*** 162 宙に浮く近衛 ***
ミルシュ会頭は話を終えた。
「説明大義であった。
これがその妙薬か……
これを口に含んで溶かしていくのじゃな」
「はっ」
「ミルシュ会頭よ。
足労だが、今よりそのダンジョン商会に出向いて言付けをしてくれ。
いつ何時でも王城にわしを訪ねて欲しいと。
もしその男が不在の折には、明日昼にその男が訪ねて来た際に、丁重に、良いか、丁重にだぞ。
その男をここに招くのだ。
そうだの、宰相よ、そのときはアイス王子を連れて迎えに行って欲しい」
「陛下、その男の言を信じられるのですか?」
「はは、頭から信じておるわけではない。
もしも虚言を弄する者であったとしても、無駄になるのはそちたちとわしの労力だけだ。
だが、もしも真実であれば、下手をすれば国が滅ぶからの……」
「エルメリア姫殿下にその妙薬を試してみられるおつもりですか?」
「あれは今意識を失っておる。
このようなものを口に入れれば、喉に詰まってしまうかもしれん。
その男の治療魔法に頼るしかあるまい。
それに、医官たちの見立てでは、このままではメリアの命はあと3月ももたんかもしれないそうだからの……」
「「「 ………… 」」」
「それではすぐに動いてくれ」
「「 ははっ! 」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(ダイチさま、先ほどワイズ王国のダンジョン商会支店にミルシュ商会の会頭さまがお見えになられました)
「なんの用件だった?」
(ワイズ王国国王の命を受けてダイチさまを探しています。
第2王女が重い『貴族病』と『遠征病』に罹っているために、ダイチさまの治療を求めているようです)
「どの世界でもお爺ちゃんやお父さんは大変だね。
それじゃあ俺の方から出向いてみようか。
あそうだ、アルスの平民が着ているような服ってあるか?」
(ただいまご用意させていただきます)
「それじゃあ俺をワイズ王国の王城の正門前に転移させてくれ」
(ミルシュ商会でなくてよろしいのですか?)
「面白そうだから俺が1人で直接行ってみるよ。
ついでに俺の様子は録画しておいてくれるか。
こないだそれを再生出来る魔道具も作ってたよな」
(はい)
「な、何者だっ!」
「あー、なんか国王さんと宰相さんが俺を探してるみたいなんで来てやったんだよ」
「ば、馬鹿者っ!
国王陛下と宰相閣下と呼べっ!」
「まあそんなこたぁどうでもいいからよ、ダイチが来たって早く宰相に取り次げやぁ」
「き、キサマ、平民の分際で近衛兵に生意気な口を利きおって……」
「下っ端兵隊が偉そうにすんなや。
早くしないと宰相サマに怒られるぞぉ」
「無礼者っ! お前は捕縛して牢に入れるっ!」
(『念動』……)
「うわあぁぁぁ―――っ!」
「ど、どうした!」
「ろ、狼藉者だぁっ!
こ、こやつを捕まえろぉっ!」
(『念動』……)
「「「 うわあぁぁぁ―――っ! 」」」
「こ、近衛兵出あえ出あえ―――っ!
し、侵入者だぁ―――っ!」
「おーい、俺まだ城に侵入してないぞぉ」
(ストレー、俺が念動で浮かべた兵は、武器も鎧も服も全部収納して、その後足元に出しておいてくれ。
剣とかナイフとか投げつけてくると面倒だからな)
(はい)
「近衛兵、出あえ出あえぇ―――っ!」
城内からわらわらと近衛たちが飛び出して来たが、すべて大地の念動で宙に浮かべられたあと、マッパにされていった。
「ええいっ!
な、何をしておるっ!
全員で押し包んで殺せぇっ!」
(『念動』……)
「「「 うわあぁぁぁ―――っ! 」」」
まもなく50人を超える近衛が宙に吊るされた。
ほとんどが腹の出た男たちであり、実に醜悪な風景になっている。
「こ、近衛将軍閣下っ!
直ちに国軍に増援依頼をっ!」
「この馬鹿者がぁっ!
