*** 181 服の仕立て注文 ***
会頭の内の1人が口を開いた。
「あの…… 商品の数はどれほどあるのでしょうか……」
「ここにあるものは1万点ほどで、別の倉庫にはあと9万点ほどある」
「「「「 !!!!! 」」」」
「その在庫が半分になったら、その度に在庫を補充しよう。
5日ほどの日数を要するが、限度は無い。
つまり、在庫は無限に補充する」
「「「「 !!!!!!!! 」」」」
「そうそう、売るときはどの商品にも値段を表示して貰おうか。
その値段からは一切値引きをしないでくれ。
もし貴族が値引きを強要して来たら、この値は『王命』であり、どうしても値引きをして欲しければ国王陛下に直接交渉するようにと言えばいい。
あ、この宰相さんだけにはどれも銀貨1枚で売ってあげてくれるか。
俺も世話になってるもんでな」
「そ、そのようなこと……」
「その代わりこれからもよろしく頼むよ」
「はい……」
「あの……ダイチさま。
その商会の会頭は如何いたしましょうか」
「そうだな、取り敢えず会頭はこちらのアイシリアス王子にお願いしようか。
ここにいる6人の会頭さんたちには、全員副会頭になってもらい、王子殿下に商取引のことを教えてやって欲しい。
どうだ、この条件で取引してくれるか」
6人の会頭たちがお互いを見た。
そうして、全員が力強く頷いたのである……
「皆は続けて商品を見聞してくれて構わないが、サリニコフ会頭だけは別室に来てくれるか。
服を注文したいんだ」
「畏まりました」
「ちょうどよかった、わたしも参加して構わないだろうか」
「陛下も服を仕立てるのかな」
「わたしも仕立てるが、息子と娘に服を作ってやりたくてな。
これだけの品をお持ちのダイチ殿だ。
生地もさぞかし良いものをお持ちだろう」
「そうか、それなら3人と宰相さんの分の服の生地も、俺が特別献上させてもらうよ」
「それはそれは…… よろしいのかな?」
「この国にはこれからも世話になるだろうからな」
「はは、世話になっておるのはこの国の方だろうに」
「ははは、まあお互い様だよ」
6人の会頭たちがまた顔を見合わせていた……
国王陛下にここまで言わせる男がいたとは……
サリニコフ会頭の長男オルシェはまた白目になっている。
「そうそう侍女さんたち。
今日はどうもありがとう。
御礼に今身に着けているものは、全部差し上げるよ」
「「「 !!!!! 」」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大地と国王一行は国王執務室に移動した。
もちろんサリニコフ会頭とその長男も一緒である。
陛下が皆に着席を促した
「皆座ってくれ。
もちろんサリニコフたちもな」
侍女が人数分の茶を運んで来た。
「どうぞ、冷めないうちに飲んでもらいたい」
大地は紅茶を一口頂いた後切り出した。
「陛下、俺からの提案なんだが、このサリニコフ会頭さんを、『宮廷服飾士』として正式に認定したらどうだろうか。
この人は完全に天才だ。
服飾に於いてはどう見ても1000年先を行っている」
「ダイチ殿にそこまで言わせるとはすごいな。
サリニコフよ、そなたを『宮廷服飾士』として任命したいが受けてくれるかな」
「み、身に余る光栄でございます、陛下……」
「おめでとうサリニコフ会頭。
それでは貴殿に見てもらいたいものがある。
まずはこれだ」
大地は地球の書店で購入した本を5冊ほど取り出した。
「これは俺の母国の本で、題名は『男性の正装』という意味だ。
字は分からないだろうが、服飾にはあまり字は必要無いだろうから気にしないでくれ」
「こっ、こここ、これはっ……」
「どうだい綺麗な絵だろ。色も付いてるし。
これは写真というもので、見たものをそのまま写し取る魔道具みたいなもので撮ったものだ」
「な、なんという……」
「まだまだあるぞ。
こちらは男性の準正装だな。
こちらはそれよりもやや普段着に近いものだ。
これは軍服だが、第1種礼装と言って、戦うときの服ではなく軍人が公式行事の時に着る服だな。
