*** 148 スポンサーへの報告会 ***
ミンナ嬢とヘンナ嬢が異言語理解Lv3を含む各種スキルを取得したため、大地はスラさんを通じてタイ国王陛下にアポを取った。
「陛下は今の北大陸のダンジョンマスターにお会いすることを、たいへんに楽しみにされていました。
いつでもおいでくださいとのことです」
「それでは2日後の正午にお邪魔させていただきたいとお伝えください」
「畏まりました。
それで、もしよろしければ、45年前に陛下の助役だった方も呼んでよろしいかとのことだったのですが……」
「もちろん構いませんよ。
北大陸新旧ダンジョンマスターとその助役の会合になりますね」
「はは、そうですね。
それでは、王宮内のわたしの事務所にマーカーを設置しておきましたので、そちらに転移して下さいませ」
「了解です」
2日後、大地たち一行は日本の山小屋経由でタイの王宮内に転移した。
「あ、あの、ダイチさん……
こ、ここって……」
「あ、すいません。
言い忘れていましたね。
45年前に北大陸のダンジョンマスターをしていて、今回食料などを寄付して下さったのは、タイ王国の国王陛下であるラーム10世ワトラー・ロンコーンさんなんですよ」
「「 !!!! 」」
「実に気さくでお優しい方ですからご安心を」
「「 は、はい…… 」」
一行はスラさんの案内で国王陛下の執務室に通された。
尚、ミンナ嬢とヘンナ嬢はカチカチに緊張している。
「やあダイチ殿、お久しぶりです。
その節はたいへんにお世話になりました。
そちらのお嬢さん方が今の北大陸ダンジョンマスターとその助役さんですか」
因みに国王陛下はバハー氏がいるために流暢な英語に切り替えている。
もちろんミンナ嬢もヘンナ嬢も『異言語理解』を取得しているので、英語も問題なかった。
「ええ、今日はぜひ陛下に食料援助のお礼を申し上げたいとのことで」
「あ、あの……」
「ははは、お嬢さん方、そう固くならずとも大丈夫ですよ。
なにしろ我々は新旧のダンジョンマスター仲間なのですから」
「は、はい、ありがとうございます……
わたくしは北大陸のダンジョンマスターを拝命しております、フィンランド出身のミンナ・パーヤネンと申します」
「ぶふぉぉぉっ!」
大地が吹いた。
その場の全員が大地を見ている。
「す、すみません、ちょっと咽てしまいまして……」
「あ、あの……
わたくしもフィンランド出身で、ヘンナ・パンツと申します」
「ぶふぃぃぃっ!」
吹き出すのを堪えようとした大地の鼻から鼻水が吹き出した。
まさかの2段オチに耐えられなかったらしい。
日本語が堪能なスラさんは、吹き出さずに済んではいるものの、顔が真っ赤になって膨らんでいる。
「ま、まことにすみません…… く、クリーン……」
その場のみんなは頭上に「?」マークを出しながらも気を取り直したようだ。
「それからあの……
こちらはインフェルノ・キャット族のジージくんです」
「ジージですにゃ、よろしくお願いいたしますにゃ」
ワトラー国王陛下が微笑んだ。
「わたくしは45年前にアルス北大陸のダンジョンマスターを拝命していた、ラーム10世、ワトラー・ロンコーンと申します。
そして、こちらが」
「そのときのワトラーの助役だったバハードゥル・シャー12世だ。
バハーと呼んでくれ」
(うーん、なんかこのおっさん、すっげぇおっかねぇ顔してて迫力があるわー。
E階梯は4.2もあるけど……)
「バハーさん、アルス統轄ダンジョンマスターのダイチ・ホクトと申します。
よろしくお願いいたします。
そしてこちらがおなじくインフェルノ・キャット族のタマです」
「タマにゃ。
あちしとジージはミユシャ姉ちゃんの妹と弟なんにゃよ」
「おお! それはそれは……」
「ミユシャさんもお元気だそうだ」
「懐かしいなぁ……
この子たちもミユシャにそっくりだな」
「それじゃあタマちゃん、バハーさんのギアスの魔法を解いてあげてくれるかな」
「にゃ♪」
バハー氏が淡く光った。
「おおおおお……
これで存分にアルスについて語り合えるわい!