栄えある近衛が平民軍に増援など頼めるかぁっ!」
(『念動』……)
「「「 うわあぁぁぁ―――っ! 」」」
城の正門前にかかる橋の両側には、とうとう100人を超えるマッパ近衛が浮かべられた。
このころになると国軍の兵士も橋前に集結し始めていたが、どうやら橋から先は近衛の領域になるようで、誰も近づいては来なかった。
「なにやら城内が騒がしいようだの。
ステファンや、誰か若い者を遣わして様子を見させて参れ」
「はっ、宰相閣下」
「こ、こここ、これは……」
「お、ようやく兵じゃない奴が出て来たか。
おーい、俺はダイチっていう者なんだけどさー。
なんか、この国の王さんと宰相さんが俺に用があるそうなんだよー。
だから、宰相さんを呼んで来てくれるかー」
「し、ししし、少々お待ちくださいませっ!」
間もなくワイズ王国宰相、法衣侯爵ビルトレン・シュナイドレが走って来た。
「こ、これはぁっ!」
「おー、あんたが宰相さんか。
俺はダンジョン国代表のダイチだ。
なんか俺に用があるみたいだから来てやったぞ」
「な、なんと……
こ、この近衛たちは……」
「平民の俺が生意気な口を利いたって言って、俺を捕縛したり殺そうとしたんで、取り敢えず浮かべて無力化しといたわ。
マッパにしたのはナイフだの鎧だのを投げつけられると面倒だからだ」
「た、たいへん失礼をばいたしました……
ど、どうぞこちらへ……」
大地は宰相の執務室に案内された。
「き、恐縮ですが、今しばらくここでお待ちくださいませ」
「おう」
宰相はすぐに王の下へ知らせに走った。
「な、なんと……
近衛が全員裸で宙に浮かべられておるというのか!」
「は、はい。
ダイチ殿が申されるには、近衛がダイチ殿の言い様が不遜だとして、捕縛・殺害しようとしたためだそうです」
「な、なんということだ……
す、すぐそなたの執務室に行くぞ。
そうだ、誰かアイシリアスに宰相執務室に来るよう伝えよ!」
「はっ」
「お待たせして誠に失礼した。
わたしがウンゲラルト・フォン・ワイズ、この国の国王だ」
「俺はダイチ、ダンジョン国の代表だ。
まあ俺も突然来たからな。
多少待たされても仕方が無いだろう。
だが、おたくの近衛に捕縛されたり殺されそうになったもんだから、無力化しておいたぞ」
「それはたいへんに失礼した。
どうか許してくだされ」
「まあ構わんよ。
ところで娘さんの具合が悪いんだろ。
すぐに治療してやった方がいいんじゃないか?」
「そ、それは……」
「ああそうか、本人確認か。
そうだな、これでどうだ?」
テーブルの上に茶器とタイ王国産のサプリ飴が入った箱が出て来た。
「こ、これは……
何もないところに突然……
し、しかも、まさしくミルシュ商会が献上して来た物……」
「さて、それじゃあ娘さんの病室に行こうか」
大地たち一行は宰相の案内でエルメリア第2王女の部屋に向かった。
室内には姫の護衛と高齢の医務官、加えて侍女2名がいた。
大地と国王と宰相の他は、国王の護衛の隻腕の近衛がいるのみである。
(うーん、ひどい浮腫みだわ……
意識も無いのか。
だから飴も舐めさせられなかったんだな……)
大地は少女が横たわるベッドに近づいていった。
姫の護衛が剣の柄に手をかけて大地の前に立ち塞がる。
「控えよ」
「はっ」
国王の一言で護衛が退くと、大地は少女に向けて手を挙げた。
「『診断』……」
少女の体が淡く光る。
< 壊血病(重度)、脚気(重度) >
「やはりそうか……
『治癒系光魔法Lv5』……」
少女の体が強い光に包まれた。
「……んぅ……」
「ひ、姫さま!」
「姫さまに何をしたっ!」
「うるせえっ!
能無し医者はすっこんでろっ!
