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*** 176 避難村での越冬 ***

 


 国軍の作業服を着てお忍びで来ている第3王子殿下も、全ての料理を味わっていた。


「そうか…… 

『じゃがいも』や『とまと』を使った料理を振舞っているんですね」


「そうだ、よくわかったな。

 ここで散々食べておけば、作付けするのも抵抗が無くなるだろうからな」


「さすがですね……

 それにしても美味しいです……

 こんなに美味しくて『びたみん』も入っているものを、いままで悪魔の芋とか悪魔の実とか言って食べていなかったとは……」


「これから小麦の胚芽やジャガイモやトマトを食べるようになれば、この国から『遠征病』や『貴族病』は無くなるだろうな」


「知ることって…… 大事だったんですね……」




 こうして、収穫祭初日は大盛況のうちに終わったのである。


 翌日……


「さあ、2日目もまず飴とジュースから始めるぞー。

 全員行き渡ってるなー。

 飴を舐めてジュースを飲んだら他の料理も食べていいぞー」



「かぁーっ!

 この赤いじゅーす、二日酔いの頭に効くわぁーっ!

 これなんていうじゅーすなんだい?」


「それは『とまとじゅーす』ですね」



「う、旨ぇ……

 このパリパリしてるやつ旨ぇ……」


「こ、こっちのホクホクも旨ぇ……」


「あー、これ絶対ぇエールと合うのに……」


「ちきしょう! 昨日気絶さえしなければ!」


「はは、それじゃあエールも1杯だけ飲んでいいぞ」


「やったぜ!」

「さすが話せるな旦那っ!」


「あ、あ、あ……

 あんなに大きなカップで貴重なドワーフ・エールを一気に……」


「はは、宰相閣下、後でドワーフ・エールをひと樽進呈するよ」


「ほ、本当かね!」


「もちろんだ。

 さあ、今日も全ての料理を味見してみてくれ」


「あ、ありがとうありがとう……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 そして収穫祭最終日。



「あー、収穫祭も今日で終わりかぁ……」

「あんなに旨いものたらふく喰えて、夢のような収穫祭だったな……」

「またこんなご馳走食べられないかなぁ……」



 大地は自分に『拡声』のスキルを使った。


「おーいみんな、ちょっと集まってくれないかー」


 7つの村の700人ほどの村人たちと、300人ほどの街人たちが集まって来た。


「収穫祭は今日で終わりなんだがな。

 みんなに提案があるんだ」


「なんだなんだ?」

「まだなにかあるんか?」



「みんな村に帰っても食料は乏しいだろう」


 村人たちが項垂れた。

 厳しい現実を思い出したのだろう。


「もちろん冬になったら国王陛下が炊き出しをして下さるが、俺たち食料援助隊もみんなの村を廻るのはたいへんだから、炊き出しはどうしても7日に1回になってしまうんだ。

 しかも貴族領の村や街では炊き出しは出来ないし」


「そうだろうな……」

「まあ7日に1回喰わせて貰うだけでも十分ありがたいけど……」

「毎回直轄領の村に行くのもな……」


「だから皆に提案があるんだ。

 これから春になるまでの間、この村に避難したままでいたらどうだ?」


「「「「 !!! 」」」」


「そうすれば俺たちも村を廻る必要が無くなって楽になるから、炊き出しは毎日出来るぞ」


「「「「 !!!!!! 」」」」


「そ、それはものすごくありがたいお申し出だが、ほ、本当にいいんかね……」


「もちろんだ。なにしろ国王陛下の思し召しだからな」


「そ、そうか……」


「と、ところで俺たちはどこで暮らせばいいんだ?」


「もちろん今寝泊まりしている家を使ってくれ」


「あ、あんな凄い家を使っていいのか!」

「あの家なら冬でも暖かいだろうな……」

「それにこの村には薪も山ほどあるし……」

「な、なあ村長さん。

 本当に俺たち春までこの村に住んでいいのか?」


「いいも悪いも、あの家はここにいるダイチ殿が建てて下さったものだしの。

 それに薪も食料も国王陛下が民に下されたものじゃから、皆が使うのは当然のことじゃて」


「ありがたいことじゃ……」

「いつかお礼をさせてもらいたいものだ……」

「これで冬に飢えずに済むのか……」


「ただし、ひとつだけ条件がある。

 みんな、用を足すときは必ずトイレを使ってくれ。

 道端や水路にするのは厳禁だ。

 そのために、村にも畑にもトイレはたくさん作ってあるからな。

 それから、用足しの後や料理をする前には必ず手を良く洗うこと」


「なんだそんなことでいいんですかい」

「その掟を守るだけで、腹いっぱいメシが喰えるならお安い御用ですぜ」

「それにしても旦那、もちろんその掟は守りやすが、なんでそんなことが必要なんですかい?」


「それはみんなが病気になるのを防ぐためなんだ」


「「「「「 えっ…… 」」」」」


「まあ病気にもいろんな原因があるんだけど、村のみんなが集団で腹を壊したりするのは、排泄物が原因になることが多いんだ」


「あれはそういうことだったんか……」


「あの腹痛って辛ぇからな、そんなことで防げるんだったら、その掟を守ろうじゃねぇか」


「「「「 おう! 」」」」



 こうして、遠方の6つの村の農民約600人と街民300人は、シュロス村で冬を越すことになったのである。



 だが……

 どこにでも邪な考えを持つ者はいるのだ。

 特に為政者の影響を受けたのか、貴族領の村長は酷かった。


「おいお前ぇたち、ちょっと来い」


「なんだい親父」


「お前ぇたち、今晩あの倉庫に忍び込んで物資をかっぱらって来い」