タマさん、ありがとうな!」
「どういたしましてにゃ♪」
「あの、国王陛下……
この度は北大陸に多大なるご援助を頂戴しまして、誠にありがとうございました」
「おかげさまで、大陸中のヒューマノイド300万人が、もう飢えることもなくなりつつあります……」
「それはなによりですね。
わたしたちも、ようやく北大陸に幸せを齎してあげられましたか……」
見れば陛下とバハーさんが遠い目になっている。
「それでワトラー陛下、その救援作戦の様子を録画して1時間ほどのダイジェストに纏めたものがあるんですけど、ご覧になっていただけませんでしょうか」
「それは是非見せて頂かねば。
だがその前にお茶をお出しさせていただきましょうか」
陛下が卓上に置いてあるボタンを押すと、間もなくティーセットを乗せたワゴンを押して3人の執事が入室して来た。
「国王陛下、お飲み物をお持ち致しました」
「どうぞお客様にサーブしてください」
「畏まりました」
(うーん、紅茶のカップが7つに茶菓子も7つか……
タマちゃんとジージくんの分まで用意されてるわー。
それでも執事さんは顔色ひとつ変えてないし。
さすがだな……)
「執事さん、恐縮ですがこちらのDVDをセットして頂けませんでしょうか」
「はい」
『アルス北大陸の今』というタイトルとともに映像が流れ始めた。
最初のシーンは上空2万メートルから録画した北大陸の地形になる。
(おお! シスくんに任せておいたけど、なんか本格的な映像だー)
次のシーンはツバサさまに連れられて大地たちが北大陸ダンジョンを訪れたシーンだった。
「天使さまはまったくお変わりないようだな!」
「はは、我々はこんなに年寄りになってしまったのにな」
「それにしても、ダンジョン内の様子もコアルームの様子もほとんど同じじゃないか」
「うむ、懐かしさと共にあのときの苦しみが蘇ってくるようだ……」
「ああ……」
次の映像は最初のヒト族の村の様子だった。
「ヒト族は相変わらずだの……」
「このような小さな村でも皇帝と称して圧政を敷いていたか……」
「おおお……
自称皇帝とその取り巻きをこんな風に無力化するとは!」
「あああ…… 子供たちが旨そうに粥を食べておる……
あの穀物が我が国で作られたものと思うと、感慨も一入だの……」
シスくんの声でナレーションが入った。
「中央大陸のダンジョン管理システムであるわたくしとダンジョンは、ダイチさまの命を受けて北大陸の南側沿岸を、海中10キロ、陸側5キロ、そして東西方向3000キロに渡って外部ダンジョンとして設定致しました。
さらに、ダイチさまの御指図で、その範囲に城壁を造り始めたのです」
画面が変わって海底の様子になった。
まずはその場の生物が移動させられ、その場にどこからともなく大量の岩石が出現する。
そうして、その岩石はみるみる形を変えて城壁となっていったのである。
それは、底面の厚さ100メートル、高さは平均120メートル、上面の幅は20メートルに及ぶ巨大な城壁であり、海面上は高さ20メートルほどに聳え立っていた。
その壁には直径50センチほどの穴も無数に空いている。
(シスくん、海底の様子まで録画してたんか……)
その城壁が東西に向かって伸び始めた。
画面が上空からの俯角に切り替わる。
海が城壁によって断ち切られ、その城壁が時速100キロほどで東西に延びて行っている。
南から押し寄せる波も、城壁に当たると小さくなった。
まるで消波ブロックのようである。
タイ国王陛下とバハー氏は完全に硬直していた。
いやミンナ嬢とヘンナ嬢とジージくんもだ。
タマちゃんは、いつものマイペースでワーキャット形態になってお茶菓子を食べている。
城壁の長さがある程度に達すると、その内側にいたシャチが宙に浮かんだ。
そのまま空中を移動して外洋に放り出されている。
バハー氏が立ち上がった。
「そうか! シャチを排除してヒューマノイドの安全を図るための壁だったのかっ!」
「そうですね、まあシャチは外洋の魚を食べて生きていけますから、特に問題はないでしょう」
