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*** 157 ミルシュ商会会頭 ***

 


「お初にお目にかかる。

 わたしは商業ギルドの代表で、このミルシュ商会の会頭のミルシュという。

 今話題のダンジョン商会の代表殿にお会い出来て光栄だ」


(ほほー、このおっさん、俺みたいな若造が代表だと聞いても眉ひとつ動かさんか……)


「初めまして、俺がダンジョン商会代表のダイチ・ホクトだ。

 今後ともよろしく」


「これは失礼をば致しました。

 やはりご家名をお持ちでいらっしゃいましたか……」


「いや、俺の母国では平民も家名を持っているんだ。

 だから気にしないでくれ」


「それはそれは…… こちらこそよろしくお願い致し申す。

 まずは茶でも如何かな」


「ありがとう」


(アルスって茶がヤタラに高価なんだよな……

 だから、客に茶を出すっていう行為は相当な歓待を意味するらしいけど……)



 会頭が執事に合図すると、執事は部屋の外にいた侍女を呼んだ。

 侍女はすぐに茶を2人分持って入室し、大地の前に置いた。


「お好きな方をお飲みくだされ」


「感謝する」


(ほう、これは緑茶だな)


「さて、商会の方にもお伝えさせて頂いたが、我ら商業ギルド加盟商会は、来たるべき冬の飢饉に備えて、このワイズ王国内で民への炊き出しを計画しておるのだ。

 これは国王陛下直々のご要請でもあり、陛下からも100石の麦が下賜されることになっている。

 それで、もしよろしければ、あれほどの支店を用意された貴商会にも炊き出しに参加して頂けないかと思ったのだ」


「了解した。

 それではわたしからも100石分の食料を供出させて頂こう」


「なんと…… よ、よろしいのか?」


「もちろん。

 これからこの国で商売をしようと思っている商会としては当然のことだろう」


「それは大いに助かるな。

 これで冬になっても王都と直轄領の民に飢える者は出ないだろう……」


「それはなによりだ。

 ところで貴族領はどうなるんだ?」


「貴族領に対しては王家への上納金の減免をした分、それに倍する民への炊き出しを行うよう勅令を出されたそうだ」


「うーん、それではほとんどの貴族が従わずに上納金減免の恩恵に与るだけなんじゃないか?」


「その通りだろう。

 この国に17ある貴族領と3つの王子王女直轄領では炊き出しは行われないかもしれん。

 だが、仕方が無いのだ。

 これはあくまで貴族領の内政に関わることだからの。

 冬の飢饉があまりにも酷かった場合には、貴族領に隣接する直轄領でも貴族領領民に炊き出しをする必要もあろうかと考えていたが、貴商会の供出のおかげでそれも可能になりそうだ。

 感謝する」


「貴族領の農民が直轄領に出向くことが出来るのか?」


「領兵が領境を越えて移動することは禁じられているが、農民や街民には許されているのだ」


「なるほど。

 ところで、この国では今『遠征病』や『貴族病』が蔓延しているようだが、それには何か対策を打たないのか?」


「あれらはまるで原因がわからぬ病だからの……

 せめて十分な食事を摂らせて養生させるしかあるまい……」


「そうか。

 それでは俺の持つ『遠征病』と『貴族病』の特効薬を提供しよう」


「なんと! あの病に効く薬があると申されるか!」


「ある」


「ほ、本当にあれら不治の病が治るのですか……」


「ミルシュ会頭殿、貴商会にも病人はいるのかい」


「え、ええ。

 ここ本店を含め、王国内12の支店の従業員とその家族が合計10名も『遠征病』を発症しておりましてな。

 家族ともどもここ本店に集めて養生させているところです」


「それじゃあ、その患者たちで特効薬を試してみないか」


(ストレー、タイのサプリ飴を1箱出してくれ)


(はい)


