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*** 190 アメリカとの取引計画 ***

 


 ワイズ王国とワイズ王国総合商会は大いに儲かった。

 純利益を折半した結果、王家も商会も金貨約2500枚ずつを手にしたのである。


 もう一度この金額を現代日本の感覚に引き直して考えてみよう。

 まあ、物によって価値が違いすぎるので購買力平価による比較は難しいのだが、小麦の価格を基準に比較する。

 まず、ワイズ王国周辺地域の麦の平均価格は1石(≒150キロ)につき銀貨8枚だったが、ここ2年の不作によって銀貨10枚まで値上がりしている。

 つまりは日本円で10万円相当である。

 ということは、親子4人で年に銀貨40枚(≒40万円)あればそれなりに食べていけたのだ。


 電気ガス水道が無いために、その他の費用はあまりかからなかった。

 村人や街人であれば薪も林に入って調達出来たし、王都民は薪ギルドなどで買わなければならない分生活費がかかったが、その変わりに王都の賃金はまずまず高く、王都の平民は中流階級と見做されていた。


 麦1石が銀貨10枚ということは、1合では銅貨1枚(≒100円)になる。

 王都の食堂などは、以前は1合分の麦を当時の1合80円で仕入れ、これに野菜くずなどを入れた粥1杯を銅貨2枚で売っていた。

 最近では野菜も栽培されなくなって来ているため、0.8合の小麦を使った薄い粥を同じ値段で売って凌いでいる。



 また、この時期のワイズ王国の総石高は最盛期に於いて1万石であった。

 人口8500人ほどの小国としては、アルスではごく普通の石高である。

 8500人が口にする麦が8500石として、余った1500石で遠国から来た隊商から塩や布などを買っていたようだ。


 このうち、直轄領12の村から上がる税収が約1000石(=金貨100枚≒1億円)、合計30の村を持つ王族領と貴族領からの上納税収がやはり1000石、

 王都や直轄領の商家から齎される地代などが麦500石分、つまりは2500石(=金貨250枚≒2億5000万円)が王家の年間総収入であった。


 これはやや少ないようにも思えるが、200反の畑を持つ村からの税を80石とするなど、税の少ないワイズ王国だからこそである。

 このアルスのこの時代に4公6民などという税制を敷いている国は他に無く、通常は6公4民が当たり前であり、中には7公3民などという苛政を敷いたために、民の数が急速に減りつつある国まであったのだ。


 だが、これもアルスの貴族階級からすれば当然のことであった。

 彼らは収奪者であって統治者ではないのである。

 まあ、盗賊が被害者のことを気にしないのと同じだろう。

 なにしろ彼らは、領内の盗賊を保護して余所者の金品を奪わせ、上納金を払わせていたぐらいである。

 同じ収奪者としてシンパシーを感じていたのだろうか……



 このため、農地100反につき税は40石と国法で定められていたワイズ王国に於いては貴族階級の王家への不満が蓄積しており、王位に就いた暁には100反につき税60石と宣言した王子王女の下に貴族たちが集まって来ていたのである。




