*** 15 驚くタマちゃん ***
その日から大地の生活は変わった。
ほとんどいつも時間停止の収納部屋にいて、祖父幸之助の手記を読みふける。
【第7巻 南大陸ダンジョン繁栄記】以外の7冊を読むのには1日近くかかるが、何度も何度も読んだ。
集中が切れると外に出て体を動かす。
タマちゃんと食事を共にするが、おにぎりとビタミン剤で済ますことも多かった。
たまに受験勉強もしたが、県立高校の入試過去問を解いてもほとんど95点以上だったので、学習内容を忘れない程度にとどめている。
食料や飲み物の補充でたまに街の家に帰っていたために、収納部屋で10日も過ごすと日本でも日付が変わった。
MMAのジムにも行って汗をかいた。
受験も異世界理解も大事だが、これからモンスターや盗賊団の蔓延る地へ行くのに、体を鈍らせたままでいるわけにはいかない。
ジムの師範は、大地が受験前ということで、万が一にも大怪我をさせるわけにはいかないと練習生たちのスパーリングパートナーは免除してくれていた。
代わりに師範本人が大地にさまざまな戦闘テクニックを仕込んでくれている。
また、剣道場では真剣を使った動きを集中して教えてもらった。
特に刃筋の立て方や相手の刀の躱し方を重視した技を教わる。
MMAのジムでのそれも、完全に白兵戦訓練になっていた。
実戦を前にした真剣さが違うのか、大地は乾いた土地が水を吸収するかのようにそれらの技術を学んでいったのである。
剣道の師範もジムの師範もそれを大いに喜び、自分たちが持つ全ての技を教えてくれていた。
収納部屋では大地は手記の音読も始めた。
重要と思われる部分は音読しながらその内容をノートに書き写す。
これは英語や歴史の勉強方法と同じで、自分の口から出した声を自分の耳で聞くことにより、内容を理解して覚えていくことに役立った。
もしこの時の大地の行動を傍で見ていたひとがいたとすれば、まるで受験科目に格闘技と剣術と異世界理解があるように思えたことだろう。
そして大地の傍らにはいつもタマちゃんがいた。
タマちゃん自身の収納庫にエリクサーを用意して。
収納部屋では常に傍に蹲って。
街を歩くときには姿を消して頭の上に。
道場やジムでも隅の方で姿を消しているタマちゃんがいる。
(それにしてもダイチの集中力は凄いにゃぁ。
全ての素質と行動力が、16歳のときのコーノスケより完全に上にゃ。
こんな地球人もいたんにゃなぁ)
寝ていた大地が目覚めてもタマちゃんはいつも大地の胸の上にいた。
最初は寒いのかとか寂しいのかとも思っていたが違った。
タマちゃんは、大地が寝ている間に万が一心臓が止まっても、すぐにエリクサーを飲ませられるように心音を聞きながらずっと起きていてくれたのである。
「ねぇタマちゃん。タマちゃんも寝ないと体壊しちゃうよ。
もし俺が起きて勉強してたり手記を読んでいたりしたときに心筋梗塞を起こしても、死ぬまでに1分近くはなんとか動けるだろ。
だから机の上にエリクサーを置いておくから、俺が起きているときにはタマちゃんは寝ていてよ」
「うにゃぁ、そうさせてもらうかにゃあ」
こうしてダイチは机に向かっているときには、いつもタマちゃんの寝顔を間近で眺めることになった。
ときには膝の上で寝ているタマちゃんを撫でながら、大地は手記を読み続けたのである。
(じいちゃんが思いついたことぐらい思いつけなきゃ、ダンジョンマスターになってもろくに仕事は出来ないだろうしな。
地球の技術分野でも、誰かがブレイクスルーを成し遂げると、他のみんながそれは可能なのだって自信を持つせいで追随出来るようになるそうだし。
だから俺が解決策を思いつくのは、じいちゃんが編み出したときよりも簡単なはずなんだ……)
中学の3学期が始まっても大地の生活はあまり変わらなかった。
