*** 173 ダンジョン村の収穫祭 ***
大地はダンジョン村のドワーフ族居住地に来ていた。
「やあドワル村長さん。
麦の収穫はどうだったかな」
「おおダイチ殿、信じられぬほどの大豊作でござった。
さらにシス殿が大量の樽も作って下さったし、おかげで膨大な量のエールが作れましたわい。
ドワーフ族一同に代わりまして厚く御礼申し上げますじゃ」
「それはよかった。
それでさ、すまないんだけど、そのエールを200樽ばかり譲って貰えないかな。
代わりに強い酒を持って来たから」
「もとより我らが作った酒は、このダンジョン村の全員で分かち合うお約束でございましたぞ。
加えてあの強い酒をも下さると言われるか!
我らのエールなどいくらでも持って行ってくだされ」
「それじゃあさ、試しにこの『スピリタス』っていう酒を飲んでみてくれないか?
以前持って来たウイスキーやバーボンよりも強い酒なんだ。
これから作り始めるだろう強い酒の目標にもなるだろう」
大地はグラスにスピリタスを注いだ。
「こ、こここ、これは……
な、なぜ酒から禍々しい気配が立ち上っているのでありましょうか……
し、しかもグラスの上の向こうの景色が揺らいでおりまする……」
(あ、それ気化したアルコールのせいだな……)
「ま、まあ試してみてくれ」
「は、はい……」
ドワル村長はスピリタスを一気に飲み干した。
「……(あっ!)……」
「が、がおぉぉぉぉぉぉぉ―――――――っ!!!」
ピクピクピクピクピクピクピクピクピク……
ばたっ。
「だ、大丈夫かドワル村長っ!」
「が…… が…… が……」 ぱた。
あ! ドワル村長が白く光ってダンジョンに吸収されたっ!
ああっ! リポップして来たぁっ!
あああっ! また光って吸収されたぁぁぁっ!
そ、そうか……
リポップされるときは、毒は抜けてるし怪我は治った状態で元に戻るけど、体内のアルコールは抜けないままで残ってるのか!
ま、まあ一応栄養分にはなるからな……
村長は8回リポップしてようやく死ななくなった。
(あー、でも完全に泥酔状態かぁ……
仕方ない、また来るか……)
こうして大地は200樽のエールを受け取り、代わりに500ダースのスピリタスを置いて帰って行ったのである。
いつも大地の後ろにくっついてお勉強中のアイス王子は、この光景を見て盛大に仰け反っていた……
スピリタス製造元のポポーランドのポルモス・ワルシャワ社は、過去最高益を更新していたらしい……
もちろんダンジョン村は全域で大豊作だった。
麦も野菜も果樹園の果実も、その収穫量は凄まじい。
そうして、10万人を超える避難民たちが、総出でそれら作物を収穫していったのである。
彼らの目の前には信じられないほどの収穫が積み上げられていた。
因みに……
ドワーフなどの一部先進種族を除き、ほとんどの種族やヒト族にとって、『収穫祭』とはご馳走を食べる催しである。
普段とても食べることの出来ない、果物、温かい粥、川の魚を焼いたものなどを食べる祭りだった。
それも、量が足りないことも多く、1時間ほどで終わってしまうことが多い上に、ここ数年はそんな祭りも出来ないほど飢えていたのである。
ところがこのダンジョン村では、毎日が大収穫祭みたいなものだった。
温かい粥も焼き魚も菓子もジュースもみな食べ放題飲み放題である。
少しずつだが、大人たちにはドワーフ族の造ったエールすら振舞われるようになっているのである。
各種族の大人たちは昔の貧しい生活を思い出すと共に、今の生活の喜びを改めて噛みしめることになった。
そうして……
彼らは、収穫を祝う行事として、各種族ごとに集う広場に各々大地の像を建立し始めたのである。
つまり、収穫祭は本来の祭祀の姿となり、種族全員で大地の像に感謝の祈りを捧げる儀式になったのだった。
各種族がその思いを込めて作った大地の像は実にユニークだった。
幼く見えるもの、大人びて見えるもの、超写実的なもの、抽象彫刻としか思えないもの……
各種族がそれぞれ造り上げた大地像は、どれも素晴らしい。
まるでクロマニョン人が描いたラスコー洞窟の壁画のような原始芸術である。
そうして、各種族の収穫祭は、その像に感謝の祈りを捧げるものになったのである。
特に皆を唸らせたのが妖精族が作った大地像だった。
錬金と念動の魔法が使える彼ら彼女らは、大理石を使って巨大な大地像を作ったのである。
もちろん裸像になる。
その像は完璧に写実的なものだったが、1か所だけ誇張があった。
なにしろ先端が膝に届こうとするほどにナニが巨大だったのである。
いくらなんでも盛りすぎだった。
まあ、彼女たちの願望がそのまま出てしまったのであろうが……
天使ツバサさまが、その像の実物大レプリカを作って自室に置き、毎晩顔を赤らめながらうっとりと眺めていることは極秘事項である……
タマちゃんは、もし今の身長のまま大地と結婚などしたら、串刺しにされて喉まで届き、口から先っぽが出て来るのではないかと余計な心配に恐怖していた……
「ところで淳さん、ダンジョン村の畑の具合は如何でしたか」
「それが、土壌を地球に持って行って農業試験場で検査してもらったんだけど、驚くべきことに地味がぜんぜん衰えてなかったんだよ」
「やはりそうでしたか……」
「どうやらマナのおかげだね。
これなら肥料もほとんど要らないんじゃないかな」
「それはありがたいですねえ。
まあ、竈で出た灰や森の腐葉土ぐらいは土に梳き込んだ方がいいかもしれませんけど」
「それにね、マナはどうやら作物の病気や害虫を防ぐ力も持っているみたいなんだ」
「ほう!」
「これなら収穫したジャガイモなんかをそのまま種芋に使えそうだよ。