 だが……

 王城の宰相執務室に集まった国王、王子、宰相、大地に加えて6大商会の会頭たちの前には、実に5500枚近い金貨が積み上げられていた。


「さて、この金貨はワイズ王国総合商会のここ1か月の営業活動で得られた売り上げになる。

 ここから俺のダンジョン商会からの卸売り代金と輸送費と諸経費を引いた残りの純利益が金貨約5000枚だ。

 これを国と6大商会で折半してくれ」


 全員が口を開けたまま固まっていた。

 僅か1か月の営業活動で、国庫に入る純収入が金貨2500枚(≒25億円)、つまりは今までの年間収入の10年分になったのである。


 また、商会1社当たりの純収入も金貨約416枚になる。

 これは彼らの年間純利益の15年分以上に相当していた。

 まあ、会頭たちが固まっていたのも当然だろう。



 さらには、巨額の利益を得ただけでなく、この営業活動は周辺4か国の常備兵力の約50%近くを削減することにも成功している。

 ワイズ王国に近い貴族領であれば100%近い。


 だが、周辺国の王家がこの事実を知るのは当分先になるだろう。

 領主や領主代行と領兵がほぼ全員行方不明になった領は、当然のこととしてこの事実を徹底的に隠蔽したからである。



「ということでだ。

 交易って儲かるだろ。

 特に他国に対して優位な商品を持ってるとさらに儲かるんだ。

 例えば北方の海沿いの国で作られている塩なんか最高の商品だろうな。

 それに北のキルストイ帝国の羊とか、南のサズルス王国の綿花とか、王命で国外に出すことを禁じているのも当然だよ。

 どっちの国も、王都周辺の直轄領で厳重な警戒態勢を敷いた中で羊を飼ったり綿花を栽培しているしな」



 その場の全員はもちろん気づいていた。

 こうした莫大な利益を齎した交易品は、全てダンジョン国から齎されたか、干し柿のように大地の智慧によって得られたものである。

 つまり、本来は全て大地に帰するべき利益だったのだ。


 国王と王子と宰相には大地の目的を全て伝えてあるため、彼らは驚きつつも納得してはいる。


 だが、商会の会頭たちは……


「誠に申し訳ないのですがダイチさま。

 どうかお教え願えませんでしょうか……」


「いいぞミルシュ会頭。

 なんでも聞いてくれ」


「あなたさまは、全ての商品を我らに供給してくださいました。

 さらにあなたさまの下には実に強く、また忠実な配下の方々もいらっしゃいます。

 にもかかわらず、なぜご自分で商売を為さらずに、これほどまでの恩恵を我らにお与え下さったのでしょうか……」


「ははは、当然の疑問だな。

 それではこの際だから全て説明しようか。

 俺はある目的のためにいくつかの計画を立てていたんだが、そのためには王家の人々と王都の商会会頭たちの『E階梯』が高いことが必要だったんだ」


「『いーかいてい』……でございますか?」


「それじゃあ少し長くなるけど聞いて貰おう……」



 こうして大地は商会長たちにも全てを明かし、その協力を取り付けたのである。

 まあ最初に口だけで説明してもなかなか納得はしてもらえなかっただろうが、今はこうして目の前に莫大な額の金貨がある。

 信憑性もタイミングも最高だろう。

 もちろん会頭たちは全員が納得した。

 それどころか、皆が滂沱の涙を流しながら大地に忠誠を誓ったのである……




 神界のツバサさま:


 ダイチさん……

 呼んで下さればいつでも行ってあげるのに……



 神界の神さまたち:


 今回もわしらの出番は無かったか……






<現在のダンジョン村の人口>

 13万8243人


<犯罪者収容数>

 1万7239人(内元貴族家当主375人)




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 或る日のダンジョン村幹部会にて。


「ダイチさん、タイ王国外務省を通じてアメリカ合衆愚国政府に穀物の買い付けを打診していましたところ、返答を受け取って参りました」


「スラさんどうもありがとうございます。

 それでいかがでしたか?」


「ええ、やはり先方は大喜びでしたね。

 ご指示の通り、取り敢えず1000トンの金塊で約500憶ドル相当の穀物を買い付けし、その後も年あたり金1000トン相当、最大10年間で5000億ドルの買い付けになるかもしれないと申し入れたのですが、アメリカの農務長官と財務長官が目を剥いて驚いていました」


「ははは、まあアメリカの貿易赤字額って、確か2018年には8787憶ドルでしたもんね。

 金を通貨と考えれば、天部は商品を輸出せずに穀物を買うだけですから、貿易赤字の5%ずつに匹敵するわけでしょうし。

 あ、ついでにGDPの25ベーシスポイントずつにも相当しますか」


「ええ」


「そういえば買い付け価格はどうなりましたか?」


「原則としてCMEシカゴ・マーカンタイル・エクスチェンジの先物価格を基準にして決められ、後はサイアム・アメリカと各州の農業公社の話し合いで調整されるということに落ち着きました」


「市場価格でということですか。

 さすがはアメリカですね。

 でも金価格の下落は構わないんですかね」


「米財務省が最大限努力して、外貨準備の金保有分を増やしてくれる方向で検討してくれるそうです。

 また、ニューヨーク連銀の地下金庫には36カ国が外貨準備のうちの金を預けていますから、これらの国にも働きかけて、金準備を増やしてもらえるかもしれません」


「それはよかったです。

 ところで、これだけの取引ですから、アメリカ国内の農産物価格が上昇してしまうでしょうけど、その辺りは何と言っていましたか?」


「さすがアメリカは世界最大級の農業大国で、麦やトウモロコシなどの主要作物であれば、その程度の金額の計画的買い付けではあまり農産物価格は上昇しないそうです。

 それに、もし価格が上昇し始めても、物価目標が達成出来るので政府もFRBも喜ぶそうですし。

 もちろん農家もですね。

 たぶん乗数効果も働いて、GDPにも更なる好影響があるでしょう。

 加えて、農産物価格が多少上がっても、アメリカには餓えるひとはほとんどいないでしょうから」


「なるほど、いいことずくめだということですか。

 もしアメリカがダメなら、カナダダやオーストコアラリアやウクララライナなんかにも打診してみようかと思ってたんですけど、どうせなら窓口が一本化していた方が最初はラクそうですね」


「そうですね、最初はアメリカから始めて、徐々に取引先を増やしていかれたら如何でしょうか。

 それでですね、これほどの商談ですので、アメリカは天部の代表者であるアスラさまにホワイトハウスに来て頂いて、調印式をして頂けないかと言っているんですけど、どう致しましょうか」


「そうですか……

 まあ、これだけの規模の取引ですから仕方が無いですかね。

 それに、ついでにNY連銀の地下金庫に行って、金を5000トンほど預けて来た方がいいかもしれませんし。

 そうすればアメリカも金の純度や重量を確認出来るでしょうから」


「それではそのように伝えておきます」


「あ、この取引が調印後に公式発表されるのは仕方がないとして、それまで発表は控えて頂くように依頼して頂けませんか。

 ホワイトハウスでの会談と調印式の際にも、記者会見なんかの行事は一切無しで、カメラも無しということを強く申し入れておいてください。

 わたしもあまり露出したくないものですから。

 それからあと1週間で夏休みが終わりますので、調印式は出来れば早い方がありがたいですね。

 さくっと済ませてしまいましょう」


「畏まりました」



 この話を聞いていた幹部の面々はというと……

 シスくん、ストレーくん、テミスちゃん、イタイ子とガリルは、よく意味がわからなかったのか平然としていた。

 良子も使徒様ならば当然のことだとして微笑んでいるのみである。

 ひとり淳だけがアブラ汗を流していた……



 それにしても大地くん。

 年500億ドル、10年で5000憶ドル(≒53兆円)相当の取引の調印式が早い方がいいという理由が、『そろそろ夏休みが終わってしまうから』かね……





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