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*** 153 ワイズ王国の幸運王 ***

 


「ダイチ、ツバサさまが『転送』のスキルを作ってくれたにゃよ。

 でもやっぱりスキル取得条件はE階梯2.5以上だったにゃ」


「そうか、それじゃあまずモンスター部隊のE階梯をチェックしてみよう」



 さすがは中央大陸ダンジョンのモンスターたちであった。

 日々悪党を捕獲し、大森林内の飢えた種族を救援し、さらにダンジョン村で毎日子供たちの笑顔を目にしていた彼らは、召喚されて半年以内の者の一部を除いて、9割近くの者がE階梯2.5以上に達していたのである。


 また、ブリュンハルト商会の護衛部隊も、護衛見習い80名を除く護衛120名全員が『転送』スキルを取得出来たのであった。




「さて、どうやら地球の災害も一段落したし、みんなも中央大陸の救助活動を頑張ってくれてるみたいだから、俺は俺で動いてみるかね」


「ダイチは何をするんにゃ?」


「今は、ヒト族以外の種族についてはモンスターや各種族の連中が大森林を廻って避難勧誘をしてるだろ。

 それから、ガリルたちはオークションを通じて強欲な貴族や王族を捕えてくれて、村人に避難も勧めてて、奴隷も買いまくってくれてるし。

 モンスター部隊も悪党掃除を頑張ってくれてるし。

 だから俺は新しい試みを始めてみようかと思ってさ」


「どんなことをするんかにゃ?」


「比較的まともな王族のいる小国を、むちゃくちゃ豊かにしてみようと思うんだ。

 そうすれば、すぐに周辺の国々が侵略して来るだろうから、そいつらを全部捕まえて一帯を平定してみようかな。

 それで周辺国が弱体化して、さらに周りの国々が攻め込んで来るようになったら、農村を廻って避難勧告をしてみようと思ってるんだ。

 目標は悪党や兵士捕獲と避難民集めで、とりあえず20万人としよう」


「にゃはははは、面白そうだにゃ♪」


「それじゃあ候補国を探すために、モントレーさんのところに行ってみようか」


「にゃ」




「ということでですね。

 次なる一手の試みのために、多少はまともな国王が治めている小国を探しているんですよ。

 出来れば周囲を好戦的で貪欲な大国に囲まれているところがいいんですけど。

 どこか心当たりの国をご存知ありませんか?」


「ふぉふぉふぉ。

 それはまた面白そうな試みですの。

 ならば…… さよう……

 旧カルマフィリア王国より東北方向に30日ばかり行った地に、ワイズ王国という名の小国がございます。

 わしは直接行ったことは無いのですが、その地の王は『幸運王』と呼ばれておりますのですよ」


「幸運王…… ですか……」


「はい、数多の幸運によって第4王子から国王の座に就いた男です。

 この男は、ここ最近の大不作を憂いて、貴族領を含む全国内の農民に対する税を引き下げさせたという人物なのです。

 民はもちろん助かったのですが、貴族共の反発は強かったようですね。

 勅令に反して税率を下げなかった貴族家を2つほど改易していますし」


「それは興味深い人物ですね。

 ところでどんな幸運によって王位に就けたんですか?」


「この男は元々妾腹の第4王子でしたが、後ろ盾になる有力な貴族も無く、王位を継ぐ可能性は全く無いと言われておったのです。

 そのうちに国王が病の床に着くと、第1王子と第2王子の間で王位争いが起こりました。

 これが後ろ盾の貴族を巻き込んだ大規模なものになりまして、大兵力の主力部隊が連日会戦を繰り広げたのですが、死傷者ばかりが増えて決着がつかなかったのです。


 貴族家も当主を含む騎士たちが大勢死にました。

 そこで、両陣営とも突撃騎馬隊を組織して、戦場を大きく迂回して相手の後方から本陣を突いたそうなのですが……

 これが双方とも大成功してしまいましてな。

 つまり、第1王子も第2王子も敵の突撃隊に打ち取られてしまったのですよ」


「なんとまあ……」


「これを好機と見た第3王子が王都を制圧するための兵を挙げたのですが、王都の南にある湿地帯を迂回する乾いた道ではなく、急いだあまりに湿地帯を超えて王都に迫ったのです。

 それで、第3王子の軍はほとんど王都を包囲しかけたのですが、そこで兵の大半と王子を含む貴族たちが熱病を発症してしまったのですわ。

 古より、かの湿地帯を通る者は熱病という形で呪われると伝えられていた通りに」


(湿地帯か……

 それって、蚊の媒介による感染症かも……)


