*** 175 収穫祭開始 ***
王都から離れた直轄領にて。
「モルス直轄領代官アリエル殿。
わたくしは国王陛下に任命された王国食料援助部隊のジョシュアと申します。
陛下よりの書状を預かっておりますのでご覧いただけますでしょうか」
「おお! 収穫祭ですか!
これは村人も街人も喜びますな」
「そして、こちらが極秘指令書でございます。
この場でお読み頂いた後はご返却ください」
「こ、これは……
了解いたしました。
すべてジョシュア殿にお任せしておけばよろしいのですね」
「はい、お任せください」
「畏まりました」
王都にある元中立派男爵邸にて。
「モリガン男爵閣下、こちらが国王陛下からの勅令状でございます」
「なんと! 転封とな!
ん? 『転封費用として金貨300枚を下賜する』だと!」
「はい、こちらにその金貨300枚をお持ちしております。
また、新たなるご領地は王都より遠ざかるものの、石高は2割増しになります」
「そ、そうか!」
「転封先の居城は、今までの代官邸をご利用ください。
多少手狭かもしれませんが、その増築費用も含めての転封費用でございます。
さらにはご一統さまと領兵隊の転居が首尾よく30日以内に終了した場合には、国王陛下より報奨として追加で金貨200枚が下賜されるとのことでございます」
「な、なんだと…… そ、それは真か!」
「はい、その金貨200枚もこちらにお預かりしております」
「こ、こうしてはおれん!
す、すぐに移転の準備を始めようぞ!」
「そのご意志、確かに陛下にお伝えさせて頂きましょう……」
まあ無理もない。
男爵領と言えば、王家への上納金は年に金貨60枚ほどである。
つまり、転封費用として5年間の免税を与えられたことになるのだ。
実際の移転費用は、執事侍女たちと領兵隊をコキ使えば金貨60枚もしないだろう。
加えて報奨金金貨200枚とは……
(ふはははは、これだけのカネがあればさらに軍備を整えられようぞ!
今上国王も愚かよの。
王に退位を迫る第1王子軍の中核たる我が軍に、これほどまでの軍資金を渡すとはの!)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
まもなく、ワイズ王国内36の村と直轄領の街全ての住民が王都近郊の6つの村に集結した。
収穫祭は6つの村で1日ずつずらして始まることになっている。
普通であれば、歩いて半日近くかかる遠方の村や街の民でならば、そこまで集まりは良くなかったであろう。
だがなにしろ3日間もの間食べ放題の収穫祭なのである。
そこで腹いっぱい食べておけば、村に残った貴重な食料をそれだけ消費しなくともいいのだ。
皆、10日分ぐらいは腹に詰め込んで、その後の飢えに備えようと意気込んでいた。
加えて、この収穫祭は国王陛下の思し召しであり、国の役人らしき人たちが護衛に付いてくれる。
その上病人や老人は貴重な荷車に乗せて連れて行ってくれるというし、街の食堂や食料品店も、この招待に応じれば、全ての食べ物や飲み物を買い上げてくれるというのである。
おかげで全ての村と街の民が収穫祭の招待に応じていたのだった……
だが……
比較的王都に近い7つの旧中立派貴族領では、転封の準備で忙しく、村人たちがいなくなっていることには気づかなかった。
もちろん転封に於いては、移動するのは領主一族と家臣のみである。
また、ワイズ王国の外周を囲む10か所の辺境男爵領に於いても……
「なあ、俺昨日休みを貰って村の実家に帰ったんだけどさ、村の連中が誰もいなかったんだよ。
それでびっくりして村長の家に行ったら、遠くの直轄領で王家が食料を下さって合同収穫祭をするからしばらく留守にする、って板戸に書いてあったんだ」
「へー、いいなぁ。
うちの領主さまケチだからそんなこと絶対にしてくれないもんな」
「な、なあ、これって領兵長に報告した方がいいかな」
「やめとけやめとけ。
そんなこと言ったら、農民の格好でその直轄領に行って様子を見て来いとか命じられるぞ。
そんな路銀も出ない任務にゃあ行きたくないからな」
「それもそうだな」
無理もない。
貴族領主から見れば、農民などただの収税対象でしか無く、税さえ取り立てられれば、後は餓えようが死のうが全く関心は無かったのである。
彼らは本質的に収奪者であり、統治者ではないのだから……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それじゃあ今日から収穫祭だな。
俺たちも最初のシュロス直轄領の村に行こうか」
