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*** 172 ワイズ王国改造案 ***

 


 だがまあもちろん、彼ら兵士たちも座学ばかりやらされているわけではない。

 読み書き計算の訓練は主に午前中に3時間、それ以外の時間は戦闘訓練に充てられていた。



「これより、訓練生と兵に分かれて訓練を開始する。

 4名の下士官はそれぞれ4名の教官に付いて、その指導の補佐をせよ」


「「「「 はっ! 」」」」


「訓練生、貴様らはまず基礎体力をつけることから始めるが、その前段階として掌と足の裏を鍛える」


(((( ……(????)…… ))))



「全員作業靴を脱いで裸足になれ。

 次にそこの銅剣を持って整列せよ」


「「「「 はっ 」」」」



「すげぇな、俺たちにも銅剣を持たせてもらえるのか」

「な、なんだこれ! なんでこんなに重いんだ!」

「以前隊長殿の銅剣を持たせてもらったことがあるけど、この剣はその倍以上重いぞ……」


「無駄口を利くな。

 その銅剣は訓練用の剣だ。

 わざと重く作ってある」


(((( ………… ))))


「よいか、剣の基本動作とは、切り下ろし、切り上げ、右袈裟切り下ろし、右袈裟切り上げ、左袈裟切り下ろし、左袈裟切り上げ、右水平切り、左水平切り、突きの9種類になる。

 足の踏み込みも左右それぞれの2種類あるので、細かく分ければ18種類になる。

 まずはそれぞれゆっくり行うのでよく見ていろ」


 ぶん…… ぶん…… ぶん……



「すげぇ……」

「あんなに重い剣を軽々と……」


「それではもっと早く振るぞ」


 ひゅんひゅんひゅんひゅん……


「み、見えねぇ……」

「な、なんてぇ速さだ……」


「このぐらいの速度で剣を振れるようになることが貴様らの当面の目標になる。

 それではこの18種類の動きを100回ずつやってみろ。

 ただし、途中で手のひらと足の裏が破れるだろうから、そのときは教官に申告の上あの小屋に向かえ。

 衛生兵メディックが治療の魔道具で治してくれるだろう」


(((( …………… ))))


「この軍では、即死さえしなければ、どのような怪我を負ってもあの魔道具ですぐに治る。

 手や足を切り落とされても、ダイチ最高顧問殿の魔法で治る。

 よって直ちに戦線や訓練に復帰出来るのである。

 この軍に、死亡除隊はあっても傷病除隊は無い。

(まあ実際にはシス殿が戦場全体をダンジョン化してくださるから、死亡もせずにリポップされるだけだろうがな……)」


(((( ………………… ))))



「それでは素振り始めっ!」




 2等兵以上の兵になると、こうした基礎訓練に加えて教官との模擬戦も加わる。

 その横には担架を持った衛生兵メディックも控えていた。


 バキッ! 「ぐあぁぁぁっ!」


「メディック、こいつを治療小屋に連れて行け」


「はっ!」



「どうだ、折れた腕もすぐに治ったろう」


「は、はい、上官殿。

 完全に折れてた腕があんなにすぐ治るとは……

 も、もう痛みもありません」


「ここでひとつ重要なことを教えるので皆もよく聞け。

 剣で首を斬られたとか心の臓を突かれたとか、即死級の攻撃を受けた場合はもちろんどうしようもない。

 だが、今のように腕を折られた場合などには、その痛みで行動不能になるまでは2秒から3秒の余裕があるのだ」


(((( ………… ))))


