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*** 185 農民大移住 ***

 


「よし! お前たちよく言った!

 小麦の種や種芋は俺が全てタダで用意してやる!」


「「「 えっ…… 」」」


「その上で俺から提案がある。

 お前たち6つの村は、これからこのシュロスの村から南西方向に俺が作る村に移住して来い。

 そうすれば作物を植えたり世話をするために帰るのも楽だし、冬の間はこのシュロス村で炊き出しを喰うことも出来るだろう」


「で、ですが、新しい村といっても住むところもなく……」


「家は、この避難村にあるのと同じものを全て俺が作ってやる。

 もちろん畑も水路もだ。

 お前たちも俺の魔法の力は知っているだろう」


「で、ですが……」

「そこまでダイチさまに甘えてしまっていいものなのでしょうか」


「これはまだ秘密にしておいて欲しいんだが、俺は陛下と相談の上である計画を立てている。

 それはな、この国にある42の農村を豊かにしつつ、守りも固めたいということなんだ」


「守り…… ですかの……」


「考えてもみろ、お前たちは秋に作物を植えることを覚えた。

 さらに、この村の畑の面積は去年の倍になっている。

 ということは、来年の収穫は少なくとも4倍になるということなんだぞ。

 そんなことになってみろ。

 貴族領の村は税を4倍以上にされてしまうだろうに」


「「「 !!! 」」」


「それに、その作物を狙って盗賊も来るようになるだろう。

 さらにはこの国の石高が4倍になったということが知れ渡れば、この国を取り囲む4つの大国が間違いなく攻め込んで来る。


 なにしろこの国の2人の王子と王女は、3人ともそれぞれの母親の出身国を後ろ盾にしていて、王位を簒奪することを狙っているからな。

 仮に王位簒奪に成功しても、王子王女はすぐに暗殺されて、この国は周囲の4大国のどれかに支配されるのも知らずにだ。

 そして、場合によっては、その他の国がこの国を奪いにさらに戦争を仕掛けてくるだろう。


 この国の農民は、税を何倍にもされて飢え死にするまで搾り取られるか、兵隊に取られるか、奴隷として売られるかの未来しか待っていない。

 農民は、畑の収穫が不作であれば飢えに苦しみ、豊作であれば貴族に奪われ、大豊作であれば戦に踏みにじられてしまうんだ」


「「「 そ、そんな……… 」」」


「だから、俺と陛下はまずこの国の収穫を増やし、また周辺に飛び地になっている直轄領をまとめ、その周囲に難攻不落の防壁を築くことで国を守り、民を救おうとしている。

 そのために、こうして食料を提供して、農民と街民を一か所に集めたんだ」


「わ、わしらの村は貴族領だったのですが……」


「王家直轄領の中に点在する貴族領は、すべて王国周辺部に転封させた」


「!!!」


「したがって、いまや王城を中心とする半径18キロの範囲に貴族領は無い。

 全てが直轄領になっているので、俺はこの範囲を城壁で覆うつもりだ」


「そ、そんなことが出来るのですかの……」


「俺の魔法の力を忘れたのか?

