*** 179 新商品披露 ***
「待ちなさいオルシェ」
店の奥に座っていた40歳ほどの男から声がかかった。
「と、父さん、い、いや会頭……」
「当店の店員が誠に失礼致しました。
どうかお許しくださいませ。
それでお客様は、王族さま貴族さま向けの服をご覧になられたいということでよろしかったでしょうか」
「そうだ、どんなデザインがあってどんな生地が使われているのか知りたい」
「でざいん…… でございますか?」
「そうだ、デザインとは色、形、組み合わせなどによって人が作った意匠のことだ。
例えば平民服と貴族服は生地は同じでもデザインが違う、という」
「なるほど。それではどうぞこちらへ」
案内された別室には、木で作られたトルソーやハンガーにさまざまな服が飾られていた。
(ほう、テーブルの上には紙に描かれたデザイン画があるじゃないか。
早速俺が卸した紙を使って描いたんだな。
でも全部ボールペンや羽ペンを使って描いたのか……)
大地は見本の服をざっと見てみた。
(うーん、デザインも縫製も確りしているが……
いかんせん生地がひどいね)
(そうだにゃあ、にゃんか古着みたいにくすんだ色にゃね)
その場に飾られている服は羊毛や綿を使って作られていたが、なにしろどれも生地の目が粗かった。
しかも、触らずともわかるほどにゴワゴワである。
色も黄ばんだ白か灰色か黒しかないようだ。
ただ、いかにも貴族用らしく、襟もポケットもボタン類も装飾過多でハデではあったが。
男性用のシャツの胸元には、シャツの生地の半分ぐらいの量の布地を使ったゴテゴテの飾りがついていた。
地球でも中世の絵画でよく見かけるあのデカい襞襟もある。
ただ、そのシャツの隣には、目立たないように普通の襟のついたシャツも置いてあったのだ。
「女性用のドレスはあるかな」
「こちらでございます……」
案内された隣の部屋には、女性用のドレスが飾ってあった。
ほとんどは、地球では博物館でしかお目にかかれないような古典的でハデなデザインのものである。
もっとも生地の色はやはりくすんだ白か黒か灰色しか無かったが。
(やはり生地の質は悪いな。
しかも染色技術も漂白技術も進んでいないのか、色も使って無いし……
この白い布なんかも完全に生成りのものだしな。
ただ、こちらの部屋にも隅に目立たないように相当に現代的なデザインのものが置いてあるか。
そうか、王族貴族向けの在り来たりでハデな物の中に、自分独自のデザインの物を紛れ込ませているんだ……)
(にゃんかハデにゃらそれでいいっていう服の間に、ところどころ現代的にゃ服があるんにゃね)
(こ、この男、わたしのオリジナル物の方をよく見ている……
ひょっとしたら、遂にわたしの意匠を理解してくれる者が現れたのかもしらん……)
「会頭さん、よかったらデザイン帳を見せてもらえるかな」
「こちらでございます」
ソファに座った大地の前に、商品カタログのような帳面が出て来た。
大地はそれをぱらぱらとめくる。
「いや、こんないかにも貴族が喜びそうな装飾過多のものではなく、会頭さんが考案したオリジナル物のデザイン帳を見せて欲しいんだ」
「!!」
続いて出て来たデザイン帳の絵の多くは大地が卸した紙に描かれていた。
(ほう、やはりこの男は天才だな。
中世ヨーロッパどころか20世紀の地球でも通用しそうなデザインだ。
惜しむらくは絵が全部白黒なことか……)
(こ、この男……
途轍もない強者のオーラを身に纏いながらも、粗暴なところが微塵もない……
そして、わたしのオリジナルに興味を持ってくれたのか……
他国の同業者?
