隊第1小隊である!
この商会でご禁制品を取引しているとの通報があった!
これより一斉捜索に入り証拠物件の押収を行う!」
「ご禁制品とはなんですか?」
「そ、それは我々が見て判断する!」
「なにがご禁制品かも知らずにご判断出来るんですか?」
「ええい! つべこべぬかすと捕縛するぞ!」
「それではどうぞこちらへ」
第1小隊は建物に入ると同時に音も無く消えて行った。
「我らは王都警備隊第2小隊である!
この商会が無許可で炊き出しをしているとの通報があった!
直ちに炊き出しを中止して食料を差し出せ!
警備隊本部で吟味する!」
50人の警備隊員は、その場で炊き出しの列に並んでいる800人ほどの王都民に睨まれて怯んだ。
「この国の勅令や王国法に炊き出しを禁止する項目はございませんが」
「ま、まずは、責任者を連れて来いっ!」
「それもお断りします。
あなた方は警備隊と名乗りながら単に食料を奪うのが目的ですよね。
それで王都民全員を敵に回すことになりますけど、よろしいのですか?」
列に並んでいた王都民たちが一歩踏み出して警備隊に迫った。
「も、者共、あの建物に突入せよ!
せ、責任者を捕えるのだ!」
「「「 は、はい…… 」」」
第2小隊も消えた。
「我々は王都警備隊第3小隊である!
畏れ多くも王族様の離宮より大きく豪華な建物を建てた容疑で詮議する!」
「そのような規定は王国法のどこにも書いてございませんが」
「ええいやかましい!
建物の中に案内せよ!
証拠物件を押収する!」
「それではどうぞこちらへ」
第3小隊も消えた。
「我々は王都警備隊第4小隊である!
この商会に捜査に入った第1小隊が帰隊していない!
建物の内部を捜索し、証拠物件を押収する!」
「それではどうぞこちらへ」
そうしてもちろん第4小隊も消えた。
「なあシス、こいつら警備隊本部の命令で動いてるんじゃあなくって、小隊長の判断で各々盗賊行為をしてるだけだな」
(どうやらそのようですね)
「ったく、為政者が腐ってると警備隊まで腐るのか……」
(はい)
<現在のダンジョン村の人口>
14万7625人
<犯罪者収容数>
1万9133人(内元貴族家当主375人)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
1週間後。
ワイズ王国王都のニルヴァーナ王国大使館にて。
「大使閣下、本国王都のアグザム辺境伯爵閣下より書状が届いております」
「ほう!
ついに父上も隠居してわしに家督を譲る気になったのかの。
書状を読み上げよ」
「はっ!
『マイグルスよ。
先日王都にてワイズ王国総合商会とやらが支店を開き、非常に多くの優れた商品を販売した。
これらは購入した商会により各貴族家に献上されたが、その一部は王家や宰相である公爵閣下の下にも届いている。
わしは陛下と宰相閣下に呼び出され、なぜ嫡男が大使としてワイズ王国に赴任しているにも関わらず、今までこうした品の献上が無かったのか詰問された。
渡していた大使館予算の中から直ちに金貨100枚分の品を購入の上、王都別邸のわしの下に届けよ。
1週間以内に届かなかった場合にはそなたを廃嫡とする。
アグザム辺境伯爵』」
「な、ななな、なんだとぉう!!」
「わ、わたしが言ったのではありません!
辺境伯爵閣下からの書状を読み上げただけにございます!」
「ええい! あの生意気な小僧めが!
し、仕方ない、直ちにお前がワイズ商会に赴き、金貨100枚分の商品を買って来い!」
「あの……
王城内の貴族用店舗には貴族家の方かその同伴者しか入ることが出来ません。
それに、大使館予算は閣下の寵妃さま御三方の衣装購入のために使ってしまっておりまして、我が大使館の金庫には金貨が10枚しかございません」
「そ、そんなもの、年末払いで買えばよかろう!」
「あの店では現金と引き換えでなければ商品を売らないそうなのですが……」
「くそぉぉぉ―――っ! すべてはあの生意気な小僧のせいかぁっ!」
(いやあなたのせいだと思うけど……)
「あの……
平民用の店で商品を買い揃えるのは如何でしょうか。
それならばわたくしが買いに行けますし、商品も大分安く買えますが」
「や、やむを得ん! すぐに行けっ!」
「はっ」
2時間後。
「し、商品は買えたか!」
「そ、それが……
商会の店員に、わたしが大使館の執事だと知られておりまして、入店を断られました。
貴族家に連なる者ならば、貴族と一緒に貴族用店舗に行けと言われてしまったのです……」
「なにっ!」
「仕方なく王都の商会に行き、代わりに平民用店舗で商品を購入するように依頼したのですが、断られてしまいました」
「な、なぜだ!」
「貴族家の依頼により平民用店舗で商品を購入することは固く禁じられているそうでございまして、この禁を破った街民3人は炊き出しを含めて商会出入り禁止となり、中堅商会も2つほど王都からの追放処分を受けておるそうでございますので……」
「そ、そんなもの、誰かに銀貨10枚掴ませて買って来させろ!
