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*** 189 大手商会たちと領軍たち ***

 


 翌日の商会招待日。

 

 招待した商会は半分ほどしか来店しなかった。

 特に大手商会ほど無視を決め込んだらしい。

 どうやら彼らは、弱小国ワイズ王国の商会など気にする価値も無いと思い込んだようである。



 このような思い込みは、現代日本でも多く見られる現象であろう。

『あのような弱小国の会社の製品など恐るるに足りず』

『うちの会社の方が規模が大きいので製品も優秀である』

『俺は大手企業に勤めているのだから中小企業で働いている連中よりも優れた人間である』

 等である。



 だが、往々にしてそのような思い込みには盛大に裏切られるのだ。



「ほ、本当に塩1キロが銀貨8枚でいいのかね!」


「はい、本日はお買い上げ1キロごとにこの壺も差し上げます」


「購入上限はあるのかの……」


「はは、ございませんよ」


「そ、それでは500キロほど買わせてもらってもいいかの……

 こんなに綺麗な塩がこんなに安いとは……」


「それでは金貨40枚でございますね。

 ところでこちらの砂糖と胡椒はいかがでしょうか」


「砂糖や胡椒まであるのか……

 それもこんなに安く……

 それでは砂糖も胡椒も金貨10枚分ずつ買わせてくれ」


「ありがとうございます。

 尚、ご招待状にもありました通り、本日はすべて現金での取引とさせて頂いております」


「わ、わかった。

 隣国に本店があるのだから当然だな。

 今店から金を持ってこさせよう」


「お待ち申し上げております」




「な、なあ、ここに置いてある首飾りや防寒着や手ぬぐいは、本当にひとつ銀貨10枚でいいのかい?」


「はい、ただ、その鏡だけはひとつ銀貨20枚でございます」


「それでも安いよ……

 それじゃあ、鏡を10枚と首飾りや手ぬぐいと防寒着は30個ずつ売ってくれ。

 貴族家に売り込みに行ってみよう」


「併せて金貨11枚になります。

 本日はすべて現金決済でお願いしております」


「わかった。

 今金貨を持ってくるから待っててくれ」


「はい」




「これは本当に古着なのかい?」


「はい」


「こんなに綺麗なのに……

 それに見たことも無い生地もたくさんあるし、なんといっても色が素晴らしいし……

 なあ、これ本当にひとつ銀貨10枚なのか?」


「はい」


「なら100着ほど買わせてもらおうかな。

 今金貨10枚しか持っていないんでね」


「お買い上げ誠にありがとうございます……」




 商品陳列棚の前ではエラそーなおっさんが立ち尽くしていた。


(な、なんだこの器は……

 なぜこんなに薄く白いのだ……)


「こ、ここにある器は本当に全て銀貨10枚なのか!」


「はい」


(まずい、まずいぞ。

 このような器を銀貨10枚などで売られたら、うちの店の土器が全く売れなくなってしまうではないか……

 そ、そうだ、わしが買い占めてしまおう!

 今は手持ち資金が無いが、それらを全て銀貨30枚で売ればわしは大儲けだし、年末の払いも問題が無かろう。

 ぐふふふふふ……)


「それではすべてよこせ」


「全部で1000点ございますので、金貨100枚になります」


「年末にわしの店に取りに来い」


「いいえ、本日はすべて現金取引になっております。

 ご案内状にも記載しておりましたが」


「なんだと!

 このわしをそこいらの弱小商会と同列に扱うと言うのか!」


「はい、王命でございますれば」


「なに……」


「こちらの品々は、全て王城の卸売り部から仕入れたものでございます。

 その際に、掛け売りは一切罷りならずとの王命が出ておりますので」


「く、くそぉぉ――っ!」




「な、なあ、このガラスの器に入ってるものって、果物を干したものかい?」


「はい、柿を干したものでございます」


「甘いのかな」


「砂糖よりも甘うございますよ」


「ほ、ほんとうかい! 

 伯爵家から甘い菓子を納めろって言われてるんだ……

 こ、これは1個いくらかな」


「1つ銀貨8枚でございます。

 試しに少し召し上がってみられますか」


「い、いいのかい?」


「ええ、今切り分けますので」


「な、なんだこれは! なんでこんなに甘いんだ!

 よ、よし! これを20個売ってくれ」


「どうもありがとうございます。

 20日ほどは日持ち致しますが、それ以上の保存はおやめくださいませ」


「それだけ貴重なものだっていうことだね。

 わかった」


「ところで、この干した柿ほど甘くはありませんが、日持ちする甘い焼き菓子もございますのでお試しになりませんか?」


「な、なんだこれは!