これは、その礼装軍服の歴史だ。
俺の母国やその周囲の国の物の中でも、500年ほど前から最近までのものになる」
「す、素晴らしい……
なんと素晴らしい……」
「それからこちらは女性用のドレスだ。
これも俺の母国で500年前からつい最近までに作られたドレスの写真だ」
「!!!!」
「どうだい陛下、息子さんや娘さんにこんな服を作ってあげたらどうかな」
「やはりダイチ殿の母国では、このような素晴らしい服が作られていたのですな……」
「俺としては、王子にはこの正装軍服、王女にはこのシンプルだけど流麗なデザインのドレスがいいんじゃないかと思うんだ。
2人にこの本を何冊か見せて、希望を聞いてみたらどうだろうか」
「そうだの。
どうだアイシリアス、来年の春のそなたの成人の儀に相応しい礼装だとは思わんか。
エルメリアもすっかり元気になったし、同じ時期に2人の成人の儀とデビュタントパーティーを行おうではないか」
「あれ? 2人は双子だったのかい?」
「いや2人の母親は別なのだ。
どちらも妾妃だったのだがの。
もう2人ともとうに亡くなっておるが、あの者たちにもこのような素晴らしい服を着た王子と王女の晴れ姿を見せてやりたかったものよの……」
「そうだったのか……
来年の春までには時間はたっぷりあるから、ゆっくり考えて2、3着作ってもいいかもしれないな」
「で、ですがダイチさま、このような布地は……」
「いや大丈夫だ。
これは俺の母国で手に入る布地の見本帳だ。
どれでも気に入ったものがあれば俺が生地を調達して来る」
大地が取り出したそれは、よくある10センチ四方ほどの生地の切れ端を集めたものではなく、ひとつの生地につき30センチ×40センチほどの大きさの布を貼ったプロ向けの本格的なものだった。
「こっ、こここ、これはぁっ!」
「こちらは綿生地だな。
こちらの本には羊毛を素材にした生地を貼ってある。
これはサテンという生地だ。
薄い生地だが色が綺麗なものが多いんで持って来たんだ。
そしてこれは絹という生地だ。
光沢があって滑らかで綺麗だろ。
エルメリア王女のドレスはこの絹で作ればいいんじゃないかな」
「なんという…… なんという素晴らしい生地なのでしょうか……
こ、このような生地を使わせて頂けるのですか?」
「もちろんだ。
どの生地を選んでも俺が母国から調達して来るから、好きな生地を選べるぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「さらにこれは縫製セットだ。
各種各色の糸や針が大量に入っている」
「こ、これは……」
「それは鋏だな。
布地を切るときに便利だぞ」
「なんという……」
テーブルの上には服の写真集が50冊ほど、生地の見本帳が100冊近く置かれている。
「なあアイシリアス王子、自分用に5冊ほどとエルメリア姫にも5冊ほど取り分けてくれないか。
それを見ながらどんな服がいいか考えてみてくれ」
「あ、ありがとうございます……」
王子が10冊の本を選び始めた。
「それでは会頭さん、残りの本は俺が後で店に届けよう。
あの服見本が置いてある部屋に少しスペースを作っておいてくれ」
「はい、仰せの通りに……」
「それからな、会頭さんも息子さんも、これから話すことは誰にも口外しないで欲しいんだが、実は俺はここアルスで生まれたのではなく、別の世界の住人なんだよ」
「それは、この大陸のお生まれではないということなのでしょうか……」
「いや違う。
俺の母国は地球という星にあって、アルスとは完全に違う世界なんだ」
「なんと……」
「その地球にもヒト族はたくさんいるんだがな、どうも俺の見たところ地球の文明や文化は、少なくともアルスより1000年から1500年は進んでいるようなんだ」
「…………」
「勘違いしないでくれ。
それはアルスが劣っているとか地球が優れているとかいうことではない。
単に星が生まれたりヒト族が発生したのがアルスは遅かったということなんだ。
