*** 171 新国軍兵の試練 ***
バルガス中佐は国軍兵士たちに向き直った。
「貴様らの疑問に答えてやろう。
我々はその者の『強さ』を見る事の出来る能力を持っている。
実際には『れべる』と言われるものであるが。
貴様らの階級は、その能力によって厳正に決定されたものである」
手が挙がった。
「まだ質問は許可しておらんが、特別に許す。なんだ」
「じ、上官殿……
な、なぜ指揮官に『強さ』が必要なのでしょうか……
指揮能力があればそれでいいのではないですか?」
「なぜなら新国軍には指揮官の護衛がいないからだ。
指揮官に護衛を付けるのは兵力の無駄である。
敵と交戦中であったとしても、付ける護衛はせいぜい背中を守る1人だな」
「「「 !!! 」」」
「さらに、第12階級から14階級までの『少尉』には、部下たちの先頭に立って戦うことが求められる。
弱兵の士官など不要であるばかりか邪魔だ」
「「「 !!!!! 」」」
手が挙がった。
「よし貴様、発言を許す」
「じ、上官殿……
そ、そんなことをしたら、指揮官が戦死して指揮系統が混乱しませんか?
ですから指揮官は常に後方の安全な場所にいるべきなのでは……」
「安心しろ。
軍の階級は厳密に定められている。
もし先頭に立っていた指揮官が戦死した場合は、指揮権は直ちにその場にいる次の階級の者に引き継がれる。
もちろんそのための訓練も行われるので、指揮官は安心して部隊の先頭に立って死ね」
「「「 !!!!!!!! 」」」
「今日は特別に、戦時に於いての指揮官の心得を教えてやろう。
戦場で指揮官が司令部の命令に従い、任務を遂行するに当たって最も大事なこととは何か。
おい、そこの貴様、貴様は元指揮官だろう。言え!」
「じ、上官殿……
敵を殺すことでありましょうか……」
「違う!」
「最後まで戦って、任務遂行の努力をすることでしょうか……」
「全く違う!
よいか、指揮官にとって最も重要なことは、『部下を死なさない』ことである。
なぜなら兵1人を一人前にするのには膨大な労力と時間がかかるからだ。
そして、兵は死ななければまた前線に戻って戦うことが出来るのだ。
そのために指揮官に必要になることは、増援要請か撤退の判断になる!
いいか!
10人の敵を殺した功績よりも、1人の部下を戦死させた罪の方が遥かに重いと知れっ!
部下を死なせた指揮官は直ちに降格されるだろう」
「そ、そんな……」
「したがって、戦闘を行う際は、指揮官は常に先頭に立つ。
撤退するときは殿だ!
部下を死なすぐらいならば、まず先頭に立って自分が死ね!
死にたくなければ強くなれ!
これが弱者である貴様らを兵にしない理由である!
貴様らのような弱者を兵に配置したらあっという間に死ぬだろうから、指揮官の階級がいくら高くとも足りん!」
「「「「 ……… 」」」」
「だが安心しろ、貴様らには当分関係の無い話だ。
訓練生見習いや訓練生は、兵ですらない。
従って、仮に明日戦争が起きても、貴様らの仕事は戦うことではなく、糧食その他を担いで兵たちに届けることが任務になるだろう」
「「「 !!!!!!!!!!! 」」」
手が挙がった。
「よし貴様、発言を許す」
「あ、あの、上官殿、馬は使わないのでありますか……」
「馬は貴重な戦力だ。
荷運びなどさせて戦地から離れさせたり、万が一にも怪我をさせるわけにはいかん。
つまり、訓練生や訓練生見習いとは、軍に於いては馬以下の存在である。
早く鍛錬して、せめてヒトである兵になれ」
(((( がぎぐぐぐぐぐぐ…… ))))
「も、もうがまんならん!
こ、こんな軍は辞めてやる!」
「歓迎する。
この場でただちに辞表を書いて提出せよ。
他に辞表を書きたい者はいるか、居れば手を挙げよ」
40本ほどの手が挙がった。
皆、額に青筋を立てている。
「こ、これだけの司令官や指揮官が辞任すれば、国軍は大混乱するぞ!」
「いや、弱兵に指揮をさせるほうが遥かに混乱するのでちょうどよかった」
「な、なんだと若造! 己惚れるな!
