*** 146 激増するダンジョン人口 ***
「ほら、ここがダンジョンの1階層だよ」
「な、なんと広い場所だ……」
「ほとんど真夏の草原の様だ……」
「それに暖かいし、あんなに大きな建物がたくさん……」
「おーい、モン村婦人会のみなさん、お疲れさまー」
「「「「 お待ち申し上げておりましたダイチさま! 」」」」
「こちらの方々に穀物粥とフルーツジュースを振舞ってあげてくれるか」
「「「「 畏まりました♪ 」」」」
「さあ、患者さんたちだけじゃなくって、みなさんも食べてみてくれ」
「本当によろしいのですかの……」
「もちろん」
「こ、これは草の実や木の実などを茹でたものか……」
「あああ、貴重な薪があんなにたくさん……」
「う、旨いっ!」
「温かいものを食べるなど何年ぶりだろうか……」
「エンペルー議長さん。
ということで、この場所はみなさんに開放したいと思ってるんだ。
いつでも誰でもここに来てメシを喰ってくれ」
「本当によろしいのですか?
あなたさまが作ってくださった大城壁のおかげで、我々は冬にも漁が出来るようになりましたが……」
「だが、この大陸では冬にはブリザードが吹き荒れるだろう。
そういうときはどうしているんだ」
「ブリザードが吹くと、トド族や白熊族ですら吹き飛ばされてしまいます。
ですから我々は夏の間に用意した穴の中でじっと耐えるしかありませんでした……」
「だが、これからはブリザードが吹き始めたら、この場所に避難してくればいいだろう」
「それは本当にありがたいことでございます。
ですが、われらは海岸沿いに広く散らばって住んでおりますれば、種族会本部近くに住む者たちしか避難出来ません……」
「そのことなんだが、まずは種族会本部の隣に大きな建物を作らせて欲しい。
そうして、それから海岸沿いに5キロおきに小さな建物を作らせて貰いたいんだ。
そうしてその建物と種族会本部をさっきの『転移の輪』で繋げよう」
「!!」
「そうすれば、みんないつでも避難して来てここでメシも喰えるようになるからな。
それから、さっきみんな多かれ少なかれ『虫病』に罹っていると言っていただろ」
「はい……」
「だからいっぺん全ての人たちを治療した方がいいと思うんだよ」
「「「 !!! 」」」
「ところで、一番数が多いのは何族なんだ?」
「それは我らペンギン族ですが……」
「それじゃあ、ペンギン族のみんなには、手分けして転移の輪を潜ってもらって、各地の種族たちにこの場所のことを教えてやって欲しいんだ。
そうすれば冬にはここに避難して来られるようになるだろうし、本部の隣に造る建物で『虫病』の治療も出来るようになるだろう」
「それは実にありがたいお話ですの……」
「それから白熊族の長老さん、やっぱりあの担架を担ぐのは白熊族が一番得意そうだから、各地を回って重症の患者さんを運んでやってくれないかな」
「わかりました」
(はは、これで失業した兵士にも仕事が出来ただろう)
「それからさ、このダンジョンの中ってけっこう広いし温かいだろ。
だから白熊族はここに畑を作ったらどうだろうか」
「!!」
「ストレー、ここに鍬を10本ほどと小麦の種を出してくれ」
「はい」
「これ以外にもたくさんの農具や種も用意するから、けっこう大きな畑が作れるんじゃないかな」
「あ、ありがとうございます……」
(まあここはダンジョンの中だから、マナもいっぱいあって作物の実りもいいだろう……)
「それじゃあいったん種族会本部に戻ろうか」
大地たちは本部裏の荒れ地に移動した。
「シス、ここに直径300メートルほどのドームを作ってくれ。
ストレーの倉庫にある土砂も使って頑丈に頼む。
内部には『照明の魔道具』や通気口もな」
(はい)
その場が整地され、どこからともなく現れた大量の土砂によって、巨大なドームが作られ始めた。
その場の全員が口を開けて茫然としている。
「みんな、建物の中に入ってみてくれ」
「「「「 は、はい…… 」」」」
全員が建物の中に入ってさらに茫然とした。
「こ、ここならばどんなに酷いブリザードが来ても安心じゃな……」
「いやもちろんそのときはここも寒いだろうから、さっきのダンジョンとの連絡口も作ろう。
シス、大きな転移の輪でこことダンジョンを繋いでくれ。
そうだな、輪は2つにしよう。
入り口と出口に分けた方がいいだろうから」
(はい)
「それから、ゆっくりでいいから海岸沿いの各地に10メートルほどの小さなドームを作ってくれ」
(ドーム間の距離はいかが致しましょうか)
「3000キロの海岸線だから、5キロおきに600個作ろうか。