「「「 はい 」」」
「皆の者、国王陛下から賜った食料を用いて、本日より3日間の予定で収穫祭を行う。
まずは全員、この飴を1つずつ舐めてくれ。
7歳以下の子供には飴は危険だから、こちらのジュースを飲むように」
「な、なんだこれ!」
「甘い! 甘いぞ!」
「こ、これ、甘いって味なのか…… 初めて食べるわ……」
「みんな舐め終わったかな。
それでは大人はエールで乾杯しようか。
乾杯のご発声は、ワイズ王国宰相、ビルトレン・シュナイドレ法衣侯爵閣下より頂戴する」
「村人並びに街人たちよ、これより3日間大いに食べて飲んでくれ。
それでは乾杯っ!」
「「「「 かんぱーい♪ 」」」」
ごきゅごきゅごきゅごきゅ……
「おおお―――っ! 旨ぇなこのエール!」
「ほんとだ! 街の安酒場のエールとはえらい違いだぜ!」
「何言ってんだお前ら」
「や、ヤベぇ、酒場のオヤジだ」
「このエールはたぶん、いや間違いなく伝説のドワーフエールだ。
お前たちが普段飲んでたエールは、確かに1杯銅貨2枚の安エールだ。
だが、このドワーフエールは、もし手に入れば1杯銀貨2枚になるぞ」
「げえっ!」
「こ、これ1杯で安エールが100杯飲めるのかよ!」
「そうだ、安エールと比べる方が間違っているんだぞ」
「「 ………… 」」
離れたところでは宰相閣下も仰け反っていた。
「こ、こここ、これはまさかぁっ!」
「どうしたんだい宰相閣下」
「こ、この色、この香り、この味……
こ、これはまさしくドワーフ・エール……」
「ああ、確かにドワーフたちが作ったエールだが……」
「こ、このように貴重なものを……」
「そんなに貴重なのか?」
「わしが30年前に官吏登用試験に首席合格したとき、親族たちが金を出し合って祝いにドワーフ・エールを買ってくれましたのですじゃ。
エール好きのわしに飲ませたいと、小樽1杯で銀貨10枚もしたのに……
その後ドワーフたちは皆どこかに行ってしまって、このエールは今ではもういくら金を積んでも手に入らなくなってしまっておりますのですよ。
だ、ダイチ殿、こ、これをどこで……」
「うちの国にはドワーフたちが4000人近くいるからな。
彼らが自分たちで育てた麦を使って作ったエールを貰って来たんだ」
「あああ…… 貴重なドワーフ・エールを皆あのようにガブ飲みして……」
「ま、まあ、飲み放題って言っちゃったからな」
「じゃ、じゃが、いくらなんでももったいない……」
「それじゃあちょっと試してみるかぁ……」
(シス、リポップの時の光のエフェクトは無しで、死んでもすぐにその場にリポップさせるようにしてくれ)
(はい)
「おーい、酒自慢はいるかー」
「へぇーい、俺が村一番の酒飲みでさぁ」
「いや、俺の方が強いぜ!」
「いや俺だろう!」
「それじゃあ今から余興をしよう。
俺と酒を飲み比べて、勝った奴には銀貨10枚だぁ」
「乗った!」「乗った!」「乗った!」「乗った!」「乗った!」
100人近い男たちが集まって来た。
「エールだとすぐに腹がいっぱいになっちまうから、勝負にはこっちの強い酒を使おう。
ルールは簡単だ。
このカップに入れた酒をまず俺が飲み干すから、次はお前たちが飲み干してくれ。
もし途中で飲めなくなったり、酒を吹き出したりしたらお前たちの負けだ」
「負けたらどうなるんですかい?」
「これから3日間の間、エール禁止だ」
「なんだそれだけですかい」
「へへ、旦那に勝ったら銀貨10枚貰えるんでやすね♪」
「なんか色もついてないし、薄そうな酒だなぁ……」
「それにしても、こんな小さいカップだと、勝負がつくまで30杯ぐらい飲まなきゃなりませんぜ」
「まあそれもいいだろう。
それじゃまず俺から飲み干すぞー」
ごきゅごきゅ。
もちろん大地は状態異常耐性持ちなので酒に酔うことはない。
「さあ、お前たちの番だ。一気に行ってくれ!」
「「「「 へぇ~い! 」」」」
ごきゅごきゅごきゅごきゅ……
「「「「 が…… が…… が…… がおぉぉぉぉ―――っ! 」」」」
ばたばたばたばたばたばた……
「あれー、もうみんな潰れちゃったのかー。
それじゃ勝負は俺の勝ちだな♪」
「お、おい……
な、なんか倒れた奴らがちかちかと消えたり元に戻ったりしてるように見えるんだが……」
「なんだよお前ぇ、もう酔っぱらったんか」
「そ、そうだな、気のせいだな……」
「さあみんな、酔いつぶれた奴らは放っておいて、ご馳走も食べろよなー」
「「「 わぁーい♪ 」」」
「ということで宰相さん。呑兵衛ぇはみんな潰しておいたぞ」
「あ、あの酒は……」
「少し試してみるかい?
