*** 174 農村改造 ***
「ガリル、そろそろワイズ王国内を廻り始めるけど準備はいいかな」
「まずは8か所の直轄領の12の街だな。
それが終われば7つの貴族領と10の辺境貴族領、加えて王子王女領の村か。
村の数は合わせて42だったな。
もちろん準備は万端だぞ」
「それじゃあ出発しようか。
最初は俺も付いていくよ……」
王都のすぐ西側にある直轄領の代官館にて。
「シュロス直轄領代官モラベス殿。
わたしは国王陛下に任命された食料援助隊の大地と申します。
陛下よりの書状を預かっておりますのでご覧いただけますでしょうか」
「おお、これはまさしく王家の封印。
この場で拝見させて頂いてもよろしいですかな」
「もちろんでございます」
「なんと……
王家が不作の村を慮り、食料を提供して収穫祭を開いて下さると!
あ、ありがたいことであります……」
「それで、書状にもございます通り、いくつかのお願いがございます」
「なんでも仰ってくだされ。
私共で出来ることでありましたら、如何様にでもお手伝いさせて頂きますぞ」
「まずは、共に2つの村に行って頂き、村長や村民たちに我らをご紹介頂けませんでしょうか」
「もちろんでございますとも」
「その後、5日後より村で収穫祭を開催したいと思いますが、街民たちも村に出向くよう触れを出して頂けませんでしょうか」
「すぐに取り掛かりましょう。
それにしても、祭りの間は街の屋台や食堂は商売上がったりですな、はは」
「そのことなのですが、屋台と食堂の料理と酒は、我らが全て買い上げますのでご安心ください」
「な、なんと……」
「ただ、その際に配下のお役人に料理の価格が適正かどうかのご判断もお願いしたいのですが」
「そ、それはもう……」
「そして、これが第2の極秘書状でございます。
この場でお読み頂いた後はご返却頂けますでしょうか」
「こ、こここ、これは……」
「どうかご安心ください。
村人や街民たちの冬の間の食料はもちろん、増えた分の村人たちの食料も、全て国王陛下が下賜して下さるそうですので」
「わかりました。
全てダイチ殿にお任せすればよろしいのですね」
「はい」
「それでは村へご同道させて頂きましょう……」
「みなさん、こちらは国王陛下から任命された王国食料援助隊のダイチ殿です。
ダイチ殿たちは、陛下の命を受けて5日後からこの村で収穫祭を開催して下さるそうですぞ。
もちろん食料も酒も陛下が下賜して下さいました」
「「「「 えっ…… 」」」」
「皆はダイチ殿の指示に従って、大いに収穫祭を楽しんでください。
それではダイチ殿お願いいたします」
「みんな、俺は大地という。よろしく。
5日後から3日間の間、国王陛下が下賜して下さった食料を使って収穫祭を行いたいと思う」
大歓声が上がった。
「その際に皆にいくつかお願いがある。
まず、食材の持ち込みも竈の設えも俺たちが行うが、皆には交代で調理を手伝ってもらいたい」
「も、もちろんでございますとも……」
「それからもうひとつ。
皆の中で隣の男爵領の村に知り合いがいる者はいるか?」
20本ほどの手が挙がった。
「領境を超えての兵の移動は禁じられておりますが、我ら農民には許されておりますからの。
隣村から婿や嫁に来た者も行った者もおるのですよ」
「それでは隣村の方々も、全員この村での収穫祭に誘ってあげて欲しい。
確か歩いて1刻ほどで隣の村まで行けたよな」
「で、ですが、この直轄領はともかく隣の貴族領は盗賊もいるために、護衛無しでは……」
「安心してくれ
盗賊たちは全員捕縛済みだし、それに俺たちも同行するから大丈夫だ」
「それなら大丈夫そうですの……」
「担架や荷車もあるので、老人や病人も全員連れて来てやってくれな」
「3日間も食べ放題の収穫祭であれば、皆来たがるでしょう」
「それから彼らの泊まる小屋も建てさせてもらいたいが、村の空き地を貸してもらえるか」
