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*** 186 麦姉ちゃん ***

 


 大地は、集会場に8人の代官とその配下の文官たち、加えて13人の農業・健康指導員を集めた。

 周囲には42の村の村長たちも座っている。


 宰相閣下が書状を掲げた。


「国王陛下に於かれては、このたびこちらのダイチ・ホクト殿を内政最高顧問に任命された。

 以降はこちらのダイチ殿のお言葉は陛下のお言葉として傾聴せよ」


「「「 ははっ! 」」」


 大地が皆の前に出て来た。


「それでは新しい政策を発表する。

 俺はこれから王都を中心とした半径5キロの地域に、新たに36の村を建設する。

 むろん、それぞれ400反の畑と灌漑用水路、及び150人分の住居に加えて複数の倉庫及び集会場と炊事場も付帯する村である。

 ひとつの村の面積は約2平方キロ。

 この内、居住地区と畑400反を合わせても1平方キロしかないので、林などの自然もたっぷりと残されることになる。

 その村々の外側12キロは村を増やすための予備地としよう。

 さらには、その全ての村や予備地を囲んで防衛する城壁を造る。

 そして、その42の村は21の直轄領に分けて代官に統治させるものとするが、まずは8人の代官」


「「 はっ! 」」


「そなたたちは上級代官として8つの直轄領の16の村の統治を任せる。

 身分は一代子爵とする」


「「 ははぁぁっ! 」」


「それから13人の指導員」


「「 ははっ! 」」


「そなたたちを代官として26の村の統治を任せる。

 身分は一代男爵だ」


「「 うははぁぁっ! 」」


「元指導員の代官にはそれぞれ4人の文官もつけるものとする。

 当面の間は、村人と街人は今まで通り6か所の避難村にて暮らすが、36の村の準備が整い次第移住を開始するのでそのつもりでいろ。

 各村の配置と代官邸の場所は、後で渡す地図を見て確認しておくように。

 また、6か所の避難村においては、代官たちが交代で教師となり、村人や街人に読み書き計算を教授すること。

 これは各村への移住後も、特に子供たち相手には継続せよ。

 そのための資材、費用は俺が支給する。

 民の教育水準こそは国の礎であり宝であるので確りと行え」


「「 うははぁぁ―――っ! 」」




 大地は6つの避難村の集会場に、黒板とチョークを持ち込んだ。

 代官たちはその黒板を使って字を教え始めたが、ほどなくして初級、中級、上級にクラス分けをして文官たちも教壇に立たせ始めた。


 アルス語のアルファベットは30文字あり、初級クラスではまずこのアルファベットの読みと書きを教え、皆がこれをある程度覚えると、大地の持ち込んだダンジョン村産初級文字カルタが使われる。

