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191/410

*** 191 神敵 ***

 


 その日のホワイトハウスでは……


「そうか!

 あのアスラとかいう胡散臭い若造が調印式に来ることに合意したのだな!」


「はい、出来れば早い方がいいとのことですが……」


「それでは5日後に調印式を行おう!

 中間選挙を前にして、こういう慶事は早い方がいいからな!

 それにその日なら民主党の党大会も開催されているからちょうどいい。

 奴らを一気に意気消沈させてやろうではないか!」


「はぁ……」


「なにしろあのカリカリフォルニアの山火事を見事消し止めたおかげで、私の支持率は今や80%に達しようとしているからな!

 大票田のカリカリフォルニア州はもちろん、この商談が実現すれば中西部穀倉地帯の有権者も軒並み私の支持に回るだろう!

 そうだ!

 さっそくこの超ビッグニュースを大々的にマスコミにリークしろ!

 それから当日は全米のマスコミを全て呼んでセレモニーを行うぞ!」


「あの……

 先日ご報告させて頂いた通り、先方から正式に調印が終わるまではこの商談については内密に事を進めたいとの強い要望が来ております。

 加えて、当日のインタビューもマスコミへの露出も一切控えさせてもらいたいとのことなのですが……」


「何を言うか!

 全米全てのマスコミに注目されて喜ばん奴がいるか!

 あの若造も、きっと涙を流して私に感謝するに違いないっ!」


「はぁ……」


(そういえば、この男は歴代大統領の内でも最も自己顕示欲の強い男と言われていたな……

 こいつにとってはマスコミへの露出を嫌う者がいるなどということは、慮外のことなのだろう……)




 翌日のアメリカは、超ビッグニュースのリークに大騒ぎとなった。

 あのタイの奇跡、インドドの奇跡、オーストコアラリアの奇跡、そしてカリカリフォルニアの奇跡を顕現させた天からの使徒(Apostle)が、別の世界の飢饉を救済するために、アメリカで食料を買い付けるというのである。

 それも初年度500億ドル相当、以降も10年の間毎年500億ドルに上る見込みで、大国アメリカのGDPにすら影響を与える金額であった。


 CMEの穀物先物価格は暴騰を始めている。



 さらにである。

 使徒(Apostle)という言葉は、西欧人にとってやはりイエス・キリストの12使徒を想起させるのだ。

(次々に日本を襲って来る怪物を想起するのは、世界でも日本人だけである)


 その使徒の姿を直接見たことのある者は全世界でも極めて少なく、全米大手マスコミは世界4カ国の奇跡の特集番組や記事を報道しまくり始めた。

 そうして、ホワイトハウスからの呼びかけに応じ、調印式に向けてワシントンD.C.に続々と参集を始めたのである。




「ダイチさんすみません、こんなに大騒ぎになってしまいまして……」


(ダイチさま。

 ホワイトハウス周辺を外部ダンジョン化して監視しておりましたところ、やはりリークはドナルゾ・トリンプ大統領本人の指示で行われています)


「やはりそうだったか……

 ということで、スラさんには全く落ち度はありませんので気にしないでください」


「はい……」


「そういえばトリンプ大統領は、アメリカ合衆愚国史上、最も自己顕示欲の強い大統領と言われていましたね。

 実業家時代には、インタビューを申し込んでくるマスコミに対して、自分の名前の前に必ず『あの超大富豪の』とか『ビリオネア―の』とか枕詞を付けるように要求していたそうですし」


「ええ……」


「それに何と言っても今アメリカは中間選挙前ですし、この取引を政治的な宣伝材料に使おうっていうことなんでしょう」


「どうしましょうか。

 調印式への出席は取りやめにされますか」


「いえ、予定通り行くことにしましょう」




 ホワイトハウスでの調印式当日。


 ワシントンD.C.のタイ王国大使館に転移した大地は、法衣姿のアスラ第1形態に『変化』して、駐米タイ王国大使とスラくんと共にホワイトハウスに向かった。


 そして……


 ホワイトハウスの門前にある車寄せにはアメリカ陸軍の儀仗兵が並び、門からホワイトハウス前の演壇まではレッドカーペットが敷かれ、そのカーペットの両脇には幅の広い観客席が作られていたのである。

