*** 177 公共事業 ***
翌朝。
(なんだよこれ……
ほとんど全員集まって来てるじゃねぇか……)
シュロス村の広場には、ワイズ王国の農民と直轄領の街民約6000人が集結していた。
(まあいいか、公共事業みたいなもんだ。
ストレー、倉庫に荷車を出して柿収穫セットを乗せておいてくれ)
(はい)
「それじゃー仕事の内容を説明するぞー。
まず女性たちはこの村に残って、あの寸胴10個に水を張って湯を沸かす準備をしていてくれ。
男たちは倉庫にある道具を乗せた荷車を持って来い。
これから、子供たちも一緒に南に半刻ほど歩いて行って、柿を採って来るぞ」
「「「 えっ…… 」」」
「あ、あの渋い柿を採って来るんですかい?」
「そうだ」
「そ、そんなんで日に銅貨20枚も貰っていいんすか?」
「もちろんだ。真面目に働いてくれれば10日で銀貨2枚ちゃんと払うからな」
「旦那がそれでいいって言うなら……」
「それじゃあ出発するぞー」
4000人近い男たちと子供たちが荷車を引きながら出発した。
「なんか道がずいぶん平らだから荷車も曳きやすいな」
「そうだな、この荷車も実に軽いしよ」
(おお、すげえなこの丘、柿の木だらけだわ。
うんうん、9割方熟してていい色になってるなー)
「よーしみんな聞いてくれ。
特に農業・健康指導員たちはしっかり聞くんだぞ」
(はは、みんな支給してやったノートとボールペン持って、真剣な顔で頷いてるよ。
こいつら能力は未知数だけど、意欲は合格だな。
お、王子もボールペンを持ったか……)
「これから柿の採り方を説明するぞー。
まず採るのはこういう色をしている実だ。
こっちの色の実はまだ熟していないから、枝に残しておくように。
それからだ、実を採るときには、こういうふうにヘタと枝が『T』みたいな形に少し残るように切るんだ。
これを撞木って言うんだがな。
ここに見本を置いておくから、全員後でよく見ておくように。
それから実を採るときには木に登るなよ。
柿の木の枝は折れやすいから、下の方の実はこの高枝鋏で切って、上の方の実はこの脚立に乗って切るんだ。
全部採らなくてもいいから無理はするな。
脚立は必ず何人か交代で支えること。
鋏で枝を切って落とすときには、その下でこの布を4人で広げて受け止めるといい。
そうすれば実に傷がつかないからな。
これは子供たちにやってもらおうか。
それじゃあ試しにお前たちやってみてくれ。
採った実は籠に入れて荷車に積んでいくんだ。
みんなはよく見ていてやりかたを覚えるんだぞ」
大地は10人ほどの集団を3組指名して、試しに柿の実を採らせてみた。
4000人近い男たちと子供たちがそれを真剣な表情で見つめている。
「あっ!」
8歳ほどに見える女の子が柿の実を持って大地に向かって走って来た。
「ご、ごめんなしゃいダイチしゃま。
ヘタについた『しゅもく』が、布に当たって折れちゃったの……」
見れば女の子は目に涙をいっぱい溜めていた。
周囲の皆は心配そうな顔をして大地を見つめている。
大地は微笑みながら女の子の頭に手を乗せた。
「そういうこともあるから気にするな。
撞木が折れた柿の実は、別の籠に溜めておいてくれればいい」
「はいっ!」
周囲の表情も緩んだ。
「それじゃー全員仕事に取りかかってくれー」
最初の荷車に柿の実の入った籠がみるみる溜まって行った。
「指導員諸君、半数はここに残って自分たちでも採取を経験してみてくれ。
荷車がいっぱいになったら村人4人を指名して村に曳いて行かせるように。
その際にスピードを出し過ぎないようによく言っておけ。
指導員のうち6人は俺と村に帰って別の指導をするが、後で交代するように」
「「「 はっ! 」」」
「ダイチ殿、わたしもひととおりの仕事をして柿の採取を経験してみたいのだが、構わないでしょうか」
「もちろんだ王子、是非やってみてくれ」
アイシリアス王子は軍の作業着姿だったこともあって、皆には単なる大地の助手だと思われていたようだ。
そのために、皆に違和感なく受け入れられて、脚立に登って柿を切ったり下で受け止めたりと作業をこなしている。
「さて王子、そろそろいいかな」
「はい、お待たせしました」
「おーい、男たちは交代で柿の乗った荷車を曳いたり押したりして村に戻ってくれ」
「「「 へいっ! 」」」
「こんな軽い荷を曳くだけで1日銅貨20枚ももらえるとはな……」
「いや、これ荷が軽いっていうよりも荷車の出来がいいんだよ」
「それは言えるな」
大地たちはすぐにシュロス村に帰って来た。
「みんな、湯を沸かし始めてくれ」
「「「 はーい! 」」」
(シスはこの場に柿干場を作ってくれな)
(はい)
「さてみんな、まずは体を綺麗にしようか。
『クリーン』……」
「だ、ダイチさま、今の光は……」
「『クリーン』っていう体を綺麗にする魔法だな。
でも念のためみんな手を洗ってくれ。
これからも料理を作り始める前には手を洗うんだぞ」
「「「 はい 」」」
(ほう、灰で手を洗うのか。なるほどな……)
「それではみんなを500人ずつぐらいの4つの班に分けようか。
第1班は、柿を良く洗ってからそのナイフで皮を剥いてくれ。
あ、ヘタも撞木も取らないようにな。
第2班はこの紐をこれぐらいの長さに切って、柿のヘタのこの撞木っていう部分にこうやって結ぶんだ。
こうして1本の紐に6個ぐらいの柿がぶら下がるようにだな。
