*** 164 戦闘訓練見学 ***
翌日の昼前。
大地は約束通りミルシュ商会の病人たちを診に行った。
(ふーん、『鑑定』で見ても全員ビタミン欠乏症は完治してるわ。
なんか、生まれて初めて使った奴には抗生物質は劇的に効くってぇのと似てるな。
そうか、サプリ飴は1日1錠3日で効くんだな……)
そして昼過ぎ。
大地は王城の国王執務室に転移した。
「やあ、みなさんお揃いで」
「ほ、本当に何も無いところに現れた……」
「ダイチ殿、ご足労恐縮です」
「いやまあ、転移して来ただけだから、足労でもなんでもないぞ。
それじゃあ早速俺の国に転移しようか」
「その前に、ご相談があります」
「なんだい」
「今朝方解放されて地面に降りた近衛たちなのですが、ほぼ全員がダイチ殿との決闘を望んでいるのです」
「ほう」
「実は貴族家に連なる者の決闘申し込みは、王家でも止められないのです……」
「はは、わかった。
視察から帰って来たら全員の相手をしてやるから、待機させておいてくれ」
「なんと……」
「でもただの決闘だと面白くないな。
そうだ、俺に勝った奴には賞金として金貨300枚(≒3億円)を与えると伝えてくれ」
「「「 !!! 」」」
「その代わり負けたり降参した奴は、近衛を解任だな。
辞任させるんじゃなくって解任だ」
「そ、それは……」
「ところで、近衛兵を務めてた奴が引退すると、退職金や年金って貰えるのか?」
「はい、引退後の暮らしに困らない程度には……」
「解任だから、それもナシだな」
「!!」
「もしみんなが今日の視察に納得して、俺に軍の人事権と鍛錬指揮の権限をもらえたなら、近衛隊は解散させて国軍だけにしようと思ってたからちょうどいいわ。
それに連中の退職金や年金を民の救援に回せるだろう」
「そ、それは、決闘では魔法もお使いになられるということなのでしょうか……」
「安心してくれ。
攻撃魔法も宙に浮かべる魔法も使わないし、誰も殺しはしない。
まあ多少は痛い思いをするかもしれんが。
ということで宰相さん、俺と決闘を希望する近衛全員にそう伝えておいてくれ。
そうだな、全員を別の場所に置いておき、30人ずつ外に出していっぺんに戦おうか。
もちろんそのグループが俺に勝てたら全員に金貨300枚ずつだ」
「「「 ………… 」」」
「ところで宰相さん、国軍の兵って何人いるんだ?」
「全軍では400名ほど、王都周辺では300名ほどでございます」
「それじゃあさ、近隣の国軍兵は全員王城の中庭に集めておいてくれ」
「「「 !!! 」」」
「俺と近衛全員の決闘を見学させてやろう。
陛下、構わんよな」
「了承した……
侍従長、近隣の国軍駐屯地も含めて触れを出すように」
「はっ」
「シス、王城内の練兵場に50メートル四方ほどの地面を囲んだスタジアムを造っておいてくれ。
国王陛下の貴賓席もだ」
(はい)
「それからここにエフェクト無しの転移の輪を頼む」
(畏まりました)
国王の執務室に転移の輪が現れた。
「みんな見てくれ。
この輪の向こうに見えるのが俺の国だ」
「「「 おおおおお…… 」」」
「1人ずつその輪を潜ってくれるか」
一行が恐る恐る輪を潜ると、そこにはガリルを含む22種族の族長が控えていた。
むろん全員がまだ通常形態である。
「こちらは我が国が誇る精鋭部隊の指揮官たちだ。
族長たち、こちらはワイズ王国の国王陛下御一行だ」
「「「「 ようこそダンジョン国へ! 」」」」
「で、出迎え感謝する……」
「国王さん、彼らは今仕事をしたり暮らしたりするために通常形態になっているんだが、戦闘形態も見てみないか」
「是非見せて頂きたい……」
「おーい、みんな。
ガリル以外は全員戦闘隊形になってくれ」
「「「「 御意! 」」」」
その場が光に包まれた。
その光が収まった後に現れたのは、進化しまくった21種のモンスターたちの凶悪な姿である。
ラッピー族長や、トロルゴ族長、ゴレム族長の身長は5メートル近い。
それ以外にもオーガン族長、オークル族長などは4メートルを超えている。
他の者も2メートルから4メートル近い体高を持っていた。