キサマはそれほどまでに強いとでも言うのか!」
「貴様はあのダイチ殿と近衛の戦いを見ていただろう。
我ら教導隊の指揮官であれば、同様に近衛120名を倒すことなどたやすいことだ」
「う、嘘をつけっ!」
「そうか、それでは実践してみよう。
希望者は隣室に行け。
そこで俺は貴様らに指一本触れずに全員打倒してみせる」
「言ったな若造!
もし出来ねばなんとする!」
「そうだな、面白そうだから賭けをしてみるか。
本官が貴様らを打倒出来なければ、残った者には金貨1枚を進呈しよう。
そして、もし貴様らが倒れたら、辞任に伴う年金は全て放棄せよ。
まあ可哀そうだから退職金ぐらいは払ってやる。
この試みに参加する資格を持つのは辞表を書いた者だけだ。
さあ早く書け」
「がぎぐぐぐぐぐぐ……
こ、後悔するなよ!」
「はははは、間違いなくしないぞ」
「希望者は全員辞表を書いたな。
それでは全員隣室に移動せよ。
参加しない者はこの部屋で待て。
1分で戻って来る」
隣室にて。
「さて、全員揃っているな。
全員その場に立て」
「わはははははは!
いったいどうやって指も触れずに我ら全員を倒すというのだ!」
「『威圧Lv5』……」
「「「「 !!!!!!!!!!!! 」」」」
10秒後、その場には腸と膀胱の中身を全て噴出し、白目を剥いて気絶しているハラの出たジジイやオヤジたちが45人転がっていた。
元の説明会会場にて。
「待たせたな、それでは説明会を続ける」
(ふむ、全員が20代から10代か……
国軍や警備隊でも新兵だった連中だな。
目的通り、軍歴10年以上であるにも関わらずレベル4以下の者は全員排除出来たか……)
手が挙がった。
「特別に発言を許す。なんだ」
「あ、あの…… じ、上官殿……
先ほどの司令官たちはどうなったのでしょうか……」
「全員気絶しておる」
「あ、あの! 様子を見に行ってもよろしいでしょうか!」
「1分だけ許すが、奴らには触れるな。
また、鼻を摘まんで行け」
「は、はいっ!」
全員が見に行ったが、1分後に蒼ざめた顔で帰って来た。
「それでは貴様らの待遇について説明する。
訓練兵、もしくは訓練兵見習いとしての月俸給は、その階級数字と同じだけの銀貨になる」
手が挙がった。
「質問は後にしろ。
また、貴様らは全員この王城内の国軍寮で暮らすことになり、衣食住全てが国から支給される。
私物の持ち込みや、6日間の勤務日には王城からの外出は禁止されている。
6日の訓練につき1日の休暇が与えられるが、その際も原則王城からの外出は認められておらん。
この中で結婚している者は手を挙げろ」
10本の手が挙がった。
「家族のいる者は、その家族に王城に隣接した地にある国軍家族寮が与えられ、また家族1名につき月銀貨3枚の家族手当が支給される。
食と住は国から与えられるので、貴様らの薄給でも十分に暮らしていけるだろう。
また、休暇日には、国軍家族寮へのみ外出が認められる」
先ほど手を挙げた10人が皆ほっとした顔をしていた。
「勤務時間外の城外への外出が許可されたり、国軍家族寮で家族と生活が出来るようになるのは、第5階級の兵になってからだ。励め。
それでは質問を許す」
今度はあまり手が挙がらない。
家族持ちも女房子供が十分に生活していけることに安心したのだろう。
「上官殿、我らは強くなれるでしょうか……」
「安心しろ。
教導隊の指揮官たちは全員20人以上の兵を育てて来ている。
その兵も全員がレベル16以上、つまり中尉以上の将校になっている。
また、強くなるために最も必要なのは、『強くなりたい』という純粋な意志である。
偉くなりたいとか多くの部下を持ちたいとか言う願望は、むしろ邪魔になることが多いので気をつけろ。
