*** 156 『遠征病』と『貴族病』 ***
(それじゃあタマちゃん、さっそく王都の中を歩き廻ってみようか。
ここにもガリルがダンジョン商会の支店を用意してくれているだろうから、後で行ってみよう)
(にゃ)
(うーん、治安もまあまあだし、それなりに整った街なんだけどさ……
なんか、道端に寝転がっている奴が多くないか?)
(にゃんかみんなダルそうにゃし、元気がにゃいにゃあ……)
(あー、口から血を流してる奴までいるよ……
これがさっき王子が言ってた『遠征病』かな?
ちょっと診てみようか。
『診断』……」
<ビタミンC欠乏症、壊血病。進行度中。(アルス名『遠征病』)
ビタミンE1欠乏症、脚気。進行度小。(アルス名『貴族病』)>
やっぱりビタミン欠乏症かぁ……
これって、見た目はそれほど重篤に見えずに動けなくなるだけだけど、風邪なんかの感染症に罹るとすぐ悪化して死んじゃうんだよな。
15世紀のバスコ・ダ・ガマのインドド航路発見のときの航海では、180人いた船員のうち100人が壊血病で死んだって言うし。
日露戦争のときなんか、銃弾で死んだ兵より脚気で死んだ兵の方が多かったって言われてるしね)
(けっこう酷い病気なんにゃね……)
(うん、これは悠長にオークションとかやってる場合じゃあないかもだ。
この国だけじゃなくって、アルス中央大陸全域で壊血病や脚気が蔓延しているかもしれないよ)
(それはたいへんだにゃあ……)
(シス)
(はい)
(この大陸の街道沿いの全ての街や村を外部ダンジョンに指定して、『遠征病』の罹患状況を調べてみてくれ。
範囲が広くて大変だろうが、なんとかやってみてくれないか)
(ダンジョン機能も大幅に拡張されていますので、お時間を頂戴出来れば対応出来ると思われます。
推定で50億ダンジョンポイントほどかかってしまいますが、構いませんか)
(事は人命に関わることだからな。
もちろん構わん)
(畏まりました。
ところでダイチさま、大森林の中の獣人系種族たちの病気調査もおこないますか?)
(いや、それはたぶん必要無いだろう。
地球の生物だと、アスコルビン酸(ビタミンCのこと)を体内で合成出来ないのは類人猿とヒト族だけなんだよ。
まあ、サンプル調査はして貰いたいけど、アルスの猿人族は大森林の中で暮らしてて、奴らなら木の高いところに生ってる果実も得られるだろうからな。
多分この壊血病や脚気はアルスでもヒト族特有の病気のはずなんだ)
(なるほど。わかりました)
(タマちゃん、いったんダンジョン村に戻って、ガリルたちに相談してみようか。
そうだ、淳さんにも参加してもらおう)
(にゃ)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
中央大陸ダンジョンくん:
(ふはははははは、また俺の活躍のときが来たかぁっ!)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ということで、今アルス中央大陸のヒト族の間では、壊血病や脚気が蔓延しているようなんだ。
まあ、ここだと『遠征病』とか『貴族病』っていうみたいだけど」
「そうだな、確かにオークションや奴隷購入で各地を廻っていても、『遠征病』や『貴族病』が目につくようになって来ていたな」
「それで、当面の間はオークションを休止して、この病に罹っている連中に特効薬を配ってみようかと思うんだ」
「地球には『遠征病』や『貴族病』を治す薬があるのか!」
「あるぞ」
「さすが……」
「淳さん、アスコルビン酸錠剤って大量に手に入りますかね?