 これは文字を書いた小さな板を並べておいて、読み手の発声に合わせて2~3人がその文字を書いたカルタを取り合うというものだった。

 これにも慣れて来ると、クラス別にトーナメントが開催されるようになったが、最初はほぼ年齢順に勝者が決まっていた。

 だがやはり子供たちの記憶力と反射神経は優秀である。

 次第に初級文字カルタ大会の上位入賞者は10から15歳ぐらいまでの子供たちばかりになっていった。


 中級クラスは単語カルタ戦になる。

 アルファベット1文字を書いた板をたくさん並べておいて、読み手が言った単語のスペルを並べる速さを競うものである。

 上級クラスになると、これが文章カルタ戦になった。

 読み手の言った短い文章を並べる速さを競うのである。


 また、大地はこれもダンジョン村産の縄跳び、独楽、竹馬も持ち込んだ。

 縄を使った2人綱引きも教えている。

 これは2メートル離れた2人に5メートルほどの縄を持たせ、引っ張り合わせてどちらかの足が動くか地面に体がつくか縄を手放した方が負けになるという遊びである。

 必ずしも力の強い方が勝つわけでもなく、引っ張っていた綱を急に緩めて相手のバランスを崩すという戦い方も出来た。

 12歳の男の子が、この戦略で100キロ超の大男に勝ったときは大歓声が上がったものである。


 また、大地は『歌唱スキル』を取得して皆に歌も教えた。

 歌ったことなど無い民たちは最初驚いていたが、大きな声を出して歌う面白さに目覚めつつあるようだ。


 さらに大地は淳が作った大型の紙芝居も持ち込んだ。

 読み手は代官や文官たちである。

 これは娯楽の少ないアルスでは大ウケだった……



 そして、10日ほど経った或る日、大地は民たちを全員シュロス村に集めたのである。

 大地の横には、王子に宰相、代官や文官たちに加えて6大商会の会頭とその息子や番頭たちの姿もあった。


「さて諸君、あの干していた柿を1つずつ持って来てくれ。

 商会の皆の分も頼む」


 皆が不思議そうな顔をしながらも干し柿を取りに行った。


「みんなその干し柿を食べてみろ。

 種があるから気をつけてな」


 渋柿の渋さを知っている民は、皆恐る恐る一口齧った。


「「「「「 !!!!!!!!!!!! 」」」」」


「な、なんだこれは!」

「あ、甘い! 無茶苦茶甘いぞ!」

「なんであんなに渋かった柿がこんなに甘くなってるんだ!」

「ダイチの旦那! こ、これも魔法なんですかい!」


「いいや違う。これは魔法では無くて『知識』だ。

 故に来年お前たちが同じように柿を干せば、同じように甘い干し柿が出来る」


「ほ、ほんとですかい!」


「本当だ。

 それに、その種を新しい村に持って行って植えてみろ。

 柿の木の芽が出て木になって実をつけるには8年かかるが、その後は毎年この甘い干し柿が食べられるようになるだろう」


「「「「「 !!!!!! 」」」」」


(地球では接ぎ木することですぐに実を付けさせているけど、アルスに接ぎ木剤を持ち込むのはまだ早いからな……)


「そうすりゃあ、将来こんな甘いものを食べられるようになるんですね……」


「いや……

 ミルシュ会頭、この甘い干し柿を仕入れるとして、1ついくらで買ってくれるかな」


「お教えくださいませ。

 この干し柿はどれほどの期間保存しておけるものなのでしょうか」


「そうだな、そのままだと20日ぐらいだな。

 だがもし買ってくれるのなら、特別に『保存の魔道具の箱』を貸してやるぞ。

 この箱に入れておけば何年でも保存出来るだろう」


「それならば、1つ銀貨3枚で買わせてくださいませ。

 なにしろどんな砂糖菓子よりも甘い食べ物ですからの」


「「「「「 !!!!!!!!! 」」」」」


「こ、この甘い柿が銀貨3枚……」


「お、俺たちが10日間働いた日当より多いのか……」


「ミルシュ会頭ありがとう、みんなも好きなだけ買って行ってくれ」


 商人たちが嬉しそうな顔をした。

 村人たちは声も無い。


「ということでだ。

 俺が全部で銀貨50枚払って買った渋柿3万個が、1個銀貨3枚に化けたわけだ。

 3分の1しか売れなかったとしても、全部で銀貨3万枚の売り上げになる。

 お前たちには全部で銀貨1万2000枚払ったが、それでも金貨180枚分の大儲けだろう」


「「「「 ……………… 」」」」


「これが農産物加工の醍醐味なんだ。

 お前たち自身が柿を採って干して売れば手間賃は要らないのだから、売れた分だけが儲けになる。


 だからお前たちも、干し柿を作ってその一部を売ればいい。

 そうすれば100倍の重さの麦が買えるだろう。

 まあ、お前たちの麦畑もこれからは豊作になるから、干し柿を売ったカネはイザというときのために貯めておけばいいだろうがな」


「「「「 ……………… 」」」」



(そうか……

『知識』というものは、単に民を飢えさせぬようにしたり、病に罹らせぬようにするだけのものではなかったのか……

 このように莫大な利益も齎すものだったのだな……

 それにしても、このダイチ殿の知識はどこまで広がっているのだろう……)




「それではこれから、麦を強く育てて収穫量を増やすために大事な作業を行う。

 10歳以上15歳までの子供たちは前に出て来てくれ」


 300人ほどの子供たちが前に出て来た。


「よし、お前たちはあの麦畑に行って横一列に並んでゆっくりと歩き、麦の芽を踏んで来い」


「「「「 …………(え?)………… 」」」」


「強く踏んだり飛び跳ねたりするなよ。

 優しくそっと踏むんだぞ」


「あ、あの…… だ、ダイチさま……

 そ、そんなことしたら、せっかく芽を出した麦が枯れちまうんじゃ……」


「これは、『麦踏み』とか『踏圧』って言われる作業でな。

 根を強くして地面深いところまで行けるようにするだけでなく、株分けも促し、大きく育った時に麦が倒れにくくするために大事な作業なんだ。

 体重の軽い子供たちにして貰う仕事だな。

 これからも1月に1度、2か月の間は踏んでやるように」



「なぁ姉ちゃん、姉ちゃんは参加しない方がいいんじゃないか?

