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*** 155 第3王子の報告 ***

 


 翌朝、衛兵隊の牢に第3離宮の侍従長であるクシウス法衣子爵が駆け込んで来た。


「で、殿下っ!

 お、おいたわしや…… こ、このようなところで……

 は、早く殿下を牢から出さんかぁっ!」


「は、ははっ!」


「爺、出迎えご苦労」


「昨日ご視察からお戻りになる予定が……

 爺は一晩中寝られませんでしたぞ……

 衛兵隊長! この責をどう取ると言うのだ!」


 衛兵隊長以下全員がその場に跪いて下を向いた。


「いや爺、この衛兵隊は当然の職務を熟しただけだ」


「し、しかし!」


「素裸の男10人が門前に現れて王子を名乗ったのだ。

 そのまま門を通す方がどうかしている」


「は……」


「王子殿下!

 あなたさまはそれでよろしいかもしれませんが、この者共は子爵家当主嫡男であるこのわたしと、それぞれ貴族家に連なる近衛兵を侮辱したのですぞ!

 この責は必ずや取らせねばっ!」


「いや…… よいか、この者たちの責を問うのは一切禁止する。

 これは王子としての命令だ」


「いえ! 貴族家嫡男として、この者共は厳重に処罰させて頂きますっ!

 こら! このようなところから早く解放しろっ!

 それからわしの服を持ってこいっ!」


「ギルトラン・ルシエル近衛小隊長、そなたは心得違いをしている」


「な、なんですとっ!」


「まず、今の貴様の発言は『王族抗命罪』に該当する。

 もちろん『上官抗命罪』にもだ」


「!!!」


「それから、ここにいる近衛兵諸君。

 諸君らはたった一人の、それも素手の男を相手に王族を守り切れなかった。

 よって、全員近衛の職を解く」


「「「「 !!!! 」」」」


「そ、そんな……」

「お、おおお、お待ちくださいっ!」



 彼らは貴族家に連なる者であっても嫡男ではなく、もし近衛などの職を解かれれば、平民と変らないことになる。

 実際に近衛隊を不名誉除隊などさせられたら、貴族家名簿から抹消されて平民に落とされる可能性も十分にあった。

 もちろん全員が代官登用試験には落第しており、通常であれば国軍兵士の職ぐらいしか無かったところを、親の見栄と威光で近衛に入り込んでいた身である。

 それが無能のために解任されたとあっては、貴族家当主が激怒するのは必定だった。



「だが、陛下に奏上して罪一等を減じて頂くこととしよう。

 腕の怪我が治った後は、これより3年間、国軍の新兵として鍛え直してもらって来い。

 配属は国軍鍛錬部隊とする」


「「「「 !!!!!! 」」」」


「そ、そのようなこと……

 出来るはずもありませんっ!」


「ああ、近衛小隊長。

 そなたは別だ。

 近衛を解任の上、投獄する」


「!!!!」


「陛下の沙汰を待つことになるが、『敵前逃亡罪』及び『反逆罪』に問われることになるだろう。

 最高刑は死刑である。

 忘れたのか?

 お前は他の近衛が打ち倒されたあと、私を置いて1人で逃げようとしたのだぞ」


「る、ルシエル子爵家を敵に回されるおつもりか!」


「ルシエル子爵も、嫡男が反逆罪に問われたとなれば、罪人を庇って王家を敵に回すよりもそなたを廃嫡することを選ぶであろうな。

 そなたには弟が5人もおったであろう」


「!!! 

 そ、そのようなこと……

 わ、わたしの後ろ盾が黙っておりませんぞ!」


「第2王子殿下のことか」


「!!!」


「そもそもお前は兄上の碌を食んでいて、兄上が簒奪の兵を挙げた際には真っ先に私を弑するのが任務らしいな」


「!!!!!!!!」


「だが、いくら兄上とて、反逆罪に問われたお前を庇うことはあるまい。

 それどころか、口封じのために刺客を送って来るだろう」


「げえぇぇぇぇっ!」


「衛兵隊長」


「ははっ!」


「ここに地下牢はあるか」


「ございます……」


「この罪人をそこに込めよ。

 そなたと副隊長以外の者との接触を禁じる。

 信用出来る者はそなたたちしかおらんからな。

 それでもこ奴との面談を強要する者が来たならば、国王陛下の勅許状が必要だと言え」


「ははっ!!」



「それでは爺、王城に戻ろうか。

 陛下に事の顛末を報告せねばなるまい」


「はっ!」


「そうそう衛兵隊長」


「はっ!」


「昨日の夜のスープは旨かった。礼を言うぞ」


「ははぁぁぁっ!!」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 第3王子は身を清めた後、王城にて王に報告を行っていた。