「例えば素足でドアの枠に足をぶつけたときなどは、その痛みが襲って来るまでに数秒の間があるだろう」


「た、たしかに……」

「あの、『これから酷い痛みが襲って来るぞ』っていう間はなんとも嫌な時間です……」


「故にその数秒は反撃に使えるのである。

 お前たちに一撃入れたと思って油断した敵に、一太刀斬り返すことが出来る。

 それで敵を行動不能にして、お前たちは命が助かるかもしれないのだ。

 耐え難い痛みを堪えるのはそれからでいい」


「な、なるほど……」


「よって、やられたときには直ちに反撃せよ。

 敵の剣が貴様らに届いたということは、敵は貴様らの剣も届くところにいるかもしれないということだ」


「そ、そうか……」


「逆に、敵に一太刀入れたと思っても油断するな。

 戦場で最も危険な時間は、敵に一撃入れた後の2秒なのである。

 故に、最も緊張して敵の攻撃に備えるべき時でもある。

 こうした警戒を『残心』という。

 戦場では絶対に忘れるな」


「「「「 は、はい…… 」」」」




 こうして、国軍の兵たちのレベルも徐々に上がっていくことになる。

 まあ、レベル12まで上がったら、モンスターくんたちが張り切って待ち構えているから楽しみにしていてね♪




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「シス、こないだ話をしたワイズ王国改造案なんだけどさ。

 そろそろ具体的な計画を立てたいと思うんだ」


「はい、王城を中心にした半径18キロの直轄領領域についての計画ですね」


「そうだ、その領域のうち外周部に幅1キロの緩衝地帯を置いて、残りの半径17キロの範囲を簡単な城壁で囲む計画だ。

 この国に村って全部でいくつあったっけか」


「42の村がございます。

 村ひとつの人口は約100人ですので、農村総人口は約4200ですね、

 それに加えて王都を除いた街が28ございまして、街民の数は平均で60人ほどですので街の民の数は約2000になります」


「ずいぶん小さな街だな」


「貴族領の街では、これに当主一族と使用人及び領兵隊が加わりますし、国王直轄領には代官と役人もおりますので、街の人口は平均して150人ほどですね」


「なるほど。

 それでは王都に近い直轄領の6つの村を冬季避難村にして、まずは農民と街民を全て集めてしまおう。

 ひとつの避難村につき約1000人か。

 6つの村の面積はどれぐらいあるんだ?」


「村ひとつにつきおおよそ2平方キロでございます」


「それだけ広ければならなんとかなるな。

 その後、秋植えの作物を植えるときには、42の村と21の小さい街を作って移住させようか」


「村2つにつき、代官館を中心にした小さな街も1つ作るということでよろしいでしょうか」


「そうしよう。

 まあ、ワイズ王国内に半径17キロの国王直轄の王都圏国家を作るようなもんだ」


「それでしたら、こちらが計画書になりますです」


「早いな!」


「えへへへ」


「ふむふむ、王都を囲んで6つの村、その周囲に12の村で、さらにその周りに24の村か。

 王都から放射状に4本の大通りと支道を作ってそれぞれの村に繋げるんだな」


「はい」


「それにしても、村ひとつ2平方キロとして、42の村でも84平方キロか。

 外周部はスカスカだな」


「将来の人口増加に備えて余裕がございますね」


「それもそうか。

 ところでこの半径18キロの範囲に旧中立派貴族領はいくつあったっけ」


「7か所です。

 そのうち5か所の領主の息子がP小隊にいます」


「それならどかしても問題無いな」


「はい」


「この直轄領領域の耕地面積はどのぐらいの割合にしようか」


「自然も残したいですので、耕地は半分で如何でしょうか」


「それでも耕地は450平方キロになるか。

 街や王都を除いても400平方キロはあるな。

 辺境男爵領と旧中立派貴族領に加えて王子王女領の農民や街民が全て集まったとして、王都圏総人口は6000人ほどだから、それなら将来人口が5倍になっても大丈夫だろう。

 そのうち、城壁の外側も農地に出来るようになるだろうし」


「はい」


「溜池は何か所作るんだ?」


「王都周囲に小高い丘を4か所作って、その上に作る溜池から灌漑用兼水道用の主水路を東西南北に流したら如何でしょうか。

 直轄領内にはいくつか小川も流れていますが、やや標高の低い部分を流れていますので、水道橋を作る計画です」


「はは、古代ローマ帝国みたいだな。

 川の水はちょっと不衛生だし、敵に毒でも流されたら困るから、その計画でいいだろう。