 姉ちゃんが踏んだりしたら、麦が本当に死んじゃうかもしれないぞ。

 姉ちゃんが踏んだ麦1列だけ全滅したら悲しいだろ」


 スパ――――ン!


「い、痛ぇな! なにすんだよ姉ちゃん!」


「こ、このバカ弟っ!

 な、なにもみんなの前でそんなこと言わなくっても!」


「えー、だって姉ちゃん麦粥食べ過ぎて胸膨らんじゃって、父ちゃんが買ってくれてたシャツを無理して着たら胸のボタンが飛んじゃって……

 涙目でボタン探してたじゃないか!」


(胸のボタンって……

 それ太ったって言うより発育なんじゃね?

 あ、男たちの視線が胸に集まってら。

 確かに歳の割にデカいわ……

 ボタンとボタンの間が広がって、おっぱいの麓が見えてるし)



「こ、このこのこの……」


「痛い痛い、痛いってば!」


「あはははは、まあ大丈夫だ。

 みんなゆっくり踏みながら歩いてみろ」


 因みにこの姉はさほどに太っていたわけではない。

 地球のJCやJKと比べたらむしろ痩せている方に分類されるだろう。

 アルスの農民は、常に食料が足りなかったせいで、それだけ痩せていたということであった……



「よーしそれでいいぞ。その調子だ!

 みんな1回は踏んだな。

 自分たちの村に帰ったら、同じように全部の麦の芽を踏むんだぞ」


「「「 はぁーい♪ 」」」



「それではみんな隣のジャガイモ畑に移動しろ。

 どうだ、ここでもジャガイモが芽を出してるだろ。

 植えた種芋1つにつき芽は何本出てるか数えてみろ」


「こ、これは5本出ていますな」

「こちらは4本です」


「よし、真ん中の大きな芽を2本だけ残して、周りの小さな芽は全部摘み取っていけ」


「「「「 …………(え?)………… 」」」」


「せ、せっかく出て来た芽を摘み取っちまうんですかい!」


「そうだ。

 5本もある芽をそのままにしておくと、小さな芋がたくさん生ることになる。

 芽の数を減らすと生る芋も減るが、その分芋が大きく育つんだ。

 食べられる量は同じだから、大きい方が売り物にもなるぞ」


(小さいジャガイモはソラニンの合有量が多くなるっていうこともあるんだが、それはまだ教えなくてもいいだろう)


「「「「 は、はい…… 」」」」


「それから、芽を摘んだら『土寄せ』をするんだ。

 土寄せというのは、芽の根元に周りの土を寄せて、葉の無い茎の部分を土で埋めてやることだ。

 今の芽の長さは10センチほどだが、根本が5センチほど埋まるように土を寄せろ。

 残った芽の長さが20センチになったときと30センチになったときも土寄せをするぞ。

 この棒は10センチと20センチと30センチの棒だから、各村に1本ずつ持って帰って土寄せの時期の参考にしろ」


「あの…… ダイチ殿、この作業にはどのような意味が……」


「まずは何と言っても、育った芋が土の上に出て日の光を浴びて毒を持つことを防ぐためだな。

 それから茎を支えてやって、茎が長く大きく育つことを助けてやるためでもある」


「な、なるほど……」


(ほんとは追肥の必要もあるんだが、ここにはマナが十分に出てるから必要無いだろうな……)



「それからみんな、特に強い風が吹いたり雨が降った後は、ちゃんと畑を見回るように。

 土が飛ばされたり流されたりしていたら、すぐにもう一度土寄せをしてやれ」


「「「「 は、はい……… 」」」」



 村人たちはもちろん、代官たちも商人たちも、そして王子も大地の知識に驚き、茫然と大地の顔を見ていたのであった……




 いやだから『スキル』のおかげだってば!




 因みに……

 あのボタン飛ばし姉は、毎日のように畑にやって来るようになった。

 そうして、自分が踏んだ列の麦たちに水をやり、「お願いだから元気に育って!」と涙目で話しかけているそうだ。

 元気の無い葉っぱを撫でながら「ごめんなさいごめんなさい……」と謝ってもいるらしい。



 その姿を見ていたシスくんが、それらの麦の根元に4倍のマナを湧かせてあげたために、その列だけは異様に大きく麦が育つことになる。

 なにしろ人の背丈を越すまでに成長するのだ。

 おかげでその娘は『麦姉ちゃん』と呼ばれて農民たちにモテまくるのである。

 数年後には、嫁に来てくれというオファーが殺到するだろう……





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