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*** 178 サリニコフ商会 ***

 


「さてと、商品が納入されるまでの間、俺は俺で撞木が取れちゃった柿をさわしてみるかね……」



 大地の前には撞木の取れてしまった柿が3000個ほどあった。


「シス、この柿が12個ほど入る箱を30と6個ほど入る蓋つきの箱を30、土魔法で作ってくれ」


(はい)


「ストレー、リンゴ10個と35度以上のウオッカを30本頼む。

 あと、この柿が1個入るぐらいの広口瓶ってあったかな」


(ガラス製の透明なものがございます)


「それじゃそれを10個頼む」


(はい)



「それじゃあ醂しを実験してみるかな。

 俺も知識だけで実際にやってみたことは無いし。

 まずは『リンゴ醂し』からか。

 この小さい箱に渋柿を6個入れて、その中心にダン村産のリンゴを1つ入れて蓋をして終了と。

 これは5箱作ろう。

 次は大きな箱に柿を12個入れて、中心にリンゴを1個置いて蓋をして……

 これも5箱だな。

 後は2週間後に渋が抜けてるかどうか確認するだけか」


(ダイチさま、わたくしの中に時間加速の倉庫もございますので、そこに入れて2週間経過させてみましょうか)


「すごいなストレー、そんなことも出来るのか」


(えへへへへ……)


「それじゃあこの10個の箱を頼むわ」


(はい!)


 箱が消えて5秒後にまた出て来た。


「もう2週間経たせたのか!」


(はい)


「これも使いようによっては便利な機能になるな」


(ただ、今のところ畑100反分の作物を育てるのが限界です)


「いや、よほどに困った時でないとそれはやらないぞ。

 俺やお前がいないところでは使えないから、農民たちに使わせてやるわけにはいかないからな」


(それもそうですね)


「それじゃあ早速試食してみるか。

 ナイフとまな板を頼む」


(はい)


「王子も食べてみてくれ。

 ほう、6個入りの方は完全に渋みが抜けてるか。

 12個入りの方はほんの少し渋みが残ってる気がする。

 リンゴは……

 あー、どっちも熟し過ぎてて柔らかくなっちゃってるかー。

 この醂しは相当にコストがかかるなあ」


「あの…… ダイチ殿、それも魔法なのでしょうか……」


「いや違うな。

 収納庫の中で時間を加速させて2週間経たせたのは魔法みたいなもんだけど、渋柿をリンゴと一緒の箱に入れて2週間置いておくと渋みが無くなるのは魔法じゃなくて『知識』だ」


「そ、それはどういった知識なのでしょうか」


「柿の渋みって、柿に含まれているタンニンっていう物質のせいなんだ。

 そしてこのタンニンには水溶性のものと難溶性のものがあるんだよ。

 渋柿が渋いのは、その中のタンニンが水溶性なんで、口の中で溶けてしまうからなんだ。

 そして、リンゴはエチレンって言う物質を出して、自らを熟そうとするんだけど、このエチレンはタンニンを水溶性から難溶性のものに変える力も持ってるんだ。

 だからこの甘くなった柿は柿本来の甘さを味わえるようになっただけで、タンニンそのものは抜けずに難溶性になって柿の中には残っているんだ」


「ということは、あの皮を剥いて干している渋柿も……」


「よくわかったな。

 あれは、干すことでタンニンを水溶性から難溶性に変化させてるんだ。

 あと20日も経てばあの渋柿もすっかり甘くなっているぞ。

 なにしろ柿って元々甘いからな。

 しかも水分が抜けて小さくなることで甘さが強くなって行くんだ。

 実際には砂糖の甘さの1.5倍ぐらいの甘さになるぞ」


「なんと…… それも知識ですか……」


「そうだ。

 シス、ここにある渋柿の皮は剥けるか?」


(はい)


「それじゃあ10個ばかり皮を剥いて、ストレーの時間加速倉庫に入れてくれ。

 ストレー、その柿に弱い風を当てておくことって出来るか?」


(温風の魔道具の温度を最低にして使います)


「それじゃあ20日経たせてくれ」


(はい)


 10個の柿が消えたが、1分後に干し柿になって出て来た。


「ほう、この柿は干してもあまり色が変わらない種類だったんだな。

 こんな綺麗な色のままだったら、食べる奴も忌避感は無いだろう。

 さあ王子、干し柿を食べてみてくれ。

 中に種が入ってるから気をつけてな」


「あ、甘い! すごい甘さだ!