商品購入は金庫の金貨10枚を使え!」
「はい……」
その日の夕方。
「大使閣下、ご希望の品がすべて整いまして、大使館の蔵に納めてございます」
「よ、よし!
それでは今からわしが見分する!
お前は明日の朝より本国に向けて発送する準備をせよ!」
「畏まりました」
そうしてもちろん不正購入された品々は、夜の間にストレーくんの倉庫に転送されてしまったのであった……
翌朝。
マイグルスは立派なカイゼル髭(=実は鼻毛)を揺らしながら激怒していた。
「なぜ蔵が空になっているのだぁぁぁっ!」
「み、見張りも立てておりましたが、物音ひとつしなかったそうでございまして……
ワイズ王国の国軍に捜査を依頼致しますか?」
「そ、それでは間に合わん!
ど、どうすればよいのだ……」
「それでは遺憾ながら大手商会に借り入れを依頼されたら如何でしょうか」
「そ、そうか! 至急出入りの商会を呼べ!」
「申し訳ございません大使閣下、担保無しでのご融資は金貨5枚までとなっております」
「な、なんだと!
わしはニルヴァーナ王国のマイグルス・アグザム辺境伯爵家嫡男ぞ!」
「もしも辺境伯爵家ご当主さまでございましたら、金貨50枚までご融資出来ましたものを……」
「き、貴様、命が要らんらしいな……」
「この融資枠制限は王命でございまして、この禁を破った場合はわたくしが死罪になりますので、同じことでございますね」
「い、今すぐ死にたいのか!」
「わたくしは今金貨5枚しか持って来ておりません。
また、本日閣下に借財を申し込まれたことは既に王城に届け出ております。
私の護衛は外で待っておりますし、この建物の中でわたしが行方不明になれば閣下は国外追放処分になりますが、よろしいのですか?」
「!!!!」
(ま、まずいぞ……
そ、そんなことになれば商品は買えず、お、俺は廃嫡されてしまう……)
「あの……
大使閣下が金貨5枚を超える金額のご融資をお望みの場合は、王国最高外務顧問であらせられますダイチ・ホクト閣下がご対応して下さるそうでございます」
「な、なんだと……
あ、あのクソ生意気な小僧がか!」
「はい、お貴族さま向け貸し出しは、すべてあの方に一本化されましたので」
「ぬぐぐぐぐぐ……」
仕方なく大使閣下は王城に出向き、額中の青筋を膨らませながら、冷ややかな顔をした大地に頭を下げて、金貨100枚の融資を受けたのである。
尚、その帰り道に行商隊に輸送を依頼したところ……
「はぁ、ニルヴァーナ王国の王都にあるアグザム辺境伯爵邸までの商品輸送でごぜいますか……
それでは金貨9枚になります」
「な、なぜそれほどまでに輸送費が高額なのだ!」
「いや、輸送費なら金貨1枚で充分でやすけど、この国の中はともかくニルヴァーナ王国に入ると盗賊がわんさか襲ってくるんでさぁ。
時には各貴族領の領兵までも。
それを撃退するためには最低でも80人の護衛が必要でございやすので、その費用ですね」
「な、ならばわしの護衛にアグザム辺境伯爵領の旗を持たせて同行させるので、護衛の数は最小限にせよ!」
「そんなもの……
護衛を殺されて旗と一緒に埋められちまえば終わりですがな」
「!!!!!」
おかげでニルヴァーナ王国大使のアグザム辺境伯爵嫡男閣下は、もう一度王城に出向いて大地から追加で金貨9枚の融資を受けるハメになったのである。
閣下の額の青筋は倍の大きさに膨らんでいたらしい……
もちろんこうしたことは、他の3カ国の大使館でも同じように起きていた。
どの国の大使も、本国の当主に詰られて早急に品物を揃えて送り出すことを要求されたのである。
しかも全員が大使館費を使い込んでいたために、大地に借財を申し込むハメになっていた。
彼ら上級貴族のメンタリティーからすれば、これは耐え難いことである。
あのような生意気な小僧に、あろうことか借財の申し入れをしなければならないとは。
もちろん彼らには自省という習慣は無い。
自分が屈辱を味わったのは、自国王都で商品を販売したワイズ王国総合商会のせいであり、その商会に商品を齎したあの小僧のせいであるのだ。
そうして、4人の大使閣下は、屈辱と怒りに眠れぬ夜を過ごすことになったのであった……