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*** 183 悪魔の芋 ***

 


「それではアリウル直轄領の村に避難している諸君。

 皆で隣の畑に同じように種を植えてみろ。

 灰を撒いてよく土と混ぜて、畝を作って穴を開けて種を埋めて水をやるんだ。

 指導員たちはよく指導してやれ。

 さあ、始めろ」


 700人の村人たちが動き始めた。

 ときどき隣の畑の見本を見ながら作業を続けていく。

 畝はやや歪んでいたが、ときおり指導員たちに教わりながら種を植えていった。


「よし、それでは、残り4つの直轄領の皆も、それぞれ1反の畑に分かれて種を植えてみろ。

 これは大事な作業だから全員が行うぞ」



 さすがに1反の畑に700人近くもの人手があれば作業はすぐに終わる。


「どうだお前たち、一見やることが多くて複雑な作業に見えるが、ああして1日中鳥を追い払っているよりも、遥かに楽だろう」


 その場の全員がシュロス村の連中を見た。

 皆が毎年種蒔きのときにやっている鳥追いをまだ続けている。

 しかもあの鳥追いは、種が芽を出して土に根を張るまで毎日続けなければならないものだった。


 だが、今自分たちが種を撒いた畑には、鳥が全くいない。

 たまに数羽飛んで来るものの、地面に種が無いのを見て、すぐにどこかに行ってしまうのだ。


 村人は皆、なんでこんな簡単なことに気が付かなかったのかと項垂れていた。



「それでは次の作業の説明に入る。

 シュロスの連中以外は全員村の広場に戻れ」



 広場のテーブルの上にはジャガイモがいくつか乗っていた。

 収穫祭でジャガイモ料理は振舞っても、大地は敢えてジャガイモそのものの姿は見せていなかったのである。


「次の畑にはこれを植えるぞ」


「えっ……」

「そ、それってまさか……」

「あ、悪魔の芋……」


「そうだな、どうやらお前たちはこの芋を『悪魔の芋』とか言って毛嫌いしているらしいな」


「あ、悪魔の芋なんか食べたら、むちゃくちゃ腹が痛くなって、酷いときには死んじまうって……」


「葉にもツルにも実にも全部毒が含まれているから、どんなに餓えているときでも絶対に食べちゃなんねぇって……」


「だからもし見つけたら、引っこ抜いて川に捨てて来いって……」


「誰がそう言ったんだ?」


「そ、それは村長や長老たちが……」


「村長、それは誰から聞いたんだ?」


「そ、それはもちろん先代の村長だった親父殿や長老たちからで……」


「ふう、お前たちは父親や長老が言ったことは全て信じるんだな。

 なんで疑ってみなかったんだ?」


「そ、そんな…… 村長や長老の言うことを疑うなんて……」


「それにオラたち頭も悪いし……」


「いいや、お前たちは頭が悪いんじゃない。

 頭を全く使って来なかっただけだ」


「「「「「 ……… 」」」」」


「お前たちは収穫祭で、コロッケも、ジャガイモのガレットも、ポテチも、ポテトフライも、ポテトサラダも、どれも旨い旨いと言って大量に食べていたろうに。

 あの場にいた宰相閣下も旨そうに食べていただろうに。


 この中で腹が痛くなった者はいたか?