 こ、これならば多少の手間がかかるだけで、農民たちの冬の食料になるのですね!」


「いや……

 この甘さなら、貴族や富裕層が金貨銀貨を持って先を争って買いに来るようになるだろう。

 なにしろこの大陸では、砂糖は同じ重さの金と取引されてるぐらい甘いものが貴重だからな。

 農民たちはこの干し柿を売ったカネで麦を買えばいい。

 干し柿の30倍の重さの麦が買えるぞ」


「!!!」


「それじゃ次の醂しを試してみようか。

 まずはこの皿にウオッカを出して、柿のヘタをウオッカにつけて、それを小箱に並べて残りのウオッカを少し振りかけてと。

 この箱をまた5個作っておこう。

 次はこの瓶に渋柿を1個入れて、ウオッカをひたひたになるぐらい注いで。

 この渋柿のウオッカ漬けも5個作るか。

 ストレー、これは1週間頼む」


(はい)



「ほう、振りかけただけの方は柿の色がそのままだな。

 味は…… うん、甘柿そのものだわ。

 この醂し柿は干していないから、中のビタミンCも壊れていないな。

 味はどうだい殿下」


「こ、これも甘くておいしいです……」


「この甘い柿なら妹の姫さんも喜んで食べるんじゃないか。

 そうすれば冬場のビタミンC補給も出来るから、しばらくは『遠征病』も再発しないぞ」


「あ、ありがとうございます……」


「それじゃこっちのウオッカ漬けを試してみようか。

 あー、なんか浸かり過ぎてぐじゅぐじゅになっちゃってるよ。

 まあでも食べてみよう。

 お、すっげぇ酒の味がするけど、そこに甘みが加わってなんか独特の味になったか。

 これはこれで病みつきになる奴もいそうだわ。

 ウオッカ部分も少しだけ渋さが出てるけど、これはこれでアリだな。

 この商品は酒代がかかるから、ひと瓶銀貨10枚以上で売ろうか」


「……………」



 2日後。

 大地は地球に帰り、静田物産との受け渡し倉庫に転移した。


(お、さすがは静田さんだ。

 注文した品がもう全部揃ってるよ。

 それじゃあこの古着に『クリーン』の魔法をかけてストレーの倉庫に仕舞うか……)



 大地は気づいていなかったが、株式会社アルスは静田物産の超優良顧客になっていた。

 何しろ小規模100均ショップやスーパー向け卸部門の売り上げの30%を占めているのである。

 しかも、それほどの顧客がどんな会社なのか興味を持った社員が自社ネットを覗くと、そこには担当者名として静田社長の名前があるのだ。

 そうして皆、さすがは社長だ、なんて太い客を開拓して来たんだと納得するのである……



 納品された品を確認した大地は、また王子を伴って王都にミルシュ商会を訪ねた。

 今日の大地の服装は、ごく普通の高校生が着るような白いシャツとベージュのチノパンである。


「やあミルシュ会頭、久しぶり」


「こちらこそご無沙汰しておりまして済みませぬ。

 王子殿下もご機嫌麗しゅう。

 おかげさまで、王城経由で仕入れさせて頂いているダイチさまの『かみ』や『ぼーるぺん』や砂糖や塩が大売れでございまして、あの茶器なども貴族家や富裕な商家などが先を争って大量に買いに来ているのでございますよ」


