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*** 150 デカン高原の奇跡 ***

 


「それではバハーさん、旱魃被害を受けている地方の河川沿いにあるダムや溜池の数と貯水能力はどのぐらいでしょうか」


「あ、ああ、4つの州に跨った3つの大河川沿いには大型ダムが21か所ある。

 中型ダムは30個所だ。

 溜池もほとんど河川やダム湖から水を引いている。

 総貯水能力は、全部で300憶トンほどになるだろうが、今現在ほとんどのダムの貯水量が0になっている。

 一番多いダムでも10%ほどだ」


「ストレー、今お前の収納庫に水はどのぐらいある?」


「タイでの洪水対策で収納した分が300憶トン、それ以外に中央大陸の河川から少しずつ吸い上げた分が50憶トンほどあります」


「それぐらいなら大丈夫だと思うが……

 でもアルスから地球に水を転移させ過ぎると、地球の海水面が上昇しちゃうなぁ……

 そうだストレー、地球の南極大陸の氷河の氷って収納出来るか?」


(シスさんに氷河一帯を外部ダンジョンにして頂ければ可能です)


「それじゃあシス、南極の基地の無い場所の氷河を一部外部ダンジョンにしてくれ。

 それが終わったら、ストレーは100憶トンほどの氷を収納しておいてくれるか。

 それから海水も100億トン収納して、南極大陸中央部に撒いておいて欲しい。

 それなら海水面は上昇しないだろうからな」


(( 畏まりました ))



「なんとまあ……

 南極の氷まで使えるのか……」


「ええ、まずは真水でダムの貯水率を80%ぐらいにしましょう。

 その後は90%ほどになるように氷を転移させればいいでしょうね。

 インドドの気温ならすぐに溶けて水になるでしょうから」


「あ、ありがたい……

 住民の飲み水は給水車1個大隊を動員してなんとかしていたが、とてもではないが農地への水までには手が回らなかったのだ……」


「そうそう、タイ大洪水を防いだときの水は、純水と土砂に分離してありますので、魔道具から出した水はそのまま飲めますよ」


「凄いな……

 そんなことも出来るのか……」



「ダイチ殿、デカン高原の地図は王宮府に準備させましょう。

 ダムの位置も記載してあるはずです」


「ありがとうございます陛下。

 シス、その地図を参考にして、51の中大型ダム周辺を外部ダンジョン化しておいてくれ。

 ついでに3つの大河川の流域も」


(はい)


「それが終わったら51個の『転移の魔道具』の用意も頼む」


(あの、魔道具の箱の上の像はいかがいたしましょうか?)


「バハーさん、どんな像がいいですかね?」


「そうだな、もし出来るならガネーシャの像にして貰えるだろうか。

 何しろデカン高原ではガネーシャ信仰が盛んだから」


「了解しました。

 あ、あと、魔道具を守るために1つに付き4人、合計204人の護衛部隊とその交代要員の手配をお願いいたします」


「わかった。

 早速4つの州の首相と電話会議を開いて、事情の説明と護衛として州兵の用意を依頼しよう」


「みなさん護衛を出してくれますかね?」


「はは、最初は信じてもらえなくても、我がマハーラーシュトラ州の様子は全世界的なニュースになるだろうからな。

 すぐに皆頭を下げに来るだろう」


「ははは、それもそうですね……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 1週間後、全ての用意が整うと、大地はストレーくんにマハーラーシュトラ州のダムの浚渫作業を、シスくんにはダム堰堤の強化工事を始めてもらった。

 因みにダム湖の底の土は、上流から川に流されて運ばれて来ているものだけに、栄養分は相当に豊富である。

 この土は大地がアルスの農地に使ってもいいことになっていた。


(これで荒れ地も農地に出来るようになったな♪)