受験に配慮して授業はすべて午前中で終了するため、昼食後には剣道場とジムに行って汗を流す。
その後は時間停止の収納部屋に籠って手記を読み続けた。
こうして体感時間で6か月、地球時間で半月が過ぎて行ったのである。
県立高校の受験日はあと1か月後に迫っていた。
そんな或る日、学校とジムの帰りに食料の買い出しを終え、帰宅した大地がポストをチェックすると、ガスの検針票が入っていた。
だが、いつもとは違って、検針票には手紙のようなものがホチキスで止めてある。
「拝啓
本日ガスメーターをチェックさせて頂きましたところ、先月までに比べて使用量が大幅に減っていらっしゃいました。
誠に恐縮ではございますが、万が一の事態を避けるために、一度下記電話番号までご連絡を頂戴出来ませんでしょうか。
次回検針でも同様な数値である場合には、市役所の住民課まで連絡するよう市から指導を受けております。
お忙しいところお手数をおかけしてすみません。
敬具
〇〇ガス株式会社青嵐市支店ガス検針課」
(あちゃー、ガス代節約と思って風呂も食事も収納部屋でしてたからなぁ。
こっちの家でほとんどガス使ってなかったから、こんなお手紙が来ちゃったんだー。
そういえば高齢者の孤独死早期発見のために、自治体の指導でこうしたことをするようになったってニュースで言ってたよな。
検針のひとにはこの家が高齢者の独居世帯じゃないとはわからないだろうし。
すぐに電話して、しばらく知人の家で暮らしていたからって言おう。
あ、ということは、水道局や電力会社からも同じような通知が来るかも。
困ったな。どうするかな。
それにしても検針員さんたちも仕事が増えて大変だろうに……
ん? 待てよ……
なんか今閃いた気がするぞ……
このカンジを忘れないうちに、収納部屋に行ってじっくり考えてみよう……)
それから大地は猛烈な勢いでメモを書き始めた。
問題点を書き出してはその対策も考えていく。
そして3日後……
「タマちゃん! ようやくわかったよ!
じいちゃんがどうやってダンジョンで南大陸を幸せにしたのか!」
「やったにゃダイチ!」
「それじゃあ第7巻を読んで答え合わせをしてみる前に、俺のアイデアを聞いてみてくれないかな」
「うにゃ。
でももしコーノスケのやり方と違っていても、ダイチのやりかたも正解かもしれにゃいにゃ」
「だといいんだけど……
それじゃあ最初に準備段階から。
じいちゃんはまず自分をモンスターと同じ扱いにしてもらったんだ。
つまりダンジョンの中で殺されてもリポップさせてもらえるように」
「うにゃ」
(いつも思うんだけど、このタマちゃんの『うにゃ』っていうのって『うんにゃ』って言われてるみたいで否定表現に聞こえるんだよな……
でも首を縦に振ってくれてるからたぶん肯定表現なんだろうけど……)
「同時にじいちゃんは、神界に頼んでダンジョンに侵入する挑戦者も同じ扱いになるように、ダンジョンの仕様を変更して貰ったんだと思う。
つまり、挑戦者がモンスターに負けて殺されても、リポップされるから死なずに済むんだ。
その方が挑戦者も安心してダンジョンに入れるから、むしろダンジョンポイントもたくさん得られるようになったと思う。
まあ挑戦者の持ち物は全部ダンジョンに吸収されちゃうんだろうけど。
そうだな、たぶん入り口付近に『リポップ部屋』でも作ったんじゃないかな。
ダンジョン内で死んだ挑戦者がそこにリポップして来るように
「うにゃにゃ!」
「それからじいちゃんは、挑戦者と同じようにダンジョンに入ってモンスターと戦ったんだ。
ダンジョンがダンジョンポイントとして欲するのは挑戦者とモンスターの努力したエネルギーなんだから、じいちゃんとモンスターが戦ってもダンジョンにダンジョンポイントは入るはずだからね。
