表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

184/410

*** 184 雑貨屋 ***

 


「さてみんな、風呂の沸かし方を教えよう。

 春から秋は川や水路で体を洗えばいいとして、冬は布に水をつけて体を拭くだけだろ。

 だけど、たまには湯を沸かしてそれに浸かっても気持ちいいぞ」


「なんか壁の向こうの風呂というところから、楽しそうな声が聞こえて来てますのう……」


「まあ、風呂は気持ち良くって楽しいからな。

 今日は俺が魔法で湯を沸かしたけど、俺がいなくても薪さえあれば湯は沸かせるから、これからその方法を教えてやる」


「魔法…… ですかの……」


「ん? 魔法も見てみたいか?」


「も、もしよろしければ……」


「それじゃあ少しやってみせようか。

『ファイアボールLv1』……


 大地の掌の上に直径10センチほどの火球が出た。


「「「「 !!!!! 」」」」」


「このファイアボールを湯に沈めるんだ」


 大地が小さな湯だまりに火球を沈めると、途端に湯が沸騰し始めた。


「「「 うわっちいーっ! 」」」


 壁の向こうの浴槽から叫び声が上がった。


「おーい、今湯を沸かしてるからなー。

 その柵の近くにはあまり近寄るなって言われてなかったかー」


「「「 す、すいやせん 」」」


「それじゃあ湯船をよくかき回してくれー」


「「「「 へぇーい 」」」」


「ここの湯だまりは、壁の向こうの湯船と繋がっているんだよ。

 だから、ここの湯を熱くすると中の湯も温まるんだ」


「だ、だけんどオラたち、魔法なんか使えないし……」


「だからな、メシを作ったりする竈に、こういう色をした石を入れておくんだ。

 そうして、石が十分焼けたら、この湯だまりに入れるんだよ。ほら」


(火成岩なら大丈夫だけど、堆積岩を火にくべて熱した後に急に水に入れたりすると割れることもあるし、ヘタすりゃ破裂して大怪我する奴が出るかもしれないからな。

 今度風呂用の焼き石を用意して村に配っておくか……)



 竈で焼いた石を木の棒で挟んで持ち上げて湯に入れると、大地のファイヤボールほどではないにせよ、周囲が沸騰して泡が出始めていた。


「まあ薪は確かに貴重かもしれないけど、冬の間に1回ぐらいはこうやって風呂を沸かして入ってもいいんじゃないか?」


「「「「 へ、へい…… 」」」」


「な、なあ旦那、これってあの大きな鍋で湯を沸かして風呂に運んじゃダメなのかな」


「あんな大きな鍋に煮立った湯を入れて運んでみろ。

 熱くて重くて大変だぞ。

 それに、途中で零したり落としたりしたら、運んでる奴は大やけどしてヘタすりゃ死ぬからな。

 絶対にするな」


「わ、わかった!」



「お、そろそろ最初の連中が風呂から上がるかな。

 それじゃあ給金を配って来ようか……」



 大地は風呂小屋の前にテーブルを出すと、銀貨1枚と銅貨が100枚入った袋を積み上げた。

 袋は地球で買った不織布製であり、硬貨はいずれも流通しているものではなく、南の海岸で採集した銀や銅やニッケルを使ってシスくんが作ったものである。

 商取引量の少ないアルスでは、この程度ではインフレは起きないだろうという判断によるものだった。


 風呂から上がって来た農民や街民たちは、綺麗な布に入ったピカピカの銀貨と銅貨を見て硬直している。

 村の皆で集まって嬉しそうにしているのは直轄領の住民たちだった。

 一方で貴族領の住民たちは、周りを見回しながら不安そうな様子である。


(そうか、直轄領の盗賊はもともと駆除されてたけど、貴族領には盗賊やら追剥やらがごろごろいたらしいからな。

 ときには領軍や貴族家の者までも盗賊まがいのことをしていたっていうし。

 やはり治安は大事だったんだなぁ……)


 その日は皆、大地に礼を言いながら、大事そうに袋を抱えて6つの避難村に帰って行ったのである。



 大地は風呂の湯にクリーンの魔法をかけ、王子や代官たちと一緒に湯に浸かった。

 王子は、小さいころから侍女や侍従に体を拭いて貰っていたために、人前で裸になることに抵抗は無いようだったが、指導員たちは最初かなり戸惑っていたようだ。


 だが、王子も含めて皆このような贅沢をしたことは無かったために、その心地よさに驚き、すぐにそんなことは気にしなくなった。

 まあ、一番驚いたのは服を脱いだ大地のバッキバキの体だったようだが。


(今度王城にも風呂を作ってやるかな……)




 翌日は、朝から6つの避難村にある大きな集会所で雑貨屋が店を開いた。

 店員は6つの大手商会から派遣されて来ていたが、念のためブリュンハルト商会の護衛たちも5人ずつ配置されている。

 大地もシュロス村の集会所の様子を見に行ってみた。



 村人たちは集会所に入ったところで固まっていた。

 光の魔道具で明るく照らされた店内は色彩の洪水である。

 それらは見たことも聞いたことも無い商品の色であり、自然界の色しか見たことの無い農民や街民たちにとっては驚天動地の衝撃だったのである。


 皆、たっぷり30分ほども硬直した末に、ようやくふらふらと商品に近づいていった。


「「 いらっしゃいませ 」」


 数々の商品を見本として身に着けた店員たちがにこやかに客を迎える。

 その声を聞いてびくっとまた硬直する者が多いのは笑えた。


 ここでも客たちは商品に手を触れなかった。

 ただ息を詰めて顔を近づけて見ているのみである。



 因みに……

 店にある商品を買う気も無いのに手に取って触りたがるのは、世界でも珍しい日本人の特性である。

 特に老人は、スーパーで陳列されているパック入りの肉をブニブニと指を押し付けて触り、やはり袋入りのうどんまでもグニグニと捏ねて行く。

 もちろん服も、目についたものはすべて手で触って手油で汚して行く。

 なんとも謎な行動である。


 彼らには肉やうどんのよしあしがビニール越しに触って分かるのだろうか?