 城壁を造るなど簡単なことだ」


「「「 …………… 」」」


「無理にとは言わない。

 だが遠方の村の者たちはよく考えて欲しい。

 今ではそこは直轄領ではなく、転封した貴族の領地になっているからな。

 現在、元中立派の貴族の一部を除いて、全ての貴族は王子か王女の陣営についている。

 奴らは民を税を搾り取る存在か、兵として招集して戦わせて死なせるための存在だとしか考えていないから、特に貴族領の村の村人は悲惨な目に遭うだろう」


「そ、そんな……」


「これから5日間は村人たちとよく相談しろ。

 もし移住に合意するならば、6つの村にはそれぞれ400反の畑と家と集会場を用意してやる。

 もちろん小麦の種とジャガイモの種芋もだ」


「「「「 ………… 」」」」




 その日の夕刻、6つの避難村に派遣していた指導員たちがシュロス村に集まって来た。

 どうやら、全ての村の住人から秋撒き小麦の種やジャガイモの種芋を売って欲しいと頼まれたようだ。

 大地は指導員たちに避難村の民に計画を説明することを許可し、併せて移住を勧誘すると共に5日間の猶予を与えることを指示したのである。

 指導員たちはすぐに避難村に戻り、民に大地の提案を伝えた。



 翌日午後、再びシュロス村に戻って来た13人の指導員と第3王子に加えて、大地は8人の代官とその配下の役人たちにも集会所に集合して貰った。

 村長や農民たちも希望者には集まってもらっている。



「さて、それではこれより5日間、農業と健康についての講義を行う。

 まず最初に、農作物を含めた植物は何故育っていくのかということを教える。

 植物も我々動物とおなじ生き物である以上、生きて育って行くのには水と栄養を必要としている。

 だが、植物と動物が決定的に違うのは、植物が『光合成』というものを行えることである。

『光合成』とは……」



「つまり、植物は或る程度暖かく、太陽の光と水があれば、冬でも成長出来るのだ。

 また、土が無くとも、水だけでも成長出来る。

 これを『水耕栽培』といい……」



「だが、やはり土には植物の成長に必要な各種養分が含まれており、土で育てた作物の方が大きく安定して成長する。

 それでは土に含まれている養分について説明しよう。

 それはまず窒素という成分であり……」



「つまり、畑で豆を育てると土の中の窒素が増えることから、豆を植えた後の畑では他の作物も良く育つということだ。

 それでは次に『連作障害』について説明しよう……」



「こうしたことから、同じ畑で同じ作物を連続して育てることは避けた方がいい。

 それでは次に土の中の養分を増やす方法について説明する。

 諸君には林の中の土を採取して貰ったが、冬に葉を落とす木は落葉樹と言って、この葉が土の中の微生物によって分解されると……」



「つまり、落葉樹は、葉を落とすことによって自らの養分を補給しているということになる。

 ということで、葉は腐ると植物にとっての養分になるのだ。

 村の皆には林で落ち葉を集めてもらい、これを土に埋めて貰ったが、あれは堆肥という肥料を作る試みである。

 それ以外にも、剥いた柿の皮も埋めてもらったが、これも……」



「また、畑の土に灰を混ぜ込んでもらったが、あれは植物の生育によって酸性に傾いた土壌にアルカリ成分を補給して中和してやるためのものである。

 酸性とアルカリ性とは……」



「それでは次に、我々ヒト族にとっての養分について説明する。

 我々が生きて行くのに必用なのは、三大栄養素と言われる炭水化物とタンパク質と脂質だが、これらが含まれている食物は……」



「ということで、皆には川沿いに菜の花の種を植えて貰ったが、その理由は菜の花の種から油を搾って、我々に必要な脂質を得ることであり……」



「また、水辺にはクレソンという作物の種も植えてもらったが、このクレソンは『野菜の王』と言われるほどに栄養素が豊富で……」



「ヒト族は三大栄養素以外にも必要としている養分がある。

 それはビタミンとミネラルというものであり、ビタミンとは……」



「つまり、この国に『貴族病』と『遠征病』が蔓延していた理由は、農民が不作の中でも税を払うために、野菜を作らずに小麦を作り始めたからであって……」




 こうして、大地は代官とその配下、加えて農業・健康指導員たちに、その持てる知識の全てを教授していったのである。

 全員がその圧倒的な知識量に顔を蒼ざめさせながらも聞き入っていた。


 この講義は、後日質問を交えながら同じ内容が繰り返され、役人や指導員たちの手によって1冊のノートに纏められることになる。

 大地はそれを地球に持ち帰って複写印刷し、全員に配布した。


