*** 167 国軍入隊面接 ***
王城前広場では、人ごみを掻き分けて身なりのいい男たちが檻の前に出て来た。
「お、お坊ちゃま!
な、なんとおいたわしや……」
「セバスチャンか! は、早く俺を助けろっ!」
「おい領兵長、す、すぐにお坊ちゃまを助け出すのだ!」
「はっ!」
どがんどがんどがん。
「家令殿っ、こ、この檻は異様に頑丈で、全く壊すことが出来ませんっ!」
「ええい! 檻ごと邸に持って行けっ!」
「「「 ぐぐぐぐぐ…… 」」」
「つ、土に深く埋め込んであるようでして、全く動きませんっ!」
「な、なんだと!」
そのとき家令と領兵たちの姿が消えた。
1分後、やはりマッパにされた男たちが1人ずつ入った檻が出現したが、その檻には、『ブルム子爵家家令セバスチャン。脱獄幇助、器物損壊・窃盗未遂。保釈金金貨50枚』などと書かれていたのである。
当初空いていた檻と檻の間は、増えた檻ですぐに埋まっていった……
しばらくすると、王城前広場に王都警備隊の姿が見えた。
「おーい、これから王都の民の皆に、国王陛下が甘い飴と食事を賜って下さるそうだー。
場所は新しく出来たあの白くて大きな商会の建物だー。
ここにいないみんなにも知らせてやって、全員で商会に向かってくれー。
歩けない病人や老人がいたら、俺たち警備隊や衛兵隊が運んでやるから声をかけてくれー」
「け、警備隊さん、そ、それは本当かね」
「もちろん本当だ。
みんなにも声をかけて知らせてやってくれ。
なにしろ民は一人残らずっていう陛下のご指示だからな」
「「「 へ、へいっ! 」」」
どうやら宰相閣下から商業ギルドにも連絡が行っていたようで、呼びかけには商会の従業員たちも加わっていたらしい。
いくつかの食堂や屋台には、ブリュンハルト商会の者たちが回り、迷惑料として幾ばくかの銀貨を配って行った。
中には国王陛下の思し召しなのでといって銀貨を固辞する者もいたが、これも陛下の思し召しだと言うと納得して受け取ってくれたようだ……
ダンジョン商会ワイズ王国支店の敷地内には、支店の建物とは別に小さめの建物があった。
その中に入ると、地下に降りるなだらかな階段やスロープがあり、街民たちはきょろきょろしながらも下りてゆく。
そうして、降り切ったところは広い食堂スペースになっていた。
天上からは大きな光の魔道具がたくさん下がっていて、外とおなじぐらい明るくなっている。
乳幼児を連れた母親が入って来ると、ブリュンハルト商会の女性陣がすぐに別室に連れて行き、そこで哺乳瓶に入れて人肌に温めたジュースを飲ませてやっていた。
また、意識が朦朧としているほどの重篤患者は、これも別室に案内されて、治癒の魔道具の光を浴びた後にやや濃い目のジュースを渡されていた。
わざと少なめに設置した料理のテーブルには、それなりの長さの列が出来ていたが、国王陛下の振舞いであるということと、衛兵や警備隊員も交代で列に並んでいるために、文句を言う者はほとんどいなかった。
そして、穀物粥などは何杯でもお代わり自由だということで、ほとんど全員が何度も列に並んだ。
こうして、時間をかけて料理を振舞っているうちに、王都の民はほぼ全員がこの場に集まって来たようだ。
王都内は、盗みなどを働く不届き者がいないように王都警備隊がいつにも増して厳重に見回っていたが、幸いにも皆飯に夢中になっていて、不届き者はいなかったようだ。
そろそろ皆腹もいっぱいになって来たころ、部屋の奥のステージで催し物が始まった。
ダンジョン村学校の演劇部や合唱部のメンバーが、変化の魔道具でヒト族に扮し、フリフリの衣装を着て歌や踊りや演劇を披露したのである。
娯楽の少ないアルスでは、この試みは大ウケだった。
そして……
催しが終わると、その場の全ての人にサプリ飴が配られ、包み紙を回収するためと言って、その場で食べてもらった。