 中には箱を開けて中の菓子をブチブチと触る者もいるそうだ。


 もしこれを欧米各国の商店で行えば、たちまち店員に注意されるか警備員が飛んできて摘み出されるだろう。

 世界でもほぼ日本人だけが行う異常行動である。



 ワイズ王国の農民街民たちも、常識に従って誰も商品に触らなかった。

 いや、常識と言うよりも、怖くて触れなかったのだろう。

 中にはいったん外に出て深呼吸してから店に入り直す者もいたほどである。


 その緊張感は店員に伝染し、笑顔が強張っていた。



 そんな中で、8歳ぐらいの女の子がひとりとてとてと出て来た。


「ねえおねえさん、おねえさんが手にはめているものはなぁに?」


「これは『てぶくろ』といって、冬に外に出たりするときに嵌めていると暖かいものなのよ」


「あたたかいの?」


「ええ。

 ここに見本があるから、よかったら試してみない?」


「うん♪

 うわぁー、ほんとうにあったかい……

 ねえ、これ、どうか10まいでかえるの?」


「ええ買えるわよ」


「あたし、10までかぞえられないから、おねえさんいっしょにかぞえてくれる?」


「ええ、もちろん」


「いーち、にー、さーん……じゅう」


「はい、銅貨10枚確かに頂きました♪」


「うわー、まだどうかがこんなにのこってるー。

 ねえねえ、そのきれいな布はなぁに?」


「これは『たおる』っていって、濡れた手や汗を拭く物なの」


「さわってもいい?」


「ええ、そこにあるものは見本だから触ってもいいわよ」


「うわー、やわらかーい♪

 ねえ、これもどうか10枚なの?」


「そうよ」


「それじゃあこれも売ってくださいな。

 あのね、このお金ってね、お日さまが10回上がって来る間、柿の実をはこんだり、はたけの穴にこむぎのたねを入れたりして働いたら、ダイチさまがごほうびにくださったんだよ♡」


「そう、よかったわね♡」


「うん♪」



 女の子はまたとてとてと村人たちのところに戻って行った。


「はいお母ちゃん、これあげる♪

 お母ちゃん、いつもふゆは手がさむいっていってたでしょ。

 この『てぶくろ』をしてたらきっとあったかいよ♪


 それからお父ちゃんにはこの『たおる』をあげる。

 おとうちゃん、いつもはたけではたらいて、あせをたくさんかいてるから、これでふいてね♪」


 母親と父親の涙腺が決壊した。

 号泣の声も聞こえて来ている。


 その女の子は両親に帽子とマフラーを買って貰い、親子3人は嬉しそうに店から出て行った。


 すぐに子供たちが大勢店員のところにやって来て、皆思い思いに防寒用品を買い、笑顔で親にプレゼントしていた。

 店内には大人たちの号泣が響き渡っている。


 そんな中、7歳ぐらいの男の子が5歳ぐらいの女の子の手を引いて、店員のところにやってきた。

 そうして、妹のために、手袋とマフラーを買ってやろうとしたのである。


 袋を開けて銅貨を取り出そうとした男の子を、その村の村長が手で制した。

 そうして、自分の袋から銅貨を取り出して店員に渡したのである。

 その男の子には別の男がやはり手袋とマフラーを買ってあげていた。


「「 そんちょうさん、グルカおじさん、ありがとう! 」」


 幼い兄弟の声が店内に響いた。

 どうやらその子たちはどの村にもいる孤児だったらしい。


 他の村人たちも先を争って孤児たちに防寒着を買い与えていた。

 店員たちや護衛たちの涙腺も決壊している。


(こんな奴らもいたんだな……

 よし、こいつらは2度と餓えないようにしてやろうか……

 シス、全ての村の畑もマナは倍出るようにしてやってくれ)


(畏まりました)




 大地の予想に反し、村人たちが使った金は1人平均銅貨30枚ほどだった。

 だが、これは店員たちにとっては予想通りだったのである。

 店員たちは、一度でも飢えを経験したことのある者は、カネでも食料でも全て使ってしまうことに本能的な恐怖を覚えることを知っていたのだ。



 買い物を終えた村人たちは、外のテーブルについて笑顔で自分が買ったものを見せあっていた。

 なにやら相談を始めた男たちもいる。


 そうして……


 昼過ぎには、6つの村の村長と村の有力者たちが相次いで大地のところにやってきた。


「ダイチさま、このたびは本当にありがとうございましたじゃ……

 我らに仕事を与えて下さっただけでなく、あのように素晴らしい品々まで用意して頂いて……」


「それに、我らにあのようにたくさんの食事を振舞って頂いて、お礼の言葉もございません」


「いやまああれは国王陛下の思し召しだからな」


「ですが、悪魔の芋があのように旨い食べ物だったり、小麦の種が秋にも撒けるものだと教えてくださったり……」


「そ、それでですの。

 村の者たちや街の者たちとも相談しましての。

 大人たちが金を出し合いましたのですじゃ」


「どうかその金で、秋撒き小麦の種やじゃがいもの種芋を売って頂けませんでしょうか。

 我らはこれより村に帰って、それらの種や種芋を村の畑に植えてみたいのです……」


「よし! お前たちよく言った!

 小麦の種や種芋は俺が全てタダで用意してやる!」


「「「 えっ…… 」」」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