ああ、絶対にごくごく飲まずに、最初はほんの少し口に含むだけにしてくれ」
「は、はい……」
ちびり……
「ぐぁぁぁぁっ!」
「大丈夫かい?」
「し、舌が焼けるっ!」
「はい水だ」
「ふー、この酒をカップ一杯一気に飲んだら、気絶するのは当然ですの……」
(気絶じゃなくって何度も死んでるんだけどな……)
「あ、殿下は飲まない方がいいぞ。
まだ死にたくないだろ」
「は、はい……」
(せ、生死に関わる酒……)
「子供たちー、キミタチにはこの果物のジュースを飲ませてあげよう!
これは1日1杯ずつだからなー」
「果物ってなんだ?」
「わー、これいい匂い♪」
「う、旨ぇ、旨ぇよこれも!」
「わっ! ほんとに美味しい♪」
「ダイチ殿、あれは……」
「うちの国で採れた本物の果物を絞ったジュースだ。
もちろん各種ビタミンはたっぷりだぞ。
殿下も飲んでみるといい」
「美味しい……」
「殿下も『遠征病』と『貴族病』の初期症状が出てたからな。
ヒトって、自分の体に足りない物を飲んだり食べたりすると、特に美味しく感じるんだよ」
「…………」
「おーい、大人たちもジュースを飲んでごらん。
美味しいし、体も元気になるぞー。
特に病人や老人には飲ませてやってくれー」
「「「 はい♪ 」」」
「ガリル、ブリュンハルト商会のご婦人部隊に言って、あそこの母親によく説明した上で、抱いてる乳児に哺乳瓶で育児用ミルクを飲ませてやってくれないか」
「わかった」
「ダイチ殿、その『いくじようみるく』というのは……」
「人工的に作った母乳でな。
もちろんビタミンもたっぷり入ってるんだ」
「ということは、母親の乳の出が悪くとも、赤子を育てられるのですか……」
「そうだ」
「貴殿の国は本当に素晴らしいです……」
「さて殿下、俺たちも少し食事をしようか」
「はい」
料理を振舞うテーブルには人だかりが出来ていた。
だが、農民たちは基本立食か地面に座って食べている。
鉄製品の希少なアルスでは木材加工が困難であり、椅子などという高級品はそれこそ王侯貴族用の贅沢品であった。
石や丸太に腰かける以外に、椅子に座ってテーブルで食事をしたことのある平民などはいなかったのである。
「なんだこれ?
なんか黄色っぽいものが薄い塊りになって焼かれてるけど……」
「これは『じゃがいものがれっと』というものですよ。
さあどうぞ」
「うおっ! 今かけたのって塩か?」
「そうです。このがれっとは塩を振るとさらに美味しいですから」
「旨ぇっ! これ旨ぇよっ!
も、もう一枚くれるか?」
「何枚でもどうぞ♪」
「こっちの粥も旨ぇなぁ……」
「ああ、この粥の上に乗ってる黒いもんがまた旨ぇ……」
「それは『こんぶのしょうゆづけ』っていうものなんです」
「こんな旨いもん喰ったのは久しぶりだわ……」
「ねぇお兄さん、それはなんなんなの?」
「これは『ぴざとーすと』ですね。
薄く切ったパンに『とまとそーす』を塗って、肉や野菜やチーズを乗せて、もう一度パン焼き窯で焼いたものです」
「チーズですって…… そ、そんなに高いもの……
い、一枚頂いてもいいかしら……」
「どうぞどうぞ。
一枚と言わずに何枚でも。
なにしろ今日は収穫祭ですからね♪」
「こ、これ美味しいわぁ♪
特にこの赤いソースの酸味とチーズがよく合ってるぅ♪」
「ねえお兄ちゃん、これなぁに?」
「これは『ぽてとさらだ』っていう料理だよ。
わざと少し冷ましてあるものなんだ。
食べてみるかい?」
「うん!
うわっ! これむちゃくちゃ美味しいっ!」
「僕にも頂戴!」
「あたしにも!」
「慌てなくても大丈夫だよ。たくさんあるからね♪」
「こ、この料理はなにかの?」
「これは『ぽてところっけ』ですね」
「そ、それは油かね……」
「ええそうです。
このパン粉を付けたコロッケを油で揚げたものですよ」
「油なんて高価なもの……」
「おひとついかがですか?」
「い、頂いてもいいのかの……」
「もちろんです、今日は収穫祭ですから。
あ、熱いですから気をつけてくださいね。
塩を振って食べても、そのソースをつけて食べても美味しいですよ」
「う、ううううううっ……
こ、こんな旨いもの、生まれて初めて食べたよ。
ありがとうありがとう……」
「なにこれー、薄くてパリパリしてておいしー♡」
「それは『ぽてち』っていう食べ物だよ」
「うーん、止められないわ。
お兄さんもっと頂戴♡」
「はいどうぞ♪」