「皆さんが建てて下さるのですかの……」
「俺たちは小屋を建てる魔法が使えるからな。
もしよければ、みなの家も建て直してやるぞ」
「そ、それはそれは……」
「それでは早速家を建ててみようか」
(シス、取り敢えずあの空き地に30戸ほどの家とその他の施設も頼む。
もちろん家具や魔道具付きでな)
(はい)
50メートル四方ほどの一角がみるみる整地されて行った。
水はけのための溝も掘られている。
整地が終わると、ダンジョン村で作られ、ストレーくんの倉庫に置いてあった家が30戸出て来た。
いずれも土魔法で作られた2LDKの大きな家である。
一際大きな家があったが、あれは臨時の代官邸だろう。
各家のリビングには煮炊きの出来る囲炉裏まであった。
家々の中央にある広場には大きな納屋も置かれ、その周囲には薪がぎっしりと積まれている。
また、水の魔道具も置かれた共同炊事場も出来ているが、この水の魔道具は後で水道が行き渡ったときには撤去される予定であった。
村人たちはもちろん、代官や指導員や第3王子まで目が点になっている。
「こ、こここ、これはぁっ!」
「どうかな村長、よかったら村のみんなも中を見学してみないか」
「よ、よろしいのですか?」
「もちろん」
村人たちは、まるで小さな貴族邸のような家々を見て回り、ため息を吐いていた。
「気に入ってくれたか?」
「どれも夢のような家ですの……
これならば真冬でも温かく過ごせるでしょうな……」
「それでは、この集落は村の皆さんに差し上げよう」
「「「 !!!!! 」」」
「ほ、本当ですかの!」
「もちろん本当だ。
だが、その代わりと言ってはなんだが、村の皆にもうひとつお願いがある」
「な、なんでございましょうか……」
「村の皆も、不作に喘いでいるのはこの村だけではなく、この国全体だということは知っているだろう」
「はい……」
「そこで、この村の空き地に、これと同じような集落を6つ作らせてもらいたい。
そうして6つの村の村人たちを呼んで、ここを冬の間の避難所にしたいんだ」
「なんと……」
「もちろんその間の食料は国から供給される。
この村は、空き地を貸してくれるだけでいい。
ここを含めて7つの村を廻って炊き出しをするのは大変だからな。
6つの村がここに避難して来てくれたら、俺たちも炊き出しが楽になるんだ」
村長は村人たちを見回した。
皆大きく頷いている。
立派な家が貰えるということもあるが、やはり冬に飢えるであろう他の村のことも気になっているのだろう。
「それではよろしくお願い致しますじゃ」
「ありがとう。
モラベス代官殿には、あちらの大きな邸をご用意させて頂きました。
部下の役人の方々と共に、冬の間はあの建物に御滞在くださいませ」
「あ、ありがとうございます……」
「それから村長、この村の東側に溜池を作らせて欲しい。
そこから水路を引けば、この村の農地を何倍にも出来るだろう」
「そ、それはもちろん実にありがたいお話ではありますが、溜池や水路を作るのには内側を石や粘土で固めなければならず、実に大変な作業なのです。
それに畑を広げるにしても、木や根や石を取り除くのも大変でして……」
「問題無い。
村の皆は何もしなくていい。
さっきの家を作ったように、全ては俺たちの魔法で用意出来るからな」
「な、なんと……」
「ところで、この村の農地はどれぐらいあるのかな」
「おおよそ200反でございますじゃ」
「それで豊作なら200石の麦が取れてたのか。
それでこの村の税はいくらだったんだ?」
「年に80石でございます。
ですが、今年は100石しか麦が採れませんで……
陛下のお慈悲で税を56石にまで減免していただいたのですが……」
「そうか、村民100人に対して残り44石の麦じゃあ暮らしていけないな」
「はい……」
「それで、冬の間はどうするつもりだったんだ?」
「ここから南に半刻ばかり歩いた森に、村人全員で入って森の恵みを採り、それで飢えを凌ごうと思っておりました……」