だけど普通に挑戦者が死んだらレベル×100ダンジョンポイント入るのが、じいちゃんや挑戦者はリポップするようになってるからダンジョンポイントも10分の1ぐらいしか入らなかったんじゃないかと思うけど。
部下のモンスターたちには、きっと真剣に自分と戦うように言ったんだろう」
「うにゃにゃにゃ!」
「じいちゃんはきっとそれで何年も戦い続けてたんだと思う。
そうすれば自分もモンスターも経験値が入ってレベルが上がって強くなれるし、ゴールドも溜まってスキルや魔法も使えるようになるし。
ついでにダンジョンにダンジョンポイントも入るんだから言うこと無いよ。
元々ダンジョンは、努力した者にその見返りとして恩恵を与えてくれるように出来てたんだから。
たとえそれがダンジョンマスター本人であっても、死ぬほどの努力の見返りとして、多少はダンジョンポイントや経験値やゴールドを与えてくれてもいいだろう」
「うーにゃ!!」
「それで何年もかけて、血みどろになって何度も死んでリポップしたじいちゃんは、獲得したダンジョンポイントを使ってダンジョンを拡張したんだ。
そうだな、南大陸のダンジョンって中西部大火山の東側の麓にあったから、その近くの山の中の標高の高い場所に、大きな空洞ダンジョン部屋を作ったんだと思う。
そして同時に細長い廊下を地下に伸ばして大きな地下水脈を探したんだ。
それで新たに作ったダンジョン部屋と地下水脈を『転移の魔道具』で繋いで、ダンジョン部屋を巨大な貯水池にしたんだよ。
きっと『クリーンの魔道具』も入れて水も綺麗にしてただろう。
それから一番近いイルミアの街に向かってダンジョンを拡張したんだ。
洞窟ダンジョンは延べ床面積1万平方メートル、高さ5メートルで100ダンジョンポイントのコストで作れるけど、その形状に制限は無かっただろ。
だから高さと幅が1メートルのダンジョンだったら、100ダンジョンポイントで長さ50キロのダンジョンが作れるはずなんだ。
そうしてこれを『水道管』にしたんだ」
「うにゃ―――っ!」
「それからたぶんじいちゃんは、ダンジョンの妖精に言って『水場の魔道具』を作らせたんだろう。
そうだな、たとえばカタカナの『ト』の字みたいな形をしていて、下の端は尖ってて上には魔石を嵌め込む穴が開いてるようなやつ。
それから、一番近い街周辺の地図を書いて、地図に印をつけて夜中にこっそりその印の場所に目立つ石なんかを埋め込んだんだよ。
そうしてその街に行って、街の役人にこう言ったんだ。
『わたしは、ここから南に30キロほど行ったところにあるダンジョンに入ってみたんですけど、こんな道具と魔石とその説明書きがポップしたんです。
ですから試してみて、もし使えたなら金貨5枚で買って頂けませんでしょうか』って。
そうしてその説明書きには、こう書いてあったんだ。
【水場の魔道具説明書き】
『この『イルミアの街用水場の魔道具』はイルミアの街周辺に36個ある水場候補地のうちNo.5とある場所専用の魔道具です。
この魔道具をNo.5の場所にある目印の石の近くに赤い線のところまで刺して、30分お待ちください。
30分経ったら、魔道具の側面にある穴に魔石を嵌めてください。
魔石に触れると10時間水が出ます。
止めるときはまた魔石に触れると止まります。
1000時間使用すると、魔石のマナが無くなりますので新しい魔石を嵌め込んでください。
他のナンバーの『イルミアの街用水場の魔道具』や魔石はダンジョン内でモンスターを倒すとポップすることがあります。
尚、当南大陸ダンジョンは、ダンジョンに入った勇気ある挑戦者がモンスターに倒されても死ななくなりました。
所持品は全てダンジョンに吸収されますが、本人は入り口付近の部屋に怪我が治った状態でリポップされます』