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*** 169 新兵訓練 ***

 


 元貴族の訓練生や訓練生見習いたちは指定された部屋に向かった。


「あー、これで俺も平民か……

 あれ? 何だこの部屋、なんで寝台が4つもあるんだ?」


「む、なぜこの部屋にいる。

 ここは私の部屋だぞ」


「いや、俺の部屋だ。受け取った紙には確かに102号室と書いてある」


「俺の紙にも102号室と書かれているぞ」


「……………」


「……………」


「ま、まさか相部屋とは……」


「あ、寝台と机に名が書いてある」


「その寝台が4つあるということは、4人部屋か……」


「しかも狭いな……」


「だ、だがおい、寝台も机もクローゼットも全て木製だぞ。

 これだけでいったいいくらになるやら」


「ふ、ふん。実家の俺の部屋の方が豪華だな」


「そりゃそうだ。個室だったからな」


「「 ………… 」」



「む、なんだお前ら。なぜ俺の部屋にいる」

「お前こそなんだ、なぜ俺の部屋に入る」


「いや、ここは4人部屋のようだ」


「「 な、なんだと…… 」」


「仕方ない、さっさと王都邸に戻るとするか……」


「おい、着替えないのか」


「こんな平民みたいな服を着て外を歩けるか!」


「それもそうだな……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「さてバルガス中佐、午後は衛兵隊30名の面接か。

 明日からは任務の合間を縫って国軍と王都警備隊の連中の面接だったな。

 すまないが、明日の夜に結果を教えてくれ」


「はっ」




 翌日の夜。


「ダイチ殿、国軍兵の採用面接の報告でありますが、今よろしいでしょうか」


「もちろん。よろしく頼む」


「はっ。

 まずは、今日までの面接で王子らに買収されている者はおりませんでした」


「そうか。

 まあ王子たちも、手先が手柄を立てたときに、全くの平民を貴族に叙するのは嫌だったんだろうな。

 だから、刺客は全て貴族家所縁の者で固めたんだろう」


「はい」


「それで、衛兵と国軍と王都警備隊のレベルはどうだった?」


「はっ。

 衛兵隊30名ですが、極めて優秀でした。

 平均レベルは6.7、最低の者でもレベル5でございまして、衛兵隊長はレベル9に達しております」


「やはりそうだったか……

 レベル8以上の者はすぐに下士官教育を始めてくれるか。

 それ未満の者も、なるべく早く下士官になれるよう頼む。

 2つの通常新人小隊を分隊に分けて訓練をする際に、指揮官であるブリュンハルト部隊の補佐をさせて、指揮官としての教育をしてやってくれ」


「はっ。

 レベル8以上の者には、我らが手合わせしてやってもよろしいでしょうか」


「よろしく頼む。

 このワイズ王国は既に全域が外部ダンジョンになっているから、例えうっかり殺しても大丈夫だ。

 レベル4の治癒系光魔法の魔道具は持っているよな」


「はい。あれがあればいくらでも鍛錬がしてやれます」


「国軍兵士と王都警備隊はどうだった?」


「それが……

 兵たちのレベルは平均4.5だったのですが、指揮官たちの平均は1.4で、最高でも2しかありませんでした」


「そうか……

 国軍や警備隊の指揮官は、有力者の親戚であるかカネを積めば成れるという噂は本当だったんだな。

 やはり単なる名誉職だったわけだ。

 それでは今までの国軍の全ての階級を白紙に戻し、レベルに応じた編成にしてそれに応じた訓練を始めてくれ」


「構わないのですか?

 指揮官たちが大勢辞めてしまうことになるでしょうが」


「指揮能力も無い弱兵がいなくなってくれれば助かるな。

 それに、しばらくしたら宰相さんが直轄領で農家の2男以下の者を対象に国軍兵の募集を始めてくれる。

 農家の息子は農作業経験で地力があるから、きっといい兵に育つだろう。

 勤務態度が良好でレベル10以上になった者は、ダンジョン内特別鍛錬室でモンスターたちとも戦わせてやろうか」


 バルガス中佐はにやりと笑った。


「了解であります」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「父上、ただいま戻りました」


「おおヨハンか。

 して、どうだった?