もしくは総合ビタミン剤とか」
「処方薬はちょっと難しいけど、市販薬なら大丈夫だね。
ただ、ちょっと高いかな」
「ダイチさん、タイには比較的安価なアスコルビン酸補給用の薬があります。
ビタミンB群なども豊富に含まれていて、砂糖も添加して食べやすくした飴として作られているものですね」
「いくらぐらいですか?」
「そうですね、原価は1人1日分1錠で、日本円にして10円ぐらいでしょうか」
「ずいぶん安いですね。
その飴は大量に買えるんですか?」
「はい。
前国王陛下の御指示により、冬場のビタミン不足を補うために学校で子供たちに配っていたものなんです。
作っていたのはサイアム薬品ですね」
(昔の日本で小学生に『肝油ドロップ』を配って栄養補助していたのと同じようなものか……)
「元々は前陛下のご指示で子供たちのために始められた事業ですから、利益を追求していないので安いんです。
ですが、最近は冬場でもビタミン補給は容易になりましたから、廃止論も出て来ているんですよ」
「それでは、その飴を取敢えず100万人の1年分売っていただけませんでしょうか。
もちろん納入はそれほど急ぎません。
それから、幼児用に同じ栄養素の入ったジュースなどはありませんか?
幼児には飴は危険ですから」
「畏まりました。
栄養補助ジュースもございますので、国王陛下に報告の上、サイアム薬品に用意するよう指示しておきます」
「ところで、代金はまた金でお支払いしてもいいんでしょうか?」
「もちろん構いませんが……
実はですね、ここ最近NYMEXで金価格の低下が目立ち始めているんですよ。
やはり世界第6位の金消費国であるタイと、世界第2位のインドドで普通の金が売れなくなって来ている影響でしょうか」
「そうですか、やはりタイとインドドで2000トンもインゴットを売り出した影響が出始めましたか……」
「ええ」
「まあ金価格が多少下がったとしても、困るのは世界の富裕層や中央銀行でしょうから、あまり気にするつもりも無かったんですけど。
でもそれで万が一世界的な不況でも誘発したら困りますね。
それでは、今後の食料や薬品の購入代金は『電力』でお支払いするというのはいかがですか」
「と、おっしゃいますと?」
「ワトラーロンコン第2ダムとワトラーロンコン第3ダムって、確か揚水式発電所になっていましたよね」
「え、ええ……」
「それから、ピン川とワン川が合流した下流にはシーナカリン第1ダムがあって、ヨォン川とナン川が合流した下流にワトラーロンコン第3ダムがあるんですよね」
「はい」
「それでは、シーナカリン第1ダムと、ワトラーロンコン第3ダムに溜まった水を天部像で汲み上げて、上流の他の7つの大型ダムに移してみたら如何でしょうか」
「!!!」
「まあ、タイ王国の9つの大型ダムを全て揚水発電所にしてしまうということで。
7つのダムの発電能力ってけっこうありましたでしょ。
いつもは灌漑用水確保のためにフル稼働は出来なかったんでしょうけど、これからは常に最高出力で稼働出来ますから、けっこうな発電量になるんじゃないでしょうか」
「そ、それは……
ま、まるで永久機関ですね……」
「いやまあ魔石の魔力を使う分、厳密には永久機関ではないんですけど。
でも、魔石に魔力を込めるのは俺がいつも鍛錬代わりにやっていますから、実に効率的な発電形態でしょうね。
二酸化炭素も出ませんし、環境破壊もしなくて済みますから。
そうそう、各ダムの発電機を順番に最新鋭のものに置き換えれば、さらに効率的な発電が出来るかもしれません」
「そ、その揚水発電で得られた電力の代金で、食料や飴をお買い上げになられるというのですか……」
「はい。
まあ、電力代金は通常の10分の1ぐらいで構いませんけど」
「畏まりました。
早速陛下に報告の上、政府に申し入れてみます」
「さて、これでどうやらアルスの『遠征病』と『貴族病』の治療薬は確保出来そうだな。
なあガリル、その治療薬としての飴やジュースはどうやって配ったらいいかな」
「ほ、本当にその『あめ』というものを食べると、『遠征病』も『貴族病』も治るのか?」
「治るぞ」
「な、なぜそんなことが……」
「ヒトって食べなければ生きていけないだろ」