「結局第3王子も第3王子派の貴族たちも皆死んでしまったそうでしての。

 それでもちろん、東西南北を囲む4つの大国が好機とばかりに攻め込んで来たのです。

 それで、生き残った僅かな貴族家当主とそれまで中立を保っていた貴族家が、緊急避難措置として第4王子を王太子に担ぎ上げました。

 まあ、その王太子に大国のどこかに降伏させて、自らの命と領地の安堵を目論んだのでしょう。


 ところがですな、南の大国は国王自ら3000もの兵を率いて侵攻して来たのですが、やはり湿地帯を超えたところで、王も貴族も兵も熱病に罹ってしまったのです。

 王が死んだ後は皆本国に引き返したのですが、国に辿り着けた者は僅かに200名だったとか。

 幸いにも呪いの熱病は南の国では広まらなかったそうなのですがの。


(それって、ヒト-ヒト感染はしない感染症だったんだろうな……)



「また、東の大国はやはり国王自ら3500の軍を率いてワイズ王国に侵攻し、北の大国も王太子に3000の兵を預けて侵攻させたのです。

 この両国の兵が王都北の平原でそれぞれ野営しておったのですが、どうやら折からの濃霧でお互いに気づいていなかったようなのですよ。

 それで、朝になって霧が晴れた途端にお互いが至近距離で野営していたことに気づきまして、その場で突発的な遭遇戦が始まってしまったのです」


「おやおや」


「どうやら双方ともお互いをワイズ王国の反撃軍とカン違いしたらしいのですが……

 それで両国とも壊滅的な被害を蒙って、撤退するハメになったそうです。

 東の大国では王の惨敗を受けて内乱が始まりましたし、北の大国でも皇太子が廃嫡されたために第2から第5までの皇子の間で後継者争いの内乱が始まりました」


「はははは」


「そうして、西の大国はやはり若い国王自ら国境沿いに4000の大軍を集結させていたのですが、これらの知らせを聞いた国王が、好機とばかりに一斉侵攻を命じたのです。

 ところが、戦功に逸るあまりに荒れ地を馬で駆け下っていた国王が落馬して死んでしまったのですよ。

 おかげでこの西の大国も、撤退の後に王弟派とまだ幼い王子派貴族の間で内乱が始まって大混乱に至ったそうです」


「あはははは」


「そんなことが起きているとは知らなかったワイズ王国内では、第1王子派、第2王子派、第3王子派の生き残り貴族たちが、第4王子を差し置いて降伏の使者として西の国境近くに出向いていたのです。

 ですが密偵の報告で西の大国の王の死を知った第4王子は、僅かな手勢と中立派の貴族軍を率いてこれを急襲し、全滅させてしまいました」


「わはははは」


「そうして第4王子は即位して今の国王となったのですが、これが『幸運王』と呼ばれる所以ですな」


「それでその後はどんな治政を行ったんですか?」


「さすがに手柄のあった中立派の貴族たちは陞爵してやらねばならなかったようですが……

 それでも1段階の陞爵に留めてあまり重くは用いなかったそうです。

 まあ、元々中立派の貴族は男爵までしかおりませんでしたし、中央の政治には興味の無い者が多かったために、それほどの不満は無かったようですな。


 また、旧第1王子派から旧第3王子派までの貴族たちは、その全員が当主を失っていたために、爵位の継承には国王への忠誠表明と王の承認が必要だったのです。

 この時にワイズ新王は全ての貴族を男爵に降爵し、他国と接する外周の地に転封しました。

 まあ、『辺境男爵』といったところでしょうか」


(まるで外様大名だな……)


「そうして、中立派貴族の領地以外は全て王の直轄領としたのです。

 このときには、それまでの法衣貴族当主を全て引退させ、その子息や中立派貴族の2男3男の中から新たな法衣貴族を任命致して代官にしました。

 この時の代官登用試験は王自らが1月もかけて執り行ったそうです」


「どんな試験だったのですかね」


「伝え聞くところによると、1次試験は読み書き計算だったのですが、2次試験は王が作成した実に興味深い問題だったそうですね」


「ほう、どんな問題だったのでしょうか」


「第1回試験では、小麦の種蒔期と収穫期の見定め方と、収穫量を増やす試みについて書かせたそうです。

 すぐに行われた第2回の試験では井戸の掘り方が問われたそうで、第3回は野菜の種類と育て方を問うものだったそうです」


「ははは、それでは貴族の子弟たちは相当に慌てたことでしょうねぇ」


「ええ、第1回の試験では、自分の名前も書けずに従者を呼ぼうとした者もいたそうですし、試験対策として懸命にダンスの練習していた者は激怒して試験官に喰ってかかっていたそうですね」