 なんでこれもこんなに甘いんだ!」


「こちらの菓子ならば袋から出さなければ100日ほど持ちますので、他の領の貴族家にも売りにいけますよ」


「こ、これはいくらなんだい?」


「20枚入りで銀貨10枚でございます」


「それじゃあ20箱ほどもらおう!」


「ありがとうございます」


「あ、これらの商品ってワイズ王国に行けば売ってもらえるのかな」


「はい、王都の南門を出てすぐのところにある私共の本店でも売っております。

 そこでしたら干した柿は出来立てのものをお売り出来ますよ」


「わかった。こんど行ってみるよ……」




 支店の敷地の隅には、魔道具でヒト族に『変化』したミミとピピとその仲間たちがいた。


「なあ、あんたたちはこの街の孤児団なのかい?」


「う、うん……」


「ならたくさん食べな。

 でもあんまりいっぺんに食べると腹を壊すからな。

 ここには夜になるまでいてもいいんだから、ゆっくり食べるといいぞ」


「姉ちゃんたちはどこから来たんだ?」


「あたいらも別の街の孤児団だったんだけどさ、今じゃああそこにいるダイチ兄さんっていう村長の村で暮らしているんだ」


「その村では、こんな風に食べ物を食べさせてもらえるの?」


「ああ、いつでもいくらでも食べさせてもらえるぞ」


「「「 ………… 」」」


 その街の孤児たちは、ミミやピピやその仲間たちの綺麗な服に見とれている。

 だが、彼女たちの雰囲気や話し方は紛れもなく孤児団のものだった。


「もしよかったら、お前たちもあたいらの村に来ないか。

 あちこちの村や街の孤児たちが集まって暮らしているんだ」


「ほ、本当?」


「ああ本当だとも。

 今じゃあ孤児たちは5000人もいるんだぜ」


「でも……」


「まあ、ここでの炊き出しはあと2日やってるからさ、あたいたちがいなくなるまでに、みんなでよく考えて返事をしてくれ」


「うん…… ありがとう……」




「なああんた、右腕が動かないのかい?」


「ああ、昔大工をしてたんだが、家を建ててるときに屋根から落ちちまってな……」


「家族はいるのか?」


「はは、女房はとっくに実家に帰っちまってるし、ガキどもも成人しちまったし。

 俺一人でなんとか生きて来たんだけどよ。

 こんなに旨ぇ物喰わせて貰えたんだ。

 もういつ死んでもいいわな……」


「なあ、もしよかったらうちの村に来ないか。

 俺たちの村の村長は魔法が使えるんで、動かない腕でも治してくれるんだよ。

 こんな風に旨いメシも喰わせてもらえるしな」


「……………」


「村には仕事もいっぱいあるからさ。

 死ぬ前にうちの村に来て、旨い物を喰いながら働いてみないかい?

 家を建てられるような職人は貴重だし、あんたの技術を若い者に教えてやって欲しいんだ」


「お前ぇさんもその村で働いてるのか?」


「俺の仕事は、こうして村人を増やすためにみんなを誘ったり、村に移住して来た連中の面倒をみることなんだ。

 もう300人も面倒みてるんだぜ」


「そうか……

 どうせ死ぬつもりだったからな。

 どこで死んでも同じだな……」




 ワイズ王国総合商会の支店を訪れた商人たちは、大いに喜びながら大量に仕入れをして帰って行った。

 そうして、ここで商品を仕入れた者は、すぐに貴族家に売り込みに行くか、あるいは自分の店で小売りも始めたのである。



 これに気づいた大手商会たちは、衝撃を受けた。

 いくつかの商会の会頭たちは、翌日供の者を引き連れて偵察に出かけて来たのである。


 だが……


「な、なんだこの人だかりは……」


 そこには、貧民街のボスの子分たちが集めて来た膨大な数の民たちがいた。

 皆が炊き出しの列に並んで穀物粥を受け取り、旨そうに食べている。

 何故か飴まで配っている。


 そうして、なんとか人ごみを掻き分けて商品売り場に辿り着くと、そこでも衝撃に立ち尽くすのである。


(な、なんだと……

 塩1キロが銀貨8枚だと!

 うちの商会の半値以下ではないか!

 し、しかもあのように白いのか!)



(さ、砂糖や胡椒がうちの5分の1の価格で売られている……)



(なんだあの古着は!

 あのように美しい色で滑らかな布地の服がたったの銀貨10枚だと!

 あんなものを売られてしまったら、うちの商会の古着が全く売れなくなってしまうではないか!)



(このように大勢に炊き出しをしたら、うちの商会の食品が売れなくなってしまう!)