「視察大義であった」


「はっ」


「それではまず、国難ともいえる『遠征病』の蔓延状況について報告せよ」


「はっ、直轄領の代官たちからの報告はおおよそ正しいものと思われます。

 民たちの多くが、長期遠征した兵士と同じ『遠征病』を患っていました。

 歯茎や口内からの出血が見られ、眩暈も酷く、普通の風邪を引いた場合や軽い創傷を負った場合にもなかなか治りません。

 重篤な者はほとんど動けなくなって死ぬでしょう」


「そうか……」


「それにしても、何故遠征などしていない街民や農民たちがあのような病に罹るのでしょうか……

 あの、王立研究所の医官たちは、『遠征病』の治療法を見つけていないのですか?」


「まだ原因は全く不明だ。

 ある種の薬草を摂らせると症状がやや軽くなるという結果は得られた。

 だが、その薬草は希少なものであり、到底民全員を救えるものではなかったのだ……」


「ということは、エルメリア姫の病状は……」


「そなたもあれの野菜嫌いは知っておろう。

 言い含めてその薬草汁を飲ませてみたが、全て戻してしまいおったわ……」


「そうでしたか……」


「しかもメリアが患っておるのは『遠征病』だけではないようだ。

 脚が酷く浮腫んで痺れも始まっている……」


「まさか…… 『貴族病』も発したと仰せですか!」


「あの病は更に原因がわかっておらん。

 宮廷医官が申すところでは、どうやら風邪などとは違って患者から健康な者にうつるようなものではないというのだが……」


「ですが、これだけ民の間で流行っているということは……」


「まあわからんものはしようがあるまい……

 それでは次に、そなたが成人した後に代官として赴任する予定の直轄領に於ける視察状況について報告せよ」


「はっ。

 まずは現職の代官の統治状態でありますが、十分に及第点と申せましょう。

 領内の盗賊は撲滅済みで、街道の整備も良好でした。

 また、領内の治安も良く、衛兵隊の巡察も十分だと思われます。


 ただしかし……

 麦の不作は如何ともし難いようでした。

 陛下の減税策に加えて、野菜畑を麦畑に転換して麦を栽培していたようでしたが、それでも民の手に残った麦は十分ではありませんでした。

 このままでは、冬に飢える者も出て来るでしょう」



「そうか……

 冬にはまた王城食糧庫から麦を供出して、大々的に炊き出しを行わねばならんようだな。

 ところで視察からの帰途にそなたたちを襲ったという狼藉者であるが、どのような男であったか」


「ははっ、便宜上狼藉者と言っておりましたが、奴からすれば我らこそが狼藉者でありましょう。

 なにしろ近衛が武で脅して財物を奪おうとしたのですから、盗賊と変わりがありません」


「国軍と代官に命じて直轄領の盗賊は全滅させたが、近衛が盗賊行為を働いていたか……」


「はい」


「それにしても、その男は何者であったのだろうかの。

 いくら近衛が弱かろうが、剣を佩いた者9名を相手にして無手で叩きのめすとは……」


「あの男は、単に強いだけではありませんでした。

 わたしの目の前でいくつか魔法も使っています」


「なんと……」


「逃げ出した近衛小隊長を宙に浮かせて捕らえましたし、我らの服も馬も突然消えました。

 あれは建国王の伝説に残る『念動』と『収納』の魔法と思われます」



(おほ!

 ねえタマちゃん、こいつ鋭いね!)


(にゃ!)