 大地はまた円盤を用意して、マハーラーシュトラ州の州兵を乗せてダム巡りを始めた。

 それ以外の州は、バハー首相の説明に半信半疑であり、州兵の動員が遅れている。



 そうして……

 ダム湖の周辺に設置されたガネーシャの像は、すぐに前方に巨大な魔方陣を展開し、魔方陣から綺麗な純水を吹き出し始めたのである。


 この奇跡の光景も、すぐにインドド全国に広がるニュースになった。

 もちろんそれは全世界の人々も大驚愕させることになる。



 ガネーシャ像から吹き出す水については、州政府と連邦政府が水質検査を行ったが、その結果は『噴出した直後の水は完全純水である』とのことだった。


 これに反応したのが世界各国の半導体メーカーである。

 半導体製造工場のイニシャルコストは工場建設や製造機械などの設備投資だが、人件費以外のランニングコストの大半は洗浄用の純水のコストになる。

 それも水の純度が上がるにつれてその価格は幾何級数的に上がって行く。


 バハー氏の下には、大変な数の世界の半導体メーカーから、あのガネーシャ像を売ってくれとの引き合いが来たが、むろん氏はこれを全て断わっている。



 1週間ほど経つと、マハーラーシュトラ州の全てのダム湖では貯水率90%になり、水道水はもとより、灌漑用水路にも水が流れ始めた。

 こうして、マハーラーシュトラ州の農民約6000万人に笑顔が戻って来たのである。



 アーンドラ・プラデーシュ州とタミル・ナードゥ州の首相が相次いでバハー氏の首相公邸を訪ねて来た。

 そうして、自分たちの不明を詫び、真摯にガネーシャさまへの援助の取次ぎを依頼して来たのである。


 もちろんバハー氏はこれに応え、大地に連絡した。

 おかげで間もなく両州のダムでも援助活動が始まっている。



 だが或る日、バハー氏の公邸にテランガーナ州の首相であるジャハーンギル・ウッダウラ16世が怒鳴り込んで来たのだ。


 挨拶もしないうちから、ジャハーンギル・ウッダウラ16世はバハー氏を罵り始めた。


「おい若造!

 貴様はなぜわしの領地に水をよこさんのだ!」


「あんたは2つほどカン違いをしている」


「なんだとぉっ!」


「まず第1に、テランガーナ州はあんたの領地ではない」


「き、キサマ、たかが12代目の分際で、16代も続くマハーラージャ(藩王)のワシに意見するつもりか!」


「私の職務もあんたの職務も州政府の首相という公僕に過ぎないのだ。

 たとえいくら私有地を持っていたとしてもな」


「こ、この生意気な若造めがっ!」


「もう一つ、あの水はわたしのものではない。

 ガネーシャさまを通じて天が下されたものだ」


「ならばなぜわしの領地に水をよこさんのだ!」


「あんたが天の御使い様がダムにガネーシャ像を設置するのを拒否したからだ」


「あ、当たり前だろう!

 わしの領地に設置するものはわしのものだ!

 故に設置はわしがするのが当然だっ!」


「あんたはあのガネーシャ像が水を出し終わった後は、すぐに半導体メーカーに売り払うつもりだろう。

 天からの預かりものを売り払って利益を得るなどとはとんでもない話だ」


「キサマぁ…… 

 いくら欲しいんだ! 言ってみろ!」


「カネは要らない。

 そもそもあの像も水もわたしの物ではないと言ったであろうが。

 天から預かった物を売り払って儲けようなど不敬極まりないのがわからんのか?

 まあ、あんたには理解出来ないことかもしらんがな」


「こ、こここ、この無礼者めがぁ……

 後悔するなよぉっ!」


「いや、間違いなくしないな」




 テランガーナ州首相ジャハーンギル・ウッダウラ16世は、贅を尽くした首相官邸に戻ると、地元のマスコミ関係者に指示してマハーラーシュトラ州首相のバハードゥル・シャー12世に対するネガティブキャンペーンを始めた。


 バハー氏が法外な水代金を吹っかけて来ただの、傲岸不遜な態度でテランガーナ州の苦境など知ったことではないと語ったとかだのと、虚偽情報を吹き込んだのである。

 また、失業者や困窮する農民たちに僅かなカネを払って、マハーラーシュトラ州とその首相に抗議するデモ隊も組織させた。

 こうして、テランガーナ州では反マハーラーシュトラ州の機運が高まっていったのだ。



 だが……

 ジャハーンギル・ウッダウラ16世は認識が甘かった。

 このガネーシャ像による膨大な水の供給は、『デカン高原の奇跡』として、インドド全体どころか世界的な関心事になっていたのである。


 すぐにインドド国営放送と50社を超える海外マスコミがバハー首相の公邸にやって来てインタビューを行った。


 その際に、バハー首相はジャハーンギル・ウッダウラ16世との会談の模様を収めた映像を流したのである。

 もちろん字幕付きか英語吹き替え版である。

 各社にはDVDも土産に持たせてやった。



「ということでですね。

 天はテランガーナ州を見放してはいないのです。

 ただ単にジャハーンギル・ウッダウラ16世を見放しているだけでして、彼に代わる次の州首相がガネーシャ像を売り払わないと約束すれば、すぐにでも無償の水支援が開始されるでしょう」