こんな分かりやすい病気も治せねぇ無能が!」
「なっ……」
「控えよ!」
「は、はっ……」
姫が目を開けた。
「お父さま……」
「メリア……」
「もう大丈夫だ。
それじゃあこの箱の中の飴を娘さんに舐めさせてやってくれ。
そうだな、念のため今日から3日間は朝昼晩と1日3錠だ。
その後4日間は1日1錠でいいだろう」
「う、うむ」
「甘い……」
「その飴を舐め終わったら食事をしてゆっくり寝てくれ」
「……はい……」
「さて、それじゃあどこか他の部屋に行こうか。
全員に話がある。
特に医官は全員呼んでくれ」
「うむ」
国王の執務室に皆が集まった。
その中にはアイシリアス第3王子もいる。
「よう第3王子殿下、どうやら無事に王都に辿り着けたみたいだな」
「そ、そなたは……」
「やはりかの男とはダイチ殿であったのか……」
「さて、それじゃあ説明を始めよう。
みんなよく聞いてくれ。
まずは、病気の種類についてだ。
この世の中には実にたくさんの病気がある。
それでも大別して5つの病気に分けられるんだ。
1つめは遺伝病という。
まあ生まれつきの病気だな。
もう一つは生活習慣病だ。
これは、塩分や糖分の濃い食事を続けていたり、運動不足で肥満したりしたときに罹る病気だ」
(ほう、6人の医官のうち、さっきのジジイは俺を睨みつけてるし、3人の中年のおっさんは不満そうな顔してるけど、若い2人は慌てて侍従に羊皮紙を貰ってメモし始めたか)
「3つ目の病気は感染症という。
これは、目に見えないぐらい小さな菌やウイルスというものなんかが体内に入り込んで、体の中で毒素を作り出すことで起きる病気だ。
このウイルスは、蚊の中に潜んでいることもある。
この国の南にある湿地帯を通ると熱病に罹るそうだが、まず間違いなく蚊に刺されて蚊の持っていたウイルスをうつされたことが原因だ」
(はは、ジジイやおっさんたちがメモを取っている若手を睨みつけてるぜ)
「4つ目の病気は精神病だ。
これは、『初陣病』のように原因がわかっているものもあるが、多くの精神病は原因が分からず、従って治療法も知られていない。
そして、5つめの病気は『ビタミン欠乏症』という。
我々は食物を食べることで生きていられるが、それはすなわち食べ物の中にある栄養素を自分の体に取り込んでいることを意味する。
そうして、栄養素のうち、ビタミンCというものが足りないと『遠征病』に罹り、ビタミンB1というものが足りないと『貴族病』に罹る。
他にもビタミン欠乏症はたくさんあるがな。
更に他にも原因の分かっていない病気もたくさんあるが」
(はは、王や王子や宰相はあっけに取られてるか。
ジジイとオヤジ共は青筋立ててるわー)
「そうして、これら病気の中で最もわかりやすいものが、ビタミン欠乏症なんだ。
何故なら、その足りないビタミンの含まれている物を食べれば治るからな。
つまり、最も治療の簡単な病であり、これが国民の間に蔓延しているということは、その国の医官が無能であるということの証明になる」
(わははは、若いのは項垂れてるが、ジジイとオヤジは額の青筋が太っとくなってるぜ)
「それではまず、『貴族病』の治療に必要なビタミンB1が含まれている食品を教えてやろう。
それは、小麦の胚芽だ」
「なんと……」
「胚芽だと!」
「そうだ、胚芽だ。
貴族や裕福な者は、白くて香りのいいパンを食べたがり、小麦の表皮と胚芽を捨てた後の胚乳を粉にしてパンにしているだろう。
一方で平民はなるべく多くの麦を食べようとして、表皮や胚芽ごと粉にしてパンにしていたはずだ。
もしくは麦粥だな。
だから『貴族病』は貴族に多く、平民に少なかったわけだ」
「な、なるほど……」
「確かにメリア姫は白いパンと白い麦粥しか食べなかったの……」
「これでもうわかったろう。
『貴族病』を治したければ、小麦を表皮ごと粉にしたパンを食べればいい。
もしくは、どうしても白いパンを食べたければ、捨てていた胚芽を別に料理して食べればいいんだ」
「「「 ………… 」」」