宰相閣下が腰を抜かした。
さすがに国王は脂汗をかきながらも立っていたが、第3王子は手を震わせつつ顔面蒼白になっている。
「今日の鍛錬はワイズ国王陛下御一行が見学されるが、いつも通りの戦闘をお見せするように。
それでは鍛錬場に移動しよう」
「「「「「 ははっ! 」」」」」
国王一行は鍛錬場を見渡せる観客席に移動した。
「この下に見える鍛錬場でこれから俺とモンスターたちの鍛錬が行われるが、この観客席は俺の結界で覆ってあるんで安全だ。
ゆっくり見て行ってくれ」
「かたじけない……」
「そうそう、この場はダンジョンの中なので、俺やモンスターは殺されてもすぐにリポップするんだ。
だから、大怪我をしようが死のうが、あんまり心配しないでくれな」
「「「 ………… 」」」
大地は居並ぶモンスターたちの真ん中に移動した。
最近ではレベルの上がったガリルたち200人もこの鍛錬に参加するようになっており、1800人を超える戦士たちが大地を中心に蝟集している。
「これより鍛錬を始める。
ヒト族以外は各自戦闘形態に変化せよ」
「「「「「 ははっ! 」」」」」
(『痛覚低減』……)
「鍛錬始めっ!」
いつものように、まずはレベルの低いモンスターたちから大地に殺到した。
まだ一部の者は大地に攻撃を当てると同時にレベルアップ酔いで気絶しているが、大半は持ち堪えられるようになって来ている。
大地は仁王立ちになったままこれらの攻撃を全て受け止めていたが、次第にレベルの高いモンスターたちの攻撃が行われるようになっていった。
「よーし、全員が攻撃を終えたか。
お前たちもけっこう強くなって来たな。
だがまだ俺のHPが残ってるから、もう一度レベルの低い者から攻撃しろ!」
「「「「 はいっ! 」」」」」
2巡目の攻撃が半分ほど終わると、大地は白い光のエフェクトを残しながら消滅した。
この鍛錬がいつものように10回繰り返される。
「次からは俺も攻撃するからな、なんとか反撃出来るよう努力せよ!」
「「「「 はいっ! 」」」」」
「『ウインドカッター・トルネード』、『ファイアボール・トルネード』……」
最近レベルが55まで上がったことにより使えるようになった、レベル9の広域殲滅魔法が炸裂した。
しかも2種類の属性魔法の同時発動である。
風の刃と灼熱の火球がトルネードに乗って鍛錬場に渦巻いた。
その渦の中で2000近い死亡判定の白い光が明滅している。
しばらくして魔法が収まった後に立っていたのは、いずれも族長クラスの20体だけだった。
「『爆裂火球』……」
ズタズタになっていた族長たちの頭上で巨大な火球が炸裂した。
爆風と衝撃波が収まった後にはもちろん誰もいない。
「『魔法現象消去』…… 『修復』……」
大地以外無人の鍛錬場が綺麗に修復されてしばらくすると、全ての人とモンスターたちがリポップされてきた。
「2回目始めるぞー」
「「「「「 は、はいっ! 」」」」」
今度の魔法はアイスボール・トルネードだった。
単に直径5センチほどの氷の球が竜巻に乗って襲って来るだけものだが、その速度が音速を遥かに超えているために、衝撃波を伴った機関砲の渦の中にいるようなものである。
この攻撃は1度でモンスターたちを全滅させた。
その中には魔法反射型ウィル・オー・ウィスプもいたが、どうやら衝撃波の発生は魔法現象ではないために、彼女たちもすぐに消えていっている。
3回目の攻撃はラーバ・トルネードだった。
2000度を超え、岩石蒸気を発しながら時速1500キロで襲来する溶岩と衝撃波の組み合わせは最凶のものである。
全てのモンスターが僅か10数秒で消滅していった。
こうして、大地が新たに取得した広域殲滅魔法の練習を兼ねた戦闘鍛錬10回が行われたのである……
「『心の平穏』……
みんなー、お疲れさーん。
今日の鍛錬はこれで終了だー。
旨い物でも喰ってゆっくり休んでくれー」
「「「「「 お疲れ様でしたー♪ 」」」」」
モンスターたちは通常形態に戻り、三々五々退出していった。
「今日は何食べよっかー♪」などという声も聞こえている。