「わははははは」


「さらに3次試験では、平民の試験官と候補者を面接させました。

 それを新王は壁にかけた布越しに隣室で聞いていたそうです」


「やるもんですねぇ」


「おかげで、第1回登用試験受験者150名のうち、合格者は2人しかいなかったそうで、急遽2回目の試験が行われたのです。

 このときには貴族家の従者やその子弟、果ては商家の子息に至るまでに受験資格が解放されました」


「おおーっ」


「これに文句を言って来た貴族家当主は、1個所に集めて同じ試験問題を解かせたそうなのです。

 読み書き計算の1次試験では、貴族家当主たちの半数が0点だったそうですな」


「あははははは」


「それで顔面蒼白になった貴族には、

『これは貴族登用試験ではなく、代官登用試験なのだ。

 それにしてもよかった。

 もし貴族登用試験であったならば、そなたたちは全員平民落ちだったのう』

 と言ったそうですね」


「わははははは」


「そうして、合格者全員を法衣一代貴族の代官として各地に派遣したのですが、この時に全ての地に目付も派遣しています。

 また、代官の任期は2年、目付の任期は3年にして、転勤を繰り返させたそうですね。

 実はそれ以外にも行商人を装った隠れ目付も大勢いたそうですが」


「すごいですね」


「ということで、かの地の王は実に興味深い人物なのです。

 おかげでこのワイズ王国は小さいながら豊かな国となったのですが、残念ながらそれももう長くは無いでしょう」


「なぜですか」


「現王が即位して35年が経ちました。

 そろそろ後継者も決めねばならないのですが、王の子である第1王子、第2王子、第1王女は単なる俗物だったのです。

 己の権勢しか頭になく、今は水面下で権力闘争を繰り広げているようですね。

 それ以外の王子王女はまだ成人前の上に、後ろ盾もいないようです。

 今の王が没すれば、この国も内乱の末に滅びるかもしれません。

 ところで、あの『いーかいてい』というものは、子孫に遺伝しないものなのでしょうか」


「そうですね、どうも全く遺伝はしないようです。

 実際には幼少期の育てられ方の方が、遥かに影響が大きいように思われますね」


「そうでしたか……」


「それにしても実に興味深いお話をありがとうございました。

 その国を足掛かりにしてちょっと仕事をしてみようかと思います」


 元子爵閣下は微笑んだ。


「それは実に楽しみなことでございます。

 いつかまたお話を聞かせてくだされ……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「シス、ストレー、テミス、さっきのモントレーさんとの話は聞いていたか?」


「「「 はい 」」」


「俺はこれからそのワイズ王国に行って少し動いてみようと思っているんだが、まずはシス」


「はい」


「ワイズ王国の範囲を特定して、全域を外部ダンジョンにしておいてくれ。

 それからテミスと協力して、モンスターたちの悪党駆除部隊を50組ほど投入し、王国内を歩き回らせるように。

 その際に、国王直轄領と貴族領の戦果は分けて報告して欲しい」


「「 はい 」」


「後はガリルに頼んで王都内に支店用地を確保して貰おうか」





 数日後。


「テミス、ワイズ王国内の悪党捕獲状況はどうなってる?」


「非常に興味深い結果が得られております」


「ほう」


「まずは王都とその周辺地域なのですが、盗賊の出現数はゼロでした。

 商業ギルドでいくばくかの品を取引し、また屋台や商店で買い物もさせてみたのですが、野営地にも王都内の宿にも全く襲撃がありませんでした。

 代官が治める王家直轄領でも同様です。


 ところが、各地に点在する貴族領に入ると、盗賊や襲撃者が絶え間なく襲って来ます。

 まあ、旧カルマフィリア王国内とほとんど違いがありませんでした。

 国境沿いにある辺境男爵領や、第1王子、第2王子、第1王女が代官を務める王族領でも同様です。

 まるで、1つの国の中に全く異なる地域が存在しているようでした」


「そうか、やはり王だけが特別で、後はヒャッハー野郎だったか……

 シス、王直轄領とそれ以外の貴族領や王子王女領との比率はどれぐらいなんだ」


「ワイズ王国全体の広さは約2000平方キロほどで、そのうちの約半分が王の直轄領になります」


「東京23区の3倍と少しほどの広さの国か。

 まさに小国だな……

 それじゃあ取り敢えず行ってみるとしよう。

 ストレー、馬車と荷の準備を頼む。

 テミス、馬代わりのモンスターは用意していてくれたか?」


「現在ノワール族長さんが待機しています」


「あいつなら適任だな。

 シス、俺たちと馬車を、王都から10キロほど離れたところに転移させてくれ」


「「「 お気をつけて行ってらっしゃいませ 」」」





<現在のダンジョン村の人口>

 8万9236人


<犯罪者収容数>

 6350人(内元貴族家当主225人)





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