そのドームとこの場を繋ぐ転移の輪もよろしく」
(それではまず一つ作ってみますので、ご確認をお願い出来ますでしょうか)
「了解」
入り口脇に転移の輪が現れた。
(こちらは、ここから1600キロほど東に行った場所に作ったドームと繋がっています。
城壁の内部でも最も東寄りの場所になりますね)
「それじゃあみんな、試しに行ってみようか」
一行は東端のドームに転移した。
ドームから出ると、東側の城壁が陸から海に繋がっている様子がよく見えている。
「はは、さすがにこの辺りには誰も住んでいないようだな」
「ダイチ殿、このような場所に『てんいのわ』を置かれても無駄になってしまわれるのでは……」
「いやエンペルー議長さん、これからはあなた方の人口もどんどん増えて行くはずなんだ。
だから今は無人でも、あと10年もすればここも大きな村になっているんじゃないかな」
「な、なるほど……
冬も漁が出来るようになり、『虫病』も治していただけるようになれば、確かにたくさんの子供たちが生まれても無事育っていけるでしょうな……」
「あ、そうだ。
シス、このドームの入り口上と、本部裏の建物内の転移の輪の前の床に「1」と書いておいてくれるか」
(はい)
「こ、この模様はどういう意味なのでしょうか」
「これは、将来ここが大きな村になったとして、本部やダンジョンに行った連中が村に戻って来られるようにする目印なんだ。
目印が無いと、みんな迷子になっちゃうからな」
「な、なるほど。
自分の村に近い建物の記号を覚えていれば、元の村に帰って来られるのですな」
「そうだ、だから村人たちには必ずこの記号を覚えさせて欲しいんだ。
特に子供たちには」
「わかり申した……」
「それじゃあシス、残りの小ドームも造ってくれ」
(はい)
「我々はいったん本部に帰って、次の小ドームに行ってみようか」
結局村があったのは、10番目の小ドームの近くからだった。
「我らは種族連合の者である。
この辺りの村の村長を呼んで来てくれないだろうか」
「し、少々お待ちくださいませ……」
(あ、脚を揃えてぴょんぴょん跳ねていってる……
そうか、ここらにいるのはロックホッパーペンギン族なのか。
そう言えば目の上に羽飾りみたいなもんもついてるわ……)
まもなく村長らしきペンギンがやってきた。
「お待たせいたしました。
わたしがこの辺りの村の村長で、ホッピーと申します」
「ホッピー村長殿、来て頂いて感謝する。
わたしは種族会でペンギン族を代表しているエンペルーと申す者だ」
「それはそれは……
一度種族会本部にもご挨拶に行きたかったのですが、なにせ遠いものですから。
ところで、先ほど突然海の中に大きな壁が出来たのですが、あれは何なのかご存知でしょうか」
「うむ、あれはこちらにいらっしゃるダイチ殿が作ってくださった壁なのだ。
この付近だけではなく、遥かな西まで続いているし、陸の上にも出来ている。
おかげで我らはこれから実に安全に漁が出来るようになったのだよ。
なにしろこの壁の内側にいたシャチは、すべて壁の外に出してくださられたからの」
「えっ……」
「それだけではない。
冬になって海の氷が押し寄せて来ても、この壁の中には入って来ないのだ。
それでも多少海面は凍るだろうが、それぐらいなら毎日岩でも当てて穴を開けられるだろう。
つまり、冬でも安全に漁が出来るようになったのだ」
「そ、それは随分とありがたいことでございます……」
「それからの、この村に虫病に苦しまれている方はおられるか」
「は、はい。
今年は夏が寒く、薬草がほとんど採れなかったせいか、今30人ほどが臥せっておりますです……」
「それではホッピー村長殿、我らもそうなのだが、皆多かれ少なかれ虫病にはかかっておられるだろう。
それで、この辺りの村人を全員こちらのダイチ殿が治してくださるというのだ」
「あ、あの…… 今漁に出ている者もけっこうおりますが……」
「初めましてホッピー村長さん。
俺はダイチという者だ。
漁に出ているなら仕方が無いな。
今度来るときには前もって日にちを知らせるから、そのときは全員が集まっていてくれないか。
今は浜にいる重症患者だけで充分だ。
すまないが、村長さんとあと何人かの付き添いについて来てもらえないだろうか」
「ほ、本当に虫病が治るのですかな……」
「ああ治るぞ」
ホッピー村長が涙を流し始めた。
「私共の村では、子供たちにはまず川で漁の練習をさせるのです。
ですが、薬草が無かったせいで、子供たちが皆重い虫病に罹ってしまいまして……