半分に切って使っても断面は腐りにくいだろうし」
「それはありがたいことですねぇ。
地球の農業指導書とか読むと、種芋は病気の被害を防ぐために必ず検査・消毒済の買って来たものを使えって書いてありますもんね」
「まあジャガイモの病気って、あっというまに国中に広がるからね。
19世紀アイルランドのジャガイモ飢饉って酷かったみたいだし」
「マナには病気や害虫を防ぐ機能もあったんですね。
だから2年前までのアルスでも、作物の病気や害虫による大飢饉って起きてなかったんですか……
ダンジョンも地味に役に立ってたんですねぇ……」
「まあ、神界も失敗ばかりじゃなかったっていうことだね」
神界のツバサさま&神さまたち:
「よ、よかった……」
「少しは役に立っておったのか……」
「よかったのう……」
各大陸のダンジョンくんたち:
「「「 えっへん! 」」」
<現在のダンジョン村の人口>
10万5254人
<犯罪者収容数>
7632人(内元貴族家当主295人)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日は、夕方からドワーフ族の収穫祭と宴会だった。
4000人近いドワーフたちは、まず大地像に向かって感謝の祈りを捧げた。
その後は成人と子供たちに分かれて大宴会が始まったのである。
3200人のドワーフ族成人の前には大ジョッキが置かれ、その中にはなみなみと注がれたスピリタスが入っていた。
よく見れば広大な宴会場全体に禍々しい気配が立ち上っていたが、酒を前にして浮かれているドワーフたちは気づいていない。
先ほどから村長会代表の挨拶が行われていた。
収穫の喜びであるとか、ダイチ殿への感謝であるとか、まあどうでもいい話が続いている。
(どうしたんですかいドワル村長、なんか顔色が悪いですぜ)
(い、いや、なんでもない……)
そう……
大地は知らなかったのである。
ドワーフ族の収穫祭宴会は、乾杯のとき最も強い酒をイッキ飲みすることから始まるのであった。
文字通り杯を乾して、手っ取り早く酔っぱらおうというものである。
しかも、この強い酒はダイチさまから賜った酒であるというのだ。
乾杯するには最高の酒であろう。
だが……
ドワーフ族には、エールを飲んだことはあっても蒸留酒を、それも日本の消防法で危険物扱いされているほどのブツを飲んだことのある者はいなかったのだ……
村長代表の挨拶がようやく終わった。
ドワル村長も蒼白な顔で覚悟を決めた。
なぜ酒を飲むのに覚悟を決めなければならないのかという疑問は、心の底に押し込んだ。
「それでは皆の衆、乾杯っ!」
「「「「「 カンパーイっ♪ 」」」」」
ごきゅごきゅごきゅごきゅごきゅごきゅごきゅごきゅ……
「「「「「 ………………… 」」」」」
「「「「「 がおぉぉぉぉぉぉぉ―――――――っ!!! 」」」」」」
ばたばたばたばたばたばたばたばたばたばたばたばたっ。
ピクピクピクピクピクピクピクピクピクピクピクピク。
ピカピカピカピカピカピカピカピカピカピカピカピカ。
会場全域が光に包まれたが、すぐに皆リポップして来ている。
「「「「「「 が…… が…… が…… 」」」」」」
ぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱたぱた。
ピクピクピクピクピクピクピクピクピクピクピクピク。
ピカピカピカピカピカピカピカピカピカピカピカピカ。
こうして……
ドワーフたちは1人平均均36回ものリポップを繰り返していったのだった……
離れたところにいてジュースを飲んでいた子供たちは……
「わー、お父ちゃんたちピカピカ光って綺麗♪」
「お母ちゃんたちも光ってるー♪」
「お父ちゃんたち、寝ちゃってるよー」
「いつもは寝ちゃうのもっと遅いのにー」
「ご馳走食べないのかなぁ」
「もったいないから、僕たちで全部食べちゃおうか♪」
「「「「「 わぁーい♪ 」」」」」
そのころイタイ子は……
(おかしいのう……
ダンジョンポイントがみるみる増えていっておる……
今は誰もマスターダイチと鍛錬をしておらんはずなのに……)
イッキ飲み、ダメ! 絶対!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「宰相さん、直轄地各地での収穫は順調かな」
「それが…… やはり不作は如何ともしがたく……」
「それじゃあ税を払った後の農民たちの手取りは?」
「3割の減税後でも、農民の手に残る分は僅かでしょう。
代官たちからの報告でも、各村では一様に皆困り果てておるようです」
「それじゃあ収穫祭も盛り上がらないな」
「冬の飢えを思えばそれどころではないでしょうな……」
「それじゃ、俺たちが一丁ぱーっとご馳走してやろうか」
「民に代わりまして心より御礼申し上げます……」
「ところでさ、あの『ワイズ王国改造計画』を進める上で、各地に派遣する農業・健康指導員の人選は終わったかな」
「はい、代官登用試験の成績優秀者で次期代官候補者と医官候補者を中心に13名を用意してございます」
「頼んでいた通りに、彼らをミルシュ商会に派遣して『穀物粥』の作り方を練習させてくれたかい?」
「ええ、皆あの粥の旨さに驚いておりました」
「それじゃあ彼らも王子と一緒に連れて行こうか。
それから8か所の直轄地の代官さんへの書状と、7か所の元中立派貴族領への書状は用意してくれたかな」
「はい、そちらもそれぞれ用意は出来ております」
「じゃあそれを受け取って、俺たちが直轄領と貴族邸に行こう」
「よろしくお願い申し上げます……」