「あ、ああ……」
「そして、食べるっていう行為は、その食べ物の中に含まれている栄養を受け取る行為なんだ。
その中で、ビタミンCっていうものが足りないと『遠征病』になるし、ビタミンE1っていうものが足りないと『貴族病』になるんだよ。
地球では『壊血病』と『脚気』って言うんだけど」
「そ、そうだったのか……」
「だから、その飴には別のところで取って来たビタミンCとビタミンE1を入れてあるんだ。
それ以外に他に重要な栄養素も入っているし。
ついでに食べやすいように砂糖も入ってるから、みんな喜ぶんじゃないかな」
「そうか……」
「ところで、その飴をアルスでどうやって配ればいいと思う?」
「そうだな……
各街でオークションを開く代わりに炊き出しをすればいいかな。
あの穀物粥をみんなに喰わせてやって、ついでに『あめ』も『じゅーす』も与えればいいだろう。
そうか、それでみんなの病が治ったら、そのときはまず間違いなく貴族や王族がその『あめ』を奪いに来るだろうけど、そいつらを片っ端から捕えればいいな。
はは、オークションの代わりに炊き出しと病気治療で悪党を集めるのか」
「ははは、その通りだな」
「細かい話だが、何度も炊き出しの列に並んで『あめ』を手に入れようとする奴はどうしようか」
「炊き出し場所の建物の扉に転移の輪を設置して、このダンジョン村の特別区画に入れてから飯と飴を配ったらどうだろうか」
「なるほど、夜になったら帰してやるけど、帰すときに1個だけあめを食べさせるわけか」
「そうだ。
ついでに、帰らずにダンジョン村で暮らしてみないかと誘ってみるのもいいかもしれん」
「なるほど、確かにいい考えだ。
移住を了承した奴には家も与えてやればいいな」
「それに、ダンジョン村の特別区画だったら、『変身』の魔道具でヒト族に化けた各種族たちが料理を配ってやることも出来るだろうからな。
ガリルたちの人手が少なくていい分、多くの場所で炊き出しの勧誘が出来るだろう」
「ということは、俺たちの役目は邪魔しに来る悪党を『転移』させることか。
だったら、1個所に2人もいれば十分だから、同時に100個所で炊き出しの勧誘が出来るな」
「さすがだな」
「ははは、もう悪党退治は結構慣れてるからな。
そうそう、あのワイズ王国の王都に豪勢な支店を作ったろ。
そうしたら、王都商業ギルドの理事長っていう奴が訪ねて来たんだよ。
それで、商会の代表者に会いたいって言うんだ」
「何の用だ?」
「それがな、商業ギルドの会員である王都の大店が集まって、冬になったら王都の民や村人たちに炊き出しをする予定だそうなんだけど、その相談だって言ってたんだ。
あんな豪勢な建物を建てたカネのある商会だったら、炊き出しにも参加してくれるんじゃないかって思ったんだろう」
「ほう、カルマフィリア王国の大商会たちとはえらい違いだな。
わかった、そいつとは一回会ってみよう」
「それじゃあ、会談出来るように連絡しておくよ」
「よろしく」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日。
「ダイチさん。
国王陛下は昨日のダイチさんのご提案を大いに喜ばれていらっしゃいました」
「それはよかったです」
「その場で首相と電力事業相に連絡を取られ、発電設備の一斉点検が始まりましたし、また、サイアム薬品から取り敢えず在庫のサプリ飴を10万錠とジュースを1万本預かって来ています。
サイアムではこれから大増産体制に入ると言っておりました」
「ありがとうございます。
ストレー、タイの7つの大型ダムの貯水率が常に80%から90%の間にあるように魔道具を操作しておいてくれるか。
それで、下流の2つのダムに水が溜まり過ぎるようだったら、お前の保管庫に収納しておいてくれな」
(畏まりました)
「ははは、これからはお前が直接カネを稼ぐことになるんだな」
(えっ……)
「そのカネでアルスの病人を治してやれるし、腹を減らした奴らにメシも喰わせてやれるんだ。
頼んだぞ」
(は、はいっ!! が、がんばりますっ!!)
「さて、それじゃあタマちゃん、そろそろワイズ王国の王都に転移しようか。
それで商業ギルドの理事長にも会いに行ってみよう」
「うにゃ♪」