「だが森の恵みも大分減って来ているだろう」
「ええ、ですが、なんとか食べられる草もありますので。
それを茹でたり干したりして食べておりました」
(山菜か……
まあ、山菜はカロリーは少ないけど、ビタミンなんかの栄養はそれなりに含まれているからな)
「それに、幸いにも柿はたくさん生えておりますし」
「ほう」
「ただ……
あの森の柿の実は異様に渋いのです。
食べ過ぎると必ず腹を壊しますし、本当に飢えたときに少しだけ食べるのです……」
(そうだろうな、柿はその90%以上が渋柿だっていうから……
特に寒冷な地域ほど渋柿が多いし。
シス、その柿が生る地域を特定しておいてくれ)
(はい)
「ならば村長、話は簡単だ。
飢えないためには畑を倍の400反にすればいい」
「「「 !!! 」」」
「そのうち麦は300反で作ればいいだろう。
後の100反では野菜を作って欲しい。
特に豆を重点的に、後は俺たちが遠国から輸入して来た野菜を植えてくれ。
その野菜の育て方は、ここにいる王国農業・健康指導員に伝えてあるのでじっくり教わってもらいたい。
彼らは今13人いるが、そのうちの2名がしばらくこの村に泊まり込んで指導してくれるだろう。
ところで村長、麦の刈り入れが終わって、今は作物は作っていないな」
「は、はい……」
「それじゃあ溜池と水路と畑を作り始めるぞ」
(シス、よろしく)
(はい)
村の東側の荒れ地が盛り上がり始めた。
村からは見えなかったが、その上部には直径100メートルほど、深さ20メートルの窪みが出来、その内側の土が固められていっている。
周囲には水の魔道具が設置され、魔方陣が展開されて水も溜まり始めた。
出来上がった丘の中腹から東に向かって直径1メートルほどの土管が伸び始めた。
途中で太さ30センチほどの土管が南北に枝分かれし、その土管には大きな蛇口の様なものがいくつも付いている。
村の東側にあった畑と荒れ地と林がもぞもぞと動き始めた。
まず林が消え、岩が消え、大小さまざまな石も消えて行く。
地面が掘り起こされて均され、多少起伏のあった土地が平坦になって行った。
土管の蛇口部分から幅50センチほどの溝が掘られ始めた。
溝は40メートルの間隔で何本も掘られて西へ向かって伸びて行く。
溝の間は、畦道で区切られた1反ずつの畑になるだろう。
こうして、わずか30分ほどで水路と400反の畑が出来て行ったのである。
続けて、村の南側には先ほどの総戸数30戸の集落が6つ出現した。
それら集落の中央には広場も作られ、50個近い大型竈、大きな薪小屋、水場、そして広場を取り囲むように無数のベンチとテーブルが作られて行った。
もちろん代官邸もいくつか作られている。
その場の全員の口が大きく開かれていた。
「さて、みんな見てもらえるかな。
この土管についている蛇口を回すと水が出て来るんだ。
雨が降らずに畑の土が乾いてひび割れて来たら、この蛇口を回して溝に水を流せばいい。
そうすれば畑の傍の水路に水が通るから、畑に水を撒くのもそれほどの重労働では無いだろう。
水路近くの畑には子供でも柄杓で水撒きが出来るだろうし、水路から離れた畑には大人が桶で水を汲んで撒いてやればいい。
どうだい、これなら400反の畑を作っても、作物の世話はそれほどの重労働ではないんじゃないか」
全員が目を見開いたままコクコク頷いていた。
「農業ってぇのは確かに重労働かもしれないけどさ。
最初にこうしてちゃんと農地と水路さえ作っておけば、大人1人で5石ぐらいの作物は作れるんだよ。
何事も最初が肝心なんだ」
「あ、あああ、ありがとうございますじゃ……
確かにこれならひとり5石ぐらいの作物は……」
「それでは農業・健康指導員諸君、ここに2人残って村の皆に穀物粥を作るところを見せてあげてくれ。
必要なものはすべてあの納屋に揃っているはずだ」
「「 はい! 」」