ワトラー陛下の眉間のシワが深くなった。
「いや、それだけではない……
これで冬の流氷が海岸に接岸しなくなった……
つまり、ヒューマノイドたちが冬も安全に漁が出来るようになったのか……」
「おおおお! 氷が動いて穴が塞がり、窒息することも無くなったのか!」
3000キロに渡る海中城壁が完成すると、今度は内陸部に城壁が造られ始めた。
東西から高さ20メートルの壁が時速100キロ以上で迫って来ている。
「な、なんと……
内陸部から来る肉食獣も排除したのか……」
「見事だ……」
「だ、だが、ダンジョンの外でこれほどの建築作業が出来るものなのか?」
「ええ、神界にお願いして、ダンジョンの外部の自然空間を『外部ダンジョン』として認識出来るようにしていただいていますから。
おかげで、あの城壁を造った範囲は既にダンジョン内になっていますからね。
少し大きな壁を作っても、それはダンジョンの拡張と同じことになりますから」
「そ、それでも莫大なダンジョンポイントが必要になるだろうに……」
「いえ、それほどでもないですよ。
外部ダンジョンの認識と城壁建設で25億ダンジョンポイントで済みましたし」
「「「「 !!!!!! 」」」」
「それにいったん造っておけば、後は随時補修するだけですから、半永久的にもちますしね」
「に、25億ダンジョンポイントだと……
い、いったいどうやってそれほどのダンジョンポイントを……」
「それは後程ご説明させて頂きましょう。
ほら、我々と海棲ヒューマノイドたちのファーストコンタクトです」
画面では大地たちとアデルゴ村長を乗せた円盤が空を飛んでいた。
「い、いったいどうやったらあのように空を飛べるというのだ……」
「はは、『念動Lv5』以上のスキルがあれば、あのぐらいは出来ますよ」
「そうか!
ダイチ殿はダンジョンで自らモンスターと戦ってスキルも魔法も得ていたのか!
だが、よく途中で死ななかったものだ……」
「実はダンジョンマスターを引き受けるときに、神界にお願いしてモンスターと同じく挑戦者もリポップされるように、ダンジョンの設定を変えてもらったんですよ」
「な、なんと……」
画面では種族連合の長老衆の城壁建設見学が終わり、種族連合本部での虫病の治療風景に変った。
「あの光は治癒系光魔法のものですかな……」
「はい陛下。
それに加えて『クリーンLv8』も併用しています。
そうすると、如何なる寄生虫も排除出来るようですので」
「素晴らしい……」
画面は治療を終えた子供たちが、付き添いの家族と一緒に粥を食べている姿に変った。
「お母ちゃん、このお粥美味ちいね♪」
「ゆ、ゆっくり食べるのよ……
ここには何日いてもいいそうだから」
「うん♪」
子供を囲んだ親兄弟たちは、碌に粥も食べずに涙をぽろぽろと零している。
『翌日』と書かれたテロップが出た。
食事処では、昨日と同じように涙を流しながら子供を囲んで食事をしている家族の風景が映っている。
その間にも、治療が終わって白熊族が持つ担架に乗せられた患者たちが続々と食事処に集まって来ていた。
併せて海岸沿いに5キロおきに設置された小ドームの様子も紹介されている。
『1週間後』と書かれたテロップが出た。
画面はやはり涙を流しながら食事をしている家族たちの様子を映している。
カメラが引いた画像を映し始めた。
それは、無数に用意された粥やジュースの屋台で忙しそうに働くヒューマノイドたちと、その周囲でやはり泣きながら食事をしている、実に50万人を超えるヒューマノイドの家族たちの姿を映した映像だったのである。
国王陛下とバハー氏が硬直した。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉ――――んっ!」
バハー氏が立ち上がって号泣し始めた。
国王陛下も大粒の涙をボロボロと零している。
「おかげさまで、援助して頂いた食料は、こうして有効に使わせていただいています」
ミンナ嬢とヘンナ嬢が頭を下げた。
「北大陸のヒューマノイドに代わりまして、深く御礼申し上げます……」