*** 163 後ろ盾 ***
「次に『遠征病』を治すために必要なビタミンCについて説明する。
実はビタミンCは、かなりの種類の野菜に含まれているんだ。
まあ、小麦にはほとんど含まれていないが。
だが、この国でも他の国でも、小麦の不作の中で税を払おうとして、野菜畑を小麦畑に転換してしまっていただろう。
これが、『遠征病』が広がった原因だ」
「な、なんと……」
「ついでに言えば、遠征する兵士の食料は、主にパンと野菜スープだろう。
まあ、野菜は乾燥させて持って行ったんだろうが。
そうして、ビタミンCは乾燥や熱に弱いんだ」
「「「 !!! 」」」
「さらにビタミンCは、銅の鍋で煮ると急速に破壊される。
石鍋は重く割れやすいから行軍中は青銅の鍋を使うだろう。
これが、長期行軍中の兵が『遠征病』に罹る原因だ」
「なんということだ……」
「そ、それでは、その『びたみんしー』というものが多く含まれている食物は……」
「葉物野菜には多いが、これも煮たり乾燥したりすることでビタミンCは失われてしまうからな。
保存も効かずに冬はビタミンが得られないし。
それでは容易に畑で作れる、ビタミンCの豊富な野菜を2つ紹介してやろう」
(ストレー、トマトとじゃがいもを出してくれ)
(はい)
「こ、こここ、これは、『悪魔の芋』と『悪魔の実』ではないかっ!……」
(ははは、とうとうジジイがキレ始めたか……
ジジイって、自分の知らないことや間違いを指摘されると、自動的に激怒するからな)
「まずこの『悪魔の芋』、俺の国ではジャガイモと呼んでいるんだが、この芋の葉と芽には確かにソラニンという名の毒が含まれている。
あと僅かながら皮にもな。
また、日に晒すと表面が青くなることもあり、この青い部分にも毒が含まれるんだ。
だが、このジャガイモから芽や青い部分を取り除いた実は、実に多くの栄養を含んでいる。
特に『遠征病』の治療薬であるビタミンCは豊富であり、しかもジャガイモのビタミンCは、茹でて熱を加えても3分の1近くが壊れずに残るという特徴を持っているしな。
ついでに言えば、芽が出始めたときのジャガイモは最も多くのビタミンCを含んでいるんだ。
このジャガイモは日の当たらない涼しい場所なら少しは保存が効くから、秋から冬にかけてのビタミンC補給には最適な野菜だろう。
葉を食べず、芽と青い部分と皮を取り除いて食べれば最高に栄養のある食品でもあり、軍の兵糧にも最適だ。
そんなことも知らずに『悪魔の芋』とか言って『遠征病』を蔓延させていたとは、医官たちは無能と言われても仕方が無いな」
「「「 ……(くっ)…… 」」」
「つぎにこの悪魔の実、俺たちはトマトと呼んでいるが、これもビタミンCだけでなく多くの栄養を含んでいる。
そうしてな、野生のトマトには確かに人体に有害なアルカロイドが含まれているんだよ。
まあ、じゃがいもと言いトマトと言い、動物などに食べられてしまわないように、自ら毒を作り出して防衛していたんだろう」
「な、なるほど……」
「だが、ここにあるトマトは、野生種ではなく品種改良を重ねた栽培種なんだ。
従って、葉や茎には毒があるが実には毒が無い」
「そ、その『ひんしゅかいりょう』というものは如何なるものなのですかの」
「いつか説明してやるが、今は必要無いだろう。
このトマトの種からトマトを作れば、実に毒が無く『遠征病』の特効薬にもなる野菜が作れるということだ。
先ほど姫に渡した特効薬は、これらビタミンCやビタミンE1を別の食品から抽出して砂糖で固めたものなんだ。
薬効成分だけだと食べにくいし、砂糖は腐らないからな」
「い、いい加減なことを言うな若造っ!」
「そうした出まかせで悪魔の実の種を売りつけるつもりかぁっ!」
「いったい特効薬とやらをいくらで売りつける気だっ!」
「わしは40年も医学を研究してきたが、そのような記述はどの書物にも載っておらんぞっ!」
「ん?