 これこそがワイズ王国に、後の世には中央大陸全土に広がった『農業と健康のバイブル』と呼ばれる書物の元になったものであった……




 5日後。

 大地はシュロス村に6000人の避難民に集まってもらった。


 そうして彼らは、自分たちが種を植えた小麦畑を見て、全員が硬直したのである。



 シュロス村の避難民780人が種を撒き散らし、その後数日鳥追いをしていた畑には、ちょろちょろと貧弱な小麦の芽が生え始めていた。


 だが……

 灰を梳き込み、畝を作って種を埋めていった畑には、大きな芽が見事に生えそろっていたのである。

 その芽の数は、種を撒き散らした畑に比べて優に15倍から20倍はあった。


 この情景は、彼ら農民にとっては真に衝撃的なものだったのである。

 大地さまのご指導は正しかったのだ。



 この衝撃によって、農民たちの心の中の大地像が、『食料を炊き出ししてくれたり、仕事をくれた国の役人の偉いひと』という認識から『農業の神さま』に近いものに変った。

 このお方さまの言う通りにしていれば、本当に我らの収穫は倍になるかもしれないのだ。


 おかげで、これからも農業神さまのご指導を受けられるとして、移住を迷っていた農民たちも、ほぼすべてが移住を了承したのである。




 もちろん農民たちの中には違う考えを持つ者もいた。

 特に旧貴族領の村人たちは、やはり為政者の考え方に毒されていたようである。


(へっへっへ……

 この作物を冬でも育てられるっていう秘密を領主さまに教えたら、褒美をたんまりもらえるだろうな。

 もしかしたら、家臣に取り立ててもらえるかもしれねぇしよ♪)


 こうして何人かの男たちが夜陰に紛れて貴族領の村に帰って行ったのである。



(ダイチさま、如何致しましょうか。

 この者たちを転移させて牢に入れましょうか)


(いや、こいつらは罪を犯したわけではないからな。

 それに面白そうだから貴族家がどういう対応をするか見てみよう)


(畏まりました)



 男たちはまもなく辺境貴族領の男爵家に辿りついた。

 だがもちろんすぐに男爵本人に会えるはずも無い。


 貴族という生き物は、裸になれば平民と全く見分けがつかないという事実を本能的に恐れていて、派手な服装による差別化と尊敬を強要出来なければ不安に苛まれるのである。

 故に面談するためには、まず家令見習いや下っ端従士に取次ぎを願わなければならないのだ。



 或る者は。


「それでお前は領主さまに何を伝えたいというのだ」


「へっへっへ、なんせカネになる話ですんで、領主さまに直接お伝えさせて頂きたく……」


「この無礼者めっ!

 お前のような平民が直接領主さまにお会いしたいだと!

 おい、こいつを牢にブチ込め!

 従士長さまのご判断で、場合によっては不敬罪で処刑だ!」


「そ、そんな……」



 また或る者は。


「暫し待て、今従士長殿にお伝えする」


「へっへっへ、よろしくお願ぇしますだ」



「なんだと、村の収穫を倍増する方法があるだと」


「へい、確かにこの目で見やした」


「それではお前は村に戻って、その方法を使って作物を育てろ。

 来年の春に倍の税を納められたら領主さまに伝えてやる」


「えっ……

 で、でも、村の連中がみんないなくなっちまってるもんですから……」


「な、なんだと!

 農民共が逃散したと申すか!

 ええい、こやつを牢に入れろ!

 拷問して、農民共がどこに逃散したか吐かせるのだ!」


「はっ!」


「えっ……」


「農民共に逃散を許したとあっては、我ら従士隊も責任を問われかねんからな。

 厳しく詮議せよ!」


「そ、そんな……」



 また或る者は。


「なんだと、村の収穫を倍増させる方法があるだと!」


「へい、確かにこの目で見やした」


「よし、その方法を吐け。

 吐かなければお前の指を一本ずつ落として行く。

 領主さまへの報告は我らが行って、報奨を頂くとしよう」


「そ、そんな……」



(しかたないな。

 シス、こいつらを故郷の村に転移させてやってくれ。

 あとは自分で逃げてなんとかするだろう。

 のこのこ避難村に戻って来たら、また故郷に転移させろ)


(はい……)




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 残った全ての村人が移住に同意したため、大地は王城に転移した。


「宰相さん、陛下に頼んでおいた任命状は出来てるかな」


「はい、こちらに」


「それじゃあ一緒にシュロス村に転移してくれるか」


「畏まりました」





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