「伝説の魔法か……

 また建国戦争が始まらねばいいのだが……」


「いえ、それは無いかと愚考いたします」


「…………理由を述べよ」


「あ奴の目には知性があり、また話し方も論理的でした。

 攻撃に関しても、我らが先に手を出したのであり、奴の方から先に攻撃したことはありません。

 それになにより……」


「なんだ」


「奴は近衛の腕しか攻撃していません。

 剣を持てぬようにしつつも、王都に歩いて帰れるように手加減していたのではないでしょうか……」


「ふははは、武器を持つ兵9人に囲まれて手加減していたと申すか」


「はい……」


「して、そ奴はどのような風体であったか」


「見た目は、体はやや大きいものの16歳ほどの青年でした」


「なんと、その若さでそれほどまでに強いとは……」


「それから、特徴としては黒目黒髪であることです。

 あのような髪や目の色は、この地域ではかなり珍しいかと」


「ふむ、そうか。

 それでアイシリアス王子よ。

 今回の災難を通じて何を思ったか」


「そうですね、まずは裸になれば王族も平民も違いは無いということが良くわかりました。

 貴族はやたらに贅を尽くした服を着たがりますが、あれが無ければ平民と区別がつかないということを恐れているのでしょう」


「そうか……」


「それに、近習の近衛や近衛小隊長以外にも責めを負うべきものは多いと思います」


「言うてみよ」


「まずは王城門警備の近衛です。

 我ら一行は、前日に早馬を出して帰着予定日を伝えていました。

 卑しくも王子が予定日を過ぎても帰城しないなどという状況であるにも関わらず、勤務時間外であるなどという些細な理由で衛兵隊からの取次ぎ依頼を拒否したのですから。

 あれでは、隣国の兵が迫って来ているとの伝令が来ても、夜だという理由で陛下への取次ぎを断るかもしれません」


「ふむ」


「門番を通じて城内の役職者に取次ぎを行うためには、門番の上司の承認が必要になります。

 聞けばその上司は早退の上、酒場で泥酔していたそうですので、門番が報告を躊躇ったのでしょう」


「…………」


「それから、近衛内部の連絡体制にも問題があります。

 近衛第5小隊が予定を過ぎても帰城しないという状況下で、城門警備の近衛に連絡も行っていませんでしたし、捜索隊すら出さなかったのですから。

 思うに小隊長以上の役職者同士の勢力争いが、本来の役目を妨害しています。

 連絡相手が自派閥の上級者であればその者を煩わせるのを躊躇い、敵対派閥であれば相手を利する可能性のある情報を流したくないのでしょう。

 つまり、彼らは上司の顔色を伺うことのみに熱心であり、そのためならば本来の任務などどうでもいいのでしょうね」


(わははは、ねえタマちゃん、現代日本の会社みたいだね)


(にゃははは♪)



「なるほど。

 そなたには何か改善の提案があるか」


「現場の兵を罰するよりも、まずその監督責任者を罰するべきだと愚考致します。

 例えば、近衛総隊長や大隊長への厳重注意や降格、減俸などですね。

 もちろん、なぜ処罰されるかの理由を明確に全員に伝えた上で。

 それから、今の地位はほとんど爵位に応じたものですので、これも能力重視に改めるべきかと。

 加えて、何より大事なのが近衛の戦闘力低下を何とかすることだと思います。

 いっそのこと、全員を国軍の鍛錬部隊に一定期間派遣したら如何でしょうか。

 また、貴族子弟でなければ近衛隊に入れないという悪しき慣習を撤廃すべきとも考えます。

 最後に、衛兵隊に称賛と報奨が必要でしょう」


「そちを投獄した者共に称賛と報奨が必要と申すか」


「はい、職務と法に忠実に従って行動したことが軽んじられてはなりません」


 ここで初めて国王は息子に微笑んだ。


「あいわかった。

 しばらくはゆるりと休め」


「ありがとうございます……」




 王子が退出すると、ワイズ王は傍らの宰相に向き直った。


「のう宰相や。

 そなたも引退を願い出ていたが、あやつこそ後継の宰相にふさわしいとは思わんか」


「いえ、宰相などよりも、もはや王器でございましょう……」


「そうか……

 わしも、出来れば奴を立太子したいとは思うておるが……

 あと5年早く生まれていて、後ろ盾もおればのう……」


「…………」



「それにしても、近衛9人を手玉に取った男か……

 是非会うてみたいものよ。

 宰相よ、出来れば見つけ出してこの場に連れて来てくれんか」


「御意のままに……」





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