 そうしてその観客席には、全米から集まった数千人のマスコミ関係者が蝟集していたのだ。


(ったく…… アカデミー賞授賞式かよ……)



 大地が自分でドアを開けて車から降りると、陸軍軍楽隊が国家『星条旗』の演奏を始めた。

 ポトマック川を挟んだ国防総省ペンタゴンの方角からは礼砲の音すら聞こえている。


 大地がレッドカーペットに足を踏み出すと、前方からアメリカ合衆愚国第45代大統領、ドナルゾ・トリンプが満面の笑みを湛えて近づいて来た。

 右手を差し伸べ、左手を肩の高さに上げている。

 大地と握手をしながら肩を抱き、親密さをアピールしようというのだろう。


(とことん政治的宣伝に利用しようっていうことか……)



 大地はその場で3メートルほどの宙に浮いた。

 そこでそのまま結跏趺坐の姿勢になる。


 全てのカメラが大地に向けられ、夥しい数のフラッシュが焚かれ始めた。



「恐縮ですが写真撮影はお止めいただけますか」


『拡声』のスキルで拡大された大地の声が響き渡った。

 だが、もちろんそんなことで撮影を止めるようなマスコミ人はいない。


『恐縮ですが、写真撮影はお止めいただけますか』


 その場の全員の頭の中に大地の声が響く。

 ほとんどのカメラマンが痺れたように動きを止めた。


 だが、やはり『神はマスコミ人に傍若無人に取材を行うことを許したもうている』、『礼儀や儀礼を捨て去ってこそ本物のマスコミ人になれる』と信じ込んでいる記者は多い。

 その後も数百のカメラがフラッシュを放ち続けていた。



 大地が手を挙げた。

 すると、それまでフラッシュを光らせ続けていたカメラが、上を向きながら空に上り始めたのである。

 カメラマンが必死に掴んで下ろそうとしたが、カメラはそのままカメラマンも持ち上げて地上3メートルほどの地点で静止した。

 TVカメラだけは特別に撮影を許している。


 軍楽隊の演奏も終わり、辺りは静寂に包まれていた。

 微かに遠くに礼砲の音が聞こえるのみである。



 大地は無表情のまま静かに語り始めた。


「みなさん、わたくしの名はアスラ。

 神界よりの使徒として、この地球ともうひとつの世界のために任務行動中です。

 最近ではタイ王国やインドド、オーストコアラリアやここアメリカでの自然災害の被害を防ぐために微力を尽くさせて頂きました。


 もちろんその目的は災害を抑えることでもありましたが、わたしの地球での任務はそれだけでなく、実はもうひとつの任務もございます。

 それは、飢餓に苦しむアルスという別の世界のために、ここ地球で食料を購入することでした。

 そのために、わたくしどもは地球文明不介入の原則を一時停止して、ここ地球でアルスのヒューマノイドのために食料の買い付けを始めたのであります」



 大地が語っていることはシンプルだったが、聞いている全ての者に計り知れない衝撃を与えた。


 まずは『神界』が実際に存在すること。

 もう一つは、ヒューマノイドが生息する世界が地球とは別に存在するということである。

 地球人類は孤独では無かったのだ。


 全米のみならず、全世界が痺れたように大地の発言に聞き入っていた。

 涙している者も多い。



「ですが、神界はこの地球に深く介入することはお望みではありません。

 金による食料の買い付けに際しても、食料価格高騰などの地球への悪影響を極力排除するように命じられております。

 従いましてわたくしは、アメリカ合衆愚国政府に対しまして、いくつかのお願いをしていました。

 まずは実際に食料の買い付けを始めるまでは、取引について騒ぎ立てないこと。

 もう一つは、神界の存在と行動をあまり喧伝しないよう、特にわたくしの記者会見などは一切行わないように依頼していたのです」


 静寂が深まった。


「にもかかわらず、アメリカ合衆愚国政府は、わたくしとの取引を政治的宣伝に利用しようとし、取引情報をリークしたのみならず、このように大々的な発表の場を設けてしまっています。