それからこういうふうに紐をこの棒に引っ掛けて、煮立った湯の中に5秒だけ浸けてくれ。
火傷しないように気をつけてな。
湯に浸け終わったら、第3班と第4班は、あの柿干場に持って行って竿にぶら下げていくんだ。
そうだな、1本の竿に20組120個の柿をぶら下げたら、その竿をあの先が『Y』の形になってる長い棒で、上の方に乗せてくれ」
「ねえダイチの旦那、ちょっと聞いてもいいかね」
「もちろんいいぞ」
「これはなんのための仕事なんだい?」
「はは、それは20日経てば分かるぞ。
そうだ、何個か柿の皮を剥いて食べやすい大きさに小さく切り分けてくれるか。
今の柿がどれぐらい渋いか少し食べてみよう」
「あいよ」
「さあ殿下、指導員諸君。
この渋柿を食べてみてくれ。
無理して呑み込まずに吐き出してもいいからな」
「うわっ! な、なんだこれは!」
「こ、これが『渋い』っていう味か!」
「農民たちは不作の時はこんなものを食べていたのか……」
「あ、そうだ、そこの男たち、倉庫にあるスコップで畑の近くに穴を掘っておいてくれ。
剥いた柿の皮の捨て場にするから、ある程度大きな穴を頼む」
「「「 へい! 」」」
「それじゃあおっちゃんたち、おいらは荷車曳いてまた丘に戻ってるよ」
「1人で大丈夫か?」
「軽いから平気だよ」
「そうか、気をつけてな」
「うん!」
そうこうしているうちに2台目の荷車が到着した。
男たちは柿の入った籠を下ろすと、空いていた籠を乗せてまたすぐに丘に帰っていく。
女たちはその柿を洗い、皮を剥き、撞木を紐で縛って湯に浸け、それを柿干場に吊るしていった。
そのうちに慣れて来たのか、作業のスピードが上がると同時におしゃべりもものすごいことになっていったが……
(うーん、みんなのおしゃべり凄いわー。
でも手は動いてるし楽しそうだからいいかな……)
順調に作業が進むうちに太陽が中天に差し掛かって来た。
「おーい奥さんたち、100人ほどで穀物粥とパンの準備をしてくれ」
「「「 はーい♪ 」」」
「指導員諸君、昼飯の準備が出来たら荷車に乗せて柿の丘まで運ぶぞ。
向こうの指導員と交代だ」
「「「 はっ! 」」」
柿の丘に戻った大地は、土魔法で平らに整地した場所に大型の竈を6つ、パン焼き用の竈も2つ作った。
「おーい、50人ほど集まってくれー。
そろそろ昼メシにするから粥とパンを温めるぞー」
「え、日当を頂ける上にメシまで頂けるんですかい!」
「もちろんだ。
空きっ腹だと作業の効率が落ちるからな」
「ありがてぇ、体動かしてたらハラ減って来てたんだ」
「お、あの赤くてちょっと酸っぱいパンソースがある!
俺、これ好きなんだよなぁ♪」
「あ、『おれんじじゃむ』まである!」
「ジャムは1人ひと塗りだぞー」
「そりゃまあこんなに貴重なもんはそうでしょうな」
「腹いっぱい喰ったら午後も柿の実の採取を頼むぞー」
「「「 へいっ! 」」」
「この調子で採取していったら、あとどのぐらいで柿の実を採り終わるかな」
「そうですな、今日を入れて5日もあれば全部採れやすな」
「ぜ、全部採り終わったら俺たちはお払い箱ですかい?」
「いや、まだやってもらいたい作業があるし、日当はちゃんと10日分払うから安心しろ」
「あ、ありがてぇ。
母ちゃんと相談して、日当で子供らのために古着か古布を買いに行こうかって言ってるんでさぁ」
「そいつあ楽しみなことだな」
(言われてみれば、こいつらの着てるもんって酷ぇよな……
服っていうよりみんな布に穴開けて縛ってるだけの貫頭衣だし、それもボロボロだし……
足元も麦藁で編んだ草鞋だけか……
ほとんど原始人だよ……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日の作業も順調だった。
男たちも女たちも、そして子供たちも、10日目に貰う給料で何を買うか楽しそうに話をしながら、手は止めずに真面目に働いている。
彼らにしてみれば、人足仕事とはどのような重労働かと恐れてもいたのだが、あまりの軽作業にほっとしていたのである。
加えて1人銀貨2枚、家族4人で働いていれば一家で8枚もの銀貨が手に入るのだ。
しかもいつもであれば食料を買わなければならない収入だったが、今いる避難村では食料に困っていない。
つまり、食料以外のものを買うことが出来るのである。
或る者は古着や古布を買おうとしていた。
また或る者は土鍋や土器を買おうとしている。
若い女性は古布を買うか髪飾りを買うか悩んでいる。
また、若い男性は気になる女性に髪飾りを買ってあげて、嫁に来て欲しいと言おうかどうか悩んでいた。
そうした声を聞いて、大地はまた地球に帰って静田のショップサイトで大量の注文を行ったのである。
ついでに……
「静田さん、古着って買えますか?」
「ええ、日本はアメリカに次いで古着の大輸出国ですからね」
「おいくらぐらいするもんなんでしょう」
「だいたい平均で1トン10万円ほどでしょうか。
アルスで使われるような廉価品の古着でしたら、1トン6万円ほどだと思います」
「それでは取り敢えず、廉価品を10トンほど買っておいて頂けませんでしょうか。
あとは急ぎませんですので追加で300トンほど」
「畏まりました。
いつもの特別倉庫に納入しておけばよろしいでしょうか」
「よろしくお願いします……」