「ほら、これがその『特効薬』だ」


「い、今その箱をどこから出されたのか!」


「俺は『収納』の魔法が使えるんだ」


「な、なんと……

 500年前の建国王伝説にある『あいてむぼっくす』なのですか!」


「厳密に言うとちょっと違うんだがな。

 あれはせいぜい家1件分の収納量を持つ道具だけど、俺の場合は収納魔法なので収納量が多いんだ。

 商会の支店の建物も全部収納出来るぞ」


「だ、だからあれほどの建物をすぐに建てられたのですか……

 ということは、貴殿はもしや……」


「そうだ、俺はダンジョン商会の会頭であると同時にダンジョン国の代表でもある」


 ミルシュ会頭がその場に跪いた。


「知らぬこととはいえ、他国の国王陛下にご無礼仕りました……

 どうかご容赦下さいませ」


「いやミルシュ会頭、俺は確かに国の代表だが王ではない。

 だから気にしないでくれ。

 なにしろ俺の国には王も貴族もいないからな」


「そ、それでは税はどなたに納めているのでしょうか……」


「はは、実は税も無いんだ」


「な、なんと……

 そ、それで貴国はどちらにあるのでしょうか」


「ここから南西方向に1700キロほど行ったところにある」


「それでは大森林の真ん中になってしまいますが……」


「そうだ、俺たちの国は大森林の中のダンジョンを中心に出来た国だからな」


「やはりあの建国王伝説にある『だんじょん』でございますか……

 失礼ですが、お国の規模をお尋ねしてもよろしいでしょうか」


「広さはこの国のちょうど100倍ほどで、人口は9万人だ」


「そ、それはもはやこの大陸最大級の大国でございますな……」


「まあそんなことはどうでもいいだろう。

 そんなことより、『特効薬』を試して欲しい。

 ミルシュ会頭さん、この箱の中から飴を2つ取ってくれ。

 まずは俺と会頭さんで試してみよう」


「はい……」


 あ、会頭が飴の包みを目に近づけたり遠ざけたりして見てるわ。

 60歳ほどに見えるけど、老眼が進んでいるんかな……


「この包み紙は……」


「ビニールっていう特殊な紙だ。

 普通の包みだと飴がくっついちゃうからな。

 さあ、俺も食べるから、会頭さんも食べてくれ」



「こ、こここ、これは……

 ま、まさか砂糖を使っているのでしょうか!」


「そうだ、薬効成分だけだと食べにくいからな」


「なんと贅沢な……

 薬という部分を除いても、これだけで銀貨10枚はするでしょうに……」


「ははは、俺の国では砂糖は安く手に入るんだ。

 それでは病人たちのいる部屋に案内してくれるか」


「はい……」




「こちらでございます……」


 部屋の中には10人ほどの病人が寝ていた。

 付き添いの家族たちも病気を発症しているとみられる者が多く、皆一様に元気の無い顔をしている。



(あー、みんな体中むくんじゃってるわー)