他に質問はあるか」
「「「「 …………… 」」」」
「無いようだな。
貴様たちは全員国軍訓練小隊に配属される。
これより小隊本部に向かい、制服や作業服などの支給品を受領して寮に向かえ。
夕食は兵士用食堂で取るように。
明日は朝5時半起床であり、直ちに洗面と作業着への着替えを済ませて練兵場に集合せよ。
それでは解散!」
「ここが俺の部屋か……」
「お、4人部屋か」
「俺は衛兵出身のヤムルだ。よろしく」
「俺は王都警備隊出身のジャスルだ」
「俺は国軍出身のゲンツ」
「俺も国軍出身のミルズだ」
「それにしても凄い部屋だな。ベッドも机も木で出来てるぞ」
「ああ、毛布が2枚もあるしな」
「お、このベッド、マットまでついてるわ」
「はは、今までの宿舎に比べたら天国だな」
「俺なんざ孤児だったからな。
こんな屋根のあるところで暮らせるだけで十分だ」
「これならなんとかやっていけそうだな」
「「「 ああ…… 」」」
加えて彼らは皆、夕食時にその旨さに大驚愕することになる……
別室では。
「貴様らは第5階級から第7階級の兵士となる。
第5階級の階級名は二等兵、第6階級の階級名は一等兵、第7階級の階級名は上等兵であり、俸給は毎月階級の数字と同じ枚数の銀貨が与えられる。
住居は、この王城に隣接した地にある国軍宿舎であり、妻帯者は家族寮、独身者は独身寮が与えられる。
それぞれの寮には食堂が隣接しているので、朝晩2回の食事はそこで取るように。
また、明日からは7日を1単位とした勤務体制になる。
集合は朝食を取った後、王城内練兵場に朝8時だ。
ここにいる者は、明日から6日間の訓練を行い、1日の休暇の後は元の隊で行っていた勤務に戻る。
その後は、7日ごとに国軍での訓練、警備隊や衛兵の仕事を交代で務めることになるだろう。
遠方の国軍駐屯地勤務は28日間で交代になる。
何か質問はあるか。
無いようだな。
それでは本部で支給品を受け取って、各自寮へ向かえ」
また別室では。
「諸君ら4名は第8階級と第9階級となり、役職名は軍曹である。
それでは諸君の待遇を説明しよう。
まず……」
「以上何か質問はあるか。
無ければ本部で支給品を受け取り、明日朝8時に王城内練兵場に集合せよ。
軽い全体運動の後、訓練を開始する」
翌朝。
下士官や兵たちは国軍宿舎から王城への道を歩いていた。
「なあ、なんで国軍宿舎ってあんなに豪華なんだ?」
「部屋は広いし、ベッドも床も木だし、窓には木の戸までついてるし」
「しかも、ベッドにはマットまであったしな」
「それにあの豪勢な料理。
パンも具がたっぷり入ったスープも食べ放題だったしな」
「はは、うちの息子など2回もお代わりしておったわ」
「それにあのぷりんとかいう食い物。ありゃあ一体何なんだ?」
「俺ぁ国軍に入る前は子爵領の領兵だったんだけどさ。
貴族でもあんなもん喰ってなかったぞ」
「それにしても最高の待遇だよなぁ」
「これなら多少訓練が厳しくってもやっていけるな」
「「「 ああ…… 」」」
集合した訓練生、兵、下士官たちは、まず準備運動のあと全員で王城堀一周のランニングを行った。
皆、集団走や長距離走の経験は無かったが、訓練生たちはひーひー言いながらもなんとかこなし、兵や下士官たちはさすがレベル5以上だけあって、特に問題も無く終わらせていた。
だが……
この後、彼らが想像もしていなかった恐ろしい訓練が待ち構えていたのである……
「それではこれより大講堂に向かい、習熟度別クラス編成のために読み書き計算の試験を行う」
「「「「「 !!!!!!!!!!!!!!! 」」」」」
「将校以上になるためには絶対に必要なことだからな。
励め!」
「「「「「 …………………………… 」」」」」