ほとんどが冬を越せないものと……」
(この村長なら信用出来そうだ……
さすがのE階梯2.9だよ)
「それでは村長さん、どなたかに白熊族の皆さんの案内をお願いしたい。
重症患者の搬送を始めよう。
そして村長さんには頼みがあるんだ」
「な、なんでも仰ってくだされ……」
「あそこにある小ドームの中は魔法で種族連盟の本部にある治療室に繋がっている。
だが、小ドームは5キロおきにしかないんだ。
5キロって言うのは、ここからあの海の城壁までの半分ぐらいの距離なんだけどな。
だから、ここから東西に3キロの範囲にいる種族たちに、『虫病』の治療を始めたことを伝えた上で、この近くに重症患者を集めてくれ。
患者が来たらその小ドームの中にある輪を潜って本部に連れて来て欲しいんだ。
この担架を5つほど置いていこう」
「畏まりました…… 必ずや仰せの通りに……」
白熊族の兵士たちが患者を連れて戻って来た。
少し担架が足りなかったようで、小さい子は白熊兵士が大事そうに抱えている。
その周囲には心配そうな顔の親兄弟たちが付き添っていた。
「最初は村長さんも一緒に来てくれるか」
「はい」
患者たちと共に本部の大ドームに移動すると、大地はすぐに『治癒系光魔法Lv8』と『クリーンLv8』を発動した。
本来ならばもっと患者を集めてからの方が効率が良かったが、これは村人や種族連合のメンバーたちへのデモンストレーションも兼ねている。
治療の終わった患者たちとその付き添いは、大きな転移の輪を潜ってダンジョンに入り、そこで穀物粥を振舞われた。
ダンジョンの1階層には、シスくんの活躍で大きな宿泊施設が次々と作られている。
「種族会のみんな、これで手順はわかったろう。
次は人手を5つに分けて、ナンバー11の小ドームからナンバー15の小ドーム付近の村に、同時に行ってくれ」
「「「 はい! 」」」
種族会の本部周辺では、長老たちの指揮によって、周囲の種族たちが続々と動員されていた。
動員された連中は海での漁が出来ないが、交代でダンジョンに転移して、彼らにとってはたいへんなご馳走になる温かい料理を食べられたためにほとんど不満は出ていない。
というよりも、料理の噂を聞いて希望者が殺到しているそうだ。
次の患者搬送は、同時に10個所の小ドーム付近で行われ、その次は20個所と雪だるま式に増えていっている。
そうして、この日だけで100個所近い小ドーム付近の村の重症患者たちが治療され、ダンジョンの1階層には患者たちと付き添いを合わせて実に5000人が収容されたのである。
翌日には300個所の小ドームから1万人の患者が集められた。
その翌日には残りの小ドーム付近の村からも重症患者が集められ、北大陸では東西3000キロ、600個所の村から2万人の患者が集められて治療を受けたのである。
この時点で、付き添いを含めたダンジョンの臨時人口は4万人近くになっていた。
さらに、大地からの要請で中央大陸ダンジョンの木工所からは大量の担架が運び込まれ、また、モン村婦人部隊の指導によって付き添いの家族たちが穀物粥の調理に加わるようになっている。
こうして、北大陸沿岸部では、各種族の間であっという間にダンジョンが認知されて行ったのだ。
翌日からは、小ドームからやや離れた村の患者たちの搬送も始まった。
その際には村の住民たちも搬送に協力したが、彼らもダンジョンで温かい食事を摂ることが出来たために、何度も協力して搬送を手伝ってくれている。
どうやら、彼らの中では3回搬送すると料理を食べ放題というルールが出来つつあるらしい。
もちろん、調理を手伝うと常に食べ放題である。
この頃になると、大地は種族会本部の大ドームに常駐するようになった。
上級の光魔法とクリーンの魔法を連発しているために、半日に1度は魔力枯渇で気絶するのだが、その後はストレーくんの時間停止収納庫で充分な休息と食事を摂ってすぐに仕事に復帰出来たのである。
そうして……
子供の虫病を治療してもらった親たちは、大ドームを出入りするたびに大地の前でトボガン姿勢になって大泣きしている。
特に子供が元気になって村に帰って行く際には、家族全員で長時間トボガンになっているようだ。
(そういえば以前ノワール族長が言ってたな。
『族長の資格要件とは、種族の安全を確保することと種族を飢えさせないようにすること』だって。
そう言う意味で、俺は城壁を造って皆の安全を確保した上に病気まで治して、さらにメシまで腹いっぱい喰わせたんだもんな。
まあ、大族長扱いされるのは当然か……
別に害にもならんから構わんな……)