*** 166 盗人捕獲 ***
大地は『拡声』のスキルを発動した。
「これで近衛兵120人は全員敗北だなー。
それにしても弱ぇなお前ぇら。
よくそんなんで軍人とかヌカしてたなぁ」
「「「「 ………(くっ)……… 」」」」
「こ、この下賤な平民め……」
「あー、でもお前たちもすぐ平民落ちだよな」
「な、なんだと……」
「そんな簡単なこともわからんか。
考えてもみろや、お前ぇら弱っちさを理由に近衛隊を不名誉除隊だぞ。
そんなもん、実家が放っておくわけねぇだろうに。
明日にも国の紋章院に届け出て、お前らの貴族籍を抹消するだろうがよ」
「「「「「 !!!!!!!! 」」」」」
「わ、わしは子爵家の嫡男ぞっ!」
「お前ぇアタマ悪いなぁ。
そんなもん廃嫡するに決まってんじゃん。
誰が近衛をクビになったような恥ずかしい奴を跡継ぎにすんだよ」
「!!!!!!!」
「ということでだ、ようこそみなさん下賤なる平民の世界へ♪」
「「「「「 ……………… 」」」」」
「そ、そんな……」
「あ、明日からどうやって暮らして行けば……」
「あ゛?
農民でも行商でも人足でもやりゃあいいだろうが。
なんてったて、お前ぇらこれから平民サマになるんだからよ。
平民の仕事はたーくさんあるぞぉ♪」
「「「「「 ……………… 」」」」」
「それから国軍の諸君もよく聞け。
たった今をもってこの国の近衛軍は廃止する。
明日から王都警備隊も衛兵隊も含めて、全員が国軍兵だ」
「き、キサマ、何の権限があってそのようなことを……」
「俺は今日からこの国の軍のトップだ。
特に人事と軍制改革は俺が決める。
まあ最終的な指揮権は国王さんのままだけどな」
「「「「「 !!!!!!!! 」」」」」
「そこでお困りのあなたに朗報です。
明日から平民になる意思を持った者に限り、新兵希望者の受付と面接をします。
つまり、貴族籍を返上した者だけが軍に残れるんですね♪
それ以外の元近衛兵は、明日の昼までに荷物を纏めて王城内から退去するように。
もちろん国から貸与されていた武器防具は置いていけ。
近衛の制服もだ」
「「「「 ………(くっ)……… 」」」」
「あー、それから国軍の兵士諸君。
諸君らも警備隊や衛兵隊の皆と同じで、順番に俺の部下と面接を行う。
階級と役職は俺が決める。
どうせお前ら、家が金持ちだとかエラいさんの親戚だとかで、階級を決めてただろうからな。
面接の日程は追って知らせる」
「「「「「 ……………… 」」」」」
「以上、解散!」
(シス、近衛の全員にマーカーをつけて、動きをチェックしていてくれ)
(畏まりました)
「それじゃあ宰相さん、いくつか相談事があるんだがな。
どこかで座って説明させて欲しいんだ」
「それではわたくしの執務室にどうぞ」
「いや、わしの執務室にしよう。
アイシリアスも同席しなさい」
「はい陛下」
「あ、あの、ダイチ殿、金貨がそのままになっておりますが……」
「あの金貨はこの国に寄贈する。
当面の資金にしてくれ」
「「「 !!!!!!!! 」」」
「さて、相談事と言うのはだ。
俺の持つ『貴族病』と『遠征病』の特効薬を、王都の民に配りたいということなんだ」
「かたじけない……」
「それで、全員にもれなく配るために、王都警備隊と衛兵隊を貸して欲しいんだ。
彼らなら王都内の民のことはよく知っているだろうからな。
ついでにメシも喰わせてやると言えば皆の集まりも良くなるだろう。
この際に、何度も並んで飴を手に入れ、他所で売り捌こうとする奴を防ぎたい。
そのために、飴やメシを喰わせる場所は俺の商会の支店にするつもりだ」
「王都の民は400人はおりますでしょう。
全員を収容出来ますでしょうか」
「問題ない、建物の内部に密かに転移の輪を設置して、俺の国の大きな建物に繋げる予定だ。
その場所で俺の国の者がメシや飴を配るだろう」
「なるほど」
「王都の民の中には歩けないほどの老人や病人もいるだろう。
そうした連中は、後で倉庫に担架を置いておくので、兵士たちに運ばせてやって欲しい」
「はい」
「ところでこの王都にも孤児たちはいるんだろ」
「はい、王立孤児院にて育てております」
「さすがだな。
それじゃあ孤児たちに配るのは任せるが、注意して欲しいのは5歳以下の乳幼児に飴を舐めさせるのは危険だから、同じようにビタミンが入ったジュースを飲ませてやって欲しいということだ。
それからもちろんこの王城に勤めている侍女や侍従、料理人や馬丁から下男に至るまでの全員に飴を舐めさせてやって欲しい」
「農民はどういたしましょうか」
「それは俺がこれから集めて配ろう」
「貴族とその係累は如何致しますか」
「王都にいる貴族とその係累で重篤な病に罹っている者は、王城の医官が治療するので王城まで連れて来いという触れを出してくれるか」
「畏まりました」
「そうそう、そうした炊き出しと飴は、全て王からの賜りものということにしておいてくれるかな」
「はい……」
「それではどこか倉庫に案内してくれ」
大地は倉庫に大量のサプリ飴とジュースと担架を置いた。
「それじゃあ俺は国に帰るけど、なにかあったら大きな声で俺を呼んでくれるか」
「はい」
「明日また来て、軍制改革や兵との面接を始めるからよろしくな」
大地が消えた。
宰相は、長いこと大地が消えた場所に向かって頭を垂れていたらしい……
元近衛たちの多くは大困惑していた。
なにしろ明日からは本当に平民落ちするかもしれないのである。
それも職を失った状態で。
怪我の治療を受けて一旦自室に戻った彼らは考えた。
なぜこのようなことになってしまったのか。
今頃は金貨300枚という超大金を得て、祝杯を挙げているところではなかったのか。
そのカネの一部を家に入れて、あの憎っくき嫡男を蹴り落として俺が次期当主になるのではなかったのか。
それが急転直下、勘当されて平民落ちとは……
いったい誰のせいなのだろうか……
元より彼らには自省という習慣は無い。
生まれてこの方、ただの一度もしたことが無い。
自らの不幸は常に他人のせいだった。
故に、今の不幸も他人のせいである。
それでは誰のせいか。
もちろん99%はあの生意気で下賤な平民の若造のせいである。
そして残り1%は、その平民に横暴を許した王のせいだ。
故に我の不幸の責任は、若造と王にある。
ならば、復讐の上奪わなければならない。
そうだ、あ奴めは、不遜にもこの高貴な我に対し、武器も防具も制服も全て置いて出て行けと言っていたではないか。
そしてそれらは全て元々は王の物である。
そうか、この武器防具制服を持ち出して売れば、あ奴らめは困るだろう。
そうすれば、復讐と同時に奪うことにもなるではないか。
しかも、当面の間の資金にもなる。
俺はなんと知恵が回るのだろう!