それはお前たちが無能であり、その書物を書いた奴も無能だったっていうことだろ?」
「な、ななな、なんだとぉ―――っ!」
「なあ王さんよ」
「「「 !!! 」」」
「こいつらダメだわ。
医官はこれから領地を廻って治療や農業指導をしていかなきゃなんないっていうのによ」
「なんだとこの平民風情がっ!」
「法衣子爵たるわしにそこまで無礼な口を利くとは!
不敬罪で処刑するぞ!」
「平民を治療するなどとは、貴族たる医官を侮辱するかぁっ!」
「ということで王さん。
こいつら民の病を治すことより、自分の権威の方が大事みたいだ。
このジジイとおっさん3人は馘にした方がいいぞ。
置いといても邪魔にしかならんし、民の治療もする気は無いみたいだからな。
そこの若いのを中心にして新たな医官見習いを集めた方がいいな」
「な、ななな、なんじゃとぉっ!」
「控えよ」
「!!!!」
「医官長マウルス法衣子爵、ならびにそこな医官主任3人は、たった今より閉門蟄居を命ずる」
「「「「 !!!!! 」」」」
「併せて、わしの許しが得られるまで他の者との一切の交流を禁ずる。
下がれ」
「し、ししし、しかし陛下っ!」
「下がれと言ったのが聞こえなかったのか。
お前たちは自らの俸給が、元はと言えば民が作った作物であることを忘れている。
2度と登城するな」
「で、ですが!」
「これ以上反論すれば反逆罪と見做すぞ」
「「「「 !!!!!!!!!! 」」」」
「ミグルス、こやつらを追い出せ。
抵抗すれば切り捨てても構わん」
「ははっ!」
(ほう、噂通りの王だったか……)
呆然として言葉も無い医官4人が退出させられると、ワイズ王が大地に向き直った。
「度重なるご無礼誠に申し訳ない……」
「いやまあ構わんよ。
ところでそこの若い医官諸君。
何か質問はあるかな」
「あの…… 実はご質問だらけでございまして……」
「シス(返事はみんなに念話で届くように頼む)」
(はい)
「「「 !!! 」」」
「ここにいる医官2人に、別室で質問に答えてやってくれ」
(畏まりました)
「今頭の中に聞こえて来た声は俺の国にいる俺の部下の声だ。
医官諸君の質問には、このシスが別室で答える。
なあ国王さん、この2人はもう下がっていいかな」
「あ、ああ、医官たちよ、下がってよろしい。
シス殿から大いに教えを頂くように」
「「 ははっ! 」」
護衛のミグルスが部屋に戻って来た。
「そうそう、ミグルス殿。
その左腕は名誉の負傷かな」
ミグルス護衛官が国王を見た。
「そうだダイチ殿。
この者は若かりし頃、わしの命を狙った刺客と戦い名誉の負傷を負った。
以来我が護衛として重用しておる」
「そうか。
ミグルス殿、済まんがその義手を外してくれないか」
「は……」
「『治癒系光魔法Lv9』……」
ミグルスの左手が淡く光った。
その光の中で、失われた手がみるみる生えて来ているのが微かに見える。
光が収まると、そこには元通りの手があった。
「わ、わしの手が……」
「どうだい、やっぱり手があった方が便利だろ」
「ダイチ殿…… なんとお礼を申し上げたらよろしいのか……」
「まあただの魔法だからな。あまり気にしなくていいぞ」
「ま、魔法というものは凄まじいものなのですの……」
「わたしからも厚く御礼申し上げる……
ところでダイチ殿……
その『じゃがいも』の実と『とまと』の種は売って頂けるのでしょうか」
「いや、これはただで渡そう」
「なんと……」
「俺たちの国は、人の生死に関わることで利益を得ることを禁止しているんでな」
「ということは、あの特効薬も……」
「もちろんただで配るぞ」
「…………」
「だが、俺がいなくなれば特効薬は手に入らなくなるから、それまでにジャガイモとトマトは普及させておいた方がいいな」
「確かに仰る通りだが……
直轄領の民はなんとか説得するとして、貴族領での普及は難しかろうの……」
「いや、簡単だ。
トマトは輸送に向かないが、これからは麦の代わりに半分はジャガイモも税として認めればいい」
「「「 !!! 」」」