さらには明日と明後日も同じ催しが行われると聞いて、街民たちは上機嫌で帰って行ったのである……
<現在のダンジョン村の人口>
9万7324人
<犯罪者収容数>
7254人(内元貴族家当主255人)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ということでガリル、これからワイズ王国で軍制改革をすることになったんだけどさ。
軍事顧問と訓練のための教導教官としてバルガス隊長と護衛さんたちを8人ほど派遣して欲しいんだよ」
「もちろん構わんが……
バルガスいいかい?」
「光栄であります」
「隊長さんは確か今レベル24だったよな」
「はい」
「それじゃあ階級は『中佐』だな。
給与は基本給が月に銀貨24枚で、役職給が銀貨18枚だけどいいかい?」
「はは、ダンジョン村では着る物も食べ物も家すらタダで手に入りますからな。
給与などは要りません」
「まあそう言わずに取っておいてくれよ。
ワイズ王国の軍制ではレベルに応じた階級制度を導入しようと思ってるんだ。
もちろん上級士官には指揮能力も必要だけど、それは別途鍛えるとして」
「どのような階級制度かお聞きしてもよろしいですか」
「もちろん。
これが俺の考えた原案だ。
なにか付け加えることが有ったら言ってくれ」
「拝見します」
レベル 階級 基本給与 役職手当
(銀貨) (銀貨)
1 訓練兵見習い 1 0
2 訓練兵見習い 2 0
3 訓練兵 3 0
4 訓練兵 4 0
5 二等兵 5 0
6 一等兵 6 0
7 上等兵 7 0
8 伍 長 8 5
9 軍 曹 9 5
10 曹 長 10 8
11 准 尉 11 8
12 少 尉 12 10
13 少 尉 13 10
14 少 尉 14 10
15 中 尉 15 12
16 中 尉 16 12
17 中 尉 17 12
18 大 尉 18 14
19 大 尉 19 14
20 大 尉 20 14
21 少 佐 21 16
22 少 佐 22 16
23 少 佐 23 16
24 中 佐 24 18
25 中 佐 25 18
26 中 佐 26 18
27 大 佐 27 20
28 大 佐 28 20
29 大 佐 29 20
30 准 将 30 22
「なるほど……」
「まああくまでこれは目安だからな。
指揮能力や勤務態度を見て、昇格はバルガス隊長が決めてくれ。
もう相手のレベルが見える『鑑定』のスキルは持ってるだろ」
「はい」
「それからガリル」
「おう」
「ガリルたちには、これからもガンガン奴隷商や教会を廻ってもらったり、うちの孤児団のメンバーたちを連れて各村や街の孤児たちに移住を呼び掛けてもらいたいんだ」
「了解した」
「でも、それ以外にも国軍の給与計算や人事記録の管理をするために、ブリュンハルト商会の女性たちも派遣してくれないかな。
待遇は軍属ということで、もちろん給料も払うよ」
ガリルが微笑んだ。
「実はうちの女性陣からも、何か大地の役に立てる仕事はないかって言われてるんだ。
早速募集してみるよ」
「ありがたいことだな……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
55名の元近衛たちが集められた。
「俺は大地だ。
現在ワイズ王に依頼されてワイズ王国の最高軍事顧問をしている。
今日はまず元近衛兵のうち、国軍への再就職を希望したお前たちの面接を行う。
最初に言っておく。
面接に合格して国軍に入隊する際には、城内の紋章官に申し出て貴族籍を放棄し、平民にならなければならない」
「あ、あの……」
「馬鹿者ぉぉっ!」
「ひっ!」
「誰が質問を許可したっ!
質問が出来るのは最高軍事顧問である俺が許可したときだけだ!