 それで死んだ者はいたのか?」


「そ、それって、ま、まさか……」


「そうだ、あれらはすべてこのジャガイモ、お前たちが『悪魔の芋』と呼んでいた芋を使って作った料理だったんだぞ」


「「「「「 えええぇぇぇ―――っ!! 」」」」」



「それでは説明しよう。

 このジャガイモの葉や茎や小さな果実には確かにソラニンという名の毒が含まれている。

 それから、芋が日に当たって緑色になった部分や、芋から発芽した芽にも毒が含まれる。

 僅かながら皮にもな。


 だから調理する前には皮を剥くんだが、念のため皮を剥いたジャガイモはもう一度水で洗った方がいいんだ。

 だが、芋自体には毒は無い。

 それどころか、芋には多くの栄養が含まれていて、腹にも溜まるんだ。

 喰っても旨かったろ」


「「「「「 ……………… 」」」」」



「この中で『遠征病』にかかっていた者はいるか」


 半分近くの者が手を挙げた。


「それでは今も『遠征病』の症状があるものはいるか」


 誰も手を挙げなかった。


「そう、しかもこのジャガイモの中には『遠征病』の特効薬が含まれているんだよ」


「「「「「 !!!!!! 」」」」」


「だからお前たちの『遠征病』が治っているんだ。

 お前たちの先祖の中には、このジャガイモを食べてみた奴もいたんだろう。

 そうして、実や葉や茎を食べ、芋の芽や緑色になった芋を食べて、それで酷く腹を壊したんだ。

 それで訳も分からずに、『この芋は悪魔が毒を入れた芋だから食べてはイカン!』って言い出したわけだな。


 その子孫で『遠征病』で亡くなったひとがいたとしたら、痛ましいとしか言いようが無い。

 祖先の思い込みとカン違いで、子や孫が飢えたり『遠征病』で死んでしまったのだから」


「そ、そんな……」


「で、でもよ旦那……

 確かにその芋は旨かったし『遠征病』にも効果があるかもしれないけんどよ。

 税として納めるための麦を作る畑で芋を作っても……」


「このジャガイモは、今植えて冬の終わりまでには収穫出来る」


「「「「 えっ…… 」」」


「だから、その畑では春になったらジャガイモを収穫した後に小麦を植えればいい」


「「「「 !!! 」」」」


「さらに、国王陛下の思し召しで、来年からはこのジャガイモも小麦の代わりに半分までは税として納められるようになっている」


「「「「 !!!!!!! 」」」」


「ということはだ。

 さっき撒いた小麦と、今から植えるこのジャガイモが春に収穫出来たら、お前たちの納税分はそれですべて終わるだろう。

 その後に育てた麦や芋は全部お前たちのものだ」


「な、なんだって……」


「実際には、春に半分納税して、半分はお前たちが食べればいいだろうな。

 そうすれば来年の秋の収穫までに餓えることも無いだろう」


「っていうことは……

 俺たちが今まで飢えていたのは、秋に撒ける麦があることを知らず、悪魔の芋が実際には食べられることを知らなかったせいだっていうのか……」


「その通りだ、よくわかったな。

 つまり、お前たちが飢えていた原因は、お前たちの先祖がものを知らなかったせいであり、その無知な先祖の言うことを何も考えずに信じ込んで来たお前たちのせいだ」


「お、おらたちやご先祖さまが間抜けだったせいでおらたちは飢えていたって言うんか……」


「その通りだ」


「「「「「 …………………… 」」」」」


「それではこのジャガイモの畑の作り方と植え方と教えよう。

 よく聞いて覚えるように」



 その後は6つの直轄領の村に避難して来ている村人たちが、6反の畑にジャガイモを植えていった。

 皆、簡単な作業だったにも関わらず、妙に口数が少なかったようだ……



(このダイチ殿という人は、本当に凄い人だ。

 わたしと2歳ほどしか歳も違わないというのに……

 あれほどまでの強者であるだけでなく、伝説の大賢者をも凌ぐ知識を持っているのか……

 いったいどのような生を送って来たというのだ。


 それにしても、もしダイチ殿の言う通りになれば、この国の石高が倍に、いや何倍にもなるぞ……

 知識というものは、国を救うほどに大事なものだったのだな……)




 いや違うからね王子くん。

 強いのはダンジョンのおかげで、知識も『農業スキル』のおかげだから。




 翌日、大地は朝から鳥追いを続けるシュロス村の面々をおいて、残りの5000人と付近を流れる小川に向かった。

 まあ、シュロスの連中は後で指導員たちから詳しく教えてもらえるだろう。


 大地は、皆に川沿いに生えていた草を毟らせ、その場に地球から持ち込んだクレソンの種を植えさせたのである。

 土手沿いには菜の花の種も植えさせた。

 さすがに畝は作らせなかっただけあって、この作業もすぐに終わっている。


 毟った草は籠に入れて村に持ち帰り、大きな穴を掘って埋めさせた。

 農民たちにはまるで意味の分からない初めての行動だったが、皆文句も言わずに従っている。


 午後からはあの柿を採った丘の近くに行き、林の中の落ち葉を集めさせた。

 更には木鍬で林の腐葉土も集めさせて、籠に入れて持ち帰らせている。


「おーい、そんなに深く穴を掘らなくてもいいからな。

 地面の表面5センチほどの土でいいから、広く浅く集めて籠に入れろ」



 落ち葉の入った軽い籠は女性や子供に担がせ、腐葉土の入った重い籠は男たちに運ばせた。

 そうして、落ち葉もまた畑の横に大きな穴を掘って埋めさせたのである。


(来年の春の小麦の種蒔きまでに、いい堆肥になってくれてたらいいな……)