「それはよかった。

 実は今日はまた商売の話でお邪魔したんだよ」


「ほう!」


「今王都の周りの6つの避難村には合計で6000人近い村人たちがいるだろ。

 俺は今そのほとんどを人足として5日前から10日間雇ってて、彼らは5日後にひとり銀貨2枚を手に出来るんだよ」


「なんと…… 賃金は総額で銀貨1万2000枚、金貨にして120枚(≒1億2000万円)にもなりますのですか。

 相変わらず凄まじい財力であらせられますな……」


「それでな、彼らは当面食と住には困っていないんで、古着や古布や土器なんかの生活用品を中心に買いたいみたいなんだ。

 あと少々の装飾品も。

 それで今から見せる商品を王城の卸売り部に売って来るから、それを仕入れて6つの村の雑貨屋なんかに卸してやって欲しいんだ。

 なるべく利益率は低く抑えてな」


「はは、商品も卸も小売店も客も、客の持つカネまでもダイチ殿が用意して下さったのですの。

 しかも儲けはほぼ確実と仰られる」


「まあ衣料品や食器は売れ残っても腐らないからな」


「それでは私共の利益率は5%ほどで如何でしょうか」


「それは助かるよ。

 それではこれからその商品の見本を見せようか」


「お願い致します」


 大地が取り出した商品見本を見て、ミルシュ会頭も王子も腰を抜かさんばかりに驚くことになった。

 驚き過ぎて2人とも疲れた顔をしている。



「それじゃあ俺はこれから売り方を考えるから、決まったら連絡するよ。

 ところでこの王都に古着を扱っている商会はいくつあるんだ」


「2つございます」


「その商会たちはまともな商売をしているのか?」


「はい、2つともこの王都の大手商会でして、両者とも炊き出しに参加しております。

 両商会の会頭はわたくしの茶飲み仲間でもありまして、極めて真っ当な商売をする男たちでございます。

 そのうちのサリニコフ商会の会頭は面白い男でして、2件の店を同時に経営しておるのですよ。

 1軒目は貴族服や執事服、侍女服を仕立てる店でございまして、彼らの古着を買い取って縫製し直し、別の庶民向けの店で古着として安く売っておるのです」


「それではその2つの商会には少し多めに儲けられるようにするか。

 既存の古着の在庫を抱えさせて損をさせることは俺の本意ではないからな」


「畏まりました。

 彼らが扱っておりますのは主に服でございまして、今日拝見させて頂いたような帽子や手袋、靴下や手ぬぐいなどは扱っておりませんので、それらの品を重点的に回してやりたいと思います」


「ところでそのサリニコフという男は単なる経営者なのか、それとも職人なのか」


「経営者としても職人としても一流です。

 特に服職人としてはこの国どころか周囲の国を含めても1番の男でして、王家の服も作っておりまする。

 ただ、いつもこの国に入って来る布地が粗末なことを嘆いていますね」


「そうか……」




 大地は王子を城に転移させ、昼過ぎに宰相閣下が直接管掌する卸売り部門に商品を卸しに行くと伝言を頼んだ。

 そうして大地本人は、『隠蔽』を施したタマちゃんを頭の上に乗せて、ミルシュ会頭に聞いたサリニコフ商会の本店を訪ねてみたのである。


 貴族街の大通りから少々中に入った場所にその店はあったが、もちろん大地は宰相から貴族街どころか王城までも出入り自由の通行証を貰っている。


 その建物はこの国によくある丸太と石と粘土を使ったものだったが、入り口の扉は木の板を使った重厚なものだった。

 その扉の前には革鎧を身に着け、銅剣を佩いた護衛が1人立っている。


 その護衛は、大地が近づいていくと、大地の服装にちらりと目をやった後、「いらっしゃいませ、ようこそサリニコフ商会へ」と言って扉を開けてくれた。


 大地が礼を言いながらさりげなくチップの銀貨1枚を渡すと、護衛の目が微かに見開かれたが、そのまま何も言わずに一礼している。


 扉を潜って店内に入ると、そこにはきちんとした作りの服を着た20歳ほどの男が立っていた。


「いらっしゃいませ。

 お客様はどちらの貴族家のお身内さまでいらっしゃいますでしょうか」


「いや、俺は貴族でもないし貴族家に仕えているわけでもない。

 ただの平民だ」


 途端に若い男の態度が変わった。


「こらこら、この店で作られる服は全て王族さまか貴族さま向けのものだ。

 平民が来るような店ではない。

 とっとと帰りなさい」


「その王侯貴族向けの服はどんなものなのか見に来たんだがな」


「ここは平民の来るようなところではないと言ったろう!

 さっさと帰らなければ護衛を呼んでつまみ出すぞ!」





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