「ジャガイモは重いからな。
同じ重さの小麦と等価にしてやれば、民は喜んでジャガイモを作り始めるだろう」
「そうか、貴族領からの上納も、半分まではじゃがいもで認めてやればよいのか……」
「ですが陛下、その分税の換金性が落ちますの。
じゃがいもは他国では取引すらされておりませんので」
「それも問題無いな」
「と、仰られますと……」
「これからは俺の国の商品をこの国に卸そう。
その卸値に上乗せして商人たちに売ってやればいい。
そうすれば商人たちはそれを貴族領や他国に売って莫大な儲けを得るだろうし、国庫も大いに潤うだろう」
「そ、その商品とはまさか!」
「そうだ、あのオールドグラスや紙やボールペンだ。
それ以外にも茶器や塩や砂糖に焼き菓子、それから胡椒もあるか。
まあそれ以外にも売れそうな商品はたくさんあるぞ」
「「「「 ……………… 」」」」
長い沈黙の末に国王が口を開いた。
「いくつかお聞きしたいことがある」
「続けてくれ」
「なぜこの国にそこまでしていただけるのか。
また、貴殿の目的は何なのか教えて頂きたい」
「それは多少説明が長くなるが、構わないか?」
「もちろん構いませぬ。
事は我が国の国事に関わることですので」
「それじゃあ説明しよう」
大地の説明は、ときおりの質問に答えながら1時間ほど続いた。
「ということでだ。
俺はこの国を栄えさせることで、周囲の悪党貴族や悪党国家をおびき寄せ、全員を捕縛してこの地周辺の戦を無くしたいと思っているんだよ。
あんたがたは、為政者としては、たぶんアルス最高峰のE階梯を持っているからな」
「そうでしたか……
やはり貴殿は神の使いであらせられましたか……
ですが、そのご計画もあと10年もしないうちに潰えますでしょう」
「理由を聞かせてくれるか」
「わたくしももうすぐ60歳になります。
また、今大きな勢力を持っております、第1王子、第2王子、第1王女の母親はそれぞれ西、北、東の大国の姫か大貴族の娘でして、王子も王女もそれぞれが多くの国内貴族に加えて周辺国の後ろ盾を持っておるのです。
少しでもこの地が平和になればと婚姻政策を取りましたが、それが完全に裏目に出てしまいました。
わたくしが没すれば、いや明日にも王子たちは王位簒奪の兵を挙げるやもしれませぬ……」
「問題無い。
こちらのアイシリアス第3王子を立太子すればいい」
「なんと……
で、ですが、アイシリアスには後ろ盾も兵もございませぬ」
「それはもちろん知っている。
故に俺が後ろ盾になろう」
「「「 !!!!!! 」」」
「俺の後ろ盾では不安かな」
「そ、そのようなこと……」
「まあ、俺の戦力を知らなければ当然だな。
明日昼過ぎに迎えに来るから、俺の国の戦闘訓練を見学に来ないか」
「き、貴国は確かここより1700キロも離れていると……」
「ここと俺の国を『転移の輪』という魔道具で繋げよう。
それを潜ればそこはもう俺の国だ」
「「「 !!!!! 」」」
「それで俺の戦力に納得したならば、俺にこの国の全軍の人事と訓練計画を任せて欲しい。
カン違いしないでくれ、俺は軍の指揮権をよこせと言っているのではない。
先ほどの医官のように、無能な者を排除して残った兵を鍛え上げ、この国の軍を強くしたいだけだ。
あの無能な近衛たちは馘にするか鍛え直す必要がある」
「「「 …………… 」」」
「それでは俺はそろそろ失礼させてもらおうか。
明日はここに転移して来よう」
「あ、あの!
宙に浮いた近衛たちは……」
「今晩一晩頭を冷やして貰う。
明日の朝になれば自動的に地面に落ちるだろう」
「「「 ……………… 」」」
嗚呼、哀れな近衛たちよ……
ヒトは1日近くも『小』を我慢していることは出来ないのだ……
また、かなりの者は『大』も我慢出来ないかもしれない……
つまり…… 明日の朝地面に落ちるということは、それらの真上に落ちてしまうということなのであった……
<現在のダンジョン村の人口>
9万2451人
<犯罪者収容数>
6651人(内元貴族家当主240人)