「へへ親父、それを王都で売りゃあ俺たち大金持ちだな」


「そうだ、特にあの金属の鍋と塩を盗め。

 それをあの荷車に山ほど積んで王都に行って全部売り払って来るんだ」


「親父はどうするんだ?」


「わしは村の様子を見て来ると言って村に戻る。

 お前たちとは村で落ち合おう」


「へへ、ついでに塩やらなんやらを売っぱらったカネで肉や酒も買って来るか……」



 その日の深夜。


「それにしてもあいつら阿呆だよな」

「ああ、こんなお宝を置いてある倉庫に見張りも置いてないとはな」

「それじゃあお宝を頂くとするか……」



 盗人諸君。

 実はこの倉庫には、アルス最強の見張りであるシスくんがついてるんだよぉ。



 村長の息子たちは、倉庫に侵入した途端に音も無く消えた。

 そして翌日、村長は村の様子を見て来ると言って、下男も連れずに村に戻って行ったのである。


(ふむ、息子たちはまだ帰って来ておらんか。

 ん? な、なんだこのわしの家の前に立っている高札は……


『この村の村長の息子2人は、国の物資を盗み出そうとした罪で捕縛されました。現在犯人たちに盗みを命じた罪で、この村の村長は全国に指名手配されています。村長の姿をみかけたら、最寄りの国軍駐屯地までご連絡ください。国より褒美が出ます』


 な、ななな、なんじゃと!


 な、なんということだ……

 あの馬鹿息子たちがヘマしたか……

 だが、ここは男爵さまの領地だ。

 国軍の兵士も入って来ることは出来まい。

 ふはははは、この村にいる限りわしは安泰じゃ!

 税が上がったとして村人を騙して隠匿した麦もたっぷりある!

 その麦でエールでも作って、春までのんびり暮らすとしようぞ!


 村長は自宅の納屋に敷いてある藁をどけ、隠してあった麦を出そうとした。


「な、無い! 麦が無いっ!

 な、なんじゃこの紙はっ!

『ここに隠匿してあった麦は、盗みを犯した罰金として全て押収してあります』

 なぁんじゃとぉぉぉ―――っ!」


 その後、絶望に打ちひしがれた村長も、数日後に静かに消えて行った。



(テミス、村長と息子たちの罪と刑罰は?)


(3名とも盗みはこれが初犯ではなく常習犯でありましたので、禁固3年となります)


(そうか、後はよろしく)


(はい)




 このアルスでは、王族から始まって、貴族、近衛兵、領兵、ギルド、村人、そして盗賊と、多くの者が大地の財物を強奪しようとしたり盗もうとした。


 だが、それに成功した者は、まだ誰一人としていなかったのである……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 翌日から大地一行は王都を囲む6つの村を訪れていった。

 そうしてその場の全ての村人街人に、冬の間の避難を呼びかけていったのである。


 この提案に反対した者は皆無だった。

 僅かに鍛冶屋や道具屋などが、商売道具を取りに街へいったん帰った程度である。

 その際にも淳たちが作った荷車を使わせて貰えたために、臨時の引っ越しもすぐに終わった。



 そして1週間後。


「シス、柿の実はどうなってる?」


(そろそろ収穫適期ですね)


「そうか、実はどれぐらい生ってるんだ?」


(おおよそ3万個ほどでございます)


「そんなにあるのか……」


(全て渋柿ですので、誰も食べなかったから増えたのでしょう。

 この村から歩いて30分ほどの小高い丘全体に生っています)


「そうか、完全に熟して柔らかくなればタンニンは不溶性になって渋さは抜けるんだろうが、みんな気づかなかったんだろうな。

 その丘までの道を荷車が通れるぐらいに整地しておいてくれるか。

 それから丘の各地にトイレも作っておいてくれ」


(はい)


「そうそう、植木鋏はあったかな」


(ダンジョン村果樹園の収穫用に、ジュンさまが3000個ほど買っておられました。

 ダンジョン村でも大量の干し柿作りましたから、収穫の道具と干し柿製造用の道具は全て揃っております)


「そうか、それじゃあ後で柿干場を作れるように準備しておいてくれ」


(畏まりました)




 大地はシュロス村を視察した。


「どうだいみんな、この村の暮らしは」


「あ、ダイチの旦那」

「旦那、メシが喰えて豪華な家で寝られるのはいいんだけどよ。

 こうもヒマだとちょっと辛ぇんだ」


「みんな麦の収穫後は元の村ではどうしてたんだ?」


「麦藁で帽子や草鞋を作ったりしてたな」

「麦の脱穀や製粉もやってたか」

「でも今年は採れた麦が少なかったから、すぐ終わっちまったんだ」

「街へ出て人足の仕事を探したりもしてたぞ」

「まあどれもほとんど稼ぎにはならなかったけどな」



「シュロス村の村長、ちょっと話があるんだ」


「なんでございましょうか」


「この村から南に半刻ほど歩いた丘にある柿なんだが、全て俺に売ってもらえないか」


「そ、それはもちろん構いませんが……

 ものすごく渋い柿ですぞ」


「構わん、全ての実を銀貨50枚で買おう」


「!!!!

 そ、そんな高額で…… よ、よろしいのですか……」


「もちろんだ。

 それから、6つの村に触れを出して欲しい。

 明日から10日間、人足を募集する。

 人足の賃金は1日いくらなんだ?」


「単純な普通の力仕事でしたら日に銅貨10枚ほどでしょうか……」


(日本円で日給1000円……

 そんなに安いのかよ……)


「ならば日に銅貨20枚、10日で銀貨2枚払おう。

 希望者は明日の朝にこの村に集まるように言ってくれ。

 それから王国の農業・健康指導員たちも、この村に集まるよう伝えて欲しい」


「か、畏まりました……」





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