いや違うな。
あの手は職人の手ではない。
いったいどのような人物なのだろう……
それにしても、さすがは護衛のジルソンが店に入れた男だわい……)
大地はその場で1時間近くもデザイン帳を見ていた。
「いや堪能させてもらった。
どれも素晴らしいデザインだったよ。
惜しむらくは、実際に作ろうとしても生地の質が良くないことだな」
「はい。
羊毛で作られた布は北のキルストイ帝国から、綿で作られた布は南のサズルス王国から輸入されて来たものなのですが、どちらの国も最上等な品は国内で使い、輸出用の品はあまり質がよろしくないのですよ。
それでも非常に高価なのですが」
「黒以外に色がついた布は無いのかな」
「あるにはあるのですが、どれも緑や茶がくすんだものである上に、色ムラも酷く……」
「そうか……
いや邪魔して済まなかった。
これは些少だが礼だ。取っておいてくれ」
「ありがとうございます……」
大地が店から出て行くと、若い店員が口を開いた。
「いったいどうしたっていうんだ父さん。
1刻以上もあんな男の相手をして」
「お前もまだまだだな。
この商売に必要なのは、まず服を作る腕、次に服の値をつける経験、そして客の素性と欲している物を見抜く目だ。
ジルソンが通した男をただの平民だとでも思ったか?」
「で、でも着てたのはちょっと変わった意匠だけど、平民が着るような服じゃないか。
多少はカネを持っていそうな中流階級の服だけど、装飾なんかほとんど無かったし」
「やはりお前には見る目が無いの。
あの生地、あの緻密な仕立て……
あれはわざと平民服に似せて作った超高級品だぞ。
わたしはあの男がどこかの国の王族、いや王のお忍びだと聞いても驚かんな」
もちろん大地が服を買ったのは日本の一般的な衣料品店である。
故に生産は中華帝国で、ところどころにほつれや縫い目の歪みもあった。
だが、それらは全てシスくんがこっそり縫い直していたのである。
大地を大事に思うあまりに、もはやオカン化しているシスくんだった……
「そんなばかな。
まったくこんな紙に包まれた銅貨1枚であんなに時間を無駄にして……」
会頭の長男は、そう言いながら包みを開いた。
だが、すぐに硬直して硬貨を取り落としている。
そうして、床に落ちた光り輝く金貨を見て、サリニコフ会頭は晴れやかなドヤ顔を浮かべたのであった……
アルスが夜になると、大地はいつものように時間停止収納庫で食事と睡眠を取り、十分に休息した後地球に帰った。
そうしてまずは市内の画材用具店に行って大量の買い物をしたのである。
その後は静田物産に行って、やはり各種大量の布地の見本帳を注文した。
ナイロンに始まって、綿、サテン、果ては絹地までの生地を選ぶためのプロ向け見本帳である。
さらにはプロ用の裁ち鋏に加えて、針、絹糸、木綿糸などを各種各色大量に揃えて貰うようにも注文した。
それが終わると、いつも通り伴堂ジムでレッスンを行った後にアルスに戻って行ったのである。
翌日。
大地は王城の卸売部門を訪ねた。
「やあ宰相さん、今日はまた商品を卸しに来たんだけど、倉庫に置いて行ってもいいかな」
「ありがとうございます……
おかげさまで今まで卸して頂いた商品は驚異的な売れ行きでございまして、国庫も商人たちも大いに潤っておりますです」
「それはよかった。
今日は新しい商品を持って来たんだけど、よかったら宰相さんも見てみるかい?」
「是非拝見させてくださいませ」
卸売り部の倉庫には3人ほど専属の侍女がいた。
「うーん、やっぱりちょっと狭いかな。
今日の商品はちょっと量が多いんだ」
「それでは隣の部屋をお使いくださいませ」
(ストレー、この部屋を掃除してテーブルと棚をたくさん出してくれ。
そこに買って来た商品を並べてくれるか。
センス良く頼むぞ)
(ファンシーグッズはガラスのケースを使ってもよろしいでしょうか)
(あ、ああいいぞ……)
広い部屋が棚とショーケースと商品でいっぱいになっていった。
衣類は木製のハンガーに吊るされ、衣料小物も棚に並べられている。