 おそらくは中間選挙を前にした宣伝のためなのでありましょう。

 政治などに利用されるのは、神界が最も忌避することであります」


 さらに静寂が深まった。


(こ、このクソ生意気な小僧めが……

 アメリカ合衆愚国大統領たるわたしをコケにしおって……)


 トリンプ大統領の顔は怒りに紅潮している。



「従いまして、わたくしは今日のこの政治宣伝行事に深甚なる遺憾の意を表し、併せて今回のアメリカでの食料購入計画を白紙撤回させて頂きます。

 食料はカナダダやオーストコアラリア、EUなどから買わせていただくことになるでしょう」


「な…… な ん だ と ……」



「それではお集りのみなさん、さようなら」



 大地の体が更に上昇を始めた。


 そのとき、記者席にいた老齢の記者が大きな声を振り絞ったのである。


「し、使徒様っ!

 あ、アメリカは神の怒りに触れてしまったのでしょうか!」


 大地は上空で停止して記者に向き直り、ここで初めて微笑んだ。


「いえ、神の使徒の怒りに触れたのは、現在のホワイトハウス在住者のみであります。

 わたくしはアメリカという国家に隔意を持っているわけではありません」


「で、では、ホワイトハウスの主が交代したら、アメリカからも穀物を買っていただけるようになり、我が国も神界のお役に立てることが出来るようになるのでしょうか!」


「はい、もちろんです。

 それが5年後からになるのか1年後からになるのか、それとも来週からになるのかはわかりませんが……」


「「「「「 !!!!!!!!! 」」」」」



 そして、そのまま大地の姿は消えて行ったのである……




 その日からCMEの穀物先物価格が暴落を始めた。


 また、翌日から行われた全米緊急世論調査でも、トリンプ大統領の支持率はそれまでの79.8%から、一気に2.5%にまで爆落したのである。


 特にアメリカ中部から南東部にかけてのバイブルベルトと呼ばれる信仰心篤き地域では、その支持率は0.1%以下にまで落ちていた。

 バイブルベルト各州では、『世論調査で神の敵トリンプを支持したのは誰だ!』という魔女狩りが始まっている。



 この世論調査の結果を受け、共和党の下院院内総務を始めとするメンバーが100人以上もホワイトハウスに押しかけた。

 そうして、心神喪失状態ギリギリの大統領から、辞任声明を引き出したのである。

 神の敵を支持する者は共和党にすら一人もいないとまで言って迫ったそうだ。


 その声明が発表されると、CMEの穀物価格は爆反発した……



 大統領職を引き継いだマイド・ペンペンスル副大統領は、大統領職就任の宣誓が終わると、すぐにタイ王国政府を通じて極秘裏に天部に連絡を取った。

 まもなくアメリカからも穀物の輸入が始まるだろう。


 その買い付けの実態は、政府が買い付けを始めたという事実により徐々に広まって行くだろうが、いかなる関係者も固く口を閉ざしており、マスコミも報道することは無いだろう。

 それを報じた途端に不買運動が起きたり、広告出稿依頼が消滅するのは明らかだからである。


 もちろんカナダダやオーストコアラリアやEUからは、サイアム食料の各国支店を通じて静かに穀物購入が始まっていた。




 いやぁー、それにしてもすごいね大地くん♪

 とうとう世界最大の大国のトップの首を挿げ替えちゃったのかい!





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