 ところで、それだけの大工事をするに当たって、ダンジョンの負担は大丈夫か?」


「ええ、あの北大陸の大城壁に比べて、作業量は1%ほどですので全く問題ないです」


「ははは、それもそうか。

 それじゃあ、いつでも工事が始められるように準備をよろしく」


「畏まりました」




 因みに、半径17キロメートルの円形の範囲の土地と聞いて、どう思われるだろうか。

 直径にして34キロであるので、健脚者ならば端から端まで6時間ほどで歩いてしまえる距離である。

 つまり、全域が徒歩圏になる。

 かなり狭いし、そんな土地で果たして将来3万人もの人口を養えるのかと危惧される方も多いのではないか。


 これを日本に当てはめて考えてみよう。

 実は東京駅-新宿駅の間は直線距離だと約6キロしか無いのである。

 また、江戸の町は100万人都市と言われていたが、その面積は江戸初期で約44平方キロ、幕末期でも80平方キロでしかなかったのだ。

 そして、半径17キロの円形の土地の広さは約900平方キロになる。

 幕末期の江戸の広さの10倍以上の範囲に6000人、人口が5倍になっても3万人しかいないのだ。

 人口密度は相当に低い。



 また、ヒトが1年間に食する穀物の量を1石という。

 その1石を生産するために必要な土地が1反|(=300坪≒10アール)である。

 太閤検地までは、1反360坪だったがものが検地以降は300坪|(≒10アール)となっていたが、これは当時の農業生産性の向上によるものとされている。


 それではこの青銅器時代のアルスはどうだろうか。

 農業生産性の低さから、1石の穀物を育てるのに必要な農地面積は遥かに広かったことと思われる。

 実際には、アルスの農村では1石の収穫が得られる畑の面積を約20アールとしていた。

 つまりは、1反1石2000平方メートルである。

 分かりやすく言えば、1人の1年間の食い扶持を得られる畑は、100メートル×20メートルになる。


 シスくんの計画では、耕作地面積は自然をたっぷりと残した後でも400平方キロもある。

 つまりは20万反の耕作地であり、20万人の人口を養えるだけの耕作地だった。


 それではなぜこの時代のアルスが不作に悩まされていたのか。

 それは、耕作適地そのものが非常に狭かったからと思われる。

 農業にはなによりもまず水が必要だが、これには雨を待つ以外には井戸や川から汲んでくるしか無かった。

 もちろんこのアルスには木の桶や荷車を作る技術も道具も無く、水を運ぶのは主に土器である。

 そのため、水汲みはたいへんな重労働になり、耕作地はおいそれと増やせなかったらしい。

 加えて大森林中央部のダンジョンから溢れ出て来ていたマナが途絶えてしまっていたために、僅かな耕作地では不作に悩まされていたのだろう。


 だが、このワイズ王国の地は既に外部ダンジョンになっており、マナも十分に湧き出て来ている。

 20万石もの収穫が予想される領地で、わずか6000から数万の人口を養うということが目標であるとは、大地やシスくんが自信を持っているのも頷けるだろう。



 加えてもう一つ。

 実は古代の地球では、麦という作物は非常に収穫の難しい作物だった。

 育成ではなく、収穫がである。


 麦の穂の形はビール缶の絵などでおなじみだろう。

 そして、麦の野生種は、まるでタンポポの種のように成熟するとバラバラに分裂して風に乗って飛んで行ってしまうのである。

 あの細い突起部は、風に乗るためのものだったのだ。

 まさにタンポポのような形態である。

 まあ麦からすれば、その子孫という版図を広げて行くための行動であるのだから当然の進化であった。


 故に古代地球でもアルスでも、収穫期に風が吹くと麦の実が飛んで行ってしまい、風の強さによっては収穫が半減以下になってしまうこともあったのだ。

 このために、麦畑は主に盆地に作られていたとされているほどである。

 あのミレーの落穂拾いの絵も、当時としては当たり前の風景だったのかもしれない。


 地球のヒト族は、これをなんとかするために1000年を超える歳月をかけて品種改良を行って来た。

 すなわち、風が吹いても飛ばなかった麦の実を、祈る思いで翌年に種として畑に埋めていたのである。

 おかげで現代地球の麦は、熟して収穫期になっても風で飛ばなくなっている。


 そう……

 大地はこの地球産小麦の種をアルスに持ち込んでいるのだ。

 それも秋撒き小麦と春撒き小麦の両方の品種を。

 よって大豊作は必定である。


 食料増産のためには、多少の遺伝子汚染などむしろ歓迎であった……





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