 新しい国軍とやらの中枢には潜り込めたのか?」


「は、はい。ゆくゆくは国王の身辺警護をする予定の部隊だそうです……」

(最下級の兵とか言ったらこの場で勘当されるかもしれんわ……)


「よくやった!

 さすがはわたしの息子だ。

 これでもしお前が国王暗殺に成功し、第1王子殿下が即位されたら我が家は伯爵家となる!

 お前も男爵位を賜って、貴族家を興せるぞ!

 励めよ!」


「はいっ!

 ですが父上、ひとつ問題もありまして、新国軍では城からの外出が許されていないのです。

 ですから父上経由で第1王子殿下からの指令を受け取れないかと……」


「何の問題も無い。

 週に1度は門番にまいないを渡して城から出て来い。

 そのために金を渡しておこう」


「ありがとうございます」


(さて、さっさと昇進して国王警護の任に就くとするか……)




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 翌朝5時半。

 第1普通小隊、第2普通小隊及びP小隊の起居する宿舎に超大音声の号令が響き渡った。


「起床ぉーっ! 起床ぉーっ!

 訓練生並びに訓練生見習いは、直ちに起床して洗面、着替えの上練兵場に集合せよっ!

 繰り返す!

 訓練生並びに訓練生見習いは、直ちに起床して洗面、着替えの上練兵場に集合せよっ!

 以上!」



 無論『拡声』のスキルで拡大された音声である。

 ブリュンハルト隊の指揮官たちは、全員がこのスキルを与えられていた。


 訓練生と訓練生見習いたちは何事かと飛び起き、すぐに練兵場に集合した。


 だが……


「なんだ貴様その服は!」


「じ、上官殿……

 あ、あの…… 騎士服であります……」


「昨日私物の持ち込みは禁止だと言ったろうがっ!

 なぜ支給された作業着を着ずにそのような服を着ているか、理由を言えっ!」


「あの…… 作業着は平民服みたいだったもので……」


「平民が平民服を着ていて何が問題なんだ!」


「…………」


「作業着以外の私服を着ている者は24人か!

 全員服を脱いで下履き1枚になれ!

 私服は没収する!」


「「「 !!!! 」」」


「安心しろ!

 貴様たちが除隊するか不名誉除隊するときには返してやる!

 さあ早く脱げ!」


 さらに……


「なんだ貴様らその下履きはぁっ!」


「あ、あの…… こ、これも私服であります……」


「よし! 私服の下履きを穿いている者8名、貴様らはそれも脱げ!」


「「「 !!!!!! 」」」


「本日の訓練はその姿で行え!

 今日だけ特別に靴は許してやる!

 さあ、早く脱げっ!」


「「「 …………… 」」」




「それではこれから準備運動を始める。

 まずは整列せよ。

 音楽に合わせ、前方の指揮官の動きをよく見て模倣しろ。

 それでは準備運動始めっ!」



 どこからともなく、あのラジオ体操の音楽が流れて来た。

 もちろん大地が地球から持ち込んだものである。


「もっときびきび動け!」


「「「 ………… 」」」


「返事はどうしたぁっ!」


「「「 は、はい上官殿! 」」」



「貴様なにをチンタラ動いておるかぁっ!」


 バシン! 「ぎゃっ!」


 指揮官がのろのろ動いていた訓令生見習いの尻を竹刀で叩いた。

 無論これも大地が持ち込んだものである。


 因みに、試されてみればすぐわかるが、マッパでラジオ体操する男たちの姿はかなりキモイ。

 特にラジオ体操第2の最初の動きは最低にキモい。

 列の中でマッパの真後ろに立っている者は実に迷惑そうだった……




「準備運動終了!

 これより王城堀周囲1周の集団走を行う!」


「「「「 ……(え?)…… 」」」」


「普通訓練小隊、普通見習い小隊、P小隊の順に2列縦隊になれ!

 それでは出発っ!」


「あ、あのあの…… わたしは服を着てない……」


「馬鹿者ぉっ!