「会頭さん、まずはここの皆に『治癒』という魔法をかけよう。

 それから薬を配ることとする」


「よ、よろしくお願いいたします……」


「『治癒系光魔法Lv5』……」


 その場に白い光が満ちた。

 光が収まると、その場の皆のむくみが消えている。


「お、おお…… か、体が楽になった……」

「あれだけむくんでいた足が細くなってる……」


「い、今の光は……」


「単なる治療用の魔法だ。

 だが、この魔法では『遠征病』と『貴族病』の根本的な治療にはならないんだ。

 なにしろ病気の原因は、どちらもある種の栄養の不足によるものだからな」


「『えいよう』でございますか……」


「さて、これで少しは皆楽になったろう。

 ここにいる者に、付き添いも含めてさっきの飴を配ってやってくれ」


「はい……」


「これからは、病人だけでなく会頭さんも含めて商会の全員に1日1回、7日間の間この飴を舐めさせて欲しい」


「あ、あの……

 この妙薬はおいくらでお譲り頂けるものなのでしょうか……」


「カネは要らん」


「そ、そんな……」


「俺の国では人の命に関わるもので利益を上げることは禁止している。

 贅沢品を売ったときにはきっちり代金を頂くがな」


「…………」


「ところで会頭さん、厨房を見せて貰えまいか」


「は、はい……」




「やはりそうか……」


「あの…… 厨房になにか問題がございましたでしょうか」


「あそこにあるパンだが、白いパンだよな」


「ええ」


「ということは、小麦を脱稃だっぷして胚芽を取り除いた状態にしてから粉に挽いているんだな」


「ええ、胚乳だけを粉にしてパンにすると、色も白く香りも良くなりますので」


「『貴族病』というのはビタミンB1という栄養素が足りないと発症する病気なんだ。

 そして、『遠征病』はビタミンCという栄養素が足りないと罹る病気だ」


「『びたみんびーわん』と『びたみんしー』でございますか……」


「そうだ、ところでこの辺りではボアの肉は食べているのか?」


「いえ、この地は森が薄く、ボアはほとんどいません。

 遥か南の大森林付近には多いそうなのですが。

 ですので、王族や貴族でも滅多に食べられない珍味になります」


(昔はそれなりにいたんだろうけど、獲り尽くしちゃったんだろうな……)


「鳥の肉は?」


「鳥ですか。

 小さな鳥が多く、弓矢では獲れませんので」


「そうか、それならやはりビタミン類は野菜から摂るしかないか。

 ビタミンB1やビタミンCは、豆類やジャガイモなどの野菜類に多く含まれているんだよ」


「すみませぬ、豆類はわかるのですが『じゃがいも』とはなんでしょうか」


「この国ではジャガイモは知られていなかったか。

 まあいい。

 これは俺の推測だが、元々民はそれなりに畑で野菜を作っていたことと思う。

 なにしろ小麦だけの粥よりも、野菜を入れれば嵩増しになるし、味にも変化がつけられるだろうからな。

 だが、ここ2年で農業が不作に陥ったために、豆や野菜の畑を小麦畑に変えていたのではないか?」


「ええ、農村ではほとんどの畑を小麦畑に替えて税の支払いに充てたとか」


「ということは、民が野菜を食べる量が減っていたということだ。

 これが『貴族病』と『遠征病』の原因だ」


「な、なんと!」


「だが、『貴族病』を防ぐためにビタミンB1を摂る方法はもう一つあるんだ。

 小麦の胚芽にはこのビタミンB1がたっぷり含まれているんだよ」


「!!!」


「貴族や裕福な者は、より綺麗で香りのいい白いパンを食べたがるだろう。

 これに対して民は少しでも多くのパンを作ろうとして、胚芽ごと挽いて小麦粉にしている。

 故に貴族や裕福な者が罹り易くなるために『貴族病』と呼ばれているんだろうな。


「そ、そうだったのですか……

 従業員たちに少しでも旨い物を食べさせたくて、胚芽を取り除いていたことが裏目に出たとは……」


「だがまあそう悲観したものでもないな。

 取り除いた胚芽を取っておけば、これが『貴族病』の特効薬になるだろう」


「!!!」


「それから、もちろん各種の野菜の中にはビタミンCが含まれているものがあるんだが、そうした野菜などを使って料理を作るときに、あそこにある青銅の鍋を使っているのか?」


「は、はい……」


「ビタミンCはまず熱に弱いんだ。

 あまり加熱すると壊れてしまうし、特に銅の鍋で煮るとさらに壊れやすくなるんだよ」


「えええっ!」


「まあ粘土を焼いて作った土器の鍋よりも、銅で作った鍋の方が熱を伝えやすいから薪の量が少なくて済んで便利なんだろうが。

 野菜を食べる量が減ったことと、銅鍋を使っていたことが『遠征病』の原因だ。


 軍が遠征するときの糧食は、ほとんどが堅パンと野菜スープだろう。

 それに、土鍋は割れやすいし、薪の量も多く必要だから銅製の鍋を使っているはずだ。

 野菜は日持ちさせるために乾燥野菜なんだろうが、野菜を乾燥させるとその中のビタミンCはすぐに壊れてしまうからな。

 これが『遠征病』の原因だ」


「なんと……」


「ということでだ。

 さっきの飴にはビタミンE1やビタミンCがたっぷりと含まれているんだ。

 もちろんそれ以外に多くの栄養素も」


「ダイチ・ホクト殿……

 そうした知見は莫大な金になることと思われます。

 そのような大切な事柄を私などに教えてしまって構わないのですか?」


「さっきも言った通り、俺の国では人の生死に関わることで金儲けはしないんだ」


「……………」





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