そして俺は地球とアルスを自由に行き来出来るんだ。
つまり、さっきの商品やここにある本は、全て俺が地球で買って持ち込んで来たものなんだよ」
「そ、そうだったのですか……」
「それでな、俺は服のデザインに関してはそう詳しくないんだが、会頭さんのデザインは今の地球のものに比べても遜色がないんだ。
つまり会頭さんのデザインは1000年から1500年近く時代を先取りしたものだったんだよ」
サリニコフ会頭の目から涙が零れ始めた。
(とうとう私の考えた服を認めて下さる方が現れたか……
それもこのような大人物に認められて……
いままで誰にも理解してもらえないながらも、少しずつこつこつと絵を描いて服を作り続けて来た甲斐があったのだの……)
王子が本を選び終わったため、大地は残った大量の本と生地見本を収納した。
「それでだな、これからも会頭さんには服作りはもちろん、あのデザイン画を描くことも続けてもらいたいんだ。
そのために、地球のデザイン画集も持って来たんで参考にして欲しい。
テーブルの上に50冊ほどの画集が現れた。
「それからデザイン画を描くための紙も用意させてもらった」
やはりテーブルの上に、A3版のケント紙帳や画用紙帳が山積みになった。
「それからこれは色付きの絵を描くための道具だ。
これは鉛筆と鉛筆削り。
この鉛筆で描いた線は、この消しゴムで消すことが出来る。
それから、こちらが水彩絵の具と筆だ。
絵具は少し水で薄めると伸びが良くなるし、筆は使い終わったら水で洗ってくれ。
こちらは同じ絵具だが、アクリル絵の具と言って鮮やかな色を出せるものだ。
そうして、これはアルコールマーカーペンというもので、羽ペンと同じような使い方が出来る。
まあインクをつける必要は無いが」
テーブルの上には36色の大型水彩絵の具セット、やはり36色の大型チューブに入ったアクリル絵の具セットと大量の筆やパレット、そして48色のアルコールマーカーセットが並んだ。
「これらの色付け用画材は、後で10セットずつ届けよう。
足りなくなったら言ってくれ。
いくらでも補充する」
サリニコフ会頭の手が震え始めている。
あまりのことに言葉も出ないようだ。
「それでな、会頭さんが描いたデザイン画や製作した服は、いくつか王宮に納めて欲しいんだ。
『保存の魔道具』を設置した部屋を用意して貰うから、そこで永久に保存しておきたいんだよ。
構わないかな」
「わたくしごときの描いたものや製作したものでよろしければ……」
「それじゃあ頼んだぞ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【サリニコフ・ルイジアン (470~560)】
中世ワイズ王国期の服飾デザイナー、後に画家。
当時のワイズ王国に於いて初の宮廷服飾士となり、数々のデザイン画と服を後世に残す。
その作品の多くは現在でも旧ワイズ王国王城博物館で見ることが出来る。
当時アルス中央大陸で活動を始めた伝説のダンジョンマスター・ダイチの支援を受け、その天才的なセンスをさらに開花させた。
ワイズ王国をその農業技術、料理技術と共に大陸の服飾技術に於けるリーダーとしての地位に押し上げた中心的人物。
その功績により、後に王家より法衣伯爵位と家名を賜る。
現在でも毎年開催されているワイズ・コレクションの第1回ショーを開催した人物でもあり、後の世に天才デザイナーや画家を輩出したルイジアン一族の始祖とされる人物。
晩年には服飾デザインと制作を多くの孫や弟子たちに任せ、本人は絵画制作にのめり込んだ。
多くの天才的な作品を残し、別名はアルスのミケランジェロ、もしくはアルスのレオナルド・ダ・ビンチ。
その息子オルシェはデザインセンスこそ無かったが、マスター・大地が齎した綿花から近代的な綿布を織ることに成功した。
後にワイズ王国の特産品となる絹織物のために、最初に養蚕を始めた人物でもある。
尚、その通称『白目のオルシェ』の語源は諸説あってはっきりしない。
(『ワイズ共和国1500年史』より抜粋)