 水不足に苦しむテランガーナ州の議員たちの行動は早かった。

 すぐに州首相ジャハーンギル・ウッダウラ16世の弾劾決議案が提出され、たった1日の審議で賛成率100%の弾劾が成立したのである。

 翌日には副首相がマハーラーシュトラ州のバハー首相の下にやってきた。

 そうして、実に友好的なムードの中でガネーシャ像による水支援が決定されたのである。

 この様子もインドド国内のみならず世界的なニュースになっていた。

 次の選挙でこの副首相が首相に当選するのは確実な見通しである。


 翌日から、テランガーナ州にある18の大規模ダムへの注水が始まった。

 5日もあれば貯水率は90%になるだろう。




 だがしかし……

 ジャハーンギル・ウッダウラ16世は実に執念深かったのである。


 自分の土地の上流にあるダムが満水になると、息のかかった州兵の指揮官を呼びつけた。

 そうして、ダムが満水になってガネーシャ像が放水を止めると、護衛の州兵たちに重機を使わせて像を盗ませたのである。


「ふはははは、バハードゥルのガキも愚かよの!

 こうすれば簡単にガネーシャ像が手に入ると分からんかったようだ!

 さて、如何にすればこの像から純水が出るのかはわからんが、そんなことは半導体メーカーが調べるであろう。

 ぐふふふふ、この像はいくらで売れるかの。

 1億ドル、いや10億ドルと吹っかけて、5億ドルで売ることにしよう!

 おい、この像を宮殿の宝物庫に入れておけ!」


「ははっ、藩王さまっ!」




 因みに……

 こうしたマハーラージャたちは、代々その本拠地を川沿いの盆地に置いていた。

 常に旱魃の危機に晒されているデカン高原では、川沿いが最も価値のある土地であり、また盆地であれば井戸を掘って水を得るのが容易だったからである。


 そうして、もちろんこの地域は既に外部ダンジョン化されており、従って常時シスくんの監視下にあったのだ。



「ほんとに予想通りになったか。

 それじゃあシス、予定の作戦を始めてくれ」


「はい」




 どどどどどどどどどどどどどどどど……



「ん? なんじゃ? なんの音じゃ?」


「は、藩王さま! 大変でございますっ!」


「なんじゃ騒がしい。いったいどうしたというのじゃ」


「宝物庫の天井を突き破って、巨大な水柱が上がっておりますっ!」


「な、なんじゃとぉっ!」



 その水柱は直径10メートル、高さは30メートルに達していた。

 そうして、見ている間にも周囲を冠水させていったのである……



「ええいっ!

 な、何をしておるっ!

 は、早く宝物を運び出せっ!」


「む、無理です!

 水の勢いが強すぎて、誰も宝物庫に近づくことすら出来ませんっ!」


「な、ななな、なんじゃとぉぉぉ―――っ!」




 ウッダウラ家の宮殿のある盆地には、ジャハーンギル・ウッダウラ16世の私有地である広大な畑が広がっていた。

 その畑が冠水し始めると同時に、盆地からの出口である河川の狭隘部に、みるみる巨大なダムが造られていったのである。


 また、付近に住む農民や宮殿の従者たちには、既に『ロックオン』が施されており、家財道具と共に次々に付近の高台にある避難施設に転移させられていっている。

 もちろんこの施設もシスくんが造ったものだった。



 ずぶ濡れになりながら茫然としていたジャハーンギル・ウッダウラ16世とその家族の前に、1艘の舟が出現した。

 彼らはその舟の上で水の流れに翻弄されながら、宮殿とその周辺の広大な農園がダム湖の底に沈んでいく様子をずっと眺めさせられたのである。


 こうして、僅か3日でデカン高原では52番目となる貯水量12億立法メートルを誇る巨大ダムが出来上がった。

 下流域の農民たちはさぞかし喜ぶことだろう。



 もちろんこの時の映像も、一部始終が全世界に配信された。

 さらにその後、ボリウッドと呼ばれるインドド映画産業の中心地では映画化もされることになった。

 この新たな巨大ダム湖の名称は、公募の結果、『愚か者の湖』と名付けられている……




「さて、後は避難させた農民800人を、マハーラーシュトラ州のバハーさんの土地に移住させるだけだな。

 準備は出来ているのか?」


(はい。

 バハーさまの持っておられる荒れ地800ヘクタールを平坦にして開墾し、ダム湖の底にあった栄養豊富な土に肥料を混ぜて敷き詰めてあります。

 もちろん灌漑用の水路も住居の準備も終わっております)


「ははは、さすがだな」


(お褒めに与り恐縮でございます……)





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