 翌日は、シュロス領の村の残り394反の畑全てに麦とジャガイモを植えさせた。

 もちろん、畑の土には林の腐葉土も梳き込ませている。


 394反もの畑と言っても、農民と街民たちはシュロス村の避難民を除いても5000人近くいる。

 1反当たり10人以上で作業出来るし、最も重労働である耕運は既にシスくんが終わらせているので、それほどの労働量でもなかった。

 女性の一部には、村で撞木の落ちた柿のウオッカ醂しの作業をして貰っている。




 大地が6000人の避難民を雇って8日目。


 この日の午前中は、残り5つの避難村にほど近い小川の縁にクレソンを植えさせ、林の落ち葉と腐葉土を採取させて各避難村に運ばせた。


 午後は5つの避難村に戻らせ、それぞれ100反ずつの畑に麦の種とジャガイモを植えさせている。

 その間、植え付けの指導は指導員たちに任せ、大地はシュロスの村にいた。



「シス、この空き地に一度に100人ほどが入れる風呂を2つ作ってくれ。

 男湯と女湯だな。

 両方に脱衣所とクリーンの魔道具を置いた部屋と、乾燥の魔道具を置いた部屋も頼むわ」


(湯を沸かす施設はどう致しましょうか)


「そうだな、見本として湯船に繋がった湯沸かし場を作っておいてくれるか。

 実際には俺が水にファイアーボールを打ち込んで湯を沸かすから」


(はい)



 9日目は、5つの避難村の残り200反ずつの畑に作付けをさせた。

 最終日の10日目には、午前中に残りの100反の作付けを済ませてから、昼には全員がシュロスの村に集まるように伝えてある。


 そして最終日10日目の昼。


「よーしみんな、作業お疲れさん。

 これより村ごとに分かれて風呂に入れ」


「「「「 風呂? 」」」」


「そうだ、風呂だ。

 いいか、各村ごとに風呂に入るが、まずはこのクリーンの魔道具の置いてある部屋に入るんだ。

 指導員諸君、ひとりこの部屋にいて、村人たちが全員入ったらこの白い石に触れろ。

 そうすると体や服が綺麗になるから、その後は男女別に分かれて脱衣所に入れ。

 そこで服を脱いでから湯に浸かるんだ」


「「「「 ……(???)…… 」」」」


「いいから言われた通りにしろ。

 女湯の脱衣所と湯船には指導員はいないが、頭の中に聞こえて来る声に従え。

 湯の中で温まったら、それぞれ乾燥の魔道具が置いてある部屋に入って体を乾かし、それから服を着て出て来い。

 出て来た者たちに順番に給金を渡す」


「あ、あの……

 旦那…… これはどんな仕事なんで……」


「はは、これは仕事ではないぞ、

 10日間頑張って働いたお前たちへの褒美だ」


「「「「「 …………… 」」」」」


「さあ、順番に風呂に入って来い。

 順番待ちの村の者は風呂の裏手に来てくれ」



 村人たちは順に魔道具の部屋に入り、脱衣所で服を脱いで湯船に入っていった。

 途端に大きな歓声や悲鳴が聞こえている。


 まあ無理も無かろう。

 この時代のアルスでは、王侯貴族ですら滅多に湯に浸かることなどしていなかったのである。

 鉄製の道具が無いということは、木を切るのもたいへんな作業であり、それだけ薪が貴重だったということだった。


(そのうちになんとか武器として使えないような鉄製品を普及させてやりたいもんだな……

 その前にまず鉄鉱石を見つけて木炭の作り方を教えてやって、耐火煉瓦や炉の作り方も教えてやらなきゃなんないのか……

 ひょっとしたら石炭も発見してコークスの作り方も高炉の建造も教えてやって。

 先は長いなぁ……


 まあ、今は俺が薪を供給してやるか。

 なんせ大森林を切り開いて畑を作ったおかげで、薪だけは山ほどあるもんな……)





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