その際にも挙手をして許可を得てから質問しろっ!」
「「「「 ………… 」」」」
「返事はどうしたぁっ!」
「は、はい!」
「上官に返事をするときは、『はい! 上官殿!』だ! 言え!」
「は、はい、上官殿っ!」
「「「「 ……………… 」」」」
「それではまず、入隊面接を受ける前に、重要事項を説明する。
今も言ったが、国軍兵は全員平民とならなければならない。
次に、鍛錬中と軍事行動中の上官の命令は絶対だ。
反抗したり命令に従わなかった場合には、営倉入りや降格、減俸などの処罰が与えられる。
処罰を3回重ねると、軍籍剥奪の上不名誉除隊となる。
以上に不満がある者は、直ちに帰れ」
「「「「 ………… 」」」」
(へへ、俺には第1王子殿下の後ろ盾があるからな。
例え今貴族籍を放棄しても、首尾よく殿下が次期国王になられれば、俺は新しい男爵家を興せるし、今の国王の暗殺に成功すれば子爵位を約束されてるんだ。
後ろ盾も無くカネも無いこいつらとは違うんだぜ♪)
「それでは質問のある者は挙手せよ」
10本ほどの手が挙がった。
「お前からだ」
「あ、あの……
わたしは子爵家当主の5男なんですが、上官が平民出身者だった場合でも命令に従わなければならないんでしょうか」
「お前馬鹿だろ」
「…… は? ……」
「国軍に入隊した瞬間にお前は平民になるんだぞ。
同じ平民の上官の命令に従うのは当然のことだろうが」
「…………」
「他に質問がある者はいるか」
5本ほど手が挙がった。
「よしお前、質問を許す」
「実家の貴族家が遠方なもので、まだ連絡が行っていません。
当主の了解も無く、勝手に貴族籍を抜けることは出来ないんですけど、どうしたらいいんでしょうか」
「問題無い。
お前は既に成人している。
成人は自らの意志で貴族籍を放棄出来るぞ」
「そ、そんな……
勝手に貴族籍を離れたら、実家から金や従僕が送られて来なくなります……」
「軍では従僕でなく従卒と言う。
そして従卒を得られるのは将官級からだ。
お前たち新兵には従卒はつかない。
金は親から貰うのではなく、成人は自分で稼げ」
「そ、そんな……」
「次っ! お前だ」
「あの…… 俸給はいくら貰えるんでしょうか……」
「それは面接で決まる階級による。
現在の最高はここにいるバルガス中佐の月銀貨42枚だ。
最低は訓練生見習いの月銀貨1枚になる」
「そ、それでは社交のための夜会が開けません!」
「個人的な夜会を止めればいいだけの話だ。
軍では衣食住全てが支給される。
金など無くても暮らしていけるぞ」
「…………」
「次!」
「あの、貴殿は貴族なのですか?」
「俺は貴族でも王族でもない」
「わたしはまだ伯爵家の4男だ。
なぜ貴族家に連なるわたしが平民のお前の言うことを聞かねばならないのか」
多くの者が頷いている。
「何故なら俺はワイズ王から軍の人事権と軍制決定権を与えられているからだ。
つまり、俺の命令に従わねば王への反逆罪に問われるぞ」
「「「「「 !!!!!!!!! 」」」」」
「反逆罪に問われたい者はいるか?」
「「「「「 …………… 」」」」」
「いないようだな。
それではまだ質問がある奴はいるか」
「「「「「 …………… 」」」」」
「いないか。
それでは以降の面接はこちらにいるバルガス中佐に任せる。
言っておくが、俺がバルガス中佐に任務を委譲したのだ。
故にバルガス中佐の命令に従わないときも反逆罪となる」
「「「「「 …………… 」」」」」
「わたしがバルガス中佐である。
これより入隊面接を始めるが、面接は1人ずつ右隣の小部屋で行う。
面接後には仮の階級章を渡すので首に掛け、この部屋に戻って座っているように。
それでは前列左側の者から始めるので、5人ずつ小部屋の前で待機せよ」
「面接を始める。まず名を名乗れ」
「ブキャナン子爵家4男、ワリウス・ブキャナンだ」
「馬鹿者ぉぉ――っ!
わたしは名を名乗れと言ったのだ。
家名など聞いておらんっ!」
「ひ、ひいっ! わ、ワリウスですっ!」
「おい、控室に行って、名を聞かれたら名だけ言えと伝えて来てくれ。
家名や爵位を口にするなと」
「はっ」
「ふむ……」
バルガスはワリウスを見つめている。
「お前はどの近衛大隊に属していたか」
「第4大隊でした」
「その怪我は落馬したときのものか」
「はい……」
「よし、お前はこの1番の仮階級章を首から下げて部屋に戻れ」
「あの…… 面接はこれだけなんですか?」
「質問は許可しておらんっ!」
「し、失礼いたしましたっ!」
「下がれ!」
(ねえタマちゃん、さすがはバルガス隊長で、迫力あるね)
(ダイチも十分怖かったにゃよ♪)
(今度生意気なこと言う奴がいたら、タマちゃんの戦闘形態を見せてやろうか。
いちばん怖いのアレだから)
(にゃはははは♪)