 現代日本に於いても、このような新興勢力による価格破壊はよくあることである。


 その際に、経営者はどうするか。


<マトモな経営者>


 今まで独占や寡占によって暴利を貪っていた商品価格を、適正利潤に下げて対抗する。

 このとき、自社ブランドのまま値下げをすると暴利がバレるので、全く関係の無い名前の子会社を作ってそこで売る。

 自社の販売網というメリットを提示して、その新興勢力に合弁を持ちかける。

 その商品の製造販売から撤退する。

 その会社を買収する。


<マトモでない経営者>


 部下に「なんとかしろ!」と吠えるだけで自分は何もしない。

 その新興企業のイメージを落とす風評を拡散させる。

(初期の外資系ファーストフード産業に対し、鼠や猫の肉を使っているとの風評を流したケースはコレ)

 政治家、または所轄官庁の外郭団体に献金して規制法案を作ってもらう。

(規制商品の場合はほとんどコレ)

 反社会的勢力にカネを払って暴力的手段に出る。

(居眠り運転のトラックが店頭に飛び込んだなどという事故の90%はコレ。

 経営者に「なんとかしないと馘にするぞ!」と脅された役員あたりが選択する手段)




 もちろんこの時代のアルスにマトモな経営者がいるはずはない。

 また、彼らは貴族と同様、従業員など周囲に尊敬を強要してかろうじてプライドを保っているので、合弁を持ちかけるなどという下手に出る手段は思い付きもしなかった。


 そこでまずは貧民街の反社会的勢力に接触しようとしたのだが、よく見ればこの生意気な新興商会に人を集めているのは、当の反社会的勢力たちである。


 もともと反社会的勢力は暴力に頼って生きているので、力で自分たちを圧倒した雇い主には頭が上がらない。

 そして、現地の商会からの銀貨10枚という報酬の提示に対し、チンピラ共は鼻で笑ったのである。

 彼らは自分たちの雇い主の気前の良さに心服もしていたのだ。

 大手商会の会頭たちの顔は怒りのあまり茹ダコのようになった。



 その結果……


「なあシス、昨日の夜の戦果はどうだった?」


(飲食店ギルドと商業ギルドの加盟商会がそれぞれ5軒ほど傭兵ギルドで傭兵を雇い、夜中に襲撃をかけて来ましたので、合計115人を捕獲しました。

 もちろん賠償金の取り立てで全ての商会の金庫は空にしてあります。


 また、或る商会の従業員が、夜中に支店の建物の正面に油をかけた薪を積み上げて火を付けましたので、それらは火がついたままその商会会頭の自宅に転移させておきました。

 もちろん結界も張っておきましたので、家族や従業員は無事ですし焼けたのは自宅だけでございます。

 賠償金はストレーさんの倉庫に転移させておきました。


「まあ、初日の成果としてはまずまずか」


(はい)



 そして翌日。


「我らは領軍である!

 この商会でご禁制品を取引しているとの通報があった!

 証拠品を押収するので倉庫に案内せよっ!」


(あー、こいつら荷運び用の馬まで用意してるよ……

 単なる武装強盗と変らんか……)


「そうですか…… ところで禁制品って何ですか?」


「や、やかましい!

 つべこべぬかすと、まずお前を捕縛するぞ!」


「それではどうぞこちらへ……」


 領兵隊は、建物に入ったところで全員が消えて行った。

 馬の轡を取っていた下級兵も、馬房に案内された後は馬もろとも消えたのである……



 さらにその日の夕刻。


「この商会にご禁制品の取り調べに来た領主軍がまだ帰って来ない!

 我ら領主直属近衛隊が証拠物件を押収する!」


「あの、領兵隊の方々でしたら、私どもの商品を大量に馬に乗せて、領都の門から外に出て行かれましたが……」


「な、なんだと!

 ま、まさか、押収物を売り捌くついでに逃亡……

 ええい、第1分隊は領都を出て捜索に向かえっ!

 第2分隊は念のためこの建物の内部の物品を全て押収せよっ!」


(あー、こいつらも荷運び用の馬を用意してるよ。

 領兵とか近衛とかってそんなにビンボーなんかねぇ……)



 もちろん領主直属近衛隊も建物の中に入ったところで消え、領都の外に捜索に行った部隊も人気のないところで消え、荷駄用の馬も馬丁も馬房に案内されたところで消えたのだ。

 こうしてこの日も平和に過ぎて行ったのである……


 そして……

 こうした大地の働きで、アグザム辺境伯爵領の現有戦力はほとんどいなくなってしまったのだった……



 こうした各国での支店営業活動は、皆が慣れるに従ってすぐに大きく拡大していった。

 1か月が過ぎるころには、同時に20か所の支店で営業活動(含む悪党捕獲)が進められていたのである。

 もちろん、こうした強盗教唆を貴族家当主や領主代行が行っていた場合は、彼らも同様に行方不明になっていた……





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