もちろん彼らは大怪我をしていたが、貴族出身の近衛兵ともなれば、例え騎士爵家の出であろうとも、近衛宿舎に従僕を置いている。
その費用は痛かったが、掃除洗濯など貴族たる自分がすることなど想像も出来なかった。
故に最底辺の騎士爵子息といえども最低1人、子爵家嫡男ともなれば6人もの従僕や執事を置いていた上に、妾代わりの侍女までいる。
また、貴族の多くは王都に別邸を構えていた。
本来そんなものを持つ必要は無いのだが、社交シーズンには王都で暮らさねばならないのだ。
寄り親の上級貴族から夜会の誘いがあったときに、いちいち領地から出て来るのは大変ではないか。
よし、従僕共に武器防具制服を持ち出させて、王都別邸の俺の部屋に運ばせよう。
一族の者は俺が近衛を解任されたことをまだ知らないのだ。
そうして明日はそれらの品を下賤なる商人に売って金に換え、どこかに土地と家でも買って逐電しよう。
そうしてあの若造と王への復讐の時を待つのだ!
ふはははは!
完璧な計画だ!
さすがは俺様だ!
そうと決まれば早速……
い、いや腕も鼻も痛むから、もう少し休んでからにしよう。
だ、断じて深夜の方が備品を持ち出しやすいからでは、な、ないぞ!
これもあの下賤な若造が、動けぬ俺に卑怯にもさらに攻撃を加えたせいなのだ!
こうして……
65名の元近衛たちは、深夜に従僕たちに命じて備品を盗み出させたのである。
残り55名の下級貴族家所縁の者のうち、40名は食い扶持を稼ぐために国軍に応募しようと考えている。
もちろん家族には、国の軍制改革で近衛が廃止されたのだから仕方が無いのだと言い訳するつもりで。
残りの15名は第1王子や第2王子、第1王女の碌を食む間者だった。
国王の動向を探り、また、王子たちが簒奪の兵を挙げた際には、真っ先に王族を弑するのが任務である。
65名の元近衛たちの中には食堂の鍋釜什器や薪を持ち出させた者もいた。
馬房に忍び込んで馬まで持ち出した者までいたのだ。
こうして、盗人たちは国の備品を盗み出していったのである。
(ダイチさま、ダイチさまの予想の通り、元近衛たちが国の備品を盗み出しております)
(やはりそこまで腐っていたか……
それでは全員をストレーの収納庫に収納しておいてくれ。
もちろん盗んだ品もな)
(はい)
(それから縦横高さ2メートルぐらいの頑丈な檻を500個ぐらい作っておいてくれるか。
ついでにその檻につける看板も)
(畏まりました)
翌朝、日の出とともに起き出した王都の住民たちは大驚愕した。
王城正門前の広場の周りに頑丈そうな檻が65個も並んでいて、その中に素裸の男たちがひとりずつ入っていたのである。
秘密裏に大地がかけた『治癒系光魔法Lv1』で出血は止まり、骨も接がれていたが、全員が怪我をしていて、鼻が無い者も多かった。
何故か檻と檻の間隔はかなり離れている。
「なんだいありゃあ……」
「おい、檻の前になんか看板があるぞ」
「なんて書いてあるんだ?」
「ちょっと待ってろ、今字が読める奴を呼んで来るから」
「なになに、『この者はブルム子爵家嫡男のバリウス・ブルムである。
昨晩王城より王の資産を盗み出そうとした罪により、ここで晒し刑に処す。
保釈金は金貨100枚である。エサを与えないように』だってよ」
「こっちは男爵家2男のウリウス・ビジョルドで、保釈金は金貨70枚だとさ」
「お、おい平民ども!
何を見ているっ!
こ、これは何かの間違いだっ!
早く失せろっ!」
だが、元近衛たちの願いも虚しく、昼前には王城前広場は黒山の人だかりになっていた。
娯楽の少ないこの世界では、最高の見世物であったのだから仕方が無い。
「へー、裸にすると、貴族も平民も違いは無いんだな……」
「いや、こいつのちんちん、異様に小さいぞ?」
「貴族ってみんなちんちん小さいのかな?」
「それにしても、みんな腹出てるわなー」
「ところで、なんで今日は近衛兵がいないんだ?」
「そうだな、いつもはこんなところで立ち止まってると、エラそーに怒鳴りつけて来るのにな……」