彼らも鍛錬にだいぶ慣れてきていて、なんだか部活のノリのようであった……
大地が観客席の国王一行の下に戻ると、宰相閣下が白目を剥いて気絶していた。
国王と第3王子と護衛のミグルスも顔面蒼白になっており、王子は必死に宰相を介抱している。
(あっちゃー、シロウトさんにはやっぱ刺激が強かったかー)
「『治癒系光魔法Lv5』…… 『心の平穏』……」
4人が光に包まれた。
「こ、これは……」
「治療魔法と、『初陣病』みたいな精神疾患を治療するための魔法だ。
すまなかったな。ちょっと刺激がありすぎたか」
「あ、あのような鍛錬をいつも行っておられるのか……」
「そうだな、だいたい毎日やってるか」
「もはやダイチ殿ひとりで大国の軍も全滅させられますの……」
「まあ、そこがダンジョンなら、何人殺しても生き返るから出来ることは出来るぞ」
「魔法というものはほんに恐ろしいものなのですな……
近衛たちとの決闘で魔法を封印して下さるのは慈悲でございましたか……」
「うーん、たまに族長クラスの連中と魔法抜きで戦闘訓練したりもするんだけどさ。
族長たちは俺との戦闘は体術だけの方が怖いって言ってたぞ。
なんせ拳と蹴りだけで体がバラバラに弾けて死ぬし。
物体の速度って、時速約1225キロを超えると衝撃波っていうものが出て周りの物体にダメージを与えるんだけど、どうやら俺の拳や足の速度がそれを超えちゃってるらしくって、相手の体が千切れるんだよ」
「「「 ……………… 」」」
「さて、ちょっと甘い物でも食べに行かないか?」
一行は時間停止収納庫内の迎賓館に転移した。
遠方には美しい海も見えている。
「こ、こここ、この建物は……」
「旧カルマフィリア王国王都にあったダンジョン商会支店の建物を、若干改修して迎賓館として使うことにしたものなんだ。
けっこう立派な建物だろ」
「な、なんという豪華な……」
一行はエレベーターに乗って3階のロココの間に入るとさらに仰け反った。
「さあ、そちらのソファに座ってくれ」
「こ、このテーブルはガラス製ですかの……
なんと美しい……」
「皆さん紅茶でいいかな。
それに、うちの国で大評判のパフェも試してみてくれないか?」
「『ぱふぇ』ですか……」
メイド服を着たサキュバス族のお姉さんたちが、笑顔を振りまきながらパフェとティーセットを持って来た。
「サキュバスたち、ありがとうな」
「お役に立てて光栄でございます、ダイチさま」
サキュバスたちの美貌を見て、国王陛下と宰相は僅かに硬直しただけだったが、王子の顔は少し赤くなっている。
(若いねぇ…… あ、そういえば俺も若かったわ……)
国王たちがパフェを口にした。
「こ、これはぁっ!」
「どうだい宰相さん、このパフェってけっこう美味いだろ」
「こ、これはもはや王侯貴族の味どころか、天上の味ですの……」
「気に入って頂けたか。
これからは、たまにはうちのレストラン街に来てくれれば、このパフェも食べられるぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ところで陛下、どうだったかな、うちの国の戦力は」
「わしの想像の100倍、いや1万倍上を行っていましたな……
ダイチ殿がその気になられれば、この中央大陸に統一国家を打ち立てられるのもたやすいことでしょう……」
「だが、俺は侵略はしないからな。
それに侵略で得た領地は、統治するのがものすごく大変なんだよ」
「なるほど……
周辺各国の王族共にも聞かせてやりたいお話ですの……」
「それじゃあ、俺が後ろ盾になってアイス王子を立太子する件については了承してくれるのかい?」
「よろしくお願い致し申す……」
「よ、よろしくお願い致します」
「よし、それじゃあまずは軍制改革だ。
その前に近衛たちとの決闘か。
これからは殿下はいつも俺の近くにいて、俺のすることを見学していてくれるか」
「はい」
「シス、国軍の兵士たちは皆スタジアムに集まっているか?」
(はい)
「それじゃ、ここに転移の輪を。
ワイズ王国の国王陛下の執務室と繋いでくれ」
(畏まりました)
「べ、便利なものですのう……」