壁や天井には光の魔道具が置かれ、柔らかな間接照明が灯っていて、どこからどう見ても、地球のオシャレ系100均ショップか衣料品店だった。
部屋の隅には大きな姿見も置いてある。
「こっ、こここ、これはぁっ!!!」
驚愕に硬直する宰相の横をすり抜けて、侍女たちが夢遊病者のようにふらふらと室内に入って行った。
そうして、全ての商品に顔を近づけて凝視している。
よく見れば皆涙目になっていた。
だが、不思議なことに誰も商品を手に取ってみようとはしない。
どうやら、あまりの豪華さに恐ろしくて手が出ないらしい。
「こ、これ、お前たち、ダイチ殿にご無礼ではないか」
途端に侍女たちが弾かれたように硬直した。
「「「 も、申し訳ございません! 」」」
「ははは、まったく気にしてないから安心してくれ。
それよりどうかな、欲しい品はあったかな」
「「「 …………… 」」」
「いや、よかったら商品の感想を聞かせて欲しいんだ。
なにしろ女性向けの商品も多いからな」
侍女たちは宰相閣下を見た。
「ダイチ殿にお答えしなさい」
「は、はい…… あの、まるで夢の国にいるようです……」
「ほ、欲しいと言えば全て欲しいですけど、恐ろしくて身に着けられるかどうかわかりません……」
「こ、これはお貴族さまや王女さま用の品なのでしょうか……」
「いや、貴族にも平民にも売るぞ。
まあ、貴族向けの店は値段を別にするつもりだけど」
「きっとお高いのでしょうね……」
「そうだな、王都の店ではどれもひとつ銅貨20枚で売ろうかな」
「「「 !!! 」」」
「あ、あの……
お給金をすべて注ぎ込んで買ってしまって、自分が飢え死にしてしまわないか心配です……」
「ははは、こういうものはな、いっぺんにたくさん買うんじゃあなくって、月に1個ぐらいだけ買って行くんだ。
まあ、ひと月一生懸命働いた自分へのご褒美だな」
「自分へのご褒美……」
「そして、休みの日には店に商品を見に行くんだ。
それで給金を貰ったらどれを買おうか眺めながら考えるんだよ。
実際に買うよりもそっちの方が楽しいかもしれないぞ」
「あ、あの……
そんなお店の中でお品物を眺めていたりしていいんでしょうか……」
「そうだな、それじゃあ俺が作る店は、売り場を思いっきり広くしようか。
疲れたら休めるようにベンチも置いて」
「素敵です……」
「なあ宰相さん、王城の執事さんや侍女さんたちも、6日働いたら1日休めるようにお触れは出してくれたかな」
「はい、仰せの通りに。
なんとわたくしも陛下もそのように休めるようになりました」
「それはよかった」
その日のうちに、王都での炊き出しに参加を表明していた6つの大手商会に対して触れが出された。
翌日に王城卸売り部門が新商品を出すので見学に来るようにというものである。
各商会の会頭は、翌朝長男や頭取番頭を伴って、王城内の卸売り部控室に集合した。
「皆の者、よく集まってくれた。
今日はこれより、多くの商品を卸してくださっているダンジョン国の代表であらせられるダイチ殿を皆に紹介し、併せて新商品の披露をさせてもらおうと思う」
「やあみなさん、ダンジョン国代表の大地だ。
ダンジョン商会の会頭でもある。
いつもうちの商品を買ってくれてありがとうな」
サリニコフ商会会頭、サリニコフは硬直していた。
(や、やはりこのお方様は国の代表であらせられたか……)
隣の長男は、口が大きく開いて顎が落ちそうになっており、目も白目になりかかっている。
「サリニコフ会頭さん、昨日は時間を取らせてしまって済まなかったな」
「とんでもございません。
数々のご無礼、誠に申し訳ございませんでした……」
「みんなも今日は是非うちの新商品をじっくり見て行ってくれ」
ミルシュ商会やサリニコフ商会の会頭以外の者は大地とは初対面であったが、なにしろ宰相閣下が直々に紹介してくれたほどの人物である。
また、今までにも多くの品を卸してもらい、多大な儲けを齎してくれた人物でもあったため、全員が膝をついて恭しくお辞儀をしていた。