 貴様には発言を許しておらん!

 それともまさか上官の命令が聞けんというのではなかろうなぁ。

 上官命令不服従は、国軍刑務所に服役半年の後不名誉除隊になるが、それでも構わんのだな!」


「「「 ………… 」」」


「早く走り出せぇっ!」


「「「 は、はいっ! 」」」



「お、おい、なんだあれ?」

「なんか集団で走ってるけど、なんかあったのか?」

「何か鼻の無い奴が多いな」

「鼻が曲がってる奴も多いぞ」

「あっ、パンツ一丁の奴がいる!」

「マッパの奴もだ!」

「わはははは、ちんちんがプラプラ左右に揺れてやんの!」


「こ、こら平民ども、見世物ではないぞ!」


「無駄口を叩くなぁっ!」


「「「「 ……… 」」」」



 因みに……

 ヒトは、あらゆる動物の中で1時間以上も走り続けられる唯一の種として知られているが、実は実際に1時間走り続けた経験を持つ者は少ない。

 日本でも、古代からつい50年ほど前までは1時間どころか500メートルも走ったことのある者はほとんどいなかったのだ。

 いたとしても、それは飛脚や駕籠舁きなどの特殊な職業の者であり、戦闘員である武士ですら長距離走などというものをしたことが有る者はいなかった。

 これは、諸外国でもアルスでも事情は同じである。

 ましてや集団走などは誰も見たことは無かったのだ。

 たちまち人だかりがしたのも当然である。


 

 もちろん貴族の子弟であれば、嗜みとして当然乗馬は習っていた。

 あれは意外に体力を使うものである。

 だが、実は遠乗りなどはほとんど行われていない。

 遠乗りのためには、2時間ごとに馬に水を飲ませて飼葉も与える必要があり、街道沿いにそれら施設が無ければ到底不可能だったからである。

 つまり、馬で遠出をしようと思えば、予め各地に水や飼葉を配置しておく必要があったのだ。

 異様に燃費の悪いクルマで、ガソリンスタンドの無い荒野をドライブするようなものだったのである。


 要するに……

 この時代の人間は、貴族であろうが平民であろうが、心肺持久力と言うものが決定的に足りなかったのであった……



「「「 ひぃひぃぜぇぜぇ…… 」」」


「こらぁっ! なにをのんびり走っておるかぁ!

 きりきり走れぇっ!」


((( む、ムリだ…… )))

((( 走ったことなんか無ぇよ…… )))


「こらぁっ!

 歩くなぁ――っ! 貴様それでも軍人かぁっ!」


 バシーン! 「ぎゃぁ――っ!」



「今日から当面は毎朝こうして王城を1周する!

 だが、1か月後からは2周になる!」


(((( !!! ))))


「さらに1か月後からは鎧をつけ、槍を持って走るぞ!」


(((( !!!!! ))))


「さらに1か月後からは15キロの背嚢も持たせることになる!

 各員奮励努力せよ」


(((( !!!!!!!! ))))



「じ、上官殿…… し、質問をしてもよろしいでしょうか……」


「特別に許す!」


「ひぃひぃ、な、なぜそんなに走らなければならないのでしょうか……」


「兵の基本は移動にある。

 戦場への移動、陣ごとの移動、敵陣への突撃、味方への増援、そして敗走。

 兵とは常に移動するものである。

 しかもその生死を分けるのは移動の速度であることが多い。

 故に常日頃から走って、走ることに慣れるのだ」


「ひぃひぃ…… う、馬は使わないのでありますか……」


「通常の移動に馬を使うことが許されるのは佐官級からだ。

 故に第21階級より上の階級でなければ馬は与えられない」


「ひぃひぃひぃ…… き、騎兵になれば……」


「騎兵になれるのは中尉以上だ。

 つまり第15階級以上である」


「そ、そんな……」




 訓練生、並びに訓練生見習いは、半死半生の思いをしながらも、1時間以上かけてようやく王城の周囲を走り終えた。


「よし! これより食堂に移動して朝食とする!

 総員